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宮沢賢治「雨ニモ負ケズ」 vs. パウロ「ローマの信徒への手紙」12章
なぜ「雨ニモ負ケズ」とローマ12章を突き合わせるのか?私の個人的な経験が絡む話なので、以下は一つの信仰の証しとしてお読み下さい。
今は昔、中学の国語の授業で平家物語の冒頭文を暗記する宿題があった。それを母に聞かせたところ、昔は歴代天皇の名前や教育勅語を暗記しなければならなかったと言って、神武スイゼイアンネイ…と唱え始め、途中で、もう忘れた、と。教育勅語は?と聞くと、それはもういい、と言って唱えなかった(因みに母は東京の墨田区本所の出身、東京大空襲の時に九死に一生を得た経験を持った人)。
それから歳月は過ぎ大学時代、政治学徒として日本国憲法を見たら、前文がとてもいい。これぞ戦後日本人の精神的支柱として暗記するに相応しいと思い暗記。ただし、憲法前文は政治的、社会的な理念が中心。もっと個人レベルの理念は何か?前文で言われる「人間相互の関係を支配する崇高な理想」に中身を与える理念は?ちょうどその頃、作家の丸谷才一が国語教育に関するコラムで「子供に詩を作らせるな、優れた詩を暗記させよ」と主張したのをもっともなことと思い、詩と理念の一石二鳥ということで宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」に注目してこれも暗記(ただし、その時は詩の後に念仏が続くという、仏教的な祈りの性格がある詩とは知らず)。
さらに歳月は過ぎフィンランド留学中に聖書を学び、洗礼を受けてキリスト教徒になって帰国。日本で繋がることになった教会で年配の信徒の方たちが暗唱聖句をスラスラ唱えるのを見て、自分もそうあらねばと思うが、聖書はフィンランド語が身近になってしまい日本語の聖書になかなか馴染めず怠けることに。
もっと歳月は過ぎ、フィンランドで神学徒として牧師助手の仕事もするようになり、何度か堅信礼教育の教師を務めた(フィンランドの14歳の児童は堅信礼を受ける前にキリスト教の教義を合宿制で学ばなければならない。国教会に属する児童の90%以上が参加する)。そこで生徒たちは重要な聖句を暗記しなければならない。十戒から始まり、主の祈り、使徒信条、アロンの祝福、黄金の戒律(マタイ7章12節)、愛の二重戒律(マルコ12章29~31節)、小福音(ヨハネ3章16節)、イエスの大宣教令(マタイ28章18~20節)。ということは、日本の子供たちが19世紀後半から1945年まで歴代天皇の名前と教育勅語を暗記し、それ以後は平家物語の冒頭文を暗記してきた間、フィンランドの子供たちは宗教改革の時代から現在に至るまで聖書のこれらの御言葉を暗記してきたわけだ。ここ30年ほどフィンランドの教会を巡る状況は動揺があり、かつての安定性は失われてしまったが、信仰にとどまる人たちはこれからもそうし続けるであろう。堅信礼教育で私は生徒の達成度をテストする立場だったので私も覚えなければならない。これが私の暗唱聖句の始まりであった。
それからまもなくして、釈義学徒として博士論文に従事することとなり、作業を捗らせる必要から論文テーマに関係するイザヤ6章とマルコ4章3~20節をそれぞれヘブライ語とギリシャ語で暗記。それから暗唱聖句は少しずつ増えていった。
聖句を原語で暗唱するとどうしても音やリズムが中心になって意味が遠のいてしまう。つい先日、ローマ12章の意味を確認していたら、9節から後で急に宮沢賢治の詩がどこからともなく響いてきた。巨大彗星が地球に接近するような気がした。(続く)
主日礼拝説教 2025年12月14日 待降節第三主日 スオミ教会
イザヤ35章1~10節
ヤコブ5章7~10節
マタイ11章2~11節
説教題 「荒野のようなこの世にあっても、キリスト信仰者にとっては緑の大地の道を進むようなもの」
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。 アーメン
わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様
1.はじめに
本日の福音書の個所も、わかりそうでわかりにくいところです。まず背景としてあるのは、洗礼者ヨハネがガリラヤの領主ヘロデの不倫問題を批判したために牢屋に入れられてしまったことがあります。ヨハネは恐らく面会に来た弟子たちからイエス様が権威ある教えを宣べ伝え奇跡の業を行っていることを聞いたでしょう。それで、弟子たちをイエス様のもとに送って、あなたは来たるべきメシアなのか、それとも別の者を待たねばならないのかと聞きました。イエス様は答えとして、自分がどんな奇跡の業を行っているかを述べて、それをヨハネに伝えよと言って弟子たちを返しました。そこで今度は群衆に向かって、ヨハネがどういう人物か話します。風にそよぐ葦とかしなやかな服を着た人の話があります。ヨハネのことを預言者以上の者と言ったりします。女から生まれた者のなかで最も偉大な者というのは、人間から生まれた者の中でという意味です。イエス様は聖霊の力で乙女マリアから生まれたので比較の対象外ということが暗示されています。ところが、最も偉大な者だと言ったかと思いきや、天の国で最も小さな者の方がヨハネより偉大だなどと言います。
さあ、これらが何を意味しているのかをこれから説き明かしてみましょう。その際に注意すべきことは、これはキリスト信仰を持つ説教者がキリスト信仰を持つ会衆に向けて行う話なので、キリスト信仰の観点での説き明かしということです。聖書の言葉を理解しようとする時、キリスト信仰がなくても信仰と無関係な理解はできます。しかし、それは聖書を神が与えた言葉の集大成とみることではなく、人間が創り出した文学作品と同じに扱うことです。キリスト信仰がない方が信仰にとらわれないいろんな解釈ができます。そういう解釈が新しい見方を生み出すと見方が深まったと思う人もいます。しかし、キリスト信仰の観点がない解釈ならば、それは信仰の深まりにはなりません。それでは、キリスト信仰の観点で聖書を繙くというのはどういうことか?それは、まず繙く人が自分はイエス・キリストを救い主と信じ、洗礼を受けて聖霊を与えられた者であるとわかっていることが前提です。では、なぜイエス・キリストが救い主かと言うと、彼が十字架にかかって私の罪を神に対して私の代わりに償って下さったからであり、彼が死から復活されて永遠の命に至る道を私にも切り開いて下さったから救い主なのです。そして今はこの主が整えて下さった道を主に守られ導かれながら共に歩んでいるとわかっているのがキリスト信仰者なのです。この信仰の観点で聖書を繙くと難しいところは結構わかってきます。難しすぎて今はわからないところでも、わからないなりにそういうものなんだと一旦受け止めて、いつか目が開かれたようにわかる日が来るから大丈夫と心の中にしまって、今はただ道を歩き続けるのみという物分かりのよさでいるのがキリスト信仰者だと私は思っています。
2.洗礼者ヨハネの奇妙な質問
イエス様が権威ある教えを宣べ伝えて奇跡の業を行っていることを牢獄にいた洗礼者ヨハネが伝え聞きました。彼は自分の弟子をイエス様のもとに送り、来るべきメシアはあなたか、それとも別の者を待たねばならないのかと尋ねさせます。この質問は一見奇妙に思えます。なぜなら、ヨハネは以前にイエス様のことを自分とは比べものにならない偉大な方とわかっていて、イエス様に洗礼を授けることを躊躇したほどでした。ヨハネ福音書では、イエス様のことを「神の子」と証ししています。それならば、なぜイエス様が来るべき方かどうかまだわからないでいるような質問を送ったのでしょうか?これについては、いろんな説明の仕方があるようです。一つには、ヨハネは投獄されて意気消沈してしまいイエス様のことを信じられなくなったのでそういう質問を送っただとか、ヨハネの弟子たちは質問をしたのではなく、あなたは来たるべきメシアですと述べたのが正しい文だとかいう説明を聞いたことがあります。でも、ギリシャ語の原文ではちゃんと疑問文になっています。なので、解釈が正しくて聖書の文章が間違っているというような説明は無視しましょう。
