お気軽にお問い合わせください。 TEL 03-6233-7109 東京都新宿区早稲田鶴巻町511-4-106
今年最後の家庭料理クラブは12月13日に開催しました。今回はフィンランドのクリスマスの風味豊かなクリスマス・リース”Joulukranssi”とピパルカックを作りました。
料理クラブはいつもお祈りをしてスタートします。まず、リースの生地を作ります。材料を測って順番にボールに入れてから小麦粉を加え始めます。生地をよく捏ねてから柔らかくしたマーガリンを入れて、またよく捏ねて生地は出来上がりです。暖かい場所において一回目の発酵をさせます。待っている間に中身を作ります。マーガリンの中に砂糖やフィンランドのクリスマスお菓子に使うシナモン、グローブなどのスパイスを加えて混ぜます。それから中身のドライフルーツを計ってレーズンは細かく切ります。
生地が大きく膨らんだらリースの形づくりに入ります。生地を長方形に綿棒で伸ばしてその上にスパイス入りのマーガリンを塗ります。その上にドライフルーツをかけると、「わあ、きれいな色!」「香りも素敵ね!」との声がしました。
それから生地をロール状にして、それを鉄板に丸い形のリースにしてからハサミで切ります。ロールを新しい形にすると中身のドライフルーツがきれいに見えてきます。「面白い!」「こんなの初めて」との声がします。それから二回目の発酵です。
発酵させている間にピパルカック作りです。前日に作った生地を綿棒で薄く伸ばして、それから型でクッキーを抜いて、鉄板の上に次々と沢山のクッキーが並べられます。今回はお子さまの参加もあったので、大人の方々と一緒に一生懸命楽しくクッキーやリースを作りました。
リースの二回目の発酵も早くすみ、卵を塗って砂糖とアーモンドダイスをかけてオーブンに入れます。しばらくするとクリスマスのスパイスの香りが教会中にどんどん広がって参加者の皆さんは何度もオーブンを覗きに行きました。「大きく膨んでいるわ」「美味しいそう!」「良い香りね」とみんなワクワクでした。
今回はフィンランドのクリスマス・ホットドリンク”Glögi”も用意しました。それを温めると、またクリスマスの香りが台所から一気に教会中に広がりました。
テーブルのセッテングをしてみんなワクワクしながら席に着いて焼きたてのクリスマス・リース、ピパルカック、”Glögi”を一緒に頂いて歓談の時を持ちました。皆さん一緒にフィンランドのクリスマスの味を美味しく楽しく味わいました。その時にフィンランドのクリスマスや世界の初めてのクリスマスの出来事についてのお話を聞きました。料理クラブが終わる頃に教会の玄関前のイルミネーションが輝き出して、外も中もクリスマスの雰囲気で一杯になりました!
今回の料理クラブでは参加者の皆さんと一緒にクリスマスの喜びを分かち合うことが出来、とても感謝しています。次回の料理クラブは、年明けの1月はお休み、2月から再開する予定です。詳しくは教会のホームページの案内をご覧ください。皆さんのご参加をお待ちしています
それでは皆さま、天の父なる神さまが祝福されるクリスマスをお迎え下さい!
教会のカレンダーでは明日は待降節(アドベント)第三の日曜日でクリスマスがどんどん近づいています。この季節になると、フィンランドの多くの家庭ではクリスマスの準備のためにお菓子を焼いたり、クリスマスの飾りを作ったり、大掃除をしたりします。家の中からクリスマスの香りが外まで広がります。
今日皆さんと一緒に作ったクリスマス・リース「Joulu kranssi」とピパルカックはフィンランドの伝統的なクリスマス菓子です。最近は新しいクリスマスのお菓子が次々と登場しています。それらは伝統的なお菓子を元にして少し変えるだけで新しくしたもので、変化を求める人にとって新しいクリスマスお菓子を作れるチャンスです。私は毎年インターネットで様々なレシピを検索しますが、結局いつも同じ伝統的なお菓子を作ってしまいます。それらは私の母も作っていたものだったので、同じお菓子を作る方が、クリスマスの雰囲気がより高まると思います。
今日皆さんと一緒に作ったリースの生地は料理クラブで何度も作ったコーヒー・ブレッドの生地と殆ど同じですが、リースの形に作るのは初めてです。クリスマス・リースの特徴はクリスマス・スパイス、ドライフルーツやアーモンドダイスを使うことです。リーズの形自体も本当のクリスマスシースの印象を与えるのでクリスマスのお祝いの気分を高めてくれます。
クリスマスのお菓子や料理に加えて飾り物や音楽もクリスマスの雰囲気を高めてくれます。このようにクリスマスはさまざまな感覚、味、香り、視覚、聴覚を通して体験されます。しかし最も大切なことは2千年前に起こったベツレヘムという町の出来事、神さまの子イエス様がお生まれになったことを覚えて日常の慌ただしさの中で立ち止まってみることです。
この間私はフィンランドのクリスマス向けの雑誌でベツレヘムの出来事についての記事を読みました。今日はそれを紹介したいと思います。これはある昔の教会の指導者が語ったお話です。その指導者はイエス様がお生まれになったベツレヘムの町で多くの時間を過ごし、イエス様の誕生の意味について深く思い巡らしました。彼はこう語ります。「私はベツレヘムの町の出来事を思う時、心の中で赤ちゃんのイエス様とよく会話をします。」
その会話は次のようなものです。「イエス様、あなたは寒そうで、震えているようにみえます。横になっている飼い葉おけも固くて楽ではないしょう。しかし同じ指導者は自分に対して言います。「そこに横になっているのは私の救いのためなのです。しかし私はどうすれば救いの恵みに報いることが出来るでしょうか?」すると、指導者は心の中で赤ちゃんのイエス様の答えを次のように思います。「安心しなさい。私はあなたから何も望んではいません。私はこれからもっと大変な時を通らなければなりません。それはゲッセマネの庭園での苦しみや十字架の時です。」指導者はさらにイエス様に語ります。「それでは私は、どうしてもあなたに何か差し上げたいのです。私の持っているお金を全て捧げたいのです。」赤ちゃんは答えます。「私はこの天と地と全てを支配して、それらは全て私のものです。あなたのお金は受け取る必要はありません。お金を貧しい人々に与えなさい。そうすれば、私はそれらを自分に捧げられたものと同じように受け取ります。」
指導者は語り続けます。「愛する赤ちゃんのキリストよ、私はお金を喜んで貧しい人々に分け与えます。しかし私はあなたご自身にも何か差し上げたいのです。何を捧げたらよいでしょうか。何も差し上げないと、とても悲しくなるのです。」すると赤ちゃんは再び答えます。「あなたはとても寛大な人です。それでは、あなたが私に与えなければならないものを教えましょう。それはあなたにある悪いこと全て、良心の咎め、そしてあなたの罪です。」「私がそれらを与えたらあなたはどうされるのですか?」指導者が尋ねます。イエス様は答えます。「私はそれらを引き受けて背負います。あなたからそれらを取り除きます。私の支配力はまさにその為にあります。預言者イザヤの言葉にあるように私はあなたの罪を全て背負って取り除くのです。」この言葉に深く心を動かされた指導者はこう告白します。「あなたのお言葉を聞いて、心は涙が溢れます。あなたは私から何か良いものを望んでおられると思っていましたが、求めておられるのは私の悪いものだけだったのです。それでは私の全ての罪を取り除いてください。そしてあなたのものを私にお与え下さい。そうすれば私は罪から解放され永遠の命の確かな希望を頂くことが出来ます。」指導者は喜びをもってお話を終えました。
この教会の指導者と同じように私たちも世界の全ての人々もベツレヘムのイエス様が置かれた飼い葉おけの前に立ち止まることが出来ます。クリスマスは、よい雰囲気を感じるかどうかに関係なく、クリスマスのメッセージ「今日ダビデの町であなた方のために救い主がお生まれになった。」というみ言葉を心で受け取ることが出来れば、本当のクリスマスの喜びで心が満たされます。
皆さん、どうか良いクリスマスをお迎えください。
12月の手芸クラブは3日に開催しました。その日は12月の初めにしては暖かい日でした。
今回の作品はフィンランドのクリスマス・オーナメント「オルキ・タハティ(藁の星)」です。材料はフィンランド直送の天然の藁です!
