牧師の週報コラム

「私は教会に命を預けにきたのだ」

 スオミ教会の前に赴任していたY教会での出来事。週日の夕刻に隔週でギリシャ語とヘブライ語のクラスを開いた。ギリシャ語は4~5人の参加者、ヘブライ語は1人。うちキリスト信仰者はY教会の方と他のルーテルH教会のSさんの二人。SさんはK大学のドイツ語の教授を務められた方で、引退を機にH教会で小教理問答の学びをされて晴れて受洗。ドイツ語とドイツ文化を専門とされていただけに、それでルターやルター派教会に対して関心を抱くようになってキリスト教会の門を叩くようになったのではないかと思われた。

 ところが、ある日そのSさんが唐突に、私はルーテル教会をやめました、別の教派の教会に移籍しましたと。一体どうして?なんでも、H教会で講演会が催され、ある神学校の教授が講師を務められた。話の内容は、聖書の神と日本の神道の神々には共通点が沢山あるというような話で、いろんな逸話を身振り手振りで楽しく興味深く話して聞かせたと。会堂で一緒に聴いていた教会員たちも惹きつけられて、みな目を輝かせて面白い素晴らしいと絶賛。「吉村先生、私は教会に命を預けるつもりで来たんです。それなのに、もうこんな遊びの教会にはいられないと思いました。」講演の内容のどこが問題だったか詳しいことはもう記憶にないが、Sさんの「教会に命を預けにきた」という言葉が今でも頭に残っている。

 教会に命を預けるとはどういうことか?人によっては、カルト宗教にはまって財産を失ったり、通常の生活が出来なくなるような印象を持ってしまうかもしれない。しかし、そういうことでは全くない。フィンランドのようなキリスト教が国の伝統になっているところでは(近年は変わってしまったが)、子供が生まれたら洗礼式、思春期の堅信礼、青年期の結婚式、子供が生まれたら洗礼式、その子の堅信礼や結婚式、そして自分自身の葬式という具合に、この世の人生の初めから終わりまでが教会の中にあり、教会が伴走してくれる、そして最後は主の復活の約束を本人にも肉親にも確認して送り出してくれる、本人はその約束を希望の源として送り出され、まだこの地に残る者はその希望を抱いて歩み続ける、こういうことが教会に命を預けることではないかと思っている(この「希望」をフィンランドでは復活の日の「再会の希望」jälleen näkemisen toivoと言います)。

 もちろん、日本のように大人になってから洗礼を受ける人も同じです。イエス様もたとえの教えで(マタイ20章)、夜明けに仕事を始めた労働者も、9時や12時や15時や17時から始めた労働者も皆同じ賃金を支払われると教えていることはこのことです。教会に繋がっていたのが人生の全期間であっても、終わりの時であっても、神から見たら命を預けた点では同じなのです。

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