お気軽にお問い合わせください。 TEL 03-6233-7109 東京都新宿区早稲田鶴巻町511-4-106
秋の手芸クラブは9月30日(水)10時~13時に開催します。
今回はビーズ刺繡のテクニックを使ってアクセサリーを作ります。ビーズ刺繡とは布地に様々な形や色とりどりのビーズを縫い付ける刺繡です。もともと服の飾りに使われた伝統的な手芸のテクニックで、今でも人気があります。このテクニックを使ってアクセサリー、ブローチ、イヤリング、ボタンなど様々な模様の作品を作ることがま出来ます。
是非ご一緒にビーズ刺繡をしてみませんか?
参加費: 1000円 材料費: 500円 (ピーズ、糸、針 など)
手芸クラブでは今回のテーマ以外にもご自分の好きな編み物をすることができます。作りたいものがあれば、是非ご自由にお持ちください。
おしゃべりしながらワイワイ楽しく編みましょう!聖書のお話の時間もあります。
お子さん連れのご参加も大歓迎です! 皆様のご参加をお待ちしています。
お問い合わせ、お申し込み ℡ 03-6233-7109 www.suomikyoukai.org
今年の夏フィンランドではラズベリーがたくさん実りました。それにあやかって今回の料理クラブではラズベリー・ケーキを作ります!生地の上にラズベリーをふんだんに並べ、ヨーグルトのクリーミーなフィリングをトッピングにすると、甘酸っぱいラズベリーの味とチーズ・ケーキのようななめらかさを合わせもつケーキができあがります!そんな味わいのあるラズベリー・ケーキを一緒に作ってみませんか?
参加費は一人2000円です。
どなたでもお気軽にご参加ください。お子様連れでもどうぞ!
皆さんのご参加をお待ちしています!
お問い合わせ、お申し込みは、 paivi. yoshimura@gmail.com まで。
〈 10私は自分の願いを何でも満たそうとした。どんな楽しみも心の赴くままに求めた。一生懸命に働き,心には喜びが生まれた。この喜びこそ私が一生懸命に働いて得た報酬だ。 11 私は,自分の手で行った全てのこと,苦労して成し遂げたことを振り返ってみた。すると,全てはむなしく,風を追うようなもので,この地上に本当に価値 のあるものは何もなかった。伝道の書2:10、11〉
続、一号遺跡
承前。この一号遺跡は散歩の途中にあり此処を通らなければ家には帰れない関所のような所でした。十年ほど前にこの遺跡を知りました。当初からこの遺跡の竪穴遺構は馬を飼うための施設、馬小屋の跡ではないかと思っていました。何故ならば、竪穴の四周の壁はまさに馬牧の柵に匹敵するからです。古代から馬牧は山や丘、川などの地形を利用してきました。その足りない部分を柵や土塁などで補っていました。竪穴が馬を飼う施設と知り今度は当時の馬の大きさについても調べてみました。当時の馬は現代のサラブレッド(背高165㎝)とは異なる蒙古馬系の小型の馬(背高130㎝)でした。遺跡の観察の回数も増えてきましたので次にこの遺跡の復元図の作成を試みたくなりました。幸い図書館に遺跡の調査報告書があるのを知り取り寄せて調べてみました。考古学的には良く出来た報告書でしたが遺構についてはあまり参考にはなりませんでした。それでも、遺構の計測の資料があったので参考にしました。幾度も通っているうちに次第に全体のイメージがまとまって来ました。しかし、三点ほどどうしても解けない謎がありました。第一は竪穴と馬の出し入れ。第二は南北の二種類の柱(丸太柱、太鼓落としの角柱)。第三は東西の妻側の真ん中の芯ずれした独立柱の意味などでした。しかし、図面を引いているうちに次第に謎が解けてきました。第一の馬の出し入れはスロープを設ける、でした。第二、第三は少し専門的になって説明し難いのですが、第二の謎は太い丸太の柱は梁を受ける柱、太鼓落としの角柱は軒桁を受ける柱、と柱を二通りに使い分けていたようです。第三の謎は一番難しかったのですが馬の出し入れにはどうしても柱の中心線をずらさなければ馬の出し入れが出来なかった、それで馬の大きさが必要でした。この柱はそのための苦肉の策のようでした、当時の大工は技術的にも未熟で、それに相応しい道具も持ち合わせていませんでした。それ故に彼らなりに考えた解決法でした。図面を引きながら何時しか当時の大工と同じような気持ちになり同じように考えていました、そして考えた末の図を此処に掲げました。
終わりに。調査報告書によるとこの館は中世の町田市全域に渡る激しかった戦乱の業火にも会わず、何故かそのままの形で捨て置かれたようです。その証拠に貴重な財産である天目茶碗や明銭の束が出土していました。また、調査報告書には館の北東の隅に断定は出来ないが火葬跡があったとの記述があります。当時の火葬は高貴な人や豪族、僧侶などに行われていたようです。・・此処から先は私の極めて勝手な想像です。火葬されたのが、館の当主でしたら、その死は予想もしない突然の死だったかも知れません。当主の死後、館は慌ただしさの中に残された財産の始末もなされずに館を閉鎖して残った人々も一斉に去って行ったのかもしれません。谷戸の向かいの尾根にはこの館の当主のものとみられる人の墓が掘り出されました。館の当主は自分の死後もこの館の顛末を見ていたに違いなかったと思っています。了
