宣教師館の窓から、吉村博明 宣教師

窓

2017年4月

「さよならの力」は復活の信仰にあり

桜の開花が近づいた頃、新聞や電車の広告に伊集院静氏の新刊「さよならの力」が目に留まった。氏が執筆している「大人の流儀」シリーズの第7巻で、同シリーズは既に160万部売れていると言う。私も、「さよなら」には、別離がもたらす辛い現実に足を踏み出させる力があると思っている。ただ私の場合、そう思うのは、キリスト信仰と関係があるからとわかっているのだが。もし伊集院氏がキリスト信仰者でなければどういう道筋で「さよならの力」を見いだしたか興味がわき、それで本を手にした。氏がキリスト信仰者でないことは、本書の内容からすぐわかる。

青年期に弟を事故で失い、大人になってからは妻を病気で失った伊集院氏は、深い喪失感の中で苦しみ抜いて考え続けた結果、次のことに思い至る。「いつまでも俺が不運だ、不幸だと思っていたら、死んでいった人の人生まで否定することになってしまう。短くはあったが、輝いた人生だったと考えないといけない。」(p.183)

他にも同じような知恵ある言葉があるので引用する。「たとえ三つで亡くなった子供だって、その目で素晴らしい世界を見たはずです。だから『たった三つで死んでしまって可哀想だ』という発想ではなくて、『精一杯生きてくれたんだ』という発想をしたい。そうしてあげないと、その子の生きた尊厳もないし、死の尊厳も失われてしまうのです。

やがて、歳月は、私たちに彼等、彼女たちの笑ったり、歌ったりしているまぶしい姿を、ふとした時に見せてくれるようになります。」(p.186)

長い間、去って行った人たちが、どこかで独り淋しくうつむいているのではと憂えていた感情が、今は、彼、彼女の笑顔が浮かぶ時さえある。」(前書き中)

これらの言葉を生み出した背景には、氏の個人的な体験のほかに、東日本大震災をはじめとする近年日本を襲った自然災害の犠牲者や被災者に対する氏の共感があることは言うまでもない。

もちろんキリスト信仰にあっても、亡くなった人の過去の思い出を何ものにも替え難い貴重なものとして心に抱く。ただし、キリスト信仰の場合それは、死者が復活させられる日が来るという復活の信仰と表裏一体になっていると私は考える。どういうことかと言うと、人間は死ぬと、宗教改革のルターも言うように、復活の日が来るまでは安らかに眠る。痛みや苦しみから解放された心地よい眠りの時を持つ。そして復活の日が来ると、朽ちない復活の体を着せられて、天の御国に迎え入れられる。

そして、そこは、懐かしい人たちとの再会が待っているところである。
亡くなった人は復活の日が来るまでは眠っているだけなので、仏教で言われるように仏の世界に到達するための修行の旅に出るということはない。亡くなった人が仏の世界に到達できますようにと、一生懸命香を焚いて釈迦を宥める必要もなく、お腹が空くだろうか喉が渇くだろうかなどと心配する必要もない。安らかに眠っているのだから。

そう言うと、キリスト教は死者をほったらかしにする冷たい宗教と言われてしまうかもしれない。しかし、キリスト信仰では、亡くなった人の過去の思い出を何ものにも替え難い大切なものとして心にしまっておく。その人と共に過ごした日々を与えてくれた天地創造の神に感謝する。神が与えて下さった日々だから、思い出はなおさら貴重なものとなる、と言うか、亡くなった人は安らかに眠っているだけなので、関わりを持てるのは過去の思い出しかなくなってしまうのだ。それも、飛び切りの、いつまでも輝きを失わない思い出が全てになるのだ。そういうわけで、キリスト信仰は過去の思い出以外には何も残らないと観念してしまうのであるが、仏教では亡くなった後もその人とコミュニケーションや結びつきを懸命に保とうとすることが大きく異なるのではないだろうか。加えてキリスト信仰では、亡くなった人がこの世にいる者たちを見守ったり、助けたり導いたりすることもない。その役割は全て天地創造の神に任せられているからだ。