もし洗礼者ヨハネがイエス様の教えや業を聞いたのであれば、メシアであることに疑いはなかったはずです。それならば、なぜ聞いたのでしょうか?それは、イエス様の答えをよく目を見開いて見ればわかります。イエス様は次のことをヨハネに伝えよと言いました。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、らい病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人には福音を告げ知らされているということです。これらは皆、イザヤ書の預言の成就です。イザヤ書の26章19節、29章18節、35章5~6節、42章18節、61章1節にある預言です。イエス様は、来たるべきメシアはあなたですか、と聞かれて、ハイ、そうです、で済ませるのではなく、その根拠として自分が行っていることは全部旧約聖書に預言されていることであるとまさに旧約聖書に基づいて自分がメシアであることを証ししているのです。ヨハネにはわかっていたことですが、それをイエス様が自分の口で根拠づけて証しするようにさせたのです。この証しはヨハネに向けられたものに見えますが、実はヨハネの弟子たちや周りにいた群衆も聞いたので、大勢の人にとっても証ししたことになります。一見おかしな質問に見えても、もしヨハネがこの質問をしなかったら、イエス様自身による旧約聖書に基づいたご自分の証しは生まれなかったのです。現代を生きる私たちの目にも触れることはなかったのです。つまり、これは洗礼者ヨハネとイエス様の見事な連係プレーだったのです。
証しをした後でイエス様は言われます。「わたしにつまづかない人は幸いである。」つまり、旧約聖書の預言の成就という有無を言わせない証拠がある以上、私のメシアとしての地位は明確である、これ位の確証があれば、ちょっとやそっとのことでも私に疑いを抱いたりして私に躓いて離れてしまうことはないのだ、私を信頼して復活の日の永遠の命に至るまでしっかりこの世を歩むことができるのだ、それでまことに幸いなのだということです。しかし、弟子たちをはじめ大勢の人がイエス様に躓く時が来ます。彼が裁判にかけられて十字架刑に処せられた時です。しかし、その後に起こる彼の死からの復活がダメ押しの確証になりました。これも旧約聖書の預言の成就でした。死を超える永遠の命が現実のものになった以上、確証は究極の確証になりました。それからは、この確証を抱いている限りイエス様を救い主と信じる人はもう躓く理由がないのです。
3.荒野が緑の大地に変わる時
イエス様が群衆に尋ねます。お前たちは何を見に荒野に行ったのか?風にそよぐ葦か?それとも、しなやかな服を着た人か?それとも預言者か?ヨハネがユダヤの荒野とヨルダン川を舞台にして活動を開始した時、彼は大勢の人に悔い改めに導く洗礼を授けました。実に多くの人たちがヨハネのもとにやって来ました。彼の宣べ伝えを聞いて、天地創造の神の怒りの日が近い、神の意思に沿わない者はみな罪人として断罪されると恐れ、罪を悔い改める印として洗礼を受けたのです。人々が荒野に来て見たのはまさしくこの洗礼者ヨハネでした。
それでは、風にそよぐ葦とは何のことか?一つの説明の仕方はこうです。風にそよぐ葦とはすぐ権力になびいてしまうような信念のない人のことであると。しかし、ヨハネは支配者の不正を公けに批判して投獄されたので風にそよぐ葦などではありません。それでここのイエス様の趣旨は、お前たちが荒野に行ったのは風にそよぐ葦を見るためだったのか?そうではなかっただろう、というふうに考えられます。次にイエス様は、では、しなやかな服を着る人を見に行ったのか、と聞きます。しなやかな服とは高価な服、位の高い人の着る服のことです。洗礼者ヨハネは駱駝の毛衣を着て腰に皮の帯を締めていたので、全く正反対の服装です。群衆が荒野に行って見たのは真の預言者であり、それは風にそよぐ葦とも王宮にいる人たちとも全然異なる者であるということを言うのがイエス様の趣旨だったと考えられます。
しかしながら、ここのところはもっと深い意味があります。ここまでの理解はキリスト信仰を持たない人でも出来るものです。深い意味というのは、ここの部分はイザヤ書35章が底流として脈打っているということです。イザヤ書35章は、まず、荒地が喜びの声をあげ、花が咲き誇るようなことが起きると言って始まります。荒地の中にいるような状態の神の民に対して、弱った手足に力を込めよ、恐れるなと呼びかけがあります。そこで何が起こるかと言うと、神が立場のどんでん返しを起こすのです。それはあたかもマタイ福音書5章の山上の説教のはじめイエス様が約束されたこと、悲しむ者は慰められる、へりくだった者は約束の地を受け継ぐことができる、神の義に飢え乾く者は満たされるということが起きるのです。イザヤ35章では、どんでん返しの日、目の見えない人は見えるようになり、聞こえない人は聞こえるようになり、足の不自由な人は飛び跳ねるようになり、口のきけない人は話すようになることが起こるのです。まさにその時、渇いた荒地はみずみずしい緑豊かな大地にかわり、そこには天の御国に通じる真っ直ぐな道が整備されると。その道は罪から贖われた人たちが猛獣などの危険から守られて歩むと。そして最後は目的地にて歓呼の声で迎えられ、苦しみや悩みは逃げ去ると言われます。この終わりの言葉は黙示録21章に響く言葉です。古い天と地に代わって新しい天と地が創造され、そこに現れる神の国に迎え入れられた人たちはみな涙を拭われて、もはや死も悲しみも嘆きも労苦もないと言われます。
イザヤ書35章は、キリスト信仰のない人が読めば、バビロン捕囚から解放されたイスラエルの民が荒野を通って祖国に帰還する旅を美しく描いたもの以上でも以下でもありません。しかし、キリスト信仰者が繙くと、ここは、神が民の祖国帰還という歴史上の出来事を材料にして、罪から贖われた者が復活の日を目指して歩むことになる道のりを描いているとわかるのです。
ここで、風にそよぐ葦が何を意味するかもう一度見てみます。イザヤ書35章に荒野がみずみずしい緑豊かな大地に変わって葦が生い茂る様子が描かれています。イエス様が風にそよぐ葦を見に行ったのかと群衆に聞いたのは実は、お前たちはこの世という荒野が今まさにイザヤの預言のように緑豊かな大地にかわったことを洗礼者ヨハネの登場からわかったのかという意味もあるのです。しなやかな服を着た人は王宮にいると言うのも、イザヤ35章7節の「山犬がうずくまるところは葦やパピルスの茂るところとなる」と関係してきます。「山犬」と言うのはジャッカルのことです。ジャッカルは乾いた荒地に住む動物なので、土地が渇いて荒地であることを言い表す時にジャッカルが住む土地と言うくらいです。エレミヤ書49章33節でそういう言い方をしています。イザヤ35章7節では、そんな土地が葦やパピルスが生い茂る土地に変化することが言われているのです。エレミヤ書13章22節を見ると、バビロン帝国が滅ぼされた後、その王宮はジャッカルの住みかになるという位に荒廃することが言われています。つまり、しなやかな服を着た者は王宮にいると言うのは、それが本当の荒野なのです。洗礼者ヨハネが活動した荒野というのは、イザヤ書の預言のように、荒野にたとえられたこの世が緑豊かな大地に変わって真っ直ぐな道が敷かれるところになることを暗示しているのです。
