歳時記

ハス・ 蓮

咲き始めの蓮の花は本当にきれいですね、藕絲館の庭で見つけました。 今回は「古事記」の中から見つけた歌です。その昔、雄略天皇が大和の初瀬川で洗濯していた美しい乙女に出会い、「そのうちに召し出すから嫁がずにおれ」と云って帰り、そのまま忘れてしまった。純情な娘は今か今かと待ち続けとうとう80歳に。天皇は「そなたが志を守り我が言葉を待ち続けて、いたずらに身の盛りの年ごろを過ごしてしまったというのは誠に愛しく申し訳ないことだ。 我が心の中では抱き合いたいと思ってもお互いこの年ではのう」と謝ったところ老女は涙を流して
「 日下江(くさかえ)の 入江の蓮(はちす) 花蓮(はなはちす)身の盛り人 羨(とも)しきろかも 」「古事記」田部赤猪子
( 日下江の入江、その入り江に咲く蓮よ花の咲いた蓮に似た 女身の盛りの人たちは なんと美しいこと あの人たちが羨ましいことでございます )

歳時記

撫子・カワラナデシコ

ベランダの撫子が咲き出しました、娘たちと孫娘たちが夫々6・8・9月と撫子の花の季節に生まれましたので我が家にとっては思入れの深い花です。 大伴家持も撫子がとても好きだったようで多くの歌を残しました。赴任先の越中で家持が詠んだ歌ですが、ここで詠んでいる娘子とは、奈良の都に残してきた妻の坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)です。大伴家持 万葉集 巻18 4114番歌「なでしこが花見るごとに娘子(をとめ)らが笑(ゑ)まひのにほひ思ほゆるかも」(なでしこの花を見るたびに妻の笑う美しさが思い出されるものだ。)

歳時記

青紅葉

この季節、紅葉の新緑が美しですね。「爽やか」の表現がピッタリの感がします。 青紅葉は別に若楓とも言われて徒然草139段にも「家にありたき木は・・・卯月ばかりの若楓、すべて、万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり ・・・・」と記されています。紅葉は秋によし、春によしで桜と並んで私たちの心を和ませてくれます。

歳時記

桐の花

桐は奈良時代から平安時代にかけて中国から伝わったとされています。 紫色の花を咲かせることから高貴な花とされてきました。近くの公園の奥に見上げるほどの桐の大木があります。根元に散った花を拾い集めてコップに挿して愛でています。薄墨紫?とも言える渋い紫地にゴマフ模様の柄を散らした洒落た反物を思わせます。この時期に咲く藤の花と並んで多摩丘陵の叢林を彩っています。

歳時記

カタオカサクラ

尾根緑道の一隅に咲いている「カタオカザクラ」を見るのが楽しみで先日行って来ました。 山梨県塩尻の産で源樹は山火事で消滅しましたが一本だけ日光市に保存してあったのを接ぎ木しながら増やしてこの地にも寄贈されました。たしか当初は4・5本ありましたがこの一本だけ残し他は枯れました成長しても4・5m止まりでそれ程大樹にはならないようです。花は白から濃いピンクに変わるので二種類の花の色が楽しめます。

歳時記

神代桜

山梨に行って来ました。北杜市武川の「神代桜」を見てきました。日本三大桜の一つと言われています。どこそこの薄墨桜、 何とかの枝垂れ桜と並んで日本最古の江戸ひがん桜だそうです。樹齢約1800年~2000年と言われていますので3世紀頃に生えてきたのでしょうか。弥生から古墳時代あたりですね。大武川の右岸の大地に2000年近くも生き続けてきた古木はどんな人間たちのドラマを見てきたのでしょうか。いまは一塊のオブジェの如く静かに蹲っています、そしてこの一塊のオブジェが生きている証として季節ごとに花を咲かせ、葉を茂らせています。

 

宣教師の週報コラム フィンランド・トゥルクの「クリスマスの平和宣言」

12月24日のクリスマス・イブの日、フィンランドのトゥルク市には14世紀から続いている「クリスマスの平和宣言」という行事があります。 その日、ブリンカラという名称で親しまれる市の会館前の「旧大広場」に大勢の群衆が集まります。トゥルク大聖堂の12時を知らせる鐘が鳴ると、軍楽隊の伴奏で群衆は一斉にルターの讃美歌「神はわがやぐら(日本のルター派教会の教会讃美歌450番「力なる神は」)」を歌います。歌い終わると会館のバルコニーから市の儀典担当者が巻物を広げて次の宣言文をフィンランド語とスウェーデン語で高らかに読み上げます。