初めに星のモデルを見て自分の作りたいものを選びます。それから水で柔らかくした藁を星の形に合わせて8本か12本の束にします。束をパールピンでプレートに取り付けてから星の形を作ります。プレートに取り付けるパールピンはどんどん増えていきますが、形はまだはっきり見えません。その後、赤い糸で藁を結んでいくと形が少しづつ見えてきました。ここから参加者の皆さんの手の動きが早くなってどんどん赤い糸が増え、星はあっという間に出来上がりました。「わあ、可愛い!」「きれいな形ね」との嬉しそうな声があちらこちらから聞こえてきました。時間はまだあったので、二つ目の星を作ることも出来ました。
以前手芸クラブで使ったテクニックでストールを編んだ方がお二人、完成された素敵なストールを持ってきて見せて下さいました。「柔らくて暖かそう!」皆で素敵な出来栄えを感嘆しました。
今回も皆さん、楽しくおしゃべりしながら藁の星を作って時が経つのを忘れてしまうほどでした。あっという間にコーヒータイムの時間になりました。
みんなでテーブルのセッティングをして、星の形のクリスマス・プルーン・パイをコ―ヒーと一緒に味わいながら楽しく歓談を続けました。いつものように聖書のお話も聞きました。今回のお話は、今回作った星の材料の藁や2千年前のクリスマスの出来事についてでした。
次回の手芸クラブは年明けの1月28日の予定です。詳しくは教会のホームページの案内をご覧ください。皆さんのご参加をお待ちしています!
藁はフィンランドでは昔からクリスマス・オーナメントの材料として使われ、現在も人気がある素材です。藁で作る「ヒンメリ」、「星」、「天使」などの伝統的なクリスマス飾りを藁で作る人は今も多いです。藁は農業から生まれる素朴な素材ですが、このような可愛らしいオーナメントにも用いられます。現在は穀物は機械的に脱穀されているために長い藁を見つけるのは難しいです。もしどこかで見つけることができればラッキーです。
クリスマス・オーナメントに使われる藁は主にライ麦と小麦のもが多いです。どちらも丈夫で光が当たると、白い控えめな輝きを放ちます。お部屋の天井に吊るされた藁の「ヒンメリ」や窓に掛けた「星」はクリスマスの心が温める雰囲気を高めてくれます。
ところで、クリスマスオーナメントに使われる「藁」は世界で初めてのクリスマスの出来事と深い関係があります。それはどんなことでしょうか。
その出来ことは2000年くらい前の昔に起こりました。初めてのクリスマスの夜に神さまの独り子であるイエス様がお生まれになりました。母マリアとイエス様を育てることになるヨセフはベツレヘムという町に住民登録に行き、そこで泊まる宿屋を探しました。しかし町は旅人が多くて泊まる場所がありませんでした。ところがある宿屋の馬小屋は空いてそこで休むことが出来ました。ちょうどその時マリアは月が満ちて男の子を産みました。それがイエス様でした。マリアは馬小屋の飼い葉桶に藁を敷いて赤ちゃんのイエス様を寝かせました。
ところで、この馬小屋の出来事の知らせはすぐ広まりました。その夜ベツレヘムの外れの野原で羊飼いが羊の番をしていた時に天使が現れて言いました。「今日ダビデの町で、あなた方のために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなた方は、布にくるまって飼い葉桶の中に眠っている乳飲み子を見つけるであろう。」飼い葉桶の中に眠っている赤ちゃんがその「しるし」であるというのです。羊飼いたちは天使の言葉を素直に信じ、すぐベツレヘムの町に向かいました。そして馬小屋の飼い葉桶の藁の上に眠っているイエス様を見つけました。このようにイエス様がお生まれになったことの最初の目撃者は羊飼いたちでした。
イエス様の誕生は他の国の人たちにも知られるようになりました。この初めてのクリスマスの少し前に遠い東の国の占星術の学者たちが夜空に不思議な輝きをする星を確認しました。彼らはこれを新しい王様の誕生の印と考え、今のイスラエルがあるユダヤの地に旅をして、エルサレムまでやってきました。そこで、その時王だったヘロデに「新しく王になるためにお生まれになった方はどこにおられますか。私たちは東方でその星を見たので拝みに来ました」と尋ねました。ヘロデ王はとても驚き、自分の地位が危なくなると心配しました。王は旧約聖書の専門家たちを集めて預言について聞きました。すると彼らは、救世主はユダヤのベツレヘムに誕生するという預言があることを教えました。ヘロデ王は東方の学者たちを呼んで、その子供を見つけたら知らせるようにと言いました。それはその子を殺すためでした。学者たちはそのことを知らずに出発しました。すると、東方で見た星が彼らに先立つように見えて、それを目指していくとイエス様がお生まれになったベツレヘムの馬小屋に到着しました。彼らは馬小屋に入ると、イエス様と母マリアとヨセフを見つけました。
学者たちはこの世の救い主となる方が王様のようにお城で生まれるのではなく、馬小屋で生まれたことに驚きましたが、旧約聖書の預言や不思議な星の導きがあったので、信じることが出来たのです。
このように今日作った藁の星は初めてのクリスマスの出来事に深く結びついています。藁は生まれたばかりのイエス様が置かれた場所、星は神様が学者たちに示したしるしです。それで彼らはイエス様がお生まれになった馬小屋に導くことができたのです。私たちも世界で初めてのクリスマスにお生まれになったイエス様のもとに行くことが出来ます。どのようにして出来るでしょうか?それは聖書の御言葉を聞いたり読んだりする時です。聖書の御言葉は私たちにベツレヘムの星と同じ役割を果てくれます。聖書を読むと、イエス様はこの世の全ての人々の救い主としてお生まれになったことが分かります。こうしてクリスマスに飾られる藁の星は私たちにこの出来事を思い起こさせてくれてクリスマスの喜びを感じさせてくれるのです。
宮沢賢治「雨ニモ負ケズ」 vs. パウロ「ローマの信徒への手紙」12章
なぜ「雨ニモ負ケズ」とローマ12章を突き合わせるのか?私の個人的な経験が絡む話なので、以下は一つの信仰の証しとしてお読み下さい。
今は昔、中学の国語の授業で平家物語の冒頭文を暗記する宿題があった。それを母に聞かせたところ、昔は歴代天皇の名前や教育勅語を暗記しなければならなかったと言って、神武スイゼイアンネイ…と唱え始め、途中で、もう忘れた、と。教育勅語は?と聞くと、それはもういい、と言って唱えなかった(因みに母は東京の墨田区本所の出身、東京大空襲の時に九死に一生を得た経験を持った人)。