そこでイエス様は洗礼者ヨハネを預言者以上の者と言って、出エジプト記23章20節とマラキ書3章1節の御言葉を引用します。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの前に道を準備させよう。」神はイエス様より先に洗礼者ヨハネを遣わし、イエス様の前に道を準備させたのです。先週の福音書の日課でヨハネがイザヤ書40章で預言された荒野で叫ぶ声であったこと、そしてその役割は来るべきメシアのために道を整えることであることを見ました。ヨハネは人々に罪の自覚を呼び覚まし悔い改めの必要を感じさせてその印として洗礼を授けました。そして、イエス様が十字架と復活の業を遂げたおかげで人間に罪の赦しの恵みが与えられることになりました。ヨハネは真にイエス様の前に道を整えたのでした。洗礼者ヨハネが預言者以上だったというのは、普通は預言者は預言をしますが、ヨハネの場合は来るべきメシアについて証しをしただけでなく、旧約聖書の預言の実現そのものでもあったのです。かつて預言者によって預言されていたことを真実にしたのです。だから預言者以上の者というのは当たっています。
イエス様は、洗礼者ヨハネのことを人間から生まれた者の中で最も偉大な者と言いながら、天の御国の最も小さい者の方がヨハネより偉大であると言っていますが、これはどういうことでしょうか?ヨハネが人間から生まれた者の中で最も偉大な者と言うのはわかります。彼は預言者の預言を実現した者であり、メシアが完成する救いのお膳立て、罪の赦しに導く悔い改めの洗礼を授け、メシアが成就する人間の救い、罪の償いと罪からの贖い、永遠の命への道の切り開き、これらの救いのお膳立てをしたこと、他の人間にはできないことをしたからです。それでも、天の御国で最も小さい者の方が彼より偉大だというのはどういうことでしょうか?
イエス様は洗礼者ヨハネが整えた道を踏み進みました。ヨハネは人々に悔い改めの心を起こし赦しを受け取る心の準備をさせました。それらを踏まえてイエス様は十字架と復活の業を遂げました。私たちはこのイエス様がもたらして下さった罪の償いと罪からの贖いを洗礼と信仰をもって受け取りました。そして復活の日の永遠の命に至る道に置かれてその道を歩むようになりました。だから、私たちは天の御国に迎えられる時、イエス様の救いの恵みという完成品を受け取った者として迎え入れられます。私たちは、たとえヨハネのようなイエス様の救いの業の準備というような偉大なことは何もしていなくとも、まだ完成品を持っていなかった地上のヨハネよりも偉大ということになるのです。
4.勧めと励まし
ここで、一つ申し上げたいことがあります。それは、私たちが地上のヨハネよりも偉大な者でいられるのは天の御国に入った段階だけでなく、そこに向かう道を歩んでいるこの世の段階でもそうだということです。なぜなら、神が約束されたことを信じて歩んでいるというのは、もう半分くらいは天の御国に入っているのと同じだからです。ただし、それでもこの世にいる以上は、躓く危険はいつもあります。イエス様では頼りにならない、本当に一緒に歩んでいるのか心もとないなどと疑い始めたら躓きの石はいつでも足元に置かれます。
だから、キリスト信仰者はキリスト信仰を持って聖書の御言葉を繙くこと、神に祈り礼拝から霊的な力を受けることが必要になるのです。本日の使徒書の日課ヤコブの手紙の個所では忍耐の必要性が強調されていました。「兄弟たち、主の名によって語った預言者たちを、辛抱と忍耐の模範としなさい。」本日の預言書はイザヤ35章でした。そこで預言されている罪から贖われた者が御国に至る道を歩むということは既に実現しています。私たちがそうだからです。肉眼ではこの世は荒野のようにしか見えなくとも、信仰の目では私たちが歩んでいる道はまことに緑の大地に切り開かれた真っ直ぐな道なのです。道を踏み外させようとしたり、歩むことを断念させようとする力や危険から私たちは守られているのです。最後は終着点で歓呼を持って迎え入れられ、嘆きや苦しみは逃げ去るのです。信仰の目で人生の歩みをこのように見れれば、忍耐は備わってくるはずです。
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように アーメン
アウグスブルグ信仰告白16条のキリスト信仰者が「正しい戦争に従事することは正当である」を考える(フィンランドの視点を交えて)
昨年末から礼拝後のコーヒータイムの終わりに「一回一条15分のアウグスブルグ信仰告白の学び」を不定期でしたが行ってきました。今日は16条です。その中にキリスト信仰者が「正しい戦争に従事することは正当である」という下りがあり、読む人聞く人に様々な思いを抱かせる個所ではないかと思います。これをどう理解するか、少しでも秩序だって考える一助になればと思い、私なりにまとめたものを学びの時に配布します。それに沿って学びを進めて行こうと思います。
アウグスブルグ信仰告白はキリスト教ルター派の教義にとって最も重要な信条の一つで1530年に起草されました。同信仰告白は古代のキリスト教信条(古典信条)とアウグスブルグ以後の教義文書も併せて「一致信条書」という名で1580年に出版されました。ルター派の教義の集大成です。日本ではその全部の翻訳が1982年に日本福音ルーテル教会によって出版されました。
ところが、出版後に誤訳や訳語の不統一が指摘され、翻訳は批判に晒されるようになり、正誤表を作らなければならない事態となりました。そこで教会は、後に日本ルーテル神学校の教授を務めることになる鈴木浩牧師に正誤表作成のため翻訳の見直しを委嘱、アウグスブルグ信仰告白は彼が見直しを担当した文書の一つでした。鈴木牧師が特に関心を持ったのがこの16条で、その”正確な理解に資するために”として論文 ― 「正しい戦争」と「法に従って戦う」『一致信条書』CA16条の“iure”の訳語の問題 ― を発表しました(日本での翻訳出版にまつわる上記の出来事も同論文の記述に基づいています。CAとはアウグスブルグ信仰告白Confessio Augustanaのこと)。
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以下は吉村がまとめて「学び」の時に配布したもの。終わりに「学び」の時の質疑応答の一部を紹介します。質疑応答を踏まえ配布したものを少し修正しました。
1.鈴木論文 「正しい戦争に従事する」iure bellareの意味
1)鈴木論文では、ラテン語版の緻密な歴史言語学的分析に加えて、アウグスブルグ信仰告白の弁証の16条および双方のドイツ語版の16条と比較しながら考察されている。
iureの意味は「法に従って(よって、基づいて)」(iusの奪格)、bellareは動詞「戦う」である。
2)そうすると、iure bellareは「法に従って(よって、基づいて)戦う」と訳すべきであるが、鈴木氏によれば、「法に従って」の「法」は、実定法のことではなく、もっと広い意味の法であり、「正義に従って」とも訳しえる。当時の人々はこれを具体的な「国際法」とか「戦時法」に従うというような法律論の問題として考えなかった。彼らは、戦争を行うことが「信仰的に見て」正当かどうかという神学的な問題で考えた。従って、ここの背景にあるのは戦争の神学的正当性を論じた「正戦論」である。
3)「正しい戦争」という観念を神学的に正当化し、後世に影響力を与える仕方で定式化したのはアウグスティヌス。それを更に体系化し、ほとんど自明のものとしたのは、トマス・アクィナス。宗教改革者たちも基本的にはその線に立っていた。
4)従って、「正しい戦争に従事する」は適切な訳語である。
5)以上を読んで吉村が考えたことは、iure bellareを「法に従って/によって/に基づいて/正義に従って戦争に従事する」と訳すべきと言いながら、「正しい戦争に従事する」でよいとするのは、「法に従って戦う」も「正しい戦争に従事する」も同義だということになる。果たしてそうだろうか?ここで、参考までにフィンランド語訳を見ると、「正当な(oikeutettu)戦争に従事する」と言っていて、「正しい(oikea)戦争」とは言っていない。oikeutettuは「正当防衛」oikeutettu puolustusの「正当な」である。吉村の印象では、「正当な」と言ったら、限定的・条件付き「正しさ」となるが、ただ「正しい」と言ったら、何かタガが外れた感じにならないだろうか?