過去の思い出だけでは空虚さを満たせないのではないか、亡くなった人とのコミュニケーションや結びつきを保ち続けないと生きていく力が生まれないのではないか、と思われるかもしれない。しかし、復活の信仰がある限り、そんなことはないと思う。復活の日、それまで「思い出」という形にしかすぎなかった懐かしい人が再会の時、体を伴った現実の人に変わり、かつて引き裂かされてしまったものが縫い合わされて、神に全ての涙を拭ってもらう(黙示録21章4節)、そういうふうに信じるのが復活の信仰である。そういうわけでキリスト信仰者というのは、亡くなった人の思い出を何ものにも替え難い貴重なものとして心に抱き、その人と共に過ごした日々を神に感謝し、復活の日の再会の希望を抱いて今を生きる者なのである。

伊集院氏は素晴らしい思い出の大切さを強調する一方で、お母上が仏壇の前で亡き次男に語りかけることに違和感を覚えない。また、思い出の人が自分の身体の中に生きていてそれが生きる力を与えているとも考える。キリスト信仰から見れば、まだ「さよなら」と言いきれていないのではないか、と思われるかもしれない。見えない相手に語りかける場合、キリスト信仰では天地創造の神以外にはないからだ。復活の信仰がないところでは、思い出を大切にすることと、亡くなった人とのコミュニケーションを保とうとすることは両立するということか。それから、キリスト信仰では、思い出の人が身体の中に内在化することもない。というのは、生きる力を与えるのはあくまで三位一体の神だからだ。

亡くなった人の素晴らしい思い出を大切にすることと、復活の信仰がしっかり結びついていることをよく示す例として、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の最終場面をあげることができる。この小説は、いろんなジャンルの小説が合体したような壮大な小説で、いつだったか村上春樹氏がインタビューで自分は三回読んだと言っておられた。(私はまだ二回である。ところで「騎士団長殺し」の各章のタイトルが長めなのは「カラマーゾフ的」?)。

問題の最終場面とは、カラマーゾフ家の三兄弟の運命がそれぞれ決まった後のところである。無頼漢の長男ドミートリイは本当は無実なのだが父親殺しの判決が下ってしまいシベリア流刑となる。無神論者の次男イワンは理性を超える神の摂理を受け入れられず、宗教からの自由を追求すればするほど逆に別のものに束縛されるジレンマに陥り、ついには精神に異常をきたしてしまう。三男のアリョーシャはロシア正教の信心深い青年で、兄たちの運命を見届けたら故郷の町を出て行こうと決心する。

最終場面は、イリューシャという結核で死んだ少年の葬儀である。柩の埋葬を終えて参列者は墓地からイリューシャの自宅へ向かう。中学の同級生たちは皆、大泣きに泣いている。実は彼らはかつてイリューシャをいじめていたのであるが、アリョーシャが間に入るようになってから次第に態度を変え、病気の可哀そうな同級生を励ましてあげようとしだす。しかし病状は好転せず、少年は死んでしまう。

イリューシャの思い出の場所にさしかかった時、アリョーシャと少年たちは立ち止まる。そこでアリョーシャは思い出の尊厳ということについて話し始める。今みんながイリューシャを本当に愛していたことがよくわかった、彼のことを決して忘れないようにしよう、本当に素晴らしい少年だった、と。すると同級生たちは皆口々に、あの子は父親の名誉のために一人で大勢に立ち向かった勇敢な親思いの本当に高潔な少年だった、と言う。そこでアリョーシャは、みんながイリューシャのこと、この葬儀の日のことをしっかり覚えていれば、将来大人になって何か悪いことをしそうになった時、それを思い止まらせる力になる、とさえ言う。あの時自分はあんなに素晴らしい少年を知っていたではなかったか、そして彼のことを一生忘れないようにしようと誓い合ってみんなの心が一つになったではなかったか、それを思い出せばきっと悪いことを思い止められる。そんな力があるのだ、と。そしてアリョーシャは続ける。

