お気軽にお問い合わせください。 TEL 03-6233-7109 東京都新宿区早稲田鶴巻町511-4-106
主日礼拝説教 2026年1月25日(顕現後第三主日)
スオミ・キリスト教会
イザヤ8章23節
9章3節
第1コリント1章10
18節
マタイ4章12
23節
説教題 「イエス様は闇を周辺に追いやる真の光」
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン
わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様
1.はじめに
イエス様はヨハネ福音書の8章で自分のことを世の光である、私に従う者は暗闇の中を歩まず、命の光を持つと証しています。イエス様がそのような光であることは本日の旧約の日課イザヤ書9章で預言されていました。私たち人間はこの世では暗闇の中を歩んでいるようであり、死の陰の地に住んでいるようなものである、そこにイエス様という光が現れ、そのおかげで暗闇の中を歩まなくてすむようになり、死の陰の地から脱することができるようになるということです。それで、本日の詩篇の日課27篇の冒頭で言われるように光のおかげで何も恐れる必要はなくなるのです。イエス様がそのような光であることを本日の説教で明らかにしていこうと思います。
まず、出来事の流れを振り返ります。イエス様がヨルダン川にて洗礼者ヨハネから洗礼を受けて、神からの霊、聖霊が彼の上に降るという出来事がありました。これはイザヤ書11章2節と42章1節の預言の実現でした。その後でイエス様はユダヤの荒野で悪魔から誘惑の試練を受けました。悪魔はイエス様に肉体的な苦痛だけでなく、苦痛から逃れられるために旧約聖書の御言葉を悪用して、イエス様がひれ伏すように仕向けました。しかし、イエス様は神のひとり子ですから、父の御言葉を正確に理解しています。悪魔の魂胆は全てお見通しです。悪魔の試みは全て失敗に終わり、悪魔は退散しました。
悪魔の誘惑に打ち勝ったイエス様は、ユダヤ地方の北にあるガリラヤ地方に移動し、そこで活動を開始します。ガリラヤ地方は、イエス様が育ったナザレの町があるところです。なぜガリラヤに移動したのか?洗礼者ヨハネが投獄されたことが言われています。ヨハネを投獄したのはガリラヤの領主ヘロデ・アンティパス、これはイエス様が生まれた時に命を狙ったヘロデ王の息子です。洗礼者ヨハネはこの領主の不倫を咎めたために投獄されたのでした。ヨハネは後に首をはねられてしまいます。イエス様はヨハネが投獄されたと聞いて、ガリラヤにやって来たのです。新共同訳では「ガリラヤに退かれた」とありますが、事実は逃げたというより、アンティパスの本拠地に乗り込んで来たというのが真相です。
しかしながら、育ち故郷の町ナザレを活動拠点とはせず、ガリラヤ湖畔の町カペルナウムに落ち着くことにしました。なぜかと言うと、ナザレの人たちがイエス様を拒否したからでした。その辺の事情はルカ4章16~30節に記されています。
さて、カペルナウムを拠点として、イエス様のガリラヤ地方での活動が始まりました。「悔い改めよ、神の国が近づいた」という言い方で人々に教え始めました。教えるだけでなく、人々の病を癒すような多くの奇跡の業も行いました。マタイはこれらのことをもってイザヤ書の本日の個所の預言が成就したと記したのです。活動開始の時、弟子になる者たちを選びました。本日の個所ではペトロとアンドレの兄弟、ヤコブとヨハネの兄弟、4人ともガリラヤ湖で漁をする漁師でした。みなイエス様に声をかけられるや、生業を捨てて後についていきます。特にヤコブとヨハネは「舟と父親を残して従った」とあります。生業も親も捨てて行ってしまったなどと聞くと、なんだかいかがわしい宗教団体みたいです。このことについては、以前の説教でルターの教えをもとにしてお教えしたことがあります。今日は少し視点を変えて、イエス様の弟子として召されるというのはどういうことか、説教の終わりで触れておこうと思います。
2.闇を照らし、死の陰を地から導き出す光
まず、イエス様がガリラヤで活動を開始したことが、イザヤ書の預言の成就であるということについて見てみましょう。
マタイ福音書では成就した預言の文句は、イザヤ書8章23節と9章1節の2つの節が引用されています。ちょっと端折った引用ですので、少し詳しく見てみます。新共同訳に倣います。