2.アウグスブルグ信仰告白16条のフィンランド語訳
そこで、参考までに16条全文のフィンランド語訳の和訳(吉村)を以下に掲げる。
16条 社会的生活について
※「帝国レベルの法律」とは、ルターの時代の神聖ローマ帝国レベルの法律のこと
3.アウグスブルグ信仰告白16条の構成(訳はフィンランド語に倣う)
1)iure bellareの意味を考える時、鈴木論文のようにその言葉に特化して、言語学的、神学的背景を明らかにして意味を確定することも大事だが、この言葉が16条のコンテクストの中でどんな位置づけにあるのかを明らかにして確定することも大事だと考える。16条のコンテクストを明らかにするために、その構成を見ると以下のようになる。
① 合法的な社会的秩序は神のよいみわざである(上記1)。
② キリスト信仰者が(上記2で言われている10項目の社会的事柄と務めを)することは許される(ラテン語スウェーデン語の辞書によれば「ふわわしいことである」)。
③ 社会的な務めを禁じる諸派を拒否する(上記3、4)。
④ それらの諸派を否定する根拠として、
2)この構成からわかること
・「合法的な社会秩序は神のみわざ」なので、権力に従わなければならない。しかし、権力が罪を犯すことを命じた場合は従わなくてもよい。つまり、そのような社会秩序は合法的でも神のみわざでもない。
・キリスト信仰者が正当な戦争に従事することは、他の社会的事柄・務めと同様に、それを命じる権力が合法的で神のみわざである場合になる。
・パウロはローマ13章で権力に従うように命じた。権力は神によってたてられたものと言っている。当時その権力はキリスト教ではない。しかし、パウロがそう言うのは、権力がキリスト教徒が信仰の実践と礼拝を公けに行うことを一応認めているから。それでパウロの権力服従論は、消極的な服従であると言える。しかし、信仰の実践と礼拝が禁じられれば、信仰者は人よりも神に従うこととなる。その時の権威は合法的でも神のみわざでもなくなる。
・パウロの時代のキリスト教は、公認宗教religio licitaであったユダヤ教の一部と見なされていた(使徒言行録を参照)。ところが、成長を遂げるにつれ当局に警戒され、やがて迫害された。
・その後キリスト教は迫害時代の後、313年に公認され、信仰の実践と礼拝を公けに行っても権力との関係で問題がなくなった。ところが380年に国教になり、他の宗教は禁止されるくらいの支配的な宗教となった。こうなると権力服従論は消極的なものから積極的なものに変るのではないだろうか。なぜなら、権力そのものがキリスト教だから。
・2で挙げられている社会的な事柄と務めは16世紀のものである。21世紀は内容が異なるであろう。例えば、「帝国レベルの法律」は現代では憲法と言い換えてもよいだろう。「合法的な社会の秩序」も現代では民主主義と基本的人権を実効的なものにする秩序と言い換えてよいだろう。しかし、内容が現代化したとは言っても、重要なことは次の三つの原則は変わらないということ、①キリスト信仰者にとって「合法的な社会の秩序
は神のよいみわざであること、②信仰者はそのような社会において社会的な事柄と務めに就くことは当然であること、③権力が罪を犯すこと、つまり神の意思に反することを命じる場合はキリスト信仰者は人ではなく神に従うこと。
・現代において「正当な戦争に従事する」ことは当時ほど自明なことではなくなって、大いに議論をしなければならないことになったのではないだろうか?というのは、1928年のパリ不戦条約は国の政策としての戦争を禁じた。つまり、それ以前は戦争は国の政策の一つとして考えられていたのが、それが当たり前ではなくなった。しかし、自衛のための戦争は認められるというのが国際法の現実である。現代では戦争をする国は、常識や良識からそう見えなくても、みな自衛だと主張する。
・アウグスブルグ信仰告白16条の「正当な戦争に従事する」は現代では、①命じる権力が神のみわざと言える位の「合法的な社会の秩序
の実現者であるかどうか、②その戦争がそうした社会の秩序を守る自衛のものかどうか、この二つを明確にすることを求めているのではないだろうか?
4.質疑応答から
(吉村)フィンランドで何人かの牧師に「正当な戦争に従事する」について質したところ、答えは一様に「権力esivaltaが命じることだから従う」であった。フィンランドで牧師に限らずキリスト信仰者は皆同じ答えをすると思う。
(質問者)フィンランドの軍隊は国防の軍隊で他国を侵略することはないと思うが※、それでも軍隊が国民に何か特定の信条を押し付ける力の象徴のようになる危険はないのか。
(吉村)確かにフィンランドには国教会があるが、実はここ30年位、国民の聖書離れ教会離れが急速に進み、1980年代までは国民の90%以上が国教会に所属していたのが、現在は60%すれすれである。国教会とは言っても、別に所属していなくても国民の法律上の地位や権利義務には何の影響もない(近年では国教会に所属しない人も大統領になったことがある)※※。軍隊がキリスト教を押し付ける力の組織とはとても考えにくい。ところで、はっきりした信仰を持つ国民は、ルター派の信仰から正当な戦争に従事するのは当然と考えるが、キリスト教をやめた国民は違う考えを持つかもしれない。その点をフィンランド人はどう思うか?(学びの会には3人の日本語を解するフィンランド人が参加、質問を彼らに向けたところ)
(3人のフィンランド人、声をあわせるように日本語で)(戦争に)行きますよ。だって、義務ですから。
(吉村)ルター派の信仰がなくても戦争に従事するのは当然と考えるのは、どういうことだろう?やはり国が民主主義や人権や社会福祉の指標で世界のトップレベルにあることと無縁ではないということなのか?他に何か考えられるだろうか?