それから歳月は過ぎ大学時代、政治学徒として日本国憲法を見たら、前文がとてもいい。これぞ戦後日本人の精神的支柱として暗記するに相応しいと思い暗記。ただし、憲法前文は政治的、社会的な理念が中心。もっと個人レベルの理念は何か?前文で言われる「人間相互の関係を支配する崇高な理想」に中身を与える理念は?ちょうどその頃、作家の丸谷才一が国語教育に関するコラムで「子供に詩を作らせるな、優れた詩を暗記させよ」と主張したのをもっともなことと思い、詩と理念の一石二鳥ということで宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」に注目してこれも暗記(ただし、その時は詩の後に念仏が続くという、仏教的な祈りの性格がある詩とは知らず)。
さらに歳月は過ぎフィンランド留学中に聖書を学び、洗礼を受けてキリスト教徒になって帰国。日本で繋がることになった教会で年配の信徒の方たちが暗唱聖句をスラスラ唱えるのを見て、自分もそうあらねばと思うが、聖書はフィンランド語が身近になってしまい日本語の聖書になかなか馴染めず怠けることに。
もっと歳月は過ぎ、フィンランドで神学徒として牧師助手の仕事もするようになり、何度か堅信礼教育の教師を務めた(フィンランドの14歳の児童は堅信礼を受ける前にキリスト教の教義を合宿制で学ばなければならない。国教会に属する児童の90%以上が参加する)。そこで生徒たちは重要な聖句を暗記しなければならない。十戒から始まり、主の祈り、使徒信条、アロンの祝福、黄金の戒律(マタイ7章12節)、愛の二重戒律(マルコ12章29~31節)、小福音(ヨハネ3章16節)、イエスの大宣教令(マタイ28章18~20節)。ということは、日本の子供たちが19世紀後半から1945年まで歴代天皇の名前と教育勅語を暗記し、それ以後は平家物語の冒頭文を暗記してきた間、フィンランドの子供たちは宗教改革の時代から現在に至るまで聖書のこれらの御言葉を暗記してきたわけだ。ここ30年ほどフィンランドの教会を巡る状況は動揺があり、かつての安定性は失われてしまったが、信仰にとどまる人たちはこれからもそうし続けるであろう。堅信礼教育で私は生徒の達成度をテストする立場だったので私も覚えなければならない。これが私の暗唱聖句の始まりであった。
それからまもなくして、釈義学徒として博士論文に従事することとなり、作業を捗らせる必要から論文テーマに関係するイザヤ6章とマルコ4章3~20節をそれぞれヘブライ語とギリシャ語で暗記。それから暗唱聖句は少しずつ増えていった。
聖句を原語で暗唱するとどうしても音やリズムが中心になって意味が遠のいてしまう。つい先日、ローマ12章の意味を確認していたら、9節から後で急に宮沢賢治の詩がどこからともなく響いてきた。巨大彗星が地球に接近するような気がした。(続く)
アンデレクロス(アンデレの十字架)
白州の我が家の上空は定期便の通い路らしく冬の晴れ渡った青空を西に向かって幾筋もの飛行機雲がその軌跡を残して行きます。今まさに一機の西行きの定期便が青空を切り裂いて真っ白な雲を曳きながら驀進しています。暫くすると青空には大きなXの字が浮かびあがりました、このXは清泉寮のアンデレ教会の十字架でもあります。アンデレは死してもなお大空にその軌跡を残したと想いに耽っていました。
主日礼拝説教 2025年12月14日 待降節第三主日 スオミ教会
イザヤ35章1~10節
ヤコブ5章7~10節
マタイ11章2~11節
説教題 「荒野のようなこの世にあっても、キリスト信仰者にとっては緑の大地の道を進むようなもの」
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。 アーメン
わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様
1.はじめに
本日の福音書の個所も、わかりそうでわかりにくいところです。まず背景としてあるのは、洗礼者ヨハネがガリラヤの領主ヘロデの不倫問題を批判したために牢屋に入れられてしまったことがあります。ヨハネは恐らく面会に来た弟子たちからイエス様が権威ある教えを宣べ伝え奇跡の業を行っていることを聞いたでしょう。それで、弟子たちをイエス様のもとに送って、あなたは来たるべきメシアなのか、それとも別の者を待たねばならないのかと聞きました。イエス様は答えとして、自分がどんな奇跡の業を行っているかを述べて、それをヨハネに伝えよと言って弟子たちを返しました。そこで今度は群衆に向かって、ヨハネがどういう人物か話します。風にそよぐ葦とかしなやかな服を着た人の話があります。ヨハネのことを預言者以上の者と言ったりします。女から生まれた者のなかで最も偉大な者というのは、人間から生まれた者の中でという意味です。イエス様は聖霊の力で乙女マリアから生まれたので比較の対象外ということが暗示されています。ところが、最も偉大な者だと言ったかと思いきや、天の国で最も小さな者の方がヨハネより偉大だなどと言います。
さあ、これらが何を意味しているのかをこれから説き明かしてみましょう。その際に注意すべきことは、これはキリスト信仰を持つ説教者がキリスト信仰を持つ会衆に向けて行う話なので、キリスト信仰の観点での説き明かしということです。聖書の言葉を理解しようとする時、キリスト信仰がなくても信仰と無関係な理解はできます。しかし、それは聖書を神が与えた言葉の集大成とみることではなく、人間が創り出した文学作品と同じに扱うことです。キリスト信仰がない方が信仰にとらわれないいろんな解釈ができます。そういう解釈が新しい見方を生み出すと見方が深まったと思う人もいます。しかし、キリスト信仰の観点がない解釈ならば、それは信仰の深まりにはなりません。それでは、キリスト信仰の観点で聖書を繙くというのはどういうことか?それは、まず繙く人が自分はイエス・キリストを救い主と信じ、洗礼を受けて聖霊を与えられた者であるとわかっていることが前提です。では、なぜイエス・キリストが救い主かと言うと、彼が十字架にかかって私の罪を神に対して私の代わりに償って下さったからであり、彼が死から復活されて永遠の命に至る道を私にも切り開いて下さったから救い主なのです。そして今はこの主が整えて下さった道を主に守られ導かれながら共に歩んでいるとわかっているのがキリスト信仰者なのです。この信仰の観点で聖書を繙くと難しいところは結構わかってきます。難しすぎて今はわからないところでも、わからないなりにそういうものなんだと一旦受け止めて、いつか目が開かれたようにわかる日が来るから大丈夫と心の中にしまって、今はただ道を歩き続けるのみという物分かりのよさでいるのがキリスト信仰者だと私は思っています。
2.洗礼者ヨハネの奇妙な質問
