歳時記

鉈の思い出

〈わたしはいにしえの日を思い出し、あなたが行われたすべての事を考え、あなたのみ手わざを思います。 詩編143:5

先週の話の中に鉈が出てきましたがあの鉈にも苦い思い出があります。鶏の首を切り落として変な勇気が出たのか一年坊主の私はやたらに鉈を使うことを覚え振り回していました。或る日、何を切ろうとしていたのか覚えていませんが何かを押えて鉈を振り下ろした先に左手の親指がありました。小学一坊主の親指はあっけなく切られましたが幸い鉈の刃はなまくらだったので切断には至らずに皮一枚でつながっていました。母は血の滴る指を手拭いで縛り学校に駆けつけました。幸い校医がいて見てくれましたが指が小さすぎて縫うこともかなわずに広い部屋(講堂?)に腹ばいにさせられて母と医者に押さえつけられて親指に注射(麻酔?)を打たれて何やらやっていましたが痛くて思い切り泣きわめきました。漸く治療が終わり消毒して包帯でぐるぐる巻きにしておしまいでした。八十五歳になった今でも両手の親指を並べて見ると左の親指の先端に小さな突起が見えます。この小さな突起は小学一年坊主の時の私の親指の名残です、小さな指をしていたなと今でも時々眺めています。

 

2026年8月2日(日)10時半 聖霊降臨後第十主日 礼拝

司式・説教 木村 長政 名誉牧師(日本福音ルーテル教会) 聖書日課 イザヤ55章1~5節(旧1152頁) ローマ9章1~5節(新286頁)      マタイ14章13~21節(新 28頁) 説教題 「5千人に食べ物を与える奇跡」 讃美歌 182 352 336 260 318 特別の祈り 全知全能の父なるみ神よ。
この世の嵐が荒れ狂い、あなたの民とされた私たちをも脅(おど)かすとき、どう
か私たちが不安と恐怖に支配されないように、イエス様が与えると約束された平和を
私たちの心の中に打ち立てて下さい。
あなたと聖霊と共にただひとりの神であり、永遠に生きて治められるみ子、主イエ
ス・キリストのみ名を通して祈ります。アーメン

8月の予定

歳時記

続・小綬鶏

〈わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。 マタイ6:11

先週、小綬鶏について述べましたが太田愛人先生は二羽の小綬鶏をいとも簡単に絞めたようです。流石に長野の辺境の地で長い間自給自足の生活をされていただけあって鶏の絞め方も熟知されていたのですね。実は私も鶏を絞めた事があります。疎開先で小学一年生の時でした。卵を産まなくなった鶏を母は病み上がりの妹のために栄養をつけたかったのでしょうか。東京育ちの母にはどうしたらいいのか分かりかねていたので僕がやると勇んで件の鶏を膝に押さえ込んで首を思い切りねじってみました、そのうちに鶏がぐったりしてきたので脇の鉈を振り上げて首を目掛けて降り下ろしましたが鶏は首を元通りにするとけたたましい叫び声をあげながら逃げて行きました。母と妹たちも一緒になって追いかけてやっと捕まえて私の手に返しました。今度は初めから鉈で首を叩き切りましたが妹たちは「トトコ可哀そう/\」と言っていましたが料理が出来て食べ始めると盛んに「美味しいね/\」とにこにこしながら食べていました。後で大人から教えられたのは鶏を絞める時は捻った後に少し首を引っ張ると良いと教わりましたが生憎その後がありませんでした。

 

7月の予定

歳時記

 

小綬鶏(コジュケイ)

 もろもろの花は地にあらわれ、鳥のさえずる時がきた。山ばとの声がわれわれの地に聞える。

                                                   ソロモンの雅歌2:12

朝の散歩で桜美林教会の生垣まで来ると時々、鳩より少し大きい二羽の鳥を見かけます。コジュケイではないかとカメラを用意すると、すうーっと生垣の中に消えてしまいます。撮るのが難しい鳥ですが鳴き声はけたたましく「チョットコイ /\」と叫ぶように啼いています。過日、教会の門の所で捜していたコジュケイと思しき二羽がいました。彼らも驚いたのか慌てふためいてうろ/\していました、これ幸いと撮った写真がこれです。敬愛する太田愛人牧師のエッセイに清泉女子大に講演に行った折に鴨料理を伝授しようと思ったが生憎鴨が手に入らず困っていたら外の方からチョットコイ /\と呼ばれたので行って二羽のコジュケイを捕まえて来てコジュケイを捌き鴨料理を始めましたら回りにいた女子大生が可哀そうと言っていましたが料理が出来て食べ始めると美味しい/\と嬉しそうに食べたそうです。コジュケイを見るとこの話を思い出しています。

 

歳時記

アヴぇリア

〈8 小麦、大麦、ぶどう、いちじく及びざくろのある地、油のオリブの木、および蜜のある地、
9 あなたが食べる食物に欠けることなく、なんの乏しいこともない地である 。 申命記8:8,9

道路脇に綺麗に刈り込まれているアヴぇリアの植え込みをよく見かけます。何時頃からか流行り出したのか今では通りを飾るアヴぇリアですが散歩の途中で清掃工場の目隠しにでもしていたのかアヴぇリアの植え込みを見上げながら通り抜けます。此処のアヴぇリアは路傍の植え込みと違って一度も刈り込まれた事がないようで枝を伸ばしほうだいになっていました。花の季節になると沢山の蜂が集まってきます、芳香の強い花なので辺り一帯に甘い香りを漂わせていました。白州で農園を営んでいる井手さんが最近蜂蜜も手がけていますがアヴぇリアの蜂蜜だけは出来ないようです。アヴぇリアは矢張り都会の花で野生の花ではなかったようです。