「明日は、もし神がお許しになるのであれば、我々の主であり救い主でおられる方の恩寵溢れる降誕の日である。それゆえトゥルク市にクリスマスの平和を宣言する。市民はこのお祝いに相応しい敬虔さをもって祝い、静かに騒ぎ立てぬよう振る舞わなければならない。なぜなら、この平和を破り、違法あるいは相応しくない行為によってクリスマスの平和を乱す者は、重大事案が生じたことになるので法令がそのために別途定めている刑罰に処せられることになるからである。それでは、トゥルク市に居住する全ての住民にとってクリスマスのお祝いが喜びに満ちたものになるように。」

読み上げた後、再び軍楽隊の伴奏で今度はフィンランド国歌を斉唱し、最後は「ポリ市民行進曲」の演奏で終わります。大体15分位の内容ですが、テレビ中継され国民のほとんどが注視するひと時と言っても過言ではありません。ヨーロッパでは中世から同じようなクリスマスの平和宣言はどこでも行われていたそうですが、現在も続けているのはフィンランドのトゥルク市だけだそうです。

「クリスマスの平和宣言」をYoutubeで見る

宣教師の週報コラム 礼拝の意味

新聞のコラムにアランというフランスの哲学者(本名エミール=オーギュスト・シャルティエ)の次の一文が掲載され目を引きました(朝日10月24日「折々のことば」)。

「礼拝の規則は、さまざまな動きに規律を与えて、あらゆる情念、あらゆる情動を鎮めるものだ。」

私たちルター派教会の礼拝は、ご存じの通り定められた礼拝式文に従って執行されます。教派によっては、形式に取らわられずに自由な形で行っているところもあります。恐らく若者はそういうやり方がしっくり行くのかもしれません。それででしょうか、ルター派に限らず伝統的な教派は若者があまり集まらず高齢化が進んでいるように思われます。

不思議なことにフィンランドでは、もちろん国教会の普通の主日礼拝はどこも閑散としていて高齢者が目立ちますが、SLEYの礼拝は国教会の式文に従うにもかかわらず、またそのメッセージも国民の多数派から呆れかえられる位に保守的なのにどこも満員御礼で若者や子供連れの若い家族で一杯になります(コロナ禍の今は少ないですが)。どうしてでしょうか?

SNS旺盛時代の今、あらゆる情念やあらゆる情動が野放し大放出になっています。そうした中、心のさまざまな動きに規律を与える礼拝は魂を鎮めて安らぎと落ち着きを与える意味があると思います。

SLEYの礼拝に、「喜びのミサRiemumessu」という音楽をふんだんに使った聖餐式礼拝があります。奏楽はゴスペル・ロックバンド、司式の言葉は全てポップ調のメロディーで歌いますが、式の内容は罪の告白、赦し、聖書日課、説教、信仰告白、教会の祈り、奉献、聖餐式、祝福と伝統的な式文そのままです。SLEYの夏の全国大会の土曜日夕方の野外礼拝で7,000~8,000人位に聖餐を授ける礼拝の時にいつも用いられます。翌日日曜日の聖餐式礼拝は通常の形で行いますが人数は変わりません。

宣教師の週報コラム

Janne Karaste, Suomen lippu, valokuva, CC BY-SA 3.0

12月6日はフィンランドの独立記念日

12月6日はフィンランドの独立記念日。毎年恒例の大使館でのレセプションは昨年はコロナ禍で中止になったが今年は開催された。 (3日金曜日にあり行ってきました。一足早くクリスマス料理を味わってきました。)

フィンランドの12月6日は独特な雰囲気のある日であったことをよく覚えている。冬の薄暗い日中、家ではパイヴィが子供たちとせっせとピパルカックを作り、晩になると大統領官邸でのレセプションのテレビ中継を見たものだ。その日のテレビ番組は第二次大戦の出来事を特集する番組が圧倒的に多く、フィンランド人はいかに独立したかよりも、いかに独立を守ったかの方に関心があるのかと思ったものだった。