「今、苦悩の中にある人々は逃れるすべがない。先にゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが、後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは栄光を受ける。闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」
この預言は、これが語られた紀元前700年代の出来事に関わっています。それから700年たった後のイエス様の出来事にも関わっています。さらにはイエス様の出来事が時代を経て現在にまで関わっているということもあります。このように三つの層が折り重なっている預言ですので、それらを一つ一つ解きほぐしていきましょう。
紀元前700年代、かつてのダビデの王国が南北に分裂して二つの王国が反目しあって200年近く経ちました。こともあろうに、北のイスラエル王国が隣国と同盟して、南の兄弟国ユダ王国を攻めようとしました。ユダ王国は王様から国民までパニックに陥りますが、預言者イザヤが現れて「攻撃は成功しない、なぜなら神がそうお決めになったからだ、だから心配する必要はない」と言います。実際、イスラエル王国と同盟国は東の大帝国アッシリアに滅ぼされてしまい、ユダ王国に対する攻撃は実現しませんでした。イザヤの預言の「辱めを受けたゼブロンの地、ナフタリの地」というのは、ユダヤ民族の12部族の中のゼブロン族とナフタリン族の居住地域で、ちょうどイスラエル王国の版図です。それが、アッシリア帝国に蹂躙されてしまったのです。
しかしながら、預言の言葉は滅亡で終わっていません。「後に、海沿いの道、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは栄光を受ける。
これは、異民族に蹂躙されてしまったこれらの旧ゼブロン、旧ナフタリの地域が神の栄光を受ける場所になるというのです。どういうふうに受けるかということについては9章1節から言われます。「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」預言はさらに続きます。その光を見た人々は大きな喜びに包まれる。それはさながら刈り入れの時を祝うようであり、戦争に勝って戦利品を分け合う時のようである、と。戦利品を分け合うというのは物騒な話ですが、戦争が日常茶飯事な時代でしたから喜び祝うことをたとえる言い方として普通だったのでしょう。そうは言っても、戦争を賛美する考えのないことは、後に来る4節の御言葉「地を踏み鳴らした兵士の靴、血にまみれた軍服はことごとく火に投げ込まれ、焼き尽くされた」から明らかです。イザヤ書2章にも全ての軍備が廃棄されて恒久的な平和が実現する、それは終末の平和であるという預言があります。ゼカリヤ書9章では、軍備が廃棄されて恒久的な平和が実現することがメシアの到来と結びつけて預言されています。
ところで、イザヤ書9章の預言は3節の後も続きます。本日の日課を超えていますが、大事なので見ていきます。「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる。ダビデの王座とその王国に権威は増し、平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。」ここで預言されている「平和の君」とは誰のことを言うのか?
紀元前700年代、ゼブルンの地とナフタリの地にまたがる北王国はアッシリア帝国に滅ぼされました。その後、南王国は次は自分たちの番かと固唾を飲む状況が続きました。本日の日課の個所の少し前に国民が精神的に追い詰められた状況が述べられています。それが8章23節で「今、苦悩の中にある人々は逃れるすべがない」ということなのです。
そこで、蹂躙されたガリラヤ地方がまた栄光を受けるとはどういうことなのか?ひとりのみどりごが生まれるとは誰のことなのか?南のユダ王国はヒゼキア王の下でアッシリアの大軍を寸でのところで退却させることに成功しました。ということは、みどりごはヒゼキア王のことだったのか?しかしながら、南王国も紀元前500年代にバビロン帝国に滅ぼされてしまい、主だった人たちはバビロンの地に連行されてしまいました。なんだ、みどりごはヒゼキア王ではなかったのか。では、誰のことか?