私たちの父なる神と、主イエス・キリストから、恵と平安とが、あなた方にあるように。
アーメン
2025年12月7日(日)スオミ教会説教
聖書:マタイ福音書3章1~12節
説教題:「悔い改めよ、天の国は近づいた」
今年も12月になりました。救い主イエス・キリストの御降誕を祝うクリスマスが近づいて参りました。神の御子イエス様がこの世界に人の子として現れて来られる、それに際して神様は様々な準備をされています。旧約聖書の時代の預言者たちもこのために働いて来ました。私たちに想像もつかない神の御計画の中で司祭ザカリヤの子ヨハネも預言者の一人として神様に立てられ荒野に現れました。それは既に預言者イザヤによって言われている人として現れたのです。3節にマタイは書いていますね「荒野に叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋を真っすぐにせよ』」と。この預言を成し遂げる役目を祭司ザカリヤの子ヨハネが荒野に現れ「悔い改めよ。天の国は近づいた。」と叫んだのです。紀元前8世紀の預言者イザヤは神に背いたイスラエルの民族はバビロンに捕え移されることをイザヤ書39章で預言した後で46章でイスラエルの民は再びバビロンから帰る時を約束しました。バビロンでの苦難の民を荒れ果てた母国に彼らを連れ戻して下さる。その救いの道をバビロンからパレスチナまでシリヤ砂漠に真一文字に整えよとイザヤは叫んだのです。この預言通りヨハネの時代、ローマ帝国の支配下で苦しむ民のため、また神に背いているユダヤの民を救うため、メシヤ到来の道備えをするため荒野から立ち上がったのです。どういう時代であったかを歴史家であるルカは3章1~2節で詳しく書いています。「皇帝ティベリウスの治世の第15年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督ヘロデガカリラヤの領主その兄弟のフィリポがイトラヤとトラコン地方の領主アンナスとカイアファとが大祭司であった時、神の言葉が荒れ野でザカリヤの子ヨハネに降った。ザカリヤの子ヨハネに神の言葉が臨んだ時、ルカがローマ皇帝の領主の名をこれほど詳しく書いているのは、これらの領主の支配の下でユダヤの民がどんなに苦しんでいた時代であったかをしっかり書く必要があったからです。ティベリウス在位は15年であった、とあります。このティベリウスは皇帝アウグストの後を継いで名君の期待を負って即位しましたが彼の治世の終わりにはタキトウスの記録によりますと「遠慮と羞恥心から解放され悪業と破廉恥の中にどっと身を投じた」とありますから治世15年の頃はティベリウスの化けの皮がはげかかり人々の失望と恐怖がローマ世界全体に広がり始めたという時代であった。都エルサレムは異邦人のピラトが治めしかもこのピラトと言う人物は残忍不正な人物で国土は分断されガリラヤの領主ヘロデは不道徳で世の中は乱れに乱れて行った。この様にこの時代、民衆の不満がうっ積し多くの人々が指導者への激しい批判を持っていた。人間の悪と罪が世に満ちていた。この様な暗黒の時代に神の言葉が荒野で育ったヨハネに降ったのであります。
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このヨハネは荒野に育ち成人しました。この荒野はユダヤの山地からヨルダン川の渓谷に向かって傾斜した地帯で岩石のごろごろした草木も生えない不毛の地であります。ヨハネは父の司祭職を捨てて敢えて荒野に来て野生の蜂蜜と蝗を食べて生きていた。駱駝の毛で織った粗末な衣をまとい生皮の帯を締め、まさに野蛮人のような生活をしていた。夜は夜空を仰ぎ大地で寝て祈りと断食をして大自然の中に生きていた。この様なヨハネを神様はずうっと見守りいよいよ大祭司カイファの時に神の言葉が降ったのであります。「彼は神の言葉を受け、ヨルダン川沿いの地方に行って罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。」この荒野にはエッセネ派と言われる人々が住んでいました。彼らはユダヤ人の中でも最も禁欲的な生活を送り、都会の人々の様な形式的な宗教生活から離れて荒野に来て只管祈りと断食を尊しとした。そして、彼らは一日に何回となくヨルダン川に入り、身を清め罪の汚れを洗い清めたのです。ヨハネはエッセネ派に属する事は出来なかった。ヨハネの考えは何度も形式的に水に浴びても積の汚れが清められるはずがない。問題は罪の汚れを洗い清めると言う事にあるのではない、罪の赦しを得る事である。ヨハネは神の前に「悔い改めよ!」と叫んだのです。悔い改めて罪の根源の赦しを得なければならない。そのためには生活態度と考えを自分中心から180度回転して神を第一とする、神に従う、神に向けなけらばならないのです。荒野で成人しつつあったヨハネの心にこの真理が次第に啓示しつつあったのです。そうしてヨハネが30歳に達した時、神の言葉が臨んだのです。彼は預言者としての召命を受けたのです。時代は人々の心に指導者への不満と批判が満ちている状況です。ヨハネは人々の批判の心を他に向ける前に先ず自分自身を検討し悔いくだけた魂を持つように神を望むように訴えたのです。そうしてヨハネは荒野からヨルダン川一帯の地に行って、罪の赦しを得させる真の悔い改めを叫んでいった。このヨハネの声はユダヤ全土に伝わって行き鳴り響いて行ったのであります。そして、人々の良心の心を鋭く刺激していった。人々は真の心に打たれ「悔い改め」の心を持って彼のもとに続々と集まって来たのでした。人々はローマ帝国の支配の下で苦しみ不正や不道徳、堕落に満ちた暗黒の中で真の光を求めていた。人々は本心からこれまでの自らの生活態度を反省し神の審判の近い事を思って恐れおののいていた状況です。こうした中でヨハネからバプテスマを受けたのです。その時、その群衆に向かって叫んだのです。7~9節を見ますと「蝮の子らよ!差し迫った神の怒りを免れると誰がおしえたのか。悔い改めに相応しい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが神はこんな石ころからでもアブラハムの子たちを造り出す事がお出来にばる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木は、みな切り倒されて火に投げ込まれる。」このヨハネの叫びは激烈な言葉であります。蝮の子らとユダヤ人を呼んでいる。荒野の岩穴に潜んでいる毒蛇であると言うのです、凄いではありませんか。激しく悩んでいる思いがあからさまです。アブラハムの末だ、と誇らしげに安住しているのは捨てよ!神の怒りの前に悔い改めるか否かを迫られているのだ。悔い改めなければ滅ぼされ地獄の火に投げ込まれるのだぞ。このように叫ぶヨハネの言葉に群衆は己の良心に突き刺さったのであります。群衆はヨハネのこのような激しい言葉に心打たれ、もしやこのヨハネが長い間待ち続けたメシアではないか、この事を察してヨハネは真の救い主であるメシアとして来られる方を指示しています。11~12節です。「私は悔い改めに導くためにあなたたちに水で洗礼を授けているが、私の後から来る方は私よりも優れておられる。私はその履物をお脱がせする値打もない。その方は聖霊と火とであなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って脱穀場を隅々まで綺麗にし麦を集めて倉に入れ殻を消える事のない火で焼き払われる。」バプテスマのヨハネの預言者としての神からの使命は救い主であるイエス・キリストの到来を告げ知らせる事であります。更にイエス・キリストの働きの前にデコボコの荒野と砂漠に一本の道を整える役目でありました。谷は全て埋められ、山と丘は低くされ、曲がった道を真っすぐに整える。そして人は皆、神の救いを仰ぎ見る。このように主の道を整える事は容易な事ではない、生半可な道備えではない、そこでは大決心をして私たちも主の前に悔い改め新たな決心をして救い主イエス様をお迎えしなければならないのです。