それは理由のないことではない。1919年の独立当時のフィンランドは国内は分裂状態で、独立後も、左右イデオロギーの対立、都市部と農村部の対立、フィンランド語系とスウェーデン語系の対立が激しく、今風に言えば「分断国家」であった。それは徐々に解消に向かうが、それを一気に解消したのが第二次大戦での(当時の)ソ連との戦争であった。外的な脅威に対して国民が一致団結したのである。

戦時中の標語に、祖国(isänmaa)自由(vapaus)信仰(usko)の3つが守られるべきものとして唱えられた。「祖国」とは日本風に言えば「兎追いしかの山」であり、「自由」とは自由と民主主義の政治体制であり、「信仰」とはルター派教会である。フィンランド人は国家的困難によく耐え乗り越え、M.ヤコブソンが言ったように、第二次大戦に参戦した欧州の国で英国とフィンランドのみが占領を免れ戦前の国家体制を維持できた国だったのである。

「戦前の国家体制の維持」と聞くと、大方の日本人は顔をしかめるかもしれない。なぜなら、日本のそれはかつて丸谷才一が言ったように、お上に盾をついたと言いがかりをつけられないかビクビクしなければならない体制だったからだ。しかし、フィンランドは戦時中も国会は社会主義政党から保守党まで揃う議会制民主主義が機能していた国だったのだ。(そんな国がなぜ最後はナチス・ドイツ側に立って戦うことになってしまったかについては、国際政治史の専門家に聞いて下さい。私も少しは説明できます。)

フィンランドの例は、「国を守る」という時、 情緒面だけでなくvapausの重要性も示していると言える。なぜなら、それはこの国は守るに値する国だと理知的に確信できる根拠になるからだ。 それと、uskoがvapausと両立することも重要であることは言うまでもない。日本では愛国心を育む道徳教育が義務教育で必修になったが、準備段階でこのような視点で考えられただろうか?

さて、今のフィンランド人に守るべきものは何かと聞いて、上記の3つは果たして出てくるだろうか?思うに、「信仰」が危ういかもしれない。というのは、1990年代まで国民の90%以上がルター派国教会に属していたが、以後国民の教会離れが急速に進み出し、現在は70%を割ってしまっているからだ。戦時中は大統領から国民に至るまで上記の3つが守られるよう懸命に神に祈ったものだ。ソ連との交渉に臨む代表団がヘルシンキ中央駅を出発する時、見送りに来た群衆が一斉にルターの讃美歌「神はわがやぐら」を歌って送り出した気概はもうないのだろうか?(2020年12月6日初掲載)

今年はビュッフェはセルフサーヴィスではありませんでした。 フィンランドの伝統的なクリスマス料理です。 デザートもこのようにかわいく盛り付けてくれました。

私のクリスマスの旅


1. 友だちから「ピックヨウル(小さいクリスマス)」のプレセント*をいただきました。ハートのシールが付いた可愛い袋の中には、柔らかな紙に包装された小さな包みがありました。胸を高鳴らせながら包みを開いているときには、その贈り物が私をどんな旅へと連れ出してくれるのかまだ想像できませんでした。 *フィンランドでは、12月の始まりを「小さいクリスマス」と称して祝う習慣があります。

2. 包みの中には、ヨセフ、マリアと赤ん坊イエスの「キリスト降誕のシーン」の素敵な「スノーボール」がありました。ボールの下におかれた子羊は、「どうして聖家族は馬小屋にいるのかな」と不思議そうな表情をしています。ボールの中で雪が降りつもる様子から、 私はきらきらとしたホワイト・クリスマスを連想したのですが、一番初めのクリスマスは、現在のクリスマスとは全く違う、雪が家まで吹き込むような過酷なものだったでしょう。

3. スノーボールの雪が下に落ちたころ、私は若い両親に目を向けました。生まれたばかりの赤ん坊を一心に見つめる母親と父親は何を考えていたでしょうか。そんなことを考えながら、私の思いは、遠く最初のクリスマスに向かいました。

4. その頃のイスラエルでは、国を解放する強い支配者が王座に就くことが待ち望まれていました。イスラエル人はこれまで何度も様々な他の国々による支配を経験していたからです。その時は、ローマ帝国による圧制が敷かれていました。イスラエル人は昔から聖なる預言者たちの口を通して、ダビデの血筋から偉大な王様が出るという預言を聞いていました。しかし、その預言から既に数百年が経とうとしていました。人々はそれを信じることができていたでしょうか。預言によれば、旧約聖書に記されている偉大な王様に先立って、エリヤみたいな預言者が現れるはずでした。。。