イエス様が権威ある教えを宣べ伝えて奇跡の業を行っていることを牢獄にいた洗礼者ヨハネが伝え聞きました。彼は自分の弟子をイエス様のもとに送り、来るべきメシアはあなたか、それとも別の者を待たねばならないのかと尋ねさせます。この質問は一見奇妙に思えます。なぜなら、ヨハネは以前にイエス様のことを自分とは比べものにならない偉大な方とわかっていて、イエス様に洗礼を授けることを躊躇したほどでした。ヨハネ福音書では、イエス様のことを「神の子」と証ししています。それならば、なぜイエス様が来るべき方かどうかまだわからないでいるような質問を送ったのでしょうか?これについては、いろんな説明の仕方があるようです。一つには、ヨハネは投獄されて意気消沈してしまいイエス様のことを信じられなくなったのでそういう質問を送っただとか、ヨハネの弟子たちは質問をしたのではなく、あなたは来たるべきメシアですと述べたのが正しい文だとかいう説明を聞いたことがあります。でも、ギリシャ語の原文ではちゃんと疑問文になっています。なので、解釈が正しくて聖書の文章が間違っているというような説明は無視しましょう。
もし洗礼者ヨハネがイエス様の教えや業を聞いたのであれば、メシアであることに疑いはなかったはずです。それならば、なぜ聞いたのでしょうか?それは、イエス様の答えをよく目を見開いて見ればわかります。イエス様は次のことをヨハネに伝えよと言いました。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、らい病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人には福音を告げ知らされているということです。これらは皆、イザヤ書の預言の成就です。イザヤ書の26章19節、29章18節、35章5~6節、42章18節、61章1節にある預言です。イエス様は、来たるべきメシアはあなたですか、と聞かれて、ハイ、そうです、で済ませるのではなく、その根拠として自分が行っていることは全部旧約聖書に預言されていることであるとまさに旧約聖書に基づいて自分がメシアであることを証ししているのです。ヨハネにはわかっていたことですが、それをイエス様が自分の口で根拠づけて証しするようにさせたのです。この証しはヨハネに向けられたものに見えますが、実はヨハネの弟子たちや周りにいた群衆も聞いたので、大勢の人にとっても証ししたことになります。一見おかしな質問に見えても、もしヨハネがこの質問をしなかったら、イエス様自身による旧約聖書に基づいたご自分の証しは生まれなかったのです。現代を生きる私たちの目にも触れることはなかったのです。つまり、これは洗礼者ヨハネとイエス様の見事な連係プレーだったのです。
証しをした後でイエス様は言われます。「わたしにつまづかない人は幸いである。」つまり、旧約聖書の預言の成就という有無を言わせない証拠がある以上、私のメシアとしての地位は明確である、これ位の確証があれば、ちょっとやそっとのことでも私に疑いを抱いたりして私に躓いて離れてしまうことはないのだ、私を信頼して復活の日の永遠の命に至るまでしっかりこの世を歩むことができるのだ、それでまことに幸いなのだということです。しかし、弟子たちをはじめ大勢の人がイエス様に躓く時が来ます。彼が裁判にかけられて十字架刑に処せられた時です。しかし、その後に起こる彼の死からの復活がダメ押しの確証になりました。これも旧約聖書の預言の成就でした。死を超える永遠の命が現実のものになった以上、確証は究極の確証になりました。それからは、この確証を抱いている限りイエス様を救い主と信じる人はもう躓く理由がないのです。
3.荒野が緑の大地に変わる時
イエス様が群衆に尋ねます。お前たちは何を見に荒野に行ったのか?風にそよぐ葦か?それとも、しなやかな服を着た人か?それとも預言者か?ヨハネがユダヤの荒野とヨルダン川を舞台にして活動を開始した時、彼は大勢の人に悔い改めに導く洗礼を授けました。実に多くの人たちがヨハネのもとにやって来ました。彼の宣べ伝えを聞いて、天地創造の神の怒りの日が近い、神の意思に沿わない者はみな罪人として断罪されると恐れ、罪を悔い改める印として洗礼を受けたのです。人々が荒野に来て見たのはまさしくこの洗礼者ヨハネでした。
それでは、風にそよぐ葦とは何のことか?一つの説明の仕方はこうです。風にそよぐ葦とはすぐ権力になびいてしまうような信念のない人のことであると。しかし、ヨハネは支配者の不正を公けに批判して投獄されたので風にそよぐ葦などではありません。それでここのイエス様の趣旨は、お前たちが荒野に行ったのは風にそよぐ葦を見るためだったのか?そうではなかっただろう、というふうに考えられます。次にイエス様は、では、しなやかな服を着る人を見に行ったのか、と聞きます。しなやかな服とは高価な服、位の高い人の着る服のことです。洗礼者ヨハネは駱駝の毛衣を着て腰に皮の帯を締めていたので、全く正反対の服装です。群衆が荒野に行って見たのは真の預言者であり、それは風にそよぐ葦とも王宮にいる人たちとも全然異なる者であるということを言うのがイエス様の趣旨だったと考えられます。
しかしながら、ここのところはもっと深い意味があります。ここまでの理解はキリスト信仰を持たない人でも出来るものです。深い意味というのは、ここの部分はイザヤ書35章が底流として脈打っているということです。イザヤ書35章は、まず、荒地が喜びの声をあげ、花が咲き誇るようなことが起きると言って始まります。荒地の中にいるような状態の神の民に対して、弱った手足に力を込めよ、恐れるなと呼びかけがあります。そこで何が起こるかと言うと、神が立場のどんでん返しを起こすのです。それはあたかもマタイ福音書5章の山上の説教のはじめイエス様が約束されたこと、悲しむ者は慰められる、へりくだった者は約束の地を受け継ぐことができる、神の義に飢え乾く者は満たされるということが起きるのです。イザヤ35章では、どんでん返しの日、目の見えない人は見えるようになり、聞こえない人は聞こえるようになり、足の不自由な人は飛び跳ねるようになり、口のきけない人は話すようになることが起こるのです。まさにその時、渇いた荒地はみずみずしい緑豊かな大地にかわり、そこには天の御国に通じる真っ直ぐな道が整備されると。その道は罪から贖われた人たちが猛獣などの危険から守られて歩むと。そして最後は目的地にて歓呼の声で迎えられ、苦しみや悩みは逃げ去ると言われます。この終わりの言葉は黙示録21章に響く言葉です。古い天と地に代わって新しい天と地が創造され、そこに現れる神の国に迎え入れられた人たちはみな涙を拭われて、もはや死も悲しみも嘆きも労苦もないと言われます。
イザヤ書35章は、キリスト信仰のない人が読めば、バビロン捕囚から解放されたイスラエルの民が荒野を通って祖国に帰還する旅を美しく描いたもの以上でも以下でもありません。しかし、キリスト信仰者が繙くと、ここは、神が民の祖国帰還という歴史上の出来事を材料にして、罪から贖われた者が復活の日を目指して歩むことになる道のりを描いているとわかるのです。
