フィンランドの教育

フィンランドの教育 「長い目で」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2012年3月

子供のころ聞いた話で「るうてる」一年間の記事を終えたいと思います。

ある賢いおじいさんが七歳の孫と話していました。「さあ、アキ、立派な一年生になったね。学校で何が習いたいんだ?」とおじいさんが質問しました。「算数もスポーツもよくできるようになりたい!」とアキ君は目をきらきらさせて答えました。そこで、おじいさんはこう続けました。「じゃ、小学校、中学校も終わって高校も卒業したら何をしたいんだ?」「いい大学に入りたい!」「それから?」「そうだなあ、大きい会社で働いて、金持ちになって、スポーツカーを買うんだ!」「そうしたら幸せかな?」おじいさんは聞きました。「うん、もちろん!結婚して子どもたちのお父さんになって、立派な家に住むんだ!」「すごい夢だねえ。で、その後は?」「楽しく生きる!」「それだけ?じゃ、おじいさんになって仕事をやめたらどうする?」とおじいさんはアキ君に聞きました。「そうだなあ、旅行したり遊んだりするよ。」「その後は?」すると、アキ君は悲しそうに「死んで終わりだ。」と言いました。「それはまだ終わりじゃないよ。」

そこで、おじいさんは静かに聖書を開いて、アキ君にこう読んであげました。「イエスは言われた。わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」(ヨハネ11章25節)。そして、アキ君を見て「イエス・キリストは天国への道だ。小さい時からその道を知っていれば、お前は幸せだ。」とおじいさんは言いました。

人間にとって子供を教育することほど大切な責任はないと思います。子供たちを長い目で育ていきましょう。全ての子供は天国のために造られた者です。

良いイースターを!

Paivi Poukka, スオミ・キリスト教会

写真Dreamstime.com

フィンランドの教育 「学力だけでいいか」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2012年2月

教育に大切で必要なこととは何でしょうか。「学力」でしょうか。

第二次世界大戦の後、子供たちの生活はずいぶん変わってきました。日本やフィンランドのような先進国は、経済発展に従って物質的な豊かさは今まで見たことのないほど増加しました。学校教育の水準もどんどん伸びてきて、両国はPISAという国際的な学力調査によると「学力」の高い国になりました。では、このような良い状態さえあれば、子供たちは幸せだと思うでしょうが、現実には様々な問題が増えています。例えば、フィンランドの学校にもいじめがありますし、ストレスや精神的なことによる問題も珍しいものではありません。アルコールや麻薬を使う青年たちの数も増えています。また日本ではキレやすく荒れた子供たち、いじめ、不登校や引きこもり、万引きや引ったくり、暴力などという生徒の問題もあるようです。

「学力」も大切なことですが、教育水準が高いならば、教育レベルが世界で「一番」「二番」「三番」と心配するよりもっと大切なことがあるのではないでしょうか。例えば、私は、日本人とフィンランド人の共通の関心事の一つは、教育が、いかに、生徒の行動的・社会的・精神的問題に影響を及ぼせるかを考えていることではないかと思います。重要なのは人として成長させることでしょう。

キリストはこう言います。「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得を支払えようか」(マタイ16章26節)。これを理解するなら、私たちの教育観はより深いものとなり、高い学力ばかりを目ざす狭い視点を広げることができるでしょう。

Paivi Poukka, スオミ・キリスト教会
写真Dreamstime.com

フィンランドの教育 「大切なあなた」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2012年1月 

春学期は、卒業試験を目前にしたフィンランドの高校生には、大変なストレスを感じる時期です。2月の中旬には全ての授業が終了し、その後、家での自習期間にはいります。その期間中、高校生は3月14日〜30日に行われる様々な試験にむけて、勉強します。

しかし、その準備に入る前に、小学校から12年間に及ぶ教育を終了した3年生はお祝いをします。生徒達は、テーマを決め、そのテーマにそった面白い恰好で学校に集ります。そして、皆の前で先生たちについて楽しい歌を歌ったり、劇をしたりします。

その日の夕方には、翌学年に高校の最終学年を迎える2年生達も、お祝いをします。「最上級生達の舞踏会」と呼ばれる舞踏会を開くのです。きれいなドレスを着た学生達は、秋から練習してきたダンスを、学校と家族の皆さんに披露します。(写真)このようなのんびりした楽しい時は、学校生活の中でも珍しいことです。