「この善良な素晴らしい感情で僕たちを結びつけてくれたのは、いったいだれでしょうか、それはあの善良な少年、愛すべき少年、僕らにとって永久に大切な少年、イリューシェチカ(イリューシャのこと)にほかならないのです!決して彼を忘れないようにしましょう、今から永久に僕らの心に、あの子のすばらしい永遠の思い出が生き続けるのです!」少年たちは口々に忘れないことを誓う。その時 少年たちの目には「涙が光っていた」のであるが、この涙は先ほどの埋葬の後の涙とは別の新しい涙だったに違いない。

ここで一人の少年が突然、驚くべきことを言う。それは、まさに思い出を大切にすることと復活の信仰が結びついていることを示すものであった。驚きなのは、それを言ったのがコーリャという少年で、彼は同級生グループがイリューシャをいじめた時にも励ました時にもリーダー格だった。大人顔負けの頭の良いませた少年で、このまま行けば自己の能力を過信する無神論者になってもおかしくはなかった。その彼がアリョーシャに向かって、こんなことを言ったのだ。

「僕たちはみんな死者の世界から立ちあがり、よみがえって、またお互いにみんなと、イリューシェチカとも会えるって、宗教は言ってますけど、あれは本当ですか?」

感激してしまったアリョーシャは答える。
「必ずよみがえりますとも。必ず再会して、それまでのことをみんなお互いに楽しく、嬉しく語り合うんです。」

「ああ、そうなったら、どんなにすてきだろう!」と叫ぶコーリャ。
ここでアリョーシャは少年たちに向かって、さあ、イリューシャの家に葬儀の会食をいただきに行こう、みんなが大好きなホットケーキが出されても、うしろめたい気持ちを持たなくていいんだよ、と促す。アリョーシャと少年たちは皆、元気よく手をつないで歩き出す。こうして、この壮大な小説は幕を閉じる。

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イエス様が死者を蘇らせる奇跡を行ったことについては、会堂長ヤイロの娘(マルコ5章、マタイ9章、ルカ8章)とラザロ(ヨハネ11章)の例が詳しく記されている。両方の場でイエス様は、死んだ者は「眠っているにすぎない」と言って生き返らせる。もちろんヤイロの娘の場合もラザロの場合も、将来の復活の日に起こる蘇りが起きたのではない。娘もラザロもその後寿命が来て「眠り」についたのであり、今は本当の復活の日を待っているからだ。それではなぜイエス様はこれらの奇跡を行ったかと言うと、それは、復活させられる者にとって死は「眠り」にすぎないということと、その「眠り」から目覚めさせる力があるのは彼をおいて他にはいないということを前もって具体的に人々にわからせるためであった。

「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。」
― 兄ラザロの死を悲しむマルタにイエス様がかけた言葉(ヨハネ11章25節)

「この世のたび 終わるそのとき
主のみ国に うけ入れたまえ。
わがからだは 墓に在りて
いと安けき 眠りにつかん。

終わりの日に 墓はひらかれ
眠れるもの よみがえらさる。
わがからだの 朽ちぬものに
変えらるるは いともうれし。」
― 教会讃美歌366番「愛のいずみ」4節と5節

「カラマーゾフの兄弟」からの引用は、新潮文庫の原卓也訳による。


 

「フィンランドの価値観教育 vs. 日本の道徳教育」

2016年5月

(1)昨年10月スオミ教会のバザーにて、フィンランドのミッション団体SLEYの仕事で来日中だった前宣教師マルッティ及びパイヴィ・ポウッカ先生御夫妻にプログラムの担当をお願いした。牧師であり音楽の専門家でもあるマルッティ先生にはコンサートを、教育学の専門家であるパイヴィ夫人には講演を担当していただいた。講演のタイトルは「フィンランドの道徳教育」。パイヴィ・ポウッカパイヴィ先生のご職業は小学校の先生で、宣教師として長年日本に滞在していた間に日本の学校教育における道徳教育に関心を持たれて研究を始め、フィンランド帰国中はヘルシンキ大学人間行動科学学部の研究員を務め、2011年に博士論文「Moral Education in the Japanese Primary School Curricular Revision at the Turn of the Twenty-First Century: Aiming at a Rich and Beautiful Kokoro(仮訳「21世紀初頭の日本の小学校学習指導要領改訂における道徳教育-豊かで美しい心を目指して」)」を発表。見事、教育学の博士号を授与された。