ここで、風にそよぐ葦が何を意味するかもう一度見てみます。イザヤ書35章に荒野がみずみずしい緑豊かな大地に変わって葦が生い茂る様子が描かれています。イエス様が風にそよぐ葦を見に行ったのかと群衆に聞いたのは実は、お前たちはこの世という荒野が今まさにイザヤの預言のように緑豊かな大地にかわったことを洗礼者ヨハネの登場からわかったのかという意味もあるのです。しなやかな服を着た人は王宮にいると言うのも、イザヤ35章7節の「山犬がうずくまるところは葦やパピルスの茂るところとなる」と関係してきます。「山犬」と言うのはジャッカルのことです。ジャッカルは乾いた荒地に住む動物なので、土地が渇いて荒地であることを言い表す時にジャッカルが住む土地と言うくらいです。エレミヤ書49章33節でそういう言い方をしています。イザヤ35章7節では、そんな土地が葦やパピルスが生い茂る土地に変化することが言われているのです。エレミヤ書13章22節を見ると、バビロン帝国が滅ぼされた後、その王宮はジャッカルの住みかになるという位に荒廃することが言われています。つまり、しなやかな服を着た者は王宮にいると言うのは、それが本当の荒野なのです。洗礼者ヨハネが活動した荒野というのは、イザヤ書の預言のように、荒野にたとえられたこの世が緑豊かな大地に変わって真っ直ぐな道が敷かれるところになることを暗示しているのです。
そこでイエス様は洗礼者ヨハネを預言者以上の者と言って、出エジプト記23章20節とマラキ書3章1節の御言葉を引用します。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの前に道を準備させよう。」神はイエス様より先に洗礼者ヨハネを遣わし、イエス様の前に道を準備させたのです。先週の福音書の日課でヨハネがイザヤ書40章で預言された荒野で叫ぶ声であったこと、そしてその役割は来るべきメシアのために道を整えることであることを見ました。ヨハネは人々に罪の自覚を呼び覚まし悔い改めの必要を感じさせてその印として洗礼を授けました。そして、イエス様が十字架と復活の業を遂げたおかげで人間に罪の赦しの恵みが与えられることになりました。ヨハネは真にイエス様の前に道を整えたのでした。洗礼者ヨハネが預言者以上だったというのは、普通は預言者は預言をしますが、ヨハネの場合は来るべきメシアについて証しをしただけでなく、旧約聖書の預言の実現そのものでもあったのです。かつて預言者によって預言されていたことを真実にしたのです。だから預言者以上の者というのは当たっています。
イエス様は、洗礼者ヨハネのことを人間から生まれた者の中で最も偉大な者と言いながら、天の御国の最も小さい者の方がヨハネより偉大であると言っていますが、これはどういうことでしょうか?ヨハネが人間から生まれた者の中で最も偉大な者と言うのはわかります。彼は預言者の預言を実現した者であり、メシアが完成する救いのお膳立て、罪の赦しに導く悔い改めの洗礼を授け、メシアが成就する人間の救い、罪の償いと罪からの贖い、永遠の命への道の切り開き、これらの救いのお膳立てをしたこと、他の人間にはできないことをしたからです。それでも、天の御国で最も小さい者の方が彼より偉大だというのはどういうことでしょうか?
イエス様は洗礼者ヨハネが整えた道を踏み進みました。ヨハネは人々に悔い改めの心を起こし赦しを受け取る心の準備をさせました。それらを踏まえてイエス様は十字架と復活の業を遂げました。私たちはこのイエス様がもたらして下さった罪の償いと罪からの贖いを洗礼と信仰をもって受け取りました。そして復活の日の永遠の命に至る道に置かれてその道を歩むようになりました。だから、私たちは天の御国に迎えられる時、イエス様の救いの恵みという完成品を受け取った者として迎え入れられます。私たちは、たとえヨハネのようなイエス様の救いの業の準備というような偉大なことは何もしていなくとも、まだ完成品を持っていなかった地上のヨハネよりも偉大ということになるのです。
4.勧めと励まし
ここで、一つ申し上げたいことがあります。それは、私たちが地上のヨハネよりも偉大な者でいられるのは天の御国に入った段階だけでなく、そこに向かう道を歩んでいるこの世の段階でもそうだということです。なぜなら、神が約束されたことを信じて歩んでいるというのは、もう半分くらいは天の御国に入っているのと同じだからです。ただし、それでもこの世にいる以上は、躓く危険はいつもあります。イエス様では頼りにならない、本当に一緒に歩んでいるのか心もとないなどと疑い始めたら躓きの石はいつでも足元に置かれます。
だから、キリスト信仰者はキリスト信仰を持って聖書の御言葉を繙くこと、神に祈り礼拝から霊的な力を受けることが必要になるのです。本日の使徒書の日課ヤコブの手紙の個所では忍耐の必要性が強調されていました。「兄弟たち、主の名によって語った預言者たちを、辛抱と忍耐の模範としなさい。」本日の預言書はイザヤ35章でした。そこで預言されている罪から贖われた者が御国に至る道を歩むということは既に実現しています。私たちがそうだからです。肉眼ではこの世は荒野のようにしか見えなくとも、信仰の目では私たちが歩んでいる道はまことに緑の大地に切り開かれた真っ直ぐな道なのです。道を踏み外させようとしたり、歩むことを断念させようとする力や危険から私たちは守られているのです。最後は終着点で歓呼を持って迎え入れられ、嘆きや苦しみは逃げ去るのです。信仰の目で人生の歩みをこのように見れれば、忍耐は備わってくるはずです。
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように アーメン
アウグスブルグ信仰告白16条のキリスト信仰者が「正しい戦争に従事することは正当である」を考える(フィンランドの視点を交えて)
昨年末から礼拝後のコーヒータイムの終わりに「一回一条15分のアウグスブルグ信仰告白の学び」を不定期でしたが行ってきました。今日は16条です。その中にキリスト信仰者が「正しい戦争に従事することは正当である」という下りがあり、読む人聞く人に様々な思いを抱かせる個所ではないかと思います。これをどう理解するか、少しでも秩序だって考える一助になればと思い、私なりにまとめたものを学びの時に配布します。それに沿って学びを進めて行こうと思います。
アウグスブルグ信仰告白はキリスト教ルター派の教義にとって最も重要な信条の一つで1530年に起草されました。同信仰告白は古代のキリスト教信条(古典信条)とアウグスブルグ以後の教義文書も併せて「一致信条書」という名で1580年に出版されました。ルター派の教義の集大成です。日本ではその全部の翻訳が1982年に日本福音ルーテル教会によって出版されました。