紀元前500年代終わりにユダヤ民族は祖国帰還を実現しエルサレムの町と神殿を復興させました。しかしながら、民族はその後、一時期を除いてずっと諸外国の支配下に置かれ続けました。この間に、イザヤ書の預言にある「苦悩の中にある
とか、「闇の中を歩む
とか「死の陰の地に住む
というのは、一民族の苦難を意味するのではなく、もっと人間一般の根源的な苦しみを意味すると気づかれるようになります。そうなると、生まれてくるみどりごも、特定の民族を再興する民族の英雄ではなくなり、民族に関係なく広く人間そのものを救う救世主であるとわかるようになります。旧約聖書の人類誕生の出来事に照らしてみれば、それこそが正しい理解になるのです。
3.神の国への迎え入れ
イエス様は公けに活動を開始した時、「悔い改めよ。神の国が近づいた」と宣べました。「神の国が近づいた」と言う時、それは本当に神の国がイエス様と一体となって来たことを意味しました。
神の国がイエス様と一体となって来たことは、彼の行った無数の奇跡に如実に示されています。イエス様の奇跡の業の恩恵に与った人々、そしてそれを目のあたりにした人々が大勢出ました。彼らは、将来到来する神の国というのは、奇跡が当たり前になっているところなのだ、ということを前触れのように体験したのです。しかしながら、神の国がイエス様と共に到来したといっても、人間はまだ神の国と何の関係もありませんでした。最初の人間アダムとエヴァ以来、人間は神の意思に反しようとする性向、罪を代々受け継いでしまっているので神聖な神の国に入ることはできないのです。罪を持つ人間は神聖なものとあまりにもかけ離れた存在になってしまったからです。罪の問題を解決しない限り、神聖な神の国に迎え入れられないのです。いくら、難病や不治の病を治してもらっても、悪霊を追い出してもらっても、空腹を満たしてもらっても、自然の猛威から助けられても、人間はそのままの状態ではまだ神の国の外側にとどまっているのです。
この問題を解決したのが、イエス様の十字架の死と死からの復活でした。神は、本当なら人間が受けるべき罪の罰を全部ひとり子のイエス様に受けさせて、あたかも彼が全ての罪の責任者であるかのようにして十字架の上で死なせました。神は、イエス様の身代わりの死に免じて人間の罪を赦すという策に打って出たのです。そこで人間の方が、十字架の出来事にはそういう意味があったんだとわかって、それでイエス様こそ救い主と信じて洗礼を受けると、彼が果たしてくれた罪の償いがその人にその通りになり、罪が償われたから神から罪を赦された者として見なされるようになり、罪を赦されたから神の目に適う者となり、それで神の国に迎え入れられる者に変えられるのです。そのように変えられた人は、それに相応しく生きようという気概になって生きるようになるのです。
そういうわけで、「闇の中を歩む者に光が現れ、死の陰の地に住む者に光が輝いた」という預言は、2700年前のヒゼキヤ王の時代も、2000年前のイエス様が活動した時代も飛び越えて現代にいる私たちに向けられているのです。神の意思に反する罪を持つがゆえに、神との結びつきを失ってしまった全ての人間、永遠の命が待っている御国に迎え入れない全ての人間のことを言っているのです。それが、闇の中を歩むことであり、死の陰の地に住むことです。ゼブルンの地、ナフタリの地、ガリラヤ地方など日本にいる私たちには縁遠いローカルな地名が登場しますが、それは、その光であるイエス様がたまたまその地で活動を開始したからにすぎません。イエス様は、十字架の死と死からの復活をもって、創造主の神の栄光を現わし、世の光となられました。イエス様を救い主と信じて洗礼を受けた者はこの光を目にするようになったのです。もう死の陰の地に住んでいません。ヨハネ1章で言われる、暗闇も圧倒することができない無敵の光です。それを目にするようになれば、闇は光の周辺か背後に追いやられます。もう真っ暗闇の中を歩むことはないのです。
4.勧めと励まし
4人の漁師がイエス様の呼びかけに応じて生業も家も捨てて付き従って行きました。イエス様の呼びかけにそのような力があったのは、人間を死の陰の地から救い出しどんな暗闇も勝てない無敵な光としてのなせる業としか言いようがありません。そうすると、私たちももしイエス様の呼びかけがあったら同じようにしなければならないのか?私たちには弟子たちのようにイエス様の肉声は聞こえません。そこで、もし教会や教派で権威ある人が、この個所はあなたに全てを捨てなさいと言っているなどと教えたら、それに従わないといけないのでしょうか?