人知では、とうてい測り知ることができない、神の平安があなた方の心と思いをキリスト・イエスにあって守るように。 アーメン
待降節第一主日は教会の新年の幕開け
今年もまたクリスマスの準備期間である待降節/アドベントの季節になりました。教会のカレンダーでは今日が新年になります。これからまた、クリスマス、顕現日、イースター、聖霊降臨などの大きな節目を一つ一つ迎えていくことになります。どうか天の父なるみ神が新しい年もスオミ教会と信徒の皆さま、礼拝に参加される皆さまを豊かに祝福して見守り導き、皆さま自身も神の愛と恵みの内に留まられますように。
今年もまた讃美歌307番「ダビデの子、ホサナ」を礼拝の中で歌います。毎年お話ししていることですが、この歌はフィンランドやスウェーデンのルター派教会の讃美歌集の一番最初にある歌です。両国でも待降節第一主日の礼拝の時に必ず歌われます。歌い方に伝統があります。朗読される福音書の個所が決まっていて、イエス様がロバに乗って群衆の歓呼の中をエルサレムに入城する場面です。ホサナは歓呼の言葉で、ヘブライ語のホーシィーアンナ、またはアラム語のホーシャーナーから来ています。もともとは神に「救って下さい」と助けを求める意味でしたが、ユダヤ民族の伝統として王様を迎える時の歓呼の言葉として使われました。さしずめ「王さま、万歳!」というところでしょう。
その個所が朗読される時、歓呼の前で一旦朗読が停まってパイプオルガンが威勢よく鳴りだし、会衆は一斉に「ダビデの子、ホサナ」を歌い出します。つまり、当時の群衆になり替わって歓呼を賛美歌で歌うということです。北欧諸国も近年は国民の教会離れ聖書離れが進み、普段の日曜の礼拝は人が少ないですが、なぜか待降節第一主日になると人が多く集まり、この歌を歌って国中が新しい一年を元気よく始めようという雰囲気になります。夜のテレビのニュースでも「今年も待降節に入りました。今映っているのは何々教会の礼拝での『ダビデの子、ホサナ』斉唱の場面です」などと言って、歌が響き渡る様子が映し出されます。毎年の風物詩になっています。(昨年の待降節第一主日のコラムから)
↓ sleyの聖心教会の第一アドヴェント礼拝の模様です、ホーシアンナ・ダヴィディンポイカを高らかに歌っています。動画の32分あたりから始まります。
https://www.youtube.com/live/j6avbcfEaQk?si=R9_5xeYtzX6GBQXu
2025年11月30日スオミ教会礼拝説教
マルコによる福音書11章1〜11節
「主がお入り用なのです」
説教者:田口 聖
1、「主イエスが先を行き導いた」
このイエス様のエルサレムへの入場のみ言葉を通して今日イエス様は何を私たちに伝えているでしょうか。これまでのイエス様と共にエルサレムへ向かう弟子たちの歩みはどのような歩みであったでしょうか?それは、イエス様が彼らを招き召し出してその彼らの歩みが始まったように、そのこれまでの歩みもまた、どこまでもイエス様が先を行かれ、イエス様が導かれ、弟子たちはそのイエス様の言葉と導きに「ついて行く」歩みでした。弟子たち一人一人は、決して聖人でも完成され立派な人間でもありませんでした。彼らは私たちと同じ罪人であり、どこまでも不完全で、彼ら自身だけでは常に恐れや惑いがありました。しかしその歩みは彼れが自分の力や意思で全てを果たさなければいけない律法の道ではなく、そんな不完全な、そして理解できない、罪深い不安で恐れる弟子達を、イエス様は常に愛し、何度でも呼び寄せ、支え、何度でも教えて来た福音の道でもあったと言えるでしょう。
2、「まだ誰も乗ったことのない子ろば」
イエス様がいよいよエルサレムへと入るこの時もまた、そのイエス様の恵みが貫かれていることがわかるのです。イエス様と一行は、まずその入場するための手前の町にやってきたのでした。1節、こう始まっています。「一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山のふもとにあるベトファゲとベタニアにさしかかったとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、」イエス様は二人の弟子たちを使いに出すのです。それは何のためかというと、こう続いています。「言われた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、連れて来なさい。 それはロバの子供を連れてくるためでした。それはこの後続いているように、イエス様がそのロバの子に乗ってエルサレムへと入って行くためです。しかしイエス様がその村に繋がれていると言う「ロバの子」は、イエスや弟子たちに前もって何らか伝手があって、村に知人か誰かがいて借りる予定になっていたというようなものではありませんでした。「つないであるのを、ただ「ほどいて、連れてくる、そのようなものでした。3節を見ますとこうも続いてます。もし、だれかが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。」 どうやら、そのロバの子の持ち主でさえも、その行為の意味をわからず、「なぜそんな事をするのですか」と聞くような状況になるようなのでした。このように遣わされる二人も、他の弟子たちも、そして、ロバの子の持ち主も、そのロバの子供が連れていかれる目的や意味をよくわかっていないようのです。
3、「主がお入り用なのです」
しかし、イエス様がここで言っている言葉は心をとらえます。それは、「主がお入り用なのです。」 「主が必要だから。」ーイエス様にとって理由は、はっきりしています。「主がお入り用」ーそれだけなのです。そのようにして連れてこられたロバの子、イエス様がエルサレムに入場するそのために用いられるロバの子です。周りの誰も、弟子も持ち主もわからない、しかし「主がお入り用だから」ーその理由だけで用いられ、召され、連れれてこられるロバの子なのです。 「主がお入り用なのです」
A,「召し:弟子達に理由があるのではない」
このことばから教えられます。実に、イエス様について行く弟子たちの姿、その召し、招きもそうであったのでしょう。彼らは「自ら」、「自分自身の知恵や力や計画で」イエスを見いだし、何か彼ら自身に初めから確かな理由付けや達成する目的やビジョンがあってついて行ったわけではなかったでしょう。聖書に書かれている通りに、それは、主イエス様が、主イエス様の方から、声をかけ、呼ばれ、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう」と召されたからでした。その言葉の意味さえ、彼らは何を意味するかわからなかった事でしょう。しかし主イエス様が、主イエス様の方から召し、招いてくださったからこそ彼らはついて来たのです。神の計画を具体的にはっきりと見えてはいませんでしたし、全く何のために召されたのかは誰も分かりませんでした。むしろ聖書にある通り、その中のある者は、地上の眼にみえるイスラエルという国家の復興を見て期待し、ローマからの独立や革命を期待していた人もいたでしょう。しかし、一緒に歩いていく中で、イエス様はそんな期待する政治的活動などせず、ユダヤ人が皆、忌み嫌い避けるような罪人に声をかけ交わり、友と呼び一緒に食事をしました。そして、エルサレムを前にしても、繰り返し繰り返しイエス様が弟子達に教えるのは、自分は地上に政治的革命を起こすとか、新しい地上の王国を実現するとかではなく、「自分は祭司長たちに捕らえられ、苦しめられ、十字架につけられて死んでよみがえる」ーということでした。それはついて来た弟子達にとっては訳の分からない、あり得ない、期待はずれのことばかりでした。ペテロは「そんな事があろうはずがない」とたしなめることになります。そのようにやがて弟子たちは何のために自分たちは召されたのか。「なぜ?」と思い、この先にどんな理由と答えがあるのかと思うことでしょう。そしてさらに、弟子達が自分たちを見つめさせられる時にも問題に直面させられたことでしょう。まさに自分が救い主の弟子である自分に勝手に思い描いていた期待、しかしそれとは裏腹の自分の弱さや罪深さや不完全さの現実に直面させられる時、「なぜ、こんな自分が」とその召しに疑問を持たされ壁にぶち当たることになります。まさにそれは現代のクリスチャン、私達が自分を見るときに直面させられる葛藤です。「自分には何もない。何もできない。弟子として、クリスチャンとしてふさわしくないものだ。罪深いもの。弱いもの。聖くない。だから義に値しないものだ。」そのように自分自身に葛藤するのです。