5. ある日のことです。ザカリアという祭司が、エルサレムの神殿で祭司の当番を務めていました。彼の前に天使が現れ、ある知らせを告げました。ザカリアの妻エリサベトは男の子を産み、その子をヨハネと名付けなさいとのことでした。その名前は「神は憐れんでくださる」という意味でした。彼は主の御前に偉大な人になり、預言された王の為に、道を整えるのです。ザカリアは恐怖の念に襲われました。今が、神様の約束が実現する時なのですか?そしてザカリアと妻が、そのことに巻き込まれるのでしょうか?

6.ザカリアの心は不信仰に陥りました。彼らのような、年をとった人が子どもを授かることができるでしょうか。この疑いのせいでザカリアは口が利けなくなってしまいました。天使が「知らせた事が起こる日までザカリアは話すことができなくなる」と告げた通りです。ザカリアが聖所の中で香りをたいていた間に、民衆が外で祈って待っていました。人々は、神殿から出て来たザカリアが話すことができなくなったことを見ると、彼が聖所で幻を見たのだと分かりました。

7. その頃、イスラエル北部ナザレという小さい町では、ある一家が喜びの興奮に満たされていました。彼らは、結婚式の準備をしていたからです。家の娘マリアは、偉大な王であったダビデの子孫であるヨセフという男の人と婚約していました。マリア自身はどんな気持ちで結婚式を待っていたでしょうか。この若い乙女はどんな夢を持っていたでしょうか。他の大勢の若い女性のように、自分の家や家族について夢を見ていたでしょうか。

8. ある日、予想外の出来事が起こりました。一人で家にいたマリアを、天使ガブリエルが訪れたのです。天使は、挨拶をし、怖がるマリアに不思議な知らせを伝えました。マリアは男の子を産む、その子は普通の子どもではなく神のみ子だ、その男の子をイエスと名付けなさい、というのです。最初の戸惑いから落ち着きを取り戻したマリアは、「どうして、そんなことがありえましょうか。わたしはまだ結婚さえしていないのです。」と尋ねました。

9. マリアは、聖霊といと高き方の力によって妊娠するとガブリエルは答えます。天使は、マリアの親戚で高齢のエリサベトも男の子を身ごもっていることを伝えた上に、神にできないことは何一つないと言いました。マリアは安心して言いました。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」

10. 若いマリアは、天使のメッセージがいったいどんな意味であったのか、わけが分かりませんでした。彼女は、ぼんやりと家の中を歩いていました。それを見た両親とヨセフはきっと驚いたことでしょう。マリアは、どうしても誰かと話したかったのですが、彼女の気持ちを理解してくれる人はどこにいるのでしょう。マリアはエリサベトに会いに行くことにしました。マリアは、ユダヤの山里にある親戚の家までの長い旅の間に、ゆっくり考えることができたでしょう。神様は、本当にこのマリアを預言された王様の母親にと、選ばれたのでしょうか。

11. 二人の女性たちが会うと、エリサベトの胎内の子が喜びおどりました。エリサベトは挨拶をし、マリアを幸いだ、女性の中で最も祝福された方だ、そして主の母親だと言いました。親戚の家で時を過ごすことによって、マリアは多くの面で癒されました。不思議な妊娠を経験した他の女性からの支えを通して、聖霊が働き、この世で類を見ない妊娠を経験するマリアを力付けました。

12. マリアは、自分の体に起こっていることを理性では理解できませんでした。しかし、感情が開放されるにつれ、この唯一の経験に対する言葉を次第に見つけ始めました。マリアは、心から湧き出る賛美を通して、神聖なそして偉大で真実な神様を褒めたたえました。神様が先祖に与えた約束は実現します。この平凡な若いマリアに、その大切な役割が与えられたのです。

13. エリサベトの出産が近づきました。今度は、生まれたばかりの男の子を抱いたザカリアが賛美する順番です。九ヶ月以上声を発することのなかった口から、神様を讃える讃美が発されました。彼は父親になったことだけでなく、息子ヨハネのためにも喜びました。彼には、昔から預言された救い主のために、人々の心を準備する役目が与えられているのです。

