牧師の週報コラム

ルターによる御言葉の説き明かし ― フィンランドの聖書日課「神の子らへのマンナ」7月1日の日課から

これぞ、聖書の神は人間が作りだしたものではないということの証し!

「町に災いが起こったなら、それは主がなされたことではないか」アモス書36

「預言者アモスはなぜ災いは神から来るなどと言うのだろうか?ここで注意しなければならないのは、神が自分から災いを引き起こすのではなく、他のものを通してそれが起こるのを何らかの理由で許すというのが正解であるということである。聖書は、人を永遠の滅びに追いやるのは悪魔であり、人に罪の自覚を生み出して絶望させるのは律法であると教える。しかしながら、聖書はこれらのことは神も行うと言っている。これは一体どういうことか?

 その意図は、我々が神と人間の関係について定めた十戒の掟を心に留めて、唯一の神こそ神であると告白して信じるためであり、いろんな神を作らないようにするためなのである。マニ教の始祖を見よ。彼は二つの神を作った。一つの神からは善いことが起こり、もう一つの神からは災いことが起こるという二つの神を。それで、その宗教を信じる者たちに善いことが起これば、彼らはそれをもたらした神を賛美して拝み、逆に災いが降りかかれば、それをもたらした神の方を向いてそれをなだめようと拝む。しかし、聖書の神である主が我々に求めているのは、我々に善いことがあろうが災いがあろうが関係なく、我々がより頼むのはいつも主なる神のみであるということだ。

 しかしながら、我々は予期しなかった時に不運に遭遇すると、神は機嫌を損ねているに違いないと恐れて神から離れてしまう。これが、我々の自然の本質である。「我々に怒っている神」などという全く異質の神を編み出すことほど、正しい信仰に反することはない。「神は恐るべき方ではなく、憐れみ深い父、あらゆる慰めと励ましを与えて下さる方、その方が唯一の神として存在する」と信じるのが正しい信仰だ。これを信じない者は、唯一の神を信じることをやめて、自分の都合と状況にマッチする神を作り出すことになる。善いことをしてくれる優しい神、災いを起こす怒りの神と言う具合に。」(以上ルターの説き明かし)

神が唯一絶対になると、「神さま、何故なのですか?」という問いをその神にぶつけ、答えが与えらるまで格闘することになります。時として神の答えはヨブの時のようにあまりにも超越したもので神の大きさと自分の小ささを思い知るようなこともあります。しかし、神と誠実に格闘すればヤコブのように勝つことができます。

DSC_3767

 

新規の投稿
  • 2026年2月8日(日)10時半 礼拝 説教 吉村博明 牧師
    主日礼拝説教 2026年2月5日(顕現節第五主日) スオミ教会 イザヤ58章1-12節 第一コリント2章1-16節 マタイ5章13-20節 説教題 「真にキリスト信仰者は地の塩、世の光なのだ」 私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様 はじめに […もっと見る]
  • スオミ教会・家庭料理クラブの報告
    今年最初の家庭料理クラブは2月7日に開催しました。天気予報は一日雪のマークでしたが、雪は降らず参加者の皆さんは無事に教会にいらっしゃることが出来ました。今回の料理クラブは、フィンランドの「ルーネベリの日」の二日後でしたが、「ルーネベリロールケーキ」を作りました。 […もっと見る]
  • 子どもの料理教室のご案内 2026年2月14日
  • 牧師の週報コラム
    日本人を日本人たらしめる視点 かつてジャパンアズナンバーワンと言われた日本も、今では平均賃金、一人当たりの国民総所得ともに欧米諸国は言うに及ばず韓国にも追い抜かれてしまった(円安をやめれば計算上はまだ救いはあるかもしれない)。 […もっと見る]
  • スオミ・キリスト教会 2月の予定
  • 歳時記
    灯台下暗し <1わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。2わが助けは、天と地を造られた主から来る。 詩編121:1・2> […もっと見る]