B,「主の側に理由がある」
しかしです。イエス様のことばは私達に教えているように思わされます。それは、「主がお入り用なのです」 そのことばです。私達の理性や常識や価値判断の基準では分からない。思いもよらないこと。しかしイエス様にとって理由は、はっきりとしている言葉でしょう。そのロバの子が召され用いられる理由は、人間が建て上げたり予測できるような合理的な理由があるからではない。どこまでも「主がお入り用だから」なのです。私たちの召しにおいても同じです。私たち「人間の側で私たちが建てあげ期待できるような合理的な理由や根拠があるから」とか「それに即してだからあなた方を「召します」。だから「必要なんだ」、とは父子聖霊なる神様は言わないのです。ただ「主がお入りようなのです」、それだけです。人間の方は、自分の召しにも人の召しにも色々理由づけをしたがります。それで人間の側の自分や組織の期待した通りのことに当てはまらないと「あの人は召されていない」「あの人の召しは嘘だ」「あの人は期待外れだ」と人は言うものです。教会の中でも、クリスチャン同士でもです。そのようにして主が召された牧師や自分の教会の兄弟姉妹を人間の勝手な理由付けで退けたり非難するような声を聞いた経験は残念ながら少なくありません。あるいは、自分で自分に勝手に思い描き期待するクリスチャン像に自分が合わないからと、自分の救いの召しや救いの確信を疑い、失望することも、クリスチャンは誰でも経験することかもしれません。しかし、主が用いる理由。主に召された理由。今、救われクリスチャンである理由。なぜ、どうして、何のために?それは「主がお入り用だから」なのです。それはまったく「主の」目線、「主の」思い、主の目的と計画で、「主が」お入り用だから、なのです。つまり、それはまず、私達にははっきりと完全に知る事ができない事を意味しているでしょう。しかし、「主がお入り用だから」ーそこには、主にある「確かさ」があるでしょう。むしろ「主が」必要であり、そのために呼ばれ、召されて今があるなら、自分が自分を見て不安や失望があっても、「主の目」「主の理由」であるがゆえに、決して不安や失望ではない、期待と希望があるのではないでしょか。「主の目、主の理由である」と見るならばです。「主がお入り用なのです。」ーこのことば。イエス様は、ローマ軍の将校が勇んで乗る血統の優れたカッコイイ馬ではなく、この村の名も知らない家のロバの子供を召しました。しかもまだ一度も誰ものせた事もないロバ。ロバの子供です。合理的な分析や理由付けをしようとするなら、こんな何もできないロバの子供「何ができようか?不安で、頼りない。」と人は見るでしょう。人間の合理性ではそのような判断になり退けられます。しかし、聖書の神の前にあっては、全く逆説的です。「主がお入り用だから召される。主が用いられる。「「主が」お入り用だから」なのです。
それは、私達が自分や、誰かを見ての、大きいから小さいから、できるからできないから、ふさわしいからふさわしくないから、若いから若くないから。等々。それらの人間のたてる理由は評価は一切関係ありません。「私達の目」「私たちの評価」「私たちの合理性」人間のたてる「社会の実利性」等々に基づきません。「主の目。主の理由。」ー「主がお入り用だから。」なのです。その視点を「自分が」から「主が」に転換する時にこそ、私達は、「自分がの傲慢さ、「高ぶり」からも解放されるし、他人を裁いたり、隣人の召命を疑ったり、あるいは「自分なんて」と自己憐憫からも解放される道があるでしょう。私達の存在は、「私が」「自分が」「あの人が」の理由ではなく、「主がお入り用だから」につきるのです。 アドベントのこの時、教会の暦では新年です。主の到来の恵みを覚えるこの時、今日も私たちは「主がお入り用なのです。」という私達へ向けられた「主の理由をしっかりと心に留めようではありませんか。私達一人一人は「主が必要な、お入り用な存在」として召されているのです。「主が」必要なのです。主の目、主の思いが、必要だといってるのです。そのために、救われ、召され、生かされ、導かれている私達です。それは、私達から見て良い状況ばかりではありません。私達から見て良くない状況、試練や困難さえも、しかしそれは、主がお入り用だから。必要だから。私達はそこへ召されているのです。「私が〜だから」「あの人がどうだ」ではなく、「主がお入り用だから」ーそのことばをしっかりと心にもってこの教会の新年のスタートをしましょう。
4、「イエスは十字架にかけられ死ぬために」
さあ、そのようにして、ロバは連れてこられ、イエス様はその上に乗り、エルサレムへと入るのです。7節〜10節ですが「二人が子ろばを連れてイエスのところに戻って来て、その上に自分の服をかけると、イエスはそれにお乗りになった。 多くの人が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は野原から葉の付いた枝を切って来て道に敷いた。 そして、前を行く者も後に従う者も叫んだ。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。我らの父ダビデの来るべき国に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。」」 みな「ホサナ。祝福があるように」と歓迎するのです。しかし、この所は思わされるところです。イエス様のエルサレム入場は、それは、十字架へかかるための入場でした。そして、今歓迎のことばも、このエルサレムではやがて「十字架へつけろ」に変わって行きます。このところは人間の現実を教えているように思わされます。それは、人が自らの力で行う礼拝も、歓迎も、賛美も、すべて不完全であるということです。この人々の礼拝、歓迎、ホサナという賛美も、祭司長たちへの賛同へと変わりました。まさにイエスが、人間が思い描き計画し期待する自分たちの期待通りの、自分たちの願い通りの地上の物事を満たしてくれる王様、メシヤではなかったからです。イエス様は、地上のイスラエルの再興や、独立のために来たでもありません。十字架にかかるために来ました。しかし、それは人々にはわかりません。いや分かる事ができないでしょう。人々は、その自分たちの期待を否定するイエスに失望しました。イエス様が与えようとする神の国の福音、罪を赦すための十字架の言葉は彼らにはわからず期待外れだったのです。そして、ついには人々にとっては極悪人の刑罰である十字架にかけられるイエス。人の前では敗北と大罪の象徴に直面します。恐ろしく残酷な十字架に、メシヤなど見なかったのでした。そこに私達の罪の身代わりと真の救いである罪の赦しがあるとは誰も分からないのです。弟子たちでさえもです。弟子たちは復活の後に、聖霊によって目が開かれそのイエス様のみことばと救いの意味を初めてわかるようになるのです。それから宣教が始まるのです。