ところで最近の散歩でまた新たな疑問を見つけました、ひとつの謎を解き明かすと又次の疑問が生じてきます。全ての疑問を解き明かす事は到底無理ですが何処までやれるか自分の寿命との競争ですね。
太鼓落としの柱:丸太の二面を削って角柱にした。 芯ずれ柱:柱間の中心線から外れた独立柱。外観図について:厩舎の屋根は安価で手に入れ易い杉或いは桧の樹皮を葺いています。館は茅葺を想定しました。周囲の建物は倉庫、厠、作業人らの小屋等です。
全知全能の父なるみ神よ。
私たちがいつも霊的に目覚めていることが出来るように、御言葉を通して聖霊を私たちの内に働かせて下さい。聖霊が私たちにイエス様の教えたことを思い起こさせ、私たちがこの世で正しく考え行い振る舞うことができるようにして下さい。
あなたと聖霊と共にただひとりの神であり、永遠に生きて治められるみ子、主イエス・キリストのみ名を通して祈ります。 アーメン
フィンランド人宣教師の恵みのレシピ」
パイヴィ宣教師がスオミ教会のフィンランド家庭料理クラブで教えてきた料理のレシピと料理にちなんだ聖書のメッセージから24つを選んで本にまとめ上げました。「幸福度世界一」の国からの心とおなかを満たすレシピ集です。
全国のキリスト教書店にて好評発売中。定価1,430円
スオミ教会にて著者割引の1,100円で購入できます!
一号遺跡
〈 また彼らはおのおのその割当にしたがって馬および早馬に食わせる大麦とわらを、その馬のいる所に持ってきた。 列王記上4:28〉
”赤駒を山野にはがし捕りかにて多摩の横山徒歩ゆか遣らむ” 宇遅部黒女 万葉集には多摩の名が出て来る歌は二首しか載っていません。この歌は多摩での馬牧(うままき)を現わしている貴重な歌です、この歌には当時の多摩丘陵での馬牧の様子がよく表されています。古来から多摩では馬牧が盛んでした。丘陵での馬牧は丘に囲まれた谷戸が最適でしたが谷戸は耕作地が少ない多摩では食料生産の場として使われていました。黒女さんのように馬は山野(丘陵)ではがし(放牧)されていたようです。また多摩には大きな集落が少なく小さな集落が点在していました。従って馬の飼育も個人単位で行われていたようです。黒女さんも一頭しか飼っていなかったのでその赤毛の馬を捕まえそこなって防人となって出征する夫を多摩の横山道を歩いて行かせてしまった、と嘆いています。今回の一号遺跡の概要は歴史的には平安末期から室町期にかけての遺跡とされています。遺跡は谷戸を見下ろす南面した丘の中腹を開削して東西約50m南北約10~20m、面積約800㎡の平坦地を造成し尚且つその中央に12m×6m、深さ約1.3~1.5mの大型の竪穴を設けてあります。またその東西には複数の建物群の遺構もあります。資料によると。12世紀に小山田別当有重と言う人がこの地に広大な馬牧を営み配下にも谷戸の開墾を進めた。とありますので確かではありませんが有重の配下の人が起こした馬牧の場であったのかも知れません。私は散歩の折に何度も此処に佇み往時の姿を思い起こしていました。(次回へ続く)
馬牧(うままき): 飛鳥時代の頃に兵部省によって管理された牧場で、主に軍馬や貴族への貢馬、駅伝馬などの供給源とされました。馬牧の立地は、山や丘陵に囲まれた窪地が利用され、袋状の谷戸に馬を追い込み、出入口を馬柵棒(ませぼう)をかって馬の逸出を防いだり、外部からの危害を防ぐ繋飼場(けいしば)にもしたと言う。この小山田の地はその適地だったと言えます。
2026年9月20日福音ルーテル・スオミ・キリスト教会
礼拝説教
マタイによる福音書20章1−16節
「全ての人々へ等しいキリストの福音の約束」
田口 聖
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなた方にあるように。アーメン。
1、「背景」
私たちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様。
今日の聖書の言葉は、私たちの救いも、そして、そこにある日々新しいいのちの歩みも、それは私たちが何かをして得たものではなく、どこまでも主なる神が約束してくださった通りに与えてくださったものであり、全て神の恵みであることを教えてくれています。