ここで、弟子たちの立場と私たちの立場を区別する必要があることに注意します。最初の弟子たちがイエス様に召されたのは、イエス様の教えと業をつぶさに目撃して後に証言者となるためでした。イエス様の出来事の頂点は彼の十字架の死と死からの復活です。それも目撃した弟子たちは、イエス様は本当に人間を死の陰や闇から救い出す光であることがわかりました。それを人々に伝え知らせ命を賭してまで証しして、それらが記録されたものが聖書に収められました。
さて、私たちは、弟子たちが伝え知らせ証ししたことを聖書を通して受け取りました。洗礼を受けてイエス様を救い主と信じる信仰によって、死の陰を蹴散らし闇を周辺に追いやる光を目にすることができるようになりました。それで、詩篇27篇の最初の御言葉のように何も恐れる必要がない者になることができたのです。最初の弟子たちが全てを捨てて目撃者となって証言者となってくれたおかげです。そこで、私たちの立ち振る舞いを周りの人たちが見て、あの恐れない心はイエスという光を持てているからだとわかるようになって光のもとに来るようになれば、私たちは弟子たちの役割を継承していることになります。大胆に捨てることで頑張っていることを示すのが目的ではなく、光を持って生きられる人が増えることが目的です。キリスト信仰者自身がそのように生きていれば、周りはそれに気づくのです。マタイ5章の初めでイエス様が「世の光たれ」と言っているのはこのことです。
そうは言っても、現実の場面ではいろんなことに遭遇して光よりも闇の方に目が向いてしまい恐れてしまうことが多いです。だから、日曜日の礼拝で罪の赦しの宣言、聖書の御言葉の説き明かし、聖餐式を受けて光をもう一度目の前に輝かせて闇を周辺に追いやることを繰り返しするのです。主にあって兄弟姉妹でおられる皆さん、礼拝にはそのような、私たち自身を強め、知らずにして証し人にする力があることを忘れないようにしましょう。
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン。
The name of Christian in Japanese
洗礼を受けてイエス・キリストを救い主を信じる人のことを何と呼ぶか?英語、ドイツ語、スウェーデン語、フィンランド語などでは統一した言葉がある。日本ではいろいろな言い方があるようだ。あなたはどう呼びますか?
クリスチャン 子供の頃、キリスト教の人が自分をそう呼んでいるのを聞いて、アグネスチャンみたいで可愛いなと思った。中学生になって英語由来とわかったが、なぜ何でもかんでも英語っぽくしないといけないのかなどと思ったりもした。しかし、考えてみれば、室町末期~江戸時代初期の「キリシタン」もポルトガル語由来だったので、やはり、どうしても伝えた国の言葉に左右されてしまうということか。
キリスト教徒 自分をこう言う人はあまり多くはない感じがする。世界史の教科書などでキリスト教徒とイスラム教徒が対立したなどとあるので「文明の衝突」を想起させ、あまり穏やかな感じがしないのかもしれない。
キリスト者 最初の呼び名と同じ位に多く使われているのではと思う。ひょっとしたら宗教色を出さない場合にも使える名称ではないか?と言うのは、教派や教会によってはイエス・キリストの復活や処女受胎などはなかったと教えたり、またはそこまではっきり言わなくても、それらをただの言葉の綾のように唱えるところもあり、そういうところの人が自分をこう呼んでいるのを聞いたことがある。宗教色がなければ何か?哲学?イデオロギー?
では、スオミ教会の牧師はどう呼ぶか?フィンランドではkristitty(「キリスト教化した」という意味)が一般的だが、これは洗礼を受けた人みんなを意味する。ただし、洗礼を受けても礼拝に行かない聖書を繙かない人が大半というのが現実(ただし近年若者に回帰の傾向が見られる)。それで、それと区別するために「信じている人、信仰者uskovainen」という言い方もする。私は両者をくっつけて「キリスト信仰者」と言っている。日本語として少し味気ないかもしれないが、「クリスチャン」や「キリスト者」より立場表明がはっきりして正直な呼び方だと思う(時々、説教などで思い切って「キリスト教徒」と言うこともある)。
まだ冬が続きます。今回は、レッグウォーマーを編みます。フィンランド語で「Säärystimet (サーリスティメット)」と言います。
足元を温めてくれるレッグウォーマーはお家の中だけでなく、散歩やお買い物など外出時にも大活躍。レッグウォーマーは難しくなく初心者の方にも編みやすいものです。単色・多色のどちらでも、また模様編みに挑戦することもできます。
参加費: 1000円
持参するもの: 毛糸100g、毛糸に合わせた編み棒4本または5本
手芸クラブでは今回のテーマ以外にご自分の好きな編み物をすることもできますので、作りたいものがあれば、ご自由にお持ちください。
おしゃべりしながらワイワイ楽しく編みましょう!聖書のお話の時間もあります。
お子さん連れのご参加も大歓迎です!