人は、私達はどこまでも罪人です。そのなす業、礼拝や賛美であっても、決して、私達の業が、救いを完成するのではないのです。私たちの功績や貢献が神の国を完成させるのでもありません。いやできないのです。私達はどこまで不完全なものであり、不完全な礼拝者、賛美者にすぎません。しかし、ここでも唯一、全てを理解して、まっすぐと主の道を行き、主の御心をなすためにまっすぐに進む唯一の姿があるではありませんか?周りの群衆ではありません。弟子たちでもありません。イエス・キリスト、その方お一人です。イエス・キリストこそが、十字架へと向かい、十字架を負われました。私達ではありません。私達はむしろイエスを十字架にかけろと叫んだ方であり、かけた人々の方です。逃げた方であり、裏切った方であり、三度知らないと否定した方なのです。 私達自らでは主の事を実現する事は何もできません。主を礼拝し、歓迎し、賛美しているようでも、私自身、いつの間にか、自分勝手、自分本位になり、自分の期待通りではなかったら、主を疑い、不平をいい、否定し、十字架につけろと否定する側にいるものであることを気づかされます。実に不完全な存在です。しかし主イエス様こそ、イエス様だけがまっすぐと十字架の道を行き、十字架を負われました。私達のためにです。私達の身代わりとしてです。このイエスの名とその聖なる完全で力ある福音のみ言葉のゆえにこそ、私達の不完全な礼拝も賛美も祈りも、完全な礼拝と賛美として神に喜ばれ、受け入れられるのです。実に、私達の救い主はただ一人です。主イエス様こそ、私達のための救い主。イエス様との聖なる福音こそすべての全て。イエス様こそ先を行って導き、事を行ってくださったお方。行ってくださるお方です。イエス様こそ救いの完成者、助け主にほかなりません。ですから、聖書はいいます。ヘブライ信徒への手紙12章1−2節「こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、 信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら。このイエスは、御自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、神の玉座の右にお座りになったのです。2節は新改訳聖書ではこうあります。「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスはご自分の前におかれた喜びのゆえに、辱めをものともせずに、十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。」(ヘブル12章2節) どうなるか分からず、先に何があるのかわからず、「ついて来なさい」のその聖なる福音の言葉にただ従って来た弟子たちです。人から見ればエルサレムに近づくほどに、自分たちの期待とは違う方向にさえ行っていました。しかし、イエスの後について行って、イエス様の聖なる力ある真実な言葉に導かれて行く事によって、彼らもまっすぐと進んで行きました。確かに途中、弟子たちは拒んだり、逃げたり、裏切ったり、否定したりしました。しかし、そのことを悔やんで、悔い改めイエスとその言葉に向いた時、イエスの憐れみにすがった時、彼らは立ち直りました。ユダはむしろ、イエスに向かなかったから、悔やんでもイエスに立ち返らなかったから、滅びました。しかしイエスとその聖なる真実な言葉を見て、目を離さないで、何度でも立ち返っていく、そのようにして完成者であるイエス様について行く時、完成があることを、弟子たちは示しているでしょう。私達一人一人もそれと同じです。確かに「キリストの姿に変えられて行く、似せられて行く」とは聖書にはあります。しかし、それも「私達が自ら、修行と努力でなる」とは一つもかいていません。その「聖化」についても小教理問答書にはっきりとあります。聖化は、私たちの理性や力ではできない。しかしそれはその聖なる真実なみことばと聖霊による目に見えない主の業であり、完成は地上でなく、主が導く新しい天と地に至るまで、主によって変えられて行くことが聖化であるとルターは教えているでしょう。私達がなるのでは決してありません。「主が」変えてくださるのです。
5、「結び」
今日は教会の暦の新年です。仮にその一年の目標に人が「一つも罪を犯さないようにする」とか「聖書を神を完全に理解する」というのを掲げても決してできません。「完全なクリスチャンに、完全な親に、完全な夫に、完全な牧師に、完全な教会に。」と掲げても、それもできないことです。私達はどこまでも、「主があなたをお入り用なのだから」「必要だから」といって召してくださり救ってくださった主、信仰の創始者であり完成者である主を、まっすぐと見て、ついて行く、それこそ変わることのない私達の歩みであり使命です。それでも何度でもはぐれます。しかし、それでも主は私たちを何度でも呼び寄せて教えてくれるでしょう。そのために今日も礼拝に集められているし、そのために聖なる真実な神の言葉と聖餐が与えられるでしょう。その主の声に、私達たちはその度ごとに戻って、悔い改めて、ついて行く。そのような私達なのです。その救いの歩みを完全になす事ができるのは、唯一の救い主、イエス様であり、そのみことばと聖霊にほかなりません。今日もイエス様は変わることなく私たちに宣言してくださいます。「あなたの罪は赦されています。安心して行きなさい」と。ぜひ、この福音の宣言と、今日も私たち一人ひとりに変わることなく「主があなたをお入りようなのです」と言ってくださるその恵みを覚え、平安のうちにここから遣わされて行きましょう。
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように アーメン
「聖書の御言葉を自由に使う」とは?
先週の礼拝の初めに詩篇98篇を朗読した時、前半は神の成し遂げた驚くべき救いと恵みの業を賛美する内容、その業はイスラエルの民の枠を超えて諸国民にも知らされるような業であったこと、そして同篇の終わりは神が諸国民を裁く日が来ることについて述べていることをお話ししました。この神が成し遂げた世界に知らしめるような驚くべき業とそれに続く裁きとは何を意味するのか?ダビデの時代なら、驚くべき業はかつての出エジプトの出来事、裁きはエジプトに対する罰という具合に過去に起こったことと理解されたでしょう。バビロン捕囚後に祖国に帰還した民だったら、帰還と神殿の再建が神の驚くべき業と理解されたでしょう。しかし、諸国民に対する罰とは?バビロン帝国がペルシャ帝国に滅ぼされたことか?しかし、イスラエルの民はその後もペルシャ帝国、アレクサンダー帝国、ローマ帝国に支配され続け、詩篇98篇は過去の出来事と結びつけるのが難しくなるのではないか。
しかし、神の救いと恵みの業が起こったことが将来の裁きと関連するという出来事が起こったのです。イエス・キリストの十字架の死と死からの復活がそれです。この関連を使徒パウロはアテネのアレオパゴスで居並ぶギリシャの知識人や哲学者を前にして述べたのです!(使徒言行録17章31~32節)。
パウロのアテネでの証しの土台に詩篇98篇が本当にあるのか?これを証明しようとしたら、ギリシャ語ヘブライ語の文章の分析からはじめて、第二神殿期のユダヤ文書の中に詩篇98篇に関わる思考を見つけ出して体系化してパウロの証しとの関連性を論証しなければなりません。こうすれば釈義学(歴史的聖書学)の論文が一つ出来上がります。しかし、発表すればしたで批判や反論が必ず出てきます。学術的な営みとはこういうものです。このようにして学問は発展するのです。
そうすると、あらゆる批判や反論に耐えうるようなものができない限り、パウロの証しの土台に詩篇98篇があるなどと言ってはいけないのか?この手の問題について昔、フィンランドの友人の牧師と話し合ったことがあります。O.コスケンニエミという、父親はSLEYの元会長、祖父は大正時代に池袋、諏訪、飯田で教会設立に携わったSLEYの元宣教師。彼曰く、ルター派の教義に反せず、それを深めるものであれば御言葉は自由に用いていいのだ。考えてみれば、どこの教派もそれぞれの仕方で同じことをしているのでしょう。ただし、一つ忘れてはならないことがあります。パウロにしても他の使徒にしても皆、旧約聖書が血と肉と化していた人たちです。彼らが旧約聖書を理解しようとした時、イエス様の教えと出来事が理解に新しい地平を開いたということです。そしてそれはイエス様自身が前もって始めていたのです。