パイヴィ先生にフィンランドの教育について講演をお願いしようとした時、どんなテーマがよいか思案した。2000年代初めフィンランドの教育は学力国際比較でトップだったので日本で注目を集めていたが、日本も頑張ったかいがあって追いついたようで、そうしたらフィンランドの教育なんて話題にならなくなってしまった。そこで思いついたのは「道徳教育」。周知のごとく、今日本で「教科化」の準備が進められ、いろいろな議論を巻き起こして国民の関心も高い問題である。パイヴィ先生は、前述した研究歴から言ってこの問題の背景に詳しいし、またフィンランドの事情にも当然精通しているから、「フィンランドの道徳教育」という題で日本とフィンランドの比較をしたら面白いのではないか。それで講演依頼して快諾を得た。

ところが当日拝聴していると、パイヴィ先生は幾度も「フィンランドには道徳教育はなく、あるのは価値観教育」と強調されたことに気がついた。その時私は、しまった、と思ったのだが、あとの祭り。「フィンランドの道徳教育」という題なのに、フィンランドには道徳教育はない、と講演してしまったら、聞いている人はなんのことかわかりにくくなってしまったであろう。問題の内容をしっかり把握しないで、ただ人目を惹きつけるために題をつけてしまったことを深く後悔した次第である。

この度、パイヴィ先生から講演原稿のコピーをお借りしたので、この場を借りて先生の講演内容をわかりやすく紹介したく思う。ただ、専門外のことなので先生の趣旨から外れてしまう可能性があり、術語の訳で的を得ないものがあるかもしれないことを前もってお断わりしておく。

(2)まず、議論の出発点は次の通り。学校教育に課せられた使命として、子供に知識や技術を習得させることと同時に、それらを何のために、どのように使うかを考えさせることも重要である。特に現代では、得られた情報について、それが正しいか正しくないか、良いか悪いか、大切か大切でないかを判断したり、またそれがどんな価値を代表しているかを見極められることも重要になってきている。そうした判断力を養成することは、知識・技術の習得とあわせて子供の全人的な成長のために重要で、フィンランドでは価値観教育がそれを担っている。日本でそれに相当する教育の分野は道徳教育と考えられる。

(3)次にフィンランドの価値観教育の制度について。義務教育の段階で、宗教的な価値観教育と非宗教的な価値観教育の両方が提供される。前者は「宗教」という科目の下、生徒が自分の属する宗教について授業を受けられる。宗教を持たない生徒、距離をおきたい生徒は、非宗教的な「人生観」という科目を選択することができる。フィンランドは国民の75%がキリスト教の福音ルター派の国教会に属する国なので、宗教科目が同派のものを受ける生徒の数は当然多くなる。ところで、現行の義務教育法によれば、ある宗教に属する生徒が学校に3名以上いて、その親が要請すれば、学校はその生徒たちに自分の宗教を教える「宗教」科目を設けなければならない。2012年の価値観教育の科目の内容分布は以下の通り。キリスト教福音ルター派92%、人生観4%、キリスト教ロシア正教1,4%、その他の宗教2%。

ここで注意すべきことは、宗教教育を含めて学校教育は政治的中立性を守り宗教的偏向を避けなければならないため、宗教教育とは言っても、学校教育で行われるのは「信仰教育」ではなく、自分の宗教及び比較対象として他の宗教について客観的な知識を取得し、それに基づいて国の文化、伝統及び社会や世界との関係を自覚させることを主眼とする。それでは、信仰教育はどこで行われるかと言うと、キリスト教会ならばそれは教会である。