皆様のご参加をお待ちしています。
お問い合わせ、お申し込み moc.l1769390503iamg@1769390503arumi1769390503hsoy.1769390503iviap1769390503
℡ 03-6233-7109 スオミ・キリスト教会
本年最初の料理クラブは「ルーネベリ・ロールケーキ」を作ります。2月5日はフィンランドの国民的詩人ルーネベリの記念日です。その日フィンランドではルーネベリ・タルトでお祝いします。
アーモンド、シナモン、ラズベリーの味が引き立つルーネベリ・タルトは、長い冬を過ごすフィンランド人にとって楽しみな味の一つです。料理クラブでは、ロールケーキの形にしてクリームもクリームチーズを用いて上品な味わいに引き立てます。
「ルーネベリ・ロールケーキ」を一緒に作ってみませんか?
参加費は一人1,800円です。
どなたでもお気軽にご参加ください。お子様連れでもどうぞ!
皆さんのご参加をお待ちしています!
お問い合わせ、お申し込みは、 moc.l1769390503iamg@1769390503arumi1769390503hsoy.1769390503iviap1769390503 まで。
冬の畑
<27夜昼、寝起きしている間に、種は芽を出して育って行くが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。28地はおのずから実を結ばせるもので、初めに芽、つぎに穂、つぎに穂の中に豊かな実ができる。 マルコ4:27,28>
此のところの暖かさに誘われて小山田緑地を歩いています。何時ものベンチで帽子をとりコートを脱いでくつろぎながら目の前の畑を眺めています。「・・・三畝のはたけに草は生えても大根はいびきをかいて育ち、葱白菜に日はけむり、権現南蛮の実が赤い。・・・」高村幸太郎の世界が広がっていました。その向こうには鎌倉武士たちが弓の稽古をしたという広場があります、また此の辺りには馬の牧場もあったそうです。日当たりの良い丘と水の湧き出る谷地は人も馬にも住み心地のよい所だったのでしょうか。近くには鎌倉街道も縦横に巡らせています、思うにこの地は多くの鎌倉武士を輩出した隠れ里かも・・などと思い浮かべながらひと時を過ごしていました。
古い歌を新しい歌に
ギター教室に通っている息子が新しい課題曲に「花は咲く」を練習したいと先生に申し出た。いつも息子の希望を聞いてくれる先生はもちろんOKだったが、私は少し困ってしまった。 というのは、メロディーはとても美しい歌だが、内容はキリスト信仰者としてどうかなというところがあるからだ。東日本大震災の後で歌が公表された時、歌詞の主人公は生きている人か死んでいる人かどっちかというちょっとした議論が起きたと聞いたことがある。もし後者なら、キリスト信仰とは相いれない。死者とコミュニケーションは取らないというのが聖書の立場なので、死者が何を考えているか思いを馳せたりはしない(レビ記19章31節、申命記18章11節、サムエル上28章、列王上21章6節、イザヤ8章19節を参照のこと)。キリスト信仰者は、あの方と共に歩めた日々を父なる神に感謝し、今は神のみぞ知る場所にて安らかに眠るその方と「復活の日」に再会できるという希望を神に祈り願いながら、その希望を胸に抱いて今を生きるというスタンスなのだ。創造主の神を介して過去の思い出と将来の復活の希望が現在を満たすのだ。
歌詞の中には「いつか生まれる君に」とあって、まるで主人公がこの世とは別の世界でこれから生まれる人間を見ているようなところがある。童話の「青い鳥」の中に確かチルチルとミチルがこれから生まれる子供たちが舟に乗ってこの世に旅立つ場面に出くわすところがあった。イエス・キリストの少し前の時代のユダヤ啓示思想文書の一つ「エノク書」にもエノクがそういう場面を天使に示される下りがあった。「青い鳥」の作者メーテルリンクは「エノク書」を読んだのだろうか。しかし、それらはいずれも、生きた者が天使に別の世界を見せてもらうというもので、死んだものが見る筋合いではないのだ。
さて、「花は咲く」はどうしたらよいか?特別支援の息子のやる気を失わせないためにも希望を叶えてあげたいが、キリスト信仰と異なる霊性とは距離を置いてほしい。そこで、考えたのは歌詞を少し替えてみることだ。次のようにしてみた。
「いつか生まれる君に」 ⇒ 「いつか生まれる人に」
「わたしは何を残しただろう」 ⇒ 「わたしは何をすべきだろう」