ところが、出版後に誤訳や訳語の不統一が指摘され、翻訳は批判に晒されるようになり、正誤表を作らなければならない事態となりました。そこで教会は、後に日本ルーテル神学校の教授を務めることになる鈴木浩牧師に正誤表作成のため翻訳の見直しを委嘱、アウグスブルグ信仰告白は彼が見直しを担当した文書の一つでした。鈴木牧師が特に関心を持ったのがこの16条で、その”正確な理解に資するために”として論文 ― 「正しい戦争」と「法に従って戦う」『一致信条書』CA16条の“iure”の訳語の問題 ― を発表しました(日本での翻訳出版にまつわる上記の出来事も同論文の記述に基づいています。CAとはアウグスブルグ信仰告白Confessio Augustanaのこと)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下は吉村がまとめて「学び」の時に配布したもの。終わりに「学び」の時の質疑応答の一部を紹介します。質疑応答を踏まえ配布したものを少し修正しました。
1.鈴木論文 「正しい戦争に従事する」iure bellareの意味
1)鈴木論文では、ラテン語版の緻密な歴史言語学的分析に加えて、アウグスブルグ信仰告白の弁証の16条および双方のドイツ語版の16条と比較しながら考察されている。
iureの意味は「法に従って(よって、基づいて)」(iusの奪格)、bellareは動詞「戦う」である。
2)そうすると、iure bellareは「法に従って(よって、基づいて)戦う」と訳すべきであるが、鈴木氏によれば、「法に従って」の「法」は、実定法のことではなく、もっと広い意味の法であり、「正義に従って」とも訳しえる。当時の人々はこれを具体的な「国際法」とか「戦時法」に従うというような法律論の問題として考えなかった。彼らは、戦争を行うことが「信仰的に見て」正当かどうかという神学的な問題で考えた。従って、ここの背景にあるのは戦争の神学的正当性を論じた「正戦論」である。
3)「正しい戦争」という観念を神学的に正当化し、後世に影響力を与える仕方で定式化したのはアウグスティヌス。それを更に体系化し、ほとんど自明のものとしたのは、トマス・アクィナス。宗教改革者たちも基本的にはその線に立っていた。
4)従って、「正しい戦争に従事する」は適切な訳語である。
5)以上を読んで吉村が考えたことは、iure bellareを「法に従って/によって/に基づいて/正義に従って戦争に従事する」と訳すべきと言いながら、「正しい戦争に従事する」でよいとするのは、「法に従って戦う」も「正しい戦争に従事する」も同義だということになる。果たしてそうだろうか?ここで、参考までにフィンランド語訳を見ると、「正当な(oikeutettu)戦争に従事する」と言っていて、「正しい(oikea)戦争」とは言っていない。oikeutettuは「正当防衛」oikeutettu puolustusの「正当な」である。吉村の印象では、「正当な」と言ったら、限定的・条件付き「正しさ」となるが、ただ「正しい」と言ったら、何かタガが外れた感じにならないだろうか?
2.アウグスブルグ信仰告白16条のフィンランド語訳
そこで、参考までに16条全文のフィンランド語訳の和訳(吉村)を以下に掲げる。
16条 社会的生活について
※「帝国レベルの法律」とは、ルターの時代の神聖ローマ帝国レベルの法律のこと
3.アウグスブルグ信仰告白16条の構成(訳はフィンランド語に倣う)
1)iure bellareの意味を考える時、鈴木論文のようにその言葉に特化して、言語学的、神学的背景を明らかにして意味を確定することも大事だが、この言葉が16条のコンテクストの中でどんな位置づけにあるのかを明らかにして確定することも大事だと考える。16条のコンテクストを明らかにするために、その構成を見ると以下のようになる。
① 合法的な社会的秩序は神のよいみわざである(上記1)。
② キリスト信仰者が(上記2で言われている10項目の社会的事柄と務めを)することは許される(ラテン語スウェーデン語の辞書によれば「ふわわしいことである」)。
③ 社会的な務めを禁じる諸派を拒否する(上記3、4)。
④ それらの諸派を否定する根拠として、
2)この構成からわかること
・「合法的な社会秩序は神のみわざ」なので、権力に従わなければならない。しかし、権力が罪を犯すことを命じた場合は従わなくてもよい。つまり、そのような社会秩序は合法的でも神のみわざでもない。
・キリスト信仰者が正当な戦争に従事することは、他の社会的事柄・務めと同様に、それを命じる権力が合法的で神のみわざである場合になる。
・パウロはローマ13章で権力に従うように命じた。権力は神によってたてられたものと言っている。当時その権力はキリスト教ではない。しかし、パウロがそう言うのは、権力がキリスト教徒が信仰の実践と礼拝を公けに行うことを一応認めているから。それでパウロの権力服従論は、消極的な服従であると言える。しかし、信仰の実践と礼拝が禁じられれば、信仰者は人よりも神に従うこととなる。その時の権威は合法的でも神のみわざでもなくなる。
・パウロの時代のキリスト教は、公認宗教religio licitaであったユダヤ教の一部と見なされていた(使徒言行録を参照)。ところが、成長を遂げるにつれ当局に警戒され、やがて迫害された。
・その後キリスト教は迫害時代の後、313年に公認され、信仰の実践と礼拝を公けに行っても権力との関係で問題がなくなった。ところが380年に国教になり、他の宗教は禁止されるくらいの支配的な宗教となった。こうなると権力服従論は消極的なものから積極的なものに変るのではないだろうか。なぜなら、権力そのものがキリスト教だから。
・2で挙げられている社会的な事柄と務めは16世紀のものである。21世紀は内容が異なるであろう。例えば、「帝国レベルの法律」は現代では憲法と言い換えてもよいだろう。「合法的な社会の秩序」も現代では民主主義と基本的人権を実効的なものにする秩序と言い換えてよいだろう。しかし、内容が現代化したとは言っても、重要なことは次の三つの原則は変わらないということ、①キリスト信仰者にとって「合法的な社会の秩序
は神のよいみわざであること、②信仰者はそのような社会において社会的な事柄と務めに就くことは当然であること、③権力が罪を犯すこと、つまり神の意思に反することを命じる場合はキリスト信仰者は人ではなく神に従うこと。
・現代において「正当な戦争に従事する」ことは当時ほど自明なことではなくなって、大いに議論をしなければならないことになったのではないだろうか?というのは、1928年のパリ不戦条約は国の政策としての戦争を禁じた。つまり、それ以前は戦争は国の政策の一つとして考えられていたのが、それが当たり前ではなくなった。しかし、自衛のための戦争は認められるというのが国際法の現実である。現代では戦争をする国は、常識や良識からそう見えなくても、みな自衛だと主張する。
・アウグスブルグ信仰告白16条の「正当な戦争に従事する」は現代では、①命じる権力が神のみわざと言える位の「合法的な社会の秩序
の実現者であるかどうか、②その戦争がそうした社会の秩序を守る自衛のものかどうか、この二つを明確にすることを求めているのではないだろうか?