高校の校長先生の高校生に向けた言葉を思い出します。「十分に休み、食事をし、運動して、卒業試験の準備をして下さい。」この言葉は、良い結果を得る事よりも大切なことがあることを教えてくれます。

神はこう言われます。「私の目にあなたは価値高く、貴くわたしはあなたを愛」す(イザヤ43章4節)。 そして「 わたしはあなたを教えて力をもたせあなたを導いて道を行かせる。」(イザヤ48章17節)。成功や失敗にも関わらず、 祈り、全てを神に委ねる人は 、神の導きと守りの中にいます。ですから、良い成績を追いかけすぎて、自分を追いつめたり、大切なあなた自身を壊したりしなくていいのですよ。

Paivi Poukka, スオミ・キリスト教会

フィンランドの教育 「クリスマスの喜び」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2011年12月

12月はフィンランド語でヨウルクー、つまりクリスマス月(づき)と呼ばれています。学校は秋学期の最後のテストで最も忙しい時期ですが、名前の通りに、クリスマスのイベントで一杯です。家庭科の授業でクリスマス料理をしたり、美術と手芸ではクリスマスカードや飾りなどを作ったりします。学校の給食には伝統的なクリスマス料理が必ず一度提供されます。また、教会で学生のために用意されたクリスマス礼拝に出席します。

秋学期のクライマックスは学校のクリスマス祝会です。それは春の終了式のように大きい行事で、特に小学生の家族は参加するのを心待ちにしています。みんながクリスマスツリーと蝋燭などできれいに飾られた体育館に入るために、クリスマス祝会が二回催される学校もあります。そのために、12月に入ると先生たちは自分の受け持ちの生徒たちと共にクリスマスの音楽、歌とダンス、またサンタクロースについての楽しい劇を一生懸命準備します。

しかし、プログラムには古くからクリスマスの本当の喜びについて語る福音と讃美歌も含まれています。なくてはならない讃美歌は日本の教会讃美歌にも入っている23番です。「天よりくだりて嬉しきおとずれ救いの恵みをたずさえ来たりぬ」。この讃美歌の作詞者のマルティン・ルターは歌を通して自分の子供たちにクリスマスの物語を分かりやすく説明しようとしたと言われています。この讃美歌を通して、ルターは知らず知らずのうちに多くの子供たちに良いクリスマスプレゼントを贈りました。クリスマスの本当の喜びはみんなに与えられたものです。今年、子供たちも連れて教会でイエスの誕生日を一緒にお祝いしませんか。

Paivi Poukka, スオミ・キリスト教会

フィンランドの教育 「素敵な自分らしさ」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2011年11月

子供たちは生まれながら様々な面で違いがあります。個性は素敵なことですが、全ての子供の才能、能力、性格、興味などをどのように最大限に伸ばすことができるかは教育の難しい挑戦です。フィンランドの学校は、生徒個人の学習支援と生徒の積極性を引き出す指導方法を通して、個性を磨こうとしています。

第 一に、生徒一人一人の学習とよりよい成長のための支援は整備されており、国の指導計画にはそうした支援のガイドラインが含まれています。必要に応じて、特別支援を必要とする生徒、定時制の特別教育を受ける生徒、また外国からの生徒などのためそれぞれの指導計画が立てられます。さらに、学習に困難を感じる場 合は、だれでも補習を受けることが出来ます。

第二に、フィンランドの教育の基本方針は、生徒の積極性に重点をおく学習です。生徒の積極性を引き出すためにただ知識を覚えさせることではなく、小学校の低学年から、学ぶことの意味を理解することとそれを自分で評価すること、またそれに対する自分の意見をも重視されます。

しかし、自分らしい生き方のために人生の意義も役に立つと思います。フィンランドの教育哲学者のプオリマトカによると、批判的に考えたり、価値があるものに多く接触したり、自己を認識したり、また苦しみをも経験したりした子供は、自分の人生の意義を見つけ、それを自分らしく生かす力を身につけるようになると言っています。

詩編139の14節にもこうあります。「わたしは恐ろしい力によって 驚くべきものに造り上げられている。」人間は全て神様に造られた独創的で素敵なものです。

Paivi Poukka, スオミ・キリスト教会
写真(Rauman normaalikoulu): 個人的な指導

フィンランドの教育 「みんなの教育」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2011年10月

フィンランドはPISAの学力調査で高く評価されました。OECDの国々と比べると、フィンランドの生徒たちは一週間の勉強時間は少く、国の教育に対する予算も平均レベルです。ですから、勉強時間とか予算の大小は好成績の要因にならないのです。それよりも、平等な就学と学習の機会がその理由の一つと言えます。