どうだろう、これで歌詞は生きている人の呟きになることがはっきりするのではないだろうか?ギターの先生にも歌詞の変更を理由を添えてお願いしたら了承してもらえた。自分がキリスト信仰者であることも公けにでき、まさに一石二鳥であった。
梅
<天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。 コヘレト3:1>
何時もの散歩道で今年初めての白梅を見ました。紅梅の方は少し前に見ていましたが白梅の方は二月になってからと思っていました、が今年は早いのでしょうか。しかしこれをもって温暖化などとは申しませんが少し気になりました。調べてみますと、一般に春の花、梅、桜の開花には春の暖かさだけではなく、冬の5度前後の寒さも必要でした、この寒さがスイッチとなって花芽が休眠から覚める「休眠打破」と言う現象が引き起こされるようでした。この日も梅の木に近づくと懐かしい香りが漂って来ました、山梨の家にも梅の木を植えて花と実を楽しみにしておりますが肝心の時に不在になり何時も残念に思っています、古人も歌っていますね”東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ 。菅原道真”
私たちの父なる神と、主イエス・キリストから、恵と平安とが、あなた方にあるように。
アーメン
2026年1月18日(日)スオミ教会説教
聖書:ヨハネ福音書1章29~42節
説教題:「見よ神の子羊、最初の弟子たち」
新しい年を迎えました。
人生に於いて「人との出会い」と言うものが、自分の生涯を決定するほど重要な出来事となる、ことがあると思います。今日の聖書はそのような不思議な導きと出合でイエス様の弟子となった出来事です。1章29節から34節までを見ますと、此処には一貫してバプテスマのヨハネは自分の事を控えてイエス・キリストと呼ばれる救い主を紹介することに全力を注いでいます。まず、29節で「ヨハネは自分の方へイエスが来られるのを見て言った。『見よ!世の罪を取り除く、神の子羊だ。』」
そう言ってヨハネはイエス様の事を三つの角度から紹介しています。第一は、「この方は世の罪を取り除く神の子羊である。」第二は、「私よりも先におられた方である。」第三は、「この人こそ御霊によってバプテスマを授ける方。」そうして、32節でこう言います。そして、ヨハネは証しした。「私は霊が鳩のように降って、この方の上に留まるのを見た。この人が聖霊によって洗礼を授ける人である。」と確信しているので言う。「この方こそ神の子である。」と証しするのだ。まず、イエス様こそ世の罪を取り除く神の子羊と表現して指し示す事であったのです。この神の子羊は私たちの罪を負って下さる方なのです。私たちの人生の中で様々の重荷をそっくり代わって担って下さる、どのようにして担って下さるのでしょうか。神の子羊であるイエス様が十字架の上で私たちの全ての罪を自分の死を犠牲にしてご自分の肩に担って下さるのです。ですから、この御方、イエス様を信じるあなたは最早あなたの肩にその重荷は無いのです。イエス・キリストの上にある筈です。このお方を私の救い主と知って理解して信じて受け入れる事です。
――――――――――――――――♢――――――――――――――――
次にヨハネはバプテスマについて「水によるバプテスマ」と「御霊によるバプテスマ」とを区別して言いました。自分のする水の洗礼はせいぜい今までの生活を水で洗い流す面であるけれども、イエス様の霊による洗礼は新しい命に生まれ変わるもので、この方こそ神のメシアとして優れたお方である、とイエス様を強調して言っております。さて、1章35節以下では「その日また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、歩いておられるイエスを見つめて「見よ!神の子羊だ」と言った。二人の弟子はそれを聞いてイエスに従った。ヨハネがイエス様をはっきりと差し示して、見よこの方こそ神の子羊だよ、と言う確信の言葉に二人の弟子はすぐ様、何の躊躇もなくイエスに従ったのです。その一人アンデレが兄弟ペテロに伝えて言った「私たちはメシアに出会った」。そして、シモン・ペテロをイエス様のところに連れて行ったのです。此処にはキリスト教の伝道の姿があるように思います。自分が「私の救い主」であると信じたらその方のところへ連れて行く。そうして、その方を先ずは知る事によって真に心からイエス様に出会う事であります。イエス様と心から出合ったら人は変わります、信仰が与えられれば人は全く新しく変えられるのです。現代に於いてイエス様に出合う事とはどんな事でしょうか。それは言い換えるとキリストの教会へと一緒に誘い教会の礼拝に於いて神の言葉である説教を聞くことによって、説教で語られるイエス様と出合う事であります。そういう意味で礼拝での説教は一番大切な事であります。自分の救い主メシアと一瞬でも出合う事であります。