これはイエス様が語った譬え話です。どのような背景でこれを語っているでしょうか。19章の後半を見ると、金持ちの青年の話が記録されています。彼はイエス様のところにやってきて「永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。」と尋ねます。そこには彼は自分はいつも律法に従って良いことを行なっているという自負がありました。なぜなら、イエス様が十戒を示したときに、20節、「そういうことはみな守ってきました。」と言い、「まだ何か欠けているでしょうか。」と答えているからです。彼は「良い行いについて」尋ねていながら、「自分には欠けているところがない」と答えるのです。彼には永遠の命を得る自信がありました。しかしその根拠は、ただの自分は律法を行い欠けたところがないという自信だけでした。それに対してイエス様は彼が決して神の前に完全ではないことを言うのです。21節「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」 と。イエス様は彼が律法において欠けているところがないと言うなら、律法が求めることはどのようなものかを示し、そしてそれを行なって自分に従うように招いたのでした。しかし、青年はそのイエス様の言葉を聞いた時、悲しみ立ち去ったのでした。なぜなら、青年は財産を沢山持っていたからでした。そこでイエス様は言います。23節
「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。 重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」
それに対して弟子たちは「それでは、だれが救われるのだろうか」と驚きます。しかしそれに対してイエス様は言うのです。26節
「それは人間にできることではないが、神は何でもできる」と言われた。」
2, 「神の律法の前に義人はいない」
神の前、神の律法の前には、普段から良いことをたくさん行なっているという自負のある青年であっても、不完全です。イエス様は青年をいじめているのでも責めているのもでなく、人間がどれだけ善を行なっても、神の前ではどこまでも不完全である、そのことを青年に教えたかったのでしょう。そして、弟子たちの「それでは誰が救われるだろうか」という問いはある意味、的を射ています。誰でも神の前、律法の前では、ただただ罪人です。不完全です。主なる神が求める律法の完全さに誰も叶うものはありません。つまり、人は、自らの行い、あるいは、自分がどれだけ持っているか、どれだけのことをしたかに救いはかかっているのでは決してありません。そう、私たちの前にある真理は、イエス様が言われる通り、救いは、
「それは人間にできることではないが、神は何でもできる」
それが紛れもない私たち人間の救いの真理なのです。しかし、27節、ペテロは、それでもおそらくイエス様の言葉の真意を悟るのに鈍かったのでしょう。
「すると、ペトロがイエスに言った。「このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました。では、わたしたちは何をいただけるのでしょうか。」
これはペテロの敬虔な言葉のように聞こえます。しかし、反面、彼は自分たちはこれだけのことをあなたにしたのだから、あるいは、そうすることで従ってきたのだから、いっぱい長く従い、いっぱいあなたのためにしてきたのだから、その行いに見合う多くのものをいただけるでしょう。と言う思いがあるでしょう。イエス様は確かに全てを捨てて従ってきたものには多くの報いがあり、永遠の命を受け継ぐのだと言います。しかし、それは弟子たちの行いのゆえなのでしょうか?弟子たちが沢山行なってきたからなのでしょうか?つまり、救いや新しいいのちの生き方や働きや受けるものは、「人がどれだけのことをしてきたか」にかかっているのでしょうか?そこでイエス様は、この20章1節から天の国は次のように例えられると教えたのでした。
3、「葡萄園での働き人を雇う譬え」
A,「主人からの約束」
そこでは葡萄園の主人が葡萄園での働き人を雇います。主人は、夜明け、9時、12時、3時、そして5時と、合計五回、人々を雇います。2節を見ると「一日につき一デナリオンの約束」でと書かれています。そして4節では、9時に出会った人々に主人は「ふさわしい賃金を払ってやろう」と言っています。さらには、それ以後の時間に出会った人々にも5節「同じようにした」とあるのです。ですから、この労働は、当然ですが、葡萄園の主人が、しかも主人の方から雇い入れるものでした。さらには主人が主人の方から「一日につき一デナリオンの約束」と言う約束を示し、その約束に基づいて雇い入れています。そしてその後も「同じように」とあるように、それがどの時間に雇った人々にも「相応しい賃金として」主人が定め、主人が与えると約束したものでした。つまり、労働者がそれぞれ長く働いたらその長く働いた分だけ与えるという約束はしなかったのでした。夜明けに最初に出会った人にも「一日につき一デナリオン」と約束していたのでした。そして、労働の終わりに、先のものにも後のものにも差はなく、同じ報酬を約束の通りに与えたのでした。それはまさに「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」ように思うでしょう。19節の最後30節でもイエス様は「先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」と言っています。