14. 三ヶ月ほどの滞在を終え、マリアは家路へとつきました。すごい秘密を抱えながら。帰宅したマリアを迎えて、きっと家族は安心したことでしょう。これからまた結婚式の準備をはじめます。けれども、計画は思った通りに進みませんでした。マリアが身ごもっていることが明らかになったからです。両親がどのように反応したか、想像に難くないでしょう。「何が起こったのですか。マリアは何をしてしまったのですか。」

15.ヨセフも同じ疑問でいっぱいでした。彼にとって、とても厄介で嫌なことでした。ヨセフは法を重んじるユダヤ人でしたから、がっかりしながらも婚約をどのように穏便に取り消すことができるかと思い悩みました。マリアに恥をかかせたくなかったので、ひそかに縁を切ろうと決心しました。

16. 暗く思い悩むヨセフに、驚くべきことが起こりました。夢の中で天使が現れて、マリアと結婚するようにと励ましたのです。マリアは聖霊の力によって身ごもったと天使は語りました。ヨセフは赤ん坊をイエスと名づけるべきです。その名前は「主は救う」という意味です。その子は自分の民の救い主となるのです。

17. 眠りから覚めたヨセフには、メシアについての預言がマリアを通して実現することがはっきりと分かりました。「おとめは男の子を産み、その子をインマヌエルと呼ばれます。その名は「『神は我々と共におられる』という意味です。」これが分かったヨセフは安心しました。胎内の子の父である神様ご自身が、ヨセフを男の子の育て親としたのです。それでヨセフは思い煩うことなくマリアを妻として迎え入れました。

18. 出産の間際になって、マリア達は長い旅に出ることになりました。皇帝の命令によって、全国民を対象とする税制が準備されました。そのために、全ての人が自分の町で納税者の登録をしなければならなくなったのです。ダビデの家に属していたヨセフは、いいなずけマリアと共にダビデの町ベツレヘムへ旅立ちました。

19. 過酷な旅では、身体を清潔にしたり、食事をしたり、ゆっくり休んだりする以上の望みはなかったでしょう。しかし、生憎、町の宿は客でいっぱいでした。その時、月が満ち、マリアの陣痛が始まりました。マリアとヨセフは仕方なく馬小屋に泊まることになりました。マリアは家から離れた、質素なところで初めての子を産んだのです。

20. 皆が寝静まった頃、町の近くの野原では、羊飼いたちが自分の群れの番をしていました。どこも、安らかで静かでした。突然眩しい光が現れ、羊飼いたちを怖がらせます。天使が現れ、羊飼いたちを静めました。民全体に関わる不思議な知らせを伝えるためです。「ベツヘレムで救い主が生まれました。その方はキリストである主です。布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている幼子を探せば、羊飼いたちはその子を見つけるでしょう。」

21. すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言いました。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

22. 羊飼いたちは驚きましたが、躊躇することなく町へ向かいました。マリア、ヨセフと飼い葉桶に寝かせた幼子を見つけ、野原で聞いたり経験したりしたことを、全部話し聞かせました。天使が宣べ伝えたことを聞いて皆、驚きました。マリアも静かに、その話を聞き、心に収めました。起こった出来事を、後で思い巡らせるためにです。

23. 私のクリスマスの旅は、これで終わりですが、神様の素晴らしい愛については、今も思い巡らせつづけています。神様は若いマリアの腕の中に、すべてをお造りになった主、神様がお選びになったキリスト、また名前の通りに救い主となる子を与えてくださいました。神様はこの幼子を、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」とし、この幼子のうちに、私たちのところに来られました。

24. こうして、私はクリスマスの旅から戻りました。羊飼いたちのように、見たり聞いたりしたすべてのことを、神様に感謝し讃えながら。 ♫私たちの心を、クリスマスに備えましょう。安らかな心に、幼子イエスが再び生まれます♬ ♫クリスマスの子があなたの心に宿れば、クリスマスはずっとあなたと共にあります。♬

25. 最も素晴らしいクリスマスプレセントは、皆さんの心に贈られます!良いクリスマスを!

 

文・写真:パイヴィ・ポウッカ
翻訳:パイヴィ・ポウッカ & 杉本輝世