宗教教育と信仰教育はどう違うのか、わかりにくいかもしれない。パイヴィ先生は特に言及されなかったが、教会で行う信仰教育とは、まさに「私はイエス様を救い主として信じます」と告白できるようにもっていく「信条的な」教育である。ルター派国教会だと、幼児クラブ、子供クラブ、教会学校、堅信礼教育がそういう教育の場となる。最初の三者に参加する子供の数は現代のフィンランドではそう多いものではないが、堅信礼教育となると、国教会に属する中学2年の生徒の実に84%がそれを受ける。同教育の多くは10日間~2週間位の合宿形式で、ルター派の教義やキリスト信仰者として生きることについて学ぶ。多くは単に通過儀礼化している面もみられるが、それでも自分の宗教や信仰について他の生徒たちと共に集中的に学ぶ機会を持つことがその後の人生に与える影響は無視できないと思われる。(これは、堅信礼教育の教師を務めたことがある自分の経験から申し上げます。)堅信礼を受けると、親から独立して聖餐式を受けられたり、教会で結婚式を挙げられたり、国教会の代議機関の選挙権を得たりするなど、一人前の教会員になる門をくぐったことになる。

対して、学校の宗教教育は先にも述べたように客観的な知識の取得が中心な非信条的な教育で、授業中にお祈りをすることなどはありえない。ただし、客観的な知識中心とは言っても、キリスト信仰の観点からみた価値ある生き方を考えさせたり、比較対象として他の宗教についても学ぶので、社会や世界を生きる際の価値判断の基礎をつくることに資すると言える。

(4)フィンランドの価値観教育と比較して日本の道徳教育を論じようとする時、制度的な枠組みの違いを知っておかなければならない。それは、日本では私立学校を除いて公立学校では宗教教育は禁止されているということである。そのため道徳教育は、非宗教的なものとして教えられることが求められる。フィンランドの場合は、公立学校において、宗教的な価値観教育と非宗教的な価値観教育が生徒の必要に応じて行われる。その意味では、フィンランドでは「宗教への自由」と「宗教からの自由」の両方が保証されているが、日本の公立学校は「宗教からの自由」の保証が中心となる。

(5)以上のような背景を論じた後で、いよいよフィンランドの価値観教育と日本の道徳教育の比較の議論に入っていく。時間の制約もあって、パイヴィ先生は日本の道徳教育の歴史的背景は触れずに、道徳が教科化されることになった近年の背景を若干述べられた。いじめの問題が深刻化し、2002年に「心のノート」が出版・配布されたこと、2013年に再配布となり、2014年には「わたしたちの道徳」の改訂版が出た等の経緯を述べられた。パイヴィ先生の着眼は、「心のノート」には日本の道徳教育の核心になるものが含まれているというもので、同教材の内容分析をもとに比較を展開していく。

 ところでフィンランドでは、いじめ問題は特に価値観教育を通して解決を図ろうとはされなかったとのこと。そのかわり同国では2000年代に始まった有名な「楽しい学校」というプロジェクトがあり、現在9割の学校が参加している。価値観教育の別枠ということで、同プロジェクトの内容について触れられなかった。(同プロジェクトの効果については、フィンランド語であるが、http://www.kivakoulu.fi/assets/files/kivanvaikuttavuus20092015.pdf を参照のこと)

さて、フィンランドの価値観教育と日本の道徳教育の比較について結論から言うと次のようになる。フィンランドの価値観教育は、生徒が自分のアイデンティティーや世界観を構築する際の材料を与えることを主眼とする。そこでのキーワードはまさに「価値」で、自分の世界観を構築するための材料を与えて、その世界観から生じる「価値の自覚」を基準にする個の倫理性を目指している。日本の道徳教育では、道徳的な人格形成が目指され、人格形成の根本的な素材である道徳性を養うことに主眼が置かれる。そこでのキーワードはまさに「徳」で、道徳的習慣、道徳的実践意欲、道徳的態度を養いつつ、様々な「徳」を身につけて徳の高い人格を形成するという、そういう道徳性を目指している。

こうしてフィンランドの価値観教育と日本の道徳教育において目指されているものはそれぞれ、「倫理性」、「道徳性」ということにまとめられていく。倫理性が目指されるところでは、自分が大事にする価値を土台にしつつ、意識的に構築した価値観を守る、そういう人間形成がなされる。道徳性が目指されると、意識的ないし無意識的に身に着けた徳にもとづいて道徳を実践する、そういう人間形成がなされる。