天のみ国はそのようなものなのです。つまり、先に召されようが後に召されようが、神の約束、神が与える救いや新しいいのちの恵みの全ては、全ての人々に等しく及ぶのです。それが神の約束であるからです。それは人の行いやその量にかかっているものではありません。つまり、先に救われたとか、だから長い時間、沢山、従ってきた、沢山のことを行なってきた、自分はどれだけのことをしてきたとかは、関係ない、約束に従うものは、長かろうが短かろうが、全ての人々に等しい約束のものを受けることができる、それが天のみ国に他なりません。ですから、普段、立派だから、良いことを沢山しているから、より神の国に相応しい、していないから相応しくない、天のみ国はそのようなものではありません。誰であろうと、主人が約束したものをそのまま受ける時、その約束したものをそのまま受けられる、なぜならそれが主人の約束だから。それが天のみ国なのです。
B,「沢山働いたものたちによる不平」
しかしです。10節以下、こうあるのです。
「最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。 それで、受け取ると、主人に不平を言った。『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』 」
最初に来た人達は、主人のやることに不条理を感じたようです。自分は後から来た人々よりも最初から働いてきた、長く働いてきた、沢山の成果を出し、沢山の労働力を費やしてきた、だからもっとくれてもいいではないか、最後に来て少しし行なっていない働いていない連中と同じ報酬なのか?不平を言うのです。気持ちはよくわかります。確かにこの地上の社会では、そのような原理原則こそが平等であり、いっぱいすれば、いっぱい行えば、いっぱい成果を出せば、そうではない人々よりもより多くのものを受けるはずだ。世の中はそのように動いています。しかし神の国のこと、神の考えていることはそうではないのです。神の救いの神の国の約束は、人がどれだけのことをしたか、どれだけ長いことしてきたか、どれだけ貢献し、どれだけ成果を出し、どれだけ成功してきたのか、にかかっているのではない。約束は全ての人々に語られ向けられ、その約束の通りに受けるものは、その通りに約束のものを必ず受ける、なぜなら、それは人が決めた人から神への約束ではない、どこまでも神が定めた神から人への一方的な約束であり、神が人に与えるものだからです。ですから主人は言うのです。13節。
「主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。 自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』 16このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」
そう、全ては神のものが神が定め神の約束した通りに与えられる。それが天のみ国、神の国であり、救いの恵みです。私たちが沢山頑張ったからと私たちの行い云々で左右できるような小さな範囲の神の国ではないのです。しかし、世の宗教をはじめ、世の人々は救いを逆に考えてしまいます。まさに世の価値の基準に従って神が与えてくださるものまでも計ります。そしてその通りに受け取れないと、神に不平を言うのです。神はずるい、神は間違っているのではないか、神は不公平ではないか、だから神はいない、インチキだ。しかしそれは神中心ではなく、どこまでも人間中心の、自分がどれだけ行なってきたのか、しかも隣の人がどれだけ行なったかと比べての、狭い視点から見ている神への評価に過ぎないでしょう。それは絶対的なものにはなり得ません。むしろ神を自分たちの評価の枠にはめて神を限界のあるもの小さなものにしてしまっています。
C,「ヨナの不平と重なる」
最初の聖書箇所であった、ヨナ書のヨナの不平も似たようなものがあります。彼はニネベに遣わされますが、行くのを拒みました。そして魚のお腹にあって彼は悔い改め、ヨナ書2章10節にある通り、「救いは、主にこそある。」と告白し、ニネベに向かいます。そしてニネベの人々に神の言葉を伝え宣教をするのです。そして、素晴らしいことに、その宣教は成功するでしょう。ニネベの人々はヨナの伝える神の言葉を聞いて悔い改めるのです。素晴らしい出来事です。しかしです。ヨナは、その結果に大きな不満を表し怒ります。ヨナ書4章2節以下の彼の言葉を見ると興味深いです。