4.質疑応答から
(吉村)フィンランドで何人かの牧師に「正当な戦争に従事する」について質したところ、答えは一様に「権力esivaltaが命じることだから従う」であった。フィンランドで牧師に限らずキリスト信仰者は皆同じ答えをすると思う。
(質問者)フィンランドの軍隊は国防の軍隊で他国を侵略することはないと思うが※、それでも軍隊が国民に何か特定の信条を押し付ける力の象徴のようになる危険はないのか。
(吉村)確かにフィンランドには国教会があるが、実はここ30年位、国民の聖書離れ教会離れが急速に進み、1980年代までは国民の90%以上が国教会に所属していたのが、現在は60%すれすれである。国教会とは言っても、別に所属していなくても国民の法律上の地位や権利義務には何の影響もない(近年では国教会に所属しない人も大統領になったことがある)※※。軍隊がキリスト教を押し付ける力の組織とはとても考えにくい。ところで、はっきりした信仰を持つ国民は、ルター派の信仰から正当な戦争に従事するのは当然と考えるが、キリスト教をやめた国民は違う考えを持つかもしれない。その点をフィンランド人はどう思うか?(学びの会には3人の日本語を解するフィンランド人が参加、質問を彼らに向けたところ)
(3人のフィンランド人、声をあわせるように日本語で)(戦争に)行きますよ。だって、義務ですから。
(吉村)ルター派の信仰がなくても戦争に従事するのは当然と考えるのは、どういうことだろう?やはり国が民主主義や人権や社会福祉の指標で世界のトップレベルにあることと無縁ではないということなのか?他に何か考えられるだろうか?
焚火
<彼らが陸に上って見ると、炭火がおこしてあって、その上に魚がのせてあり、またそこにパンがあった。 ヨハネ21:9 >
夏の間、庭を覆いつくしていた雑草を刈り取って暫く置いておいたらほどよく乾いて乾草になっていました、今回この干し草と以前に剪定してあった枯れ枝を交えて焚火で燃やしてしまう事にしました。庭に設えてある中華鍋より大き目な焚火鍋で焚火を楽しみにました。奥の家にも家族連れの一家がやって来ました。戸数僅か五軒の小さな集落も何となく賑やかになりました。その家の小さな男の子が姉とお父さんと連れだって男の子は釣り用の魚籠を持ち姉は段ボール箱を持って枯葉を集めに通り過ぎて行きました。やがて、奥の家の庭からも煙が立ち上がっていました。男の子は満足だったでしょう、此方の八十歳ほど歳の違う男も焚火に満足していました。秋は焚き火の季節でもありました。
童謡「たきび」です。
https://youtu.be/qF5C29uUSBI?si=4ZYmn8ec57xPi3Vz
私たちの父なる神と、主イエス・キリストから、恵と平安とが、あなた方にあるように。
アーメン
2025年12月7日(日)スオミ教会説教
聖書:マタイ福音書3章1~12節
説教題:「悔い改めよ、天の国は近づいた」
今年も12月になりました。救い主イエス・キリストの御降誕を祝うクリスマスが近づいて参りました。神の御子イエス様がこの世界に人の子として現れて来られる、それに際して神様は様々な準備をされています。旧約聖書の時代の預言者たちもこのために働いて来ました。私たちに想像もつかない神の御計画の中で司祭ザカリヤの子ヨハネも預言者の一人として神様に立てられ荒野に現れました。それは既に預言者イザヤによって言われている人として現れたのです。3節にマタイは書いていますね「荒野に叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋を真っすぐにせよ』」と。この預言を成し遂げる役目を祭司ザカリヤの子ヨハネが荒野に現れ「悔い改めよ。天の国は近づいた。」と叫んだのです。紀元前8世紀の預言者イザヤは神に背いたイスラエルの民族はバビロンに捕え移されることをイザヤ書39章で預言した後で46章でイスラエルの民は再びバビロンから帰る時を約束しました。バビロンでの苦難の民を荒れ果てた母国に彼らを連れ戻して下さる。その救いの道をバビロンからパレスチナまでシリヤ砂漠に真一文字に整えよとイザヤは叫んだのです。この預言通りヨハネの時代、ローマ帝国の支配下で苦しむ民のため、また神に背いているユダヤの民を救うため、メシヤ到来の道備えをするため荒野から立ち上がったのです。どういう時代であったかを歴史家であるルカは3章1~2節で詳しく書いています。「皇帝ティベリウスの治世の第15年、ポンテオ・ピラトがユダヤの総督ヘロデガカリラヤの領主その兄弟のフィリポがイトラヤとトラコン地方の領主アンナスとカイアファとが大祭司であった時、神の言葉が荒れ野でザカリヤの子ヨハネに降った。ザカリヤの子ヨハネに神の言葉が臨んだ時、ルカがローマ皇帝の領主の名をこれほど詳しく書いているのは、これらの領主の支配の下でユダヤの民がどんなに苦しんでいた時代であったかをしっかり書く必要があったからです。ティベリウス在位は15年であった、とあります。このティベリウスは皇帝アウグストの後を継いで名君の期待を負って即位しましたが彼の治世の終わりにはタキトウスの記録によりますと「遠慮と羞恥心から解放され悪業と破廉恥の中にどっと身を投じた」とありますから治世15年の頃はティベリウスの化けの皮がはげかかり人々の失望と恐怖がローマ世界全体に広がり始めたという時代であった。都エルサレムは異邦人のピラトが治めしかもこのピラトと言う人物は残忍不正な人物で国土は分断されガリラヤの領主ヘロデは不道徳で世の中は乱れに乱れて行った。この様にこの時代、民衆の不満がうっ積し多くの人々が指導者への激しい批判を持っていた。人間の悪と罪が世に満ちていた。この様な暗黒の時代に神の言葉が荒野で育ったヨハネに降ったのであります。
――――――――――――――――♢――――――――――――――――