さて、今日の聖書のところでバプテスマのヨハネは非常にくどくどと自分はイエスが救い主だとは知らなかった。と繰り返し言っています。31節を見ますと「私は、この方を知らなかった」と言っています。言い換えますと、私は、イエスと言う方とは関係がない、もっと分かり易く言いますとこのお方と私は違う、一緒に見ないでくれ。この方は、36節で「私の後から来られる、私より優れた方、桁外れに凄い、驚くべき方と言ってその方は私に勝る、私より先に既におられたからだ」とも言っています。バプテスマのヨハネは何故このように「知らなかった」と強調しているのでしょうか。この当時のユダヤの社会の様子を知る必要があります。当時のユダヤでは”隠れたるメシア”と言う信仰がありましたのでヨハネは”私をメシアだと思ってはいけない、私は違うのだ”と言いたいためにくどくどとこの方を知らないと、実はこの方こそあのお忍びのメシアです、と言いたかったのです。
この福音書が書かれました紀元一世紀末頃にヨハネ派と名付けても良いような異端的なグループが蔓延っていたようです。イエスよりもヨハネの方を偉大だと主張していたグループです。このヨハネ派の異端と言うのは、一体どういうところから出て来たかと言いますと二つの切っ掛けがあると思われます。その一つはイエス様の活動の始めの頃イエスはバプテスマのヨハネから洗礼を受けたではないか。洗礼を受ける人が洗礼を授ける人より優れている訳がない。洗礼を授けた方が上に決まっている、このことが切っ掛けです。もう一つはルカの福音書の1章36節以下で明らかにしているように、バプテスマのヨハネの方がイエスより半年、年上で生まれてきています。預言者として姿を現したのもバプテスマのヨハネの方が先輩であり優れていると考えられたのでしょう。けれどもこれは違うとヨハネ福音書の方で、イエスは私より先におられたと言い表しています。ヨハネ福音書1章1節に「始めに言があった・・・言は神であった」そして14節に「肉体となり私たちのうちに宿った」と、このようにイエス様はもっともっともっとバプテスマのヨハネより以前に世の初めから永遠に存在しておられるのである。だから、先におられたイエスこそ優れたお方である。こうしたヨハネ派と言われた異端がユダヤの社会で蔓延っていた中でバプテスマのヨハネは隠れたる真のメシアであられるお方こそイエス様であると言うのであります。さて次に、ここでイエス様の事をヨハネは「神の子羊だ」と言っています。この呼び方は何を意味しているのでしょう。この言葉には三つの意味があります。第一にはイエス様は過ぎ越しの子羊であり給うと言う事です。昔、エジプトの奴隷として虐げられているイスラエルの民を救い出すため神はエジプトを罰し給いました。どうしても言う事を聞かないエジプトの王に対して神様は夜、滅びの使いを送られましてエジプトの家々の長男を殺されました。ただ、神様の約束を信じて傷のない子羊を屠ってその血を門の柱と鴨居に塗り家の中に閉じこもって信じて従った家は過ぎ越してもらえる、こう信じて従ったイスラエルの民はこの子羊によって難を免れたのでありました。(出エジプト12章)
コリント第1の手紙、5章7節には、こうあります。「キリストが私たちの過ぎ越しの子羊として屠られたからです」。イエス様は過ぎ越しの子羊として屠られ、神の刑罰とその悲惨な滅びから私たちを免除させて下さった方であります。その意味で彼は「神の子羊」であられます。
第二に「神の子羊」とはイザヤ書53章に預言された受難の僕を表します。53章7節を見ますと、私たちの罪のため鞭打たれ殺されて行く、この受難の僕が子羊として描かれています。「彼は虐げられ苦しめられたけれども口を開かなかった。屠り場に引かれて行く子羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように口を開かなかった。」黙々として神の刑罰を私たちに代わって受けて死んで行く受難の僕、これこそ神の子羊であります。それは、まさにイエス様の事を指しています。この子羊のように罪の刑罰を身代わりに受ける者こそイエス様の事であります。
第三に「神の子羊」とは、この世と、この世の力に対しての勝利者を意味します。勝利者と言うと何か勇ましい勝利の大物を思い浮かべますが実は紀元前1~2世紀頃からユダヤで救い主の事を譬えで描く黙示文学が流行っておりました。これは、「12族長の遺言」ヨセフ19:8やベニヤミン3:8