「倫理性」と「道徳性」の違いは、それぞれが成長を遂げる際、「自覚」、「判断」、「自発性」、「性格」の4分野でどの分野が強くなるかということに現れる。倫理性における成長では、「自覚」と「判断」が強くなる傾向がある。なぜなら、自分の宗教をはじめ様々な世界観を知って「価値自覚」が養われて、自分なりの世界観の構築に入っていけるからである。さらに、世界観から生じる価値観を基準にすることから倫理的な判断、評価、選択をする力が得られるからである。道徳性における成長では、「自発性」と「性格」が強くなる傾向がある。例えば、「思いやり」や「道徳的実践意欲」を養うことを通して道徳そのものを実践する力が得られるし、また、道徳的習慣と態度を養うことを通して、道徳を実践できる性格を身に着けることになるからである。

ここでひとつ注意しなければならないのは、フィンランドの価値観教育では「自発性」が日本に比べて強くならないとは言っても、それは学校教育のことである。対して、キリスト教会で行われる信仰教育では、神による罪の赦しということの実践的な意味を学ばされるので、「許しあうこと」が自発性を形作る。例えば聖書に「神は悔い改める者を赦す」とか「復讐は神がすること」と言われているのに、人間が「私はあの人を絶対に許せない」ということになってはいけない、という方向に導かれるのである。

(5)「倫理性」と「道徳性」は区別されるべきとの議論はなるほどと思わせるものだったが、少し抽象的すぎて、もっと具体的な例を挙げて欲しかったと思う。私など、「道徳性」というのがどうも、礼儀正しくしなさい、元気よく挨拶しなさい、思いやりのある人間になりなさい、等々のスローガン的なものしか連想できなかった。きっともっと深い内容があるのであろうが。

講演を聞いていて、私自身一つ興味深く思ったことは、フィンランドでは価値観教育は、宗教的と非宗教的の2つにわかれて、さらに宗教的価値観教育も宗教宗派に応じて別れていく。そのような選択の自由が保障されている結果、「宗教への自由」と「宗教からの自由」の双方が実現しているということである。日本の場合、非宗教的な道徳教育だけで「宗教からの自由」のみである。しかし、これは大丈夫だろうか?例えば、非宗教的であるはずの道徳教育において、本当は宗教的な原理で動くものがあっても、それは宗教ではなくて日本の美しい「伝統」と言い換えられて、それを維持・習得することが道徳的ということにならないだろうか?その時は、道徳性と倫理性の衝突である。

パイヴィ先生が日本の道徳教育で一つ心配していたことは、自分自身に対する愛を教えることが弱いのではないかということだった。キリスト信仰では、愛とは「神を全身全霊で愛せよ」という神に対する愛と「隣人を自分を愛するが如く愛せよ」という隣人愛の二つが大元にある。ここで「自分を愛するが如く」と言っているように、自分自身に対する愛もしっかり認めている。ただ、そうだからと言って、キリスト教は利己的な人間を目指すのではない。なぜなら、自分自身に対する愛を持ったら、今度はそのままその愛で隣人を愛さなければならないからだ。さらにキリスト信仰では、神の実在性が目の前に立ちはだかっている。そういうわけでキリスト教の愛というのは、神に対する愛、自分自身に対する愛、隣人に対する愛、これら3つの愛が互いに緊張関係にある。それゆえ「価値自覚」ということも必然的に起こるのであろう。

最後にパイヴィ先生には、「心のノート」以後の日本の動きもしっかりフォローして、教科化に至る道徳教育そのもの(教科書やカリキュラムを含む)にも分析のメスを入れて頂きたいと思う。


「わからずやの多文化主義論」

2015年10月

1.
フィンランドは人口500万程の小さな国である。その国内で大きなニュースになることが日本にまで伝わってくることはほとんどない。しかし、国外には伝わらないローカルな出来事でも、それが実は日本でも報じられる大きなグローバルな出来事と連動していることはよくある。その一つとして、今年の夏フィンランド国内を騒がせた「多文化主義」論争がある。