平等はフィンランドの教育の大切な価値です。それを追求することは三つの意味で実現されていると思います。第一は、みんなが同じ基本教育を受けることです。学校教育が大きく変わったのは1972年の教育改革でした。義務教育は「基礎教育」と呼ばれる9年間のみんなの教育制度になりました。  

第二は、改革の結果として、安い国立学校もお金がかかる私立学校も廃止され、無料な教育制度が創立されました。現在、わずか1%の私立を除いて、小・中・高 校と大学は全て公立です。それで義務教育、高等学校、職業専門学校、大学ともに授業は無償です。小・中学校では昼食はもちろん、教科書、教材や筆記具、ま たは保健、歯のケア、通学、特別支援教育までも全て無料で提供されています。

第三は、みんなが一緒に勉強することです。フィンランドの教育の基本は平等に教育を受けることですから、なるべくみんなが一緒に席を同じくして授業を受けられるように努力しています。女子校・男子校はなく、共学だけです。能力別クラス編成もありません。

日本とフィンランドのような経済的に豊かな国では、教育は当たり前のことになりました。 現代の子供たちは学校教育を権利より義務として感じているでしょうが、 実は、勉強ができることはいつも特権です。しかし、みんなが 居住地、性別、家庭の水準、経済的および文化的な背景によらず、本当に平等に教育を受けるようになる時まで、教育社会と呼ばれる国でさえ、まだ頑張らなければならないところがあるでしょう。

神様のみ前では、全ての子供たちは掛け替えのない大切なものです。

Paivi Poukka, スオミ・キリスト教会
写真(Turun normaalikoulu): フィンランドの小学校での給食風景。給食は1974年から提供されています

フィンランドの教育 「道標の教師」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2011年9月

「戒めは灯、教えは光。懲らしめや諭しは命の道。」
箴言6章23節

学校はまた賑やかになりました。夏休みから戻ってきた生徒や先生たちは秋学期の日々への足慣らしをしています。フィンランドの新学年は8月の中旬には始まりました。学校や教師は目標や学習の中心的内容や計画をまたがったテーマを含む国の学習計画に従わなければなりません。しかし、地方の学校や教師にも多くのことを決める自由があります。例えば、教科書の選択がそうです。

フィンランドでは、教師は高い教育を受けており、自分の分野の専門家として信頼され、尊重されています。義務教育と高校の教師になりたいならば、修士の資格をとらなければならないということです。大学の修士号が小学校教員養成課程にも課せられたのは1979年です。

教師の仕事は先進的な国では評価を失う傾向にあるのに対しては、フィンランドでは今年教師になりたい学生の数は昨年より増えました。教師の仕事はまだ人気があるので、教育学部は高い能力がある学生を選ぶことができます。しかし、重さを増した責任や期待の為に疲労を覚える教師もいます。新たな情報社会のために在任中の研修も重要で、職業的な知識や技能を常に磨かなければなりません。

市民の道標なので、教師の責任は小さくありません。教育者が何をどのように教えるかというのは新世代の将来に大きな影響を与えます。ですから、家庭との協力や親たちの援助は非常に大切です。互いに尊重し、力を合わせることを覚えて、次の箴言22章6節に心を留めましょう。「若者を歩むべき道の初めに教育せよ。年老いてもそこからそれることがないであろう」。

Paivi Poukka, スオミ・キリスト教会
写真: Dreamstime

フィンランドの教育 「夏と憩いの水」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2011年8月

「花咲き満つる季節きたり
何処も彼処も色とりどり
陽の温もりは主の祝福
全てのものに命給う。」 (吉村博明訳)

この「夏の讃美歌」はフィンランド人の喜びを表しています。これは6月初めの終業式に全ての学校で必ず歌われる伝統的な歌です。長い冬も一学年も終わって、2ヶ月に渡るの夏休みが始まるのです。その時、夏休みの宿題は出ませんので、生徒たちは成績表を持ってわくわくして家に帰ります。

北国の長い夏休みは分かりやすいです。フィンランドの夏は日が長く明るくて気候が良いので、日本の春のように、誰もが待ち望んでいる季節です。寒くて暗い冬の後、子供たちが陽射しを浴びながら外遊びが思う存分できる時期です。フィンランドの子供たちはサマーキャンプが好きです。特に人気のあるものは教会が15歳の生徒の為に推進している1、2週間の堅信キャンプです。湖のほとりのキャンプファイヤーの周りでみんなで歌ったりパンケーキを作ったり聖書の話を聞いたりしたことは私にとっても忘れられない思い出です。