このヨハネは荒野に育ち成人しました。この荒野はユダヤの山地からヨルダン川の渓谷に向かって傾斜した地帯で岩石のごろごろした草木も生えない不毛の地であります。ヨハネは父の司祭職を捨てて敢えて荒野に来て野生の蜂蜜と蝗を食べて生きていた。駱駝の毛で織った粗末な衣をまとい生皮の帯を締め、まさに野蛮人のような生活をしていた。夜は夜空を仰ぎ大地で寝て祈りと断食をして大自然の中に生きていた。この様なヨハネを神様はずうっと見守りいよいよ大祭司カイファの時に神の言葉が降ったのであります。「彼は神の言葉を受け、ヨルダン川沿いの地方に行って罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。」この荒野にはエッセネ派と言われる人々が住んでいました。彼らはユダヤ人の中でも最も禁欲的な生活を送り、都会の人々の様な形式的な宗教生活から離れて荒野に来て只管祈りと断食を尊しとした。そして、彼らは一日に何回となくヨルダン川に入り、身を清め罪の汚れを洗い清めたのです。ヨハネはエッセネ派に属する事は出来なかった。ヨハネの考えは何度も形式的に水に浴びても積の汚れが清められるはずがない。問題は罪の汚れを洗い清めると言う事にあるのではない、罪の赦しを得る事である。ヨハネは神の前に「悔い改めよ!」と叫んだのです。悔い改めて罪の根源の赦しを得なければならない。そのためには生活態度と考えを自分中心から180度回転して神を第一とする、神に従う、神に向けなけらばならないのです。荒野で成人しつつあったヨハネの心にこの真理が次第に啓示しつつあったのです。そうしてヨハネが30歳に達した時、神の言葉が臨んだのです。彼は預言者としての召命を受けたのです。時代は人々の心に指導者への不満と批判が満ちている状況です。ヨハネは人々の批判の心を他に向ける前に先ず自分自身を検討し悔いくだけた魂を持つように神を望むように訴えたのです。そうしてヨハネは荒野からヨルダン川一帯の地に行って、罪の赦しを得させる真の悔い改めを叫んでいった。このヨハネの声はユダヤ全土に伝わって行き鳴り響いて行ったのであります。そして、人々の良心の心を鋭く刺激していった。人々は真の心に打たれ「悔い改め」の心を持って彼のもとに続々と集まって来たのでした。人々はローマ帝国の支配の下で苦しみ不正や不道徳、堕落に満ちた暗黒の中で真の光を求めていた。人々は本心からこれまでの自らの生活態度を反省し神の審判の近い事を思って恐れおののいていた状況です。こうした中でヨハネからバプテスマを受けたのです。その時、その群衆に向かって叫んだのです。7~9節を見ますと「蝮の子らよ!差し迫った神の怒りを免れると誰がおしえたのか。悔い改めに相応しい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが神はこんな石ころからでもアブラハムの子たちを造り出す事がお出来にばる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木は、みな切り倒されて火に投げ込まれる。」このヨハネの叫びは激烈な言葉であります。蝮の子らとユダヤ人を呼んでいる。荒野の岩穴に潜んでいる毒蛇であると言うのです、凄いではありませんか。激しく悩んでいる思いがあからさまです。アブラハムの末だ、と誇らしげに安住しているのは捨てよ!神の怒りの前に悔い改めるか否かを迫られているのだ。悔い改めなければ滅ぼされ地獄の火に投げ込まれるのだぞ。このように叫ぶヨハネの言葉に群衆は己の良心に突き刺さったのであります。群衆はヨハネのこのような激しい言葉に心打たれ、もしやこのヨハネが長い間待ち続けたメシアではないか、この事を察してヨハネは真の救い主であるメシアとして来られる方を指示しています。11~12節です。「私は悔い改めに導くためにあなたたちに水で洗礼を授けているが、私の後から来る方は私よりも優れておられる。私はその履物をお脱がせする値打もない。その方は聖霊と火とであなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って脱穀場を隅々まで綺麗にし麦を集めて倉に入れ殻を消える事のない火で焼き払われる。」バプテスマのヨハネの預言者としての神からの使命は救い主であるイエス・キリストの到来を告げ知らせる事であります。更にイエス・キリストの働きの前にデコボコの荒野と砂漠に一本の道を整える役目でありました。谷は全て埋められ、山と丘は低くされ、曲がった道を真っすぐに整える。そして人は皆、神の救いを仰ぎ見る。このように主の道を整える事は容易な事ではない、生半可な道備えではない、そこでは大決心をして私たちも主の前に悔い改め新たな決心をして救い主イエス様をお迎えしなければならないのです。
人知では、とうてい測り知ることができない、神の平安があなた方の心と思いをキリスト・イエスにあって守るように。 アーメン
待降節第一主日は教会の新年の幕開け
今年もまたクリスマスの準備期間である待降節/アドベントの季節になりました。教会のカレンダーでは今日が新年になります。これからまた、クリスマス、顕現日、イースター、聖霊降臨などの大きな節目を一つ一つ迎えていくことになります。どうか天の父なるみ神が新しい年もスオミ教会と信徒の皆さま、礼拝に参加される皆さまを豊かに祝福して見守り導き、皆さま自身も神の愛と恵みの内に留まられますように。
今年もまた讃美歌307番「ダビデの子、ホサナ」を礼拝の中で歌います。毎年お話ししていることですが、この歌はフィンランドやスウェーデンのルター派教会の讃美歌集の一番最初にある歌です。両国でも待降節第一主日の礼拝の時に必ず歌われます。歌い方に伝統があります。朗読される福音書の個所が決まっていて、イエス様がロバに乗って群衆の歓呼の中をエルサレムに入城する場面です。ホサナは歓呼の言葉で、ヘブライ語のホーシィーアンナ、またはアラム語のホーシャーナーから来ています。もともとは神に「救って下さい」と助けを求める意味でしたが、ユダヤ民族の伝統として王様を迎える時の歓呼の言葉として使われました。さしずめ「王さま、万歳!」というところでしょう。
その個所が朗読される時、歓呼の前で一旦朗読が停まってパイプオルガンが威勢よく鳴りだし、会衆は一斉に「ダビデの子、ホサナ」を歌い出します。つまり、当時の群衆になり替わって歓呼を賛美歌で歌うということです。北欧諸国も近年は国民の教会離れ聖書離れが進み、普段の日曜の礼拝は人が少ないですが、なぜか待降節第一主日になると人が多く集まり、この歌を歌って国中が新しい一年を元気よく始めようという雰囲気になります。夜のテレビのニュースでも「今年も待降節に入りました。今映っているのは何々教会の礼拝での『ダビデの子、ホサナ』斉唱の場面です」などと言って、歌が響き渡る様子が映し出されます。毎年の風物詩になっています。(昨年の待降節第一主日のコラムから)
↓ sleyの聖心教会の第一アドヴェント礼拝の模様です、ホーシアンナ・ダヴィディンポイカを高らかに歌っています。動画の32分あたりから始まります。
https://www.youtube.com/live/j6avbcfEaQk?si=R9_5xeYtzX6GBQXu