論争の発端は、政権与党の一つで移民受入れに否定的な立場を取る政党の議員がネットのブログに「多文化主義は国を害する悪である、自分は断固としてそれと戦う」という主張を載せたこと。早速メディアは沸騰し、各政党は同議員を非難し、問題の政党に説明責任を要求、各地で人種差別反対・多文化主義擁護のデモが起きた。結局、問題の議員は、「戦う」というのは暴力的手段を意味しないと釈明し、2ヶ月の党籍停止の処分を受けて一応自体は収束した。

この論争の背景には、今年激しさを増した地中海やバルカン経由で西ヨーロッパになだれ込む難民移民の大移動があるのは言うまでもない。他の西欧諸国に比して移民難民の受け入れの少なかったフィランドであるが、今年は難民申請者だけでも3万5千になるとの見通しが持たれている(10月15日の内務省発表による)。100万近くなると言われるドイツに比べれば雲泥の差だが、人口比で考えれば1億2千万の日本に84万人の難民申請者が押し寄せる計算になる。それ位の数の難民申請者がやって来たら、この世界第3位の経済大国はどうなるだろうか?経済的、精神的に持ちこたえられるであろうか?ひょっとしたら、この問いの答えは、我が国の難民受け入れ政策の実績が示しているのかもしれない。

2.
ちょうど「多文化主義」論争たけなわの頃、ある大学教授が新聞のコラムに少し軽いタッチで自分の見解を披露していた。それによると、ヨーロッパの大都市に見られるような、移民と元からの住民が別々に棲み分けがされてお互い隔絶してしまったような状況は本当の多文化主義ではない。多文化主義とは異なる文化の人たちが接触し交流し合うことを言い、そうするうちにお互いが相手の良い点を取り入れて次第に一つの大きな文化を形成していく。つまり、多文化主義とはそういう単一文化に至る過程を言うのだ、という見解であった。終わりのところで、自分は稲荷ずしとラテン音楽の愛好者である、などと述べていた。

 なるほど、自国以外の料理もよく食べ、外国の音楽を沢山聞けば多文化主義者になるのか、そうなると日本人はものすごく多文化主義的な国民ということになるが本当にそうだろうか?異なる文化というものは、各自が嗜好・愛好を取捨選択していくうちに融合・統合していくものだろうか?

例えば、宗教。どの宗教も人間は死んだらどこに行くのかという問いに答えを持っている。その答えがあるから、じゃ今生きているこの生をどう生きるべきか、ということに指針が与えられる。宗教によって死生観は大きく異なる。巷の仏教だと、人間は死んだら仏様になって33年位の修行の旅を続けて極楽浄土に到達する。その間、生きている人を見守ったり助けたりしてあげなければならない。キリスト教だと、死んだら神のみぞ知る場所で安らかに眠るだけで修行も何もしない。ただ眠っているだけ。しかし、最後の審判とか復活の日とか呼ばれる時が来たら目覚めさせられて、あとは天の御国に迎え入れられるか、または入れられないかということになる。この二つの宗教だけ見ても、果たして融合や統合の余地はあるのだろうか?

近年ではキリスト教会の中でも、極楽浄土だろうが天国だろうが最終目的地は実は皆同じで、ただ各々の宗教が違う言葉で言っているだけ、などと言う人が増えてきた。共通の目的地に至る道はいろいろあり、その異なる道がそれぞれの宗教なのだ、ということで、キリスト教は御殿場口から、仏教は須走口、イスラム教は吉田口、ユダヤ教は富士宮口、あとは頂上で会いましょう、という具合なのである(富士山登頂ルートと宗教の関係は何も考えていません)。

一見結構な話に聞こえるが、いっぱしのキリスト教徒として言わせてもらうと、天国で目にする神とは、天と地と人間を造り、人間一人一人に命と人生を与え、母親の胎内にいた時から自分のことを知っていた神なのである。それが実は阿弥陀如来と同じだったと言われてもなかなか納得できるものではない。仏教の人たちだって、極楽浄土で目にする阿弥陀如来が実は、自分のひとり子を2000年位前に今のパレスチナの地に送った方と同じと言われて、はい、その通りです、と言うだろうか?