現代の忙しい人々は休みの大切さを覚えているでしょうか。体と頭の疲れをとる為に「何もがんばらなくていいよ」とくつろげる余裕が十分にあるのは何よりです。毎日のリズムを忘れて、普段はやれないことが出来る時があれば、心も休めます。詩編23章2節にこうあります。「主はわたしを青草の野原に休ませ 憩いの水のほとりに伴い 魂を生き返らせてくださる」。イエスの元に、罪の汚れを心から洗い清める水が流れています。小さい時から、子供たちを体も心も霊も生かせる命の水に導き、休ませてあげましょう。それより良いリゾートはありませんから。

Paivi Poukka, スオミ・キリスト教会
写真(Paivi Poukka): のどが渇いているMerituulia

フィンランドの教育 「本当の教育」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2011年7月

今年改訂されたフィンランドの学校の課程を考えると、日本と同じように国語、数学、歴史、美術、音楽、それに体育が各教育レベルにあります。異なったことですが、フィンランドに公用語が二つで、フィンランド語とスウェーデン語があります。また、第1外国語はもう小学校の3年生から、第2外国語は5年生から、もしくは遅くて必ず中学校からはじまります。 第3外国語は普通高校からです。

もう一つの主要な相違点は、日本の道徳教育に反して、フィンランドのモデルは、宗教教育と非宗教的な「人生観に対しての知識」という倫理のあることです。保護者は子どもと一緒に、この2つから選択できます。義務教育の中でどちらもどの学級にも週1回か2回かあります。生徒の大部分は宗教教育を選択します。大部分の生徒がなぜキリスト教の教育を受けているのかという理由は、フィンランドの社会と文化はルーテル派の教会と密接な関係を持って発展してきたからです。

昔の学校教育はフィンランドでも日本でもほとんど道徳教育でした。道徳性を目標にして、道徳的価値を教えながら、大人の生活での必要な知識や機能を増やしていきました。でも現代の産業や技術や科学発展に続いて能力育成が何よりも尊重されるようになって、価値教育はおろそかにされてきました。しかし、人間は肉体的な、感情的な、倫理的な、また霊的なものです。ですから、全面的な子どもの成長を考えると、学問的な指導の上に体の訓練、心の教育、道徳教育、倫理、また宗教教育も重要でしょう。旧約聖書の箴言(4章23節)は本当の教育について教えると思います「何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源があります。」

Paivi Poukka, スオミ・キリスト教会
写真(Paivi Poukka): 宗教教育の教科書(1-2年生)

フィンランドの教育 「将来と希望」 パイヴィ・ポウッカ

「るうてる」だより 2011年6月

今年のフィンランドの学校の修了式は6月4日に当たります。みんな夏休みを楽しみにしていますが、その日は特に学校の勉強を無事に終えた高校3年生にとって大きなお祝いです。生徒たちは卒業試験に合格したという印として白い帽子を被って、将来の夢に胸をふくまらせています。

日本の教育社会と同様に、フィンランドでも子供たちは長い間勉強します。私たちの息子は6歳の時に、もうそのことが分かりました。サッカ–が大好きな彼は、学校が始めたばかりのある日、家に帰ると「ママ、僕は12年間も学校の机の前に座れやしないよ」と将来を心配して言いました。

フィンランドの義務教育は日本のように9年間続きます。けれども、それは子供が7歳になる年に日本より一年遅れて始まります。基礎教育と呼ばれる義務教育は高校もしくは職業専門学校に続く中等教育に連なっています。高等教育には、大学と科学技術専門学校とがあります。大学では、3年間で学士の資格、更に2年間で修士の資格がとれます。また、その後、博士課程に進学することもできます。
親たちが子供にいい教育を受けさせたいと思うのは当然のことでしょう。けれでも、人生は思った通りにはいかないものです。道半ばで色んな理由で希望を失う大人も若者も少なくありせん。教育は大切なことですが、確かな将来への道は別です。それは、私たちの喜びと悲しみを知って下さる神様なのです。

「わたしはあなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」(エレミヤ29:11)。祈りの中に、子供たちの将来を全能の神様にお委ねましょう。

Paivi Poukka
ポウッカ・パイヴィ、スオミキリスト教会宣教師
写真 (Paivi Poukka): 白い帽子を被っているフィンランドの高校の卒業生

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