エノク書90:38とか言った記録に次のようにあったと言う「そこで私は見た、一人の処女が一頭の子羊を生んだ。その左手には獅子のような者がいた。そこで、全ての獣が彼に襲い掛かったが子羊は彼らを打ち倒し彼らを滅ぼし足の下に踏みつけた。彼の故にみ使いたちも人たちも全地も喜び踊った」或いは、新約聖書の最後のヨハネ黙示録にも何度も「屠られた子羊」と言うのが出てきます。
(5:16、12・13:8など)この子羊は決して屠られて敗北した子羊でもなければ大人しい子羊でもない、むしろ「力と富と知恵と勢いと誉と栄光と賛美を受けるに相応しい」そういう勝利の栄光に満ちた王者であります。(5:12)17章14節「彼らは子羊に戦いを挑んでくるが子羊は主の主、王の王であるから彼らに打ち勝つ。また、子羊と共にいる召された選ばれた忠実な者たちも勝利を得る」
このように、子羊は主の主、王の王。世の全ての敵対者に打ち勝つところの勝利者であります。
人知では、とうてい測り知ることができない、神の平安があなた方の心と思いをキリスト・イエスにあって守るように。 アーメン
宮沢賢治「雨ニモ負ケズ」 vs. パウロ「ローマの信徒への手紙」12章(その4最終回)
(1月4日のコラムの続き)カギは2節の聖句にある。
「あなたたちは、『心』を新たにされたのだから、何が神の意思であり、何が善いことか御心に適うことか完全なことかを熟慮する者へと自分を変えていきなさい。」 (これは新共同訳と異りますが、以下の議論から妥当な訳と考えます。もちろん文法的にも説明できます。)
「心」の元にあるギリシャ語の言葉はヌース。この日本語訳は厄介である。私は「意識」や「自覚」もありかなと思うのだが、「心」が無難かもしれない(ただし、ルター派は以下の議論から明らかなように絶対に「理性」と訳してはいけない)。
実はヌースは既に7章の23節と25節に出ていて、その正体が明らかにされていた。肉体は罪が命じることに従ってしまうものだが、ヌースは神の命じることに従って罪が命じることに反抗するものなのだ。まさにイエス様を救い主と信じて洗礼を受けることでヌースが新しくされたのだ。上記2節の聖句はこのことを指すのだ。キリスト信仰者は、新しくされたヌースにおいて神の命じることに従うが、肉体において罪の命じることに従うという苦しい二律背反の状況に置かれてしまうのだ。パウロはローマ7章でその苦悩を正直に告白する。理性は、ルターに言わせれば、信仰を骨抜きにするものにしかすぎずこの二律背反に真の解決をもたらさない。それでパウロは、救いにとってはヌースが新しくされたことで十分、それで神の裁きに定められないというギリギリの真実に踏みとどまる(8章1節)。聖霊が、新しくされたヌースのお伴としてあり、肉体の罪の実行を阻止できるように助けてくれる(同13節)。そのように生きる者は実は復活に与かれるという希望をあらゆる希望の大元にしているのだ(同24節)。
ヌースを新しくされたキリスト信仰者は、何が神の意思で何が御心に適うことか吟味する。パウロが2節で倣ってはいけないと言う「この世はそんなことをしない。吟味しない生き方は世に倣う生き方であり、理性を含めて肉体だけで生きる生き方である。御心に適うことを吟味してその通りにしようとすることが、まさに罪に従う肉体を神聖な生贄にして捧げることになるのだ(1節)。具体的には、3節から21節まで言われていることが肉体を生贄にして捧げることになる。3節から8節までは信仰者同士の関係において、9節から21節までは信仰者同士から人間関係一般に広がるキリスト信仰者の立ち振る舞い行動様式の全容だ。どちらの場合もキリスト信仰者は相手よりも高く出ないでとことん自分をヘリ下させることが貫かれている。
キリスト信仰者は、イエス様を救い主と信じる信仰と洗礼によってそのような「心」を好むと好まざるとにかかわらず宿命的に植え付けられた者である。そういう者になりたいという問題ではないのだ。洗礼を受けてイエス・キリストを救い主と公けにする者が気づいていないのならば、すぐローマを3章から12章までじっくり読み通すべきだ。それが難儀ならば、毎週日曜日の礼拝に出るべきだ。そもそも礼拝というのは、キリスト信仰者に新しくされたヌースがあることを思い出させ、その新しさを保たせ強めるためにあるのだから。
以上のことを思い巡らした後、急接近していた巨大彗星はまた宇宙の彼方へと飛び去って行ったのである(了)。