3.
ところが、このような異なる死生観を盾にして違いを強調すると、頑なになって異なる考えの相手を否定して宗教戦争が起きるのだ、と批判されることにもなる。私自身、そのような批判を受けたことがある。でも、私の死生観はあなたと全然違うのだ、と言ったら、必ず宗教戦争になるのだろうか?そうならないために、「同じ山頂、異なるルート」というコンセプトの中に諸宗教を流し込まなければならないのだろうか?それとも、頑なと言われたくないから、ものわかりよくしようとするのか?

 ここで思い出すのが、キリシタン大名の小西行長が関ヶ原後、六条河原で首を刎ねられた時の出来事である。いよいよ最期の時、徳の高い僧が近づいてきて、成仏できるように念仏を唱えてあげようと申し出たが行長はこれを断ってしまった。これは歴史史料にも記されている史実と聞いたことがあるが、実はこの出来事が30年位前のNHKの大河ドラマ「黄金の日々」にあった。観られた方は覚えておいでであろうか?高僧を前にボロボロの行長が言ったのは、「私はキリシタンだ。キリシタンに仏教の念仏など無用!」そして首を刎ねられるのである。

仏教の人がみたら、なんと恩知らずの罰当たりなことを言うのかと呆れてしまうだろう。しかし、行長としては他に言いようがないのである。死んだら神のみぞ知る場所にいて安らかに眠り、復活の日に目覚めさせられて復活の新しい体を与えられて神の御許に迎え入れられる。罪深い人間の私にそれが可能なのは御子イエス・キリストが私の罪を十字架の上で贖って下さったからだ。そういう死生観と信仰を持つ者にしてみれば、成仏とか念仏とか言われても、全く筋違いな話なのである。仏教の人から見れば、せっかく極楽浄土に行けるのにどうしようもないわからずやだ、ということになろう。キリスト教徒からみれば、死者は復活させられるのにおたくこそわからずやだ、ということなる。お互いがお互いに対してわからずやなのである。

このような「わからずや」がいると、隔絶した棲み分けをもたらすことになるのだろうか?宗教戦争の原因になるのだろうか?ここで、小西行長と一緒に首を刎ねられたのは、石田光成と安国寺恵瓊であったことを思い出そう。光成は小僧上がりの武将、恵瓊は僧出身である。二人とも仏教徒である。信仰と死生観ではわからずやの立場の者同士が、家康の覇権阻止という共通の目的のもとに共に命を賭けて戦うのである。自分はキリシタンだから仏教徒とは一緒にはやりません、仏教徒だからキリシタンは嫌です、ということにはならなかった。隔絶とか宗教戦争とは全く逆のことが起こっているのである。しかも、行長の最後の言葉が示すように、死生観と信仰に関しては、わからずやさが全身みなぎっているのである。もし、行長に「同じ山頂、異なるルート」という発想があったならば、喜んで念仏を唱えてもらったであろう。なぜなら、念仏を唱えてもらって成仏できるというのは、別ルートではあるが目指す天国に着けることなのだから。

4.
従って、異なる死生観、信仰を持つ者同士が協力・協働することは可能である。もちろん、そのような協力・協働の場では、いろいろ意見の相違も生まれてこよう。しかしその全てがそういう信条の違いによるものとは言えないのである。同じ信条の持ち主の場合でも意見の相違は生じるのだから。もちろん、死生観が現世を生きる際の指針を与える以上、信条の相違が意見の相違をもたらすことも十分ありうる。しかし、その時は、お前はわからずやだ、いや、お前こそ、と言って終わって、また協力・協働を続けるしかない。これが本当の多文化主義ではないか。「同じ山頂、異なるルート」という発想は得体の知れない単一文化主義である。

 

  • 12月 14日 11:00 am
    English Bible Study
    詳しく見る
  • 12月 16日 1:00 pm
    フィンランド家庭料理クラブ
    料理クラブは、要予約です。メールアドレスはこちらのページにご覧下さい。
  • 12月 17日 10:30 am
    主日礼拝
    司式・説教吉村博明宣教師(ヨハネ1章19~28),礼拝後交わり。
聖書を学びたいなら:
クリスマスとは?
クリスマスについての楽しいゲームスタイル アニメーションをご覧ください。