「わたしには、こうなることが分かっていました。あなたは、恵みと憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いをくだそうとしても思い直される方です。 」
なんと、ヨナは神が恵みと憐れみの神であり、忍耐と慈しみに満ちていることを知っているのですが、それに対しての不平です。つまり、その恵みと憐れみでニネベの人々を悔い改めさせたことに怒っているのです。なぜでしょう。それは、ヨナにとっては、ニネベの人々は異教徒であり、悪い裁かれるべき民であり救われるべき民ではなかったからでした。だから、彼は最初、怖いからという理由でニネベに行くのを拒んだのではないのです。ニネベの人々に伝えるのを拒んだのです。確かにニネベの民は異教の民で、悪の溢れる民は裁かれるべき、滅ぶべき、人間の感情としては叫びたいのかもしれません。しかしそれはヨナの思い、人間の思いであり、神の思いではないでしょう。神の思いはニネベの人々が悔い改め滅びを免れることです。人の評価から見るなら、悪いことをしている、真の神を信じない、偶像礼拝をしている人々は、神を信じる私たちと同じものは受けるべきではない、そうなるでしょう。しかし、神の思いは違います。全ての人々が悔い改め、真の神に立ち返り、誰でも悔い改めるなら全ての人々に等しく与えると約束している恵みの罪の赦しと救いをそのまま受け取り、滅びないようになることが神の思いです。そう、ヨナも自分中心の行いの評価で神のなさる救いを計っています。そして自分の思い通りではない神がなさることに、それが恵みであっても納得できなかったのでした。そう、葡萄園で最初から働いていて、最後に数時間しか働かない人々と同じ報酬を受け取った時に、約束の通りを受け取ったのに不平を言っている人々と重なるでしょう。ヨナはトウゴマの木のことでもそうです。神がヨナを憐んで与えたトウゴマの木です。その恩恵、その神の恵み、自分が受ける益には感謝し喜ぶのです。しかし自分の願う利益が得られなくなるとその木を惜しみ、その神の恵みに不平を言い、怒るのです。全て自分が基準、自分中心で見てしまっています。神は言うのです。ヨナ4章10節11節。
「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。 11それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。」
D, 「天のみ国とは」
神はヨナに問いかけているのです。「あなたは自分に利益を与える植物には憐れみを感じるのに、わたしが造った何万人もの人間には憐れみを感じないのか」と。
天のみ国はこのようなものなのです。人間がどれだけのことをしたか、しなければいけないか、に左右されない、それを人間がどう評価し、どう思うかも関係ない。神は全ての人々が悔い改めてイエスキリストの十字架による罪の赦しを受け取り、復活の新しいいのちに生かされていくことを何よりも願っている。そのために私たちは召され、そのために私たちの教会はある。その福音を今日も説教で語り、その福音をそのまま私たちが受け取るように今日も差し出されています。パウロも「わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。」とまさに自分中心、自分基準を放棄しています。生きるにも死ぬにもキリスト、キリストにあっては死もまた益である。私たちの行い、私たちの勲によって私たちの新しいいのちの生活はあるのではない。すべてはキリスト、全てはキリストの恵み、キリスト・イエスに結ばれているから。だから律法ではなく、キリストの福音に相応しい生活があるのだと。その福音にあって生きなさいと。
4、「結び:空っぽの手で福音を受け取る」
今日も主は約束してくださった通り、この恵みの手段である聖餐を通して、救いの恵み、罪の赦しと新しいいのちを与えてくださいます。私たちは手に自分の何かを握ってまず何かを神のためにするから神は報いてくださるのではない、神が約束のものを約束の通りに与えてくださる。だから私たちは今日も空っぽの手を開いて、主が受けよと与えてくださるイエス様のからだと血をそのまま受け取ろうではありませんか。イエス様は今日も宣言してくださいます。「あなたの罪は赦されています。安心して行きなさい」と。ぜひ平安のうちに今日も遣わされて行きましょう。
人知ではとうてい計り知ることのできない神の平安があなた方の心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン。