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説教「主がお入り用なのです」マルッティ・ポウッカ牧師、ルカよる福音書19章28−48節 | 日本福音ルーテルスオミ・キリスト教会 / 中野区 – 東京

説教「主がお入り用なのです」マルッティ・ポウッカ牧師、ルカよる福音書19章28−48節

説教2019年4月14日

少し、例えの話しをしたいと思います。 

台所には、ナイフもフォークもあります.値段は大体同じですが、使い方は全く違います。ナイフはナイフとして、フォークはフォークとして使わなければなりません。反対は無理です。

今日の、聖書の箇所を読みましょう。これはとても有名な聖書の教えだと思います。



最初に
イエスは小子ロバに乗ってエルサレムに行かれました。


ルカよる福音書/ 19章 28節

イエスはこのように話してから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれ

29 そして、「オリーブ畑」と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいたとき、二人の弟子を使いに出そうとし
30 言われた。「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、引いて来なさい。
31 もし、だれかが、『なぜほどくのか』と尋ねたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。
32 使いに出された者たちが出かけて行くと、言われたとおりであった。

 預言者たちも前から神様の計画を知っていました.そして、人々に語りました。そして、イエスが言われとことも実現になりました。

33 ろばの子をほどいていると、その持ち主たちが、「なぜ、子ろばをほどくのか」と言った。
34 二人は、「主がお入り用なのです」と言った。
35 そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。

弟子達はイエスの教えに従って、神様の計画は進歩しました

36 イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた。
37イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。
38「主の名によって来られる方、王に、/祝福があるように。天には平和、/いと高きところには栄光。

 皆、イエス様を見ると大喜びしました。踊りました、歌いました。イエスがこの世に来て下さるのは、神様のご計画でした。 


  

時が満ちた、と言ってもいいでしょう。神様の計画が進展(しんてん)しました。

  でわ、イエスはいったい、どなたでしょうか。これはとても大切な質問です。

 このような教えがあります。
神は長い時間をかけて、人類が救い主を迎えることができるように、準備されました。そして、ついに時が満ち、神はその独り子を 世の救い主としてお送りになりました。聖書にはイエスの人生について、また教えの奇跡についてたくさん書いてあります。

 
「しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました」(ガラテヤ4:4)。

 そして、イエスはお生まれになりました。

 人間としてイエスは罪を別にして、全ての点において、私たち人間と同様でした。イエスは生まれ、成長し、疲れ、空腹を感じ、また喜びや悲しみを味わいました。

「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された」(ルカ2:52)。

 イエスは御業をどう行われましたか。

イエスは苦しむ者を助け、病める者を癒し、死者を甦らせました。また、神から与えられた権威をもって、人の罪を赦されました。これらの業は彼の愛を示すと同時に、神の国の力がすでに影響を及ぼしつつあることを示しているのです。

 そして、イエスは恵みの主でいらっしゃいます。

イ エスは特に失われた者や罪人と交際しました。このことは彼らにとっては大きな慰めでしたが、他の人々には躓きとなりました。しかしイエスはこれによって罪 人を求めてこれを救う神の言い尽くし難い愛を示したのです。このように私たちに何らの価値も無いのに与えられる神の愛が「恵み」と呼ばれるのです。

「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マタイ9:13)。

イエスは本当に本当私達人間を愛して下さいました.けれども、皆はイエスの教えを聞いてくれませんでした.イエスは泣いていました。

聖書の箇所に戻りましょう。

41 エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、
42 言われた。「もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。

 イエス様はその平和への道でいらっしゃいます.イエスは道であり、心理であり、命であります。どうして人々は聞いてくれませんでしたか。イエスは無泣いてしまいました。

 そして、イエスは怒りました。

45 それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、
46 彼らに言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』/ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。

 どうしてイエスは怒ってしまいましたか。

神の国の教えは商売より最も大切な事だからです。

47 毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長、律法学者、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀ったが、
48 どうすることもできなかった。民衆が皆、夢中になってイエスの話に聞き入っていたからである。

イエスは良い業ばかりなさったのに、皆は好きではありませんでした.イエスは、苦しみを受けなければなりませんでした。これも神様の計画の部分でした。

 まとめて。神様は、このようなイエス様をお送りになりました。

この神様の計画は、私たちの永遠の命の希望の元です。ですから、今日の聖書の箇所の人々と弟子たちがしたように感謝しましょう。

自分の栄光を求めていた ファリサイ派の人々などはイエスのことが好きではありませんでした。イエスがいるとファリサイ派の人々の力は弱くなるという恐れがあったと思います。けれど も、私たちにとって、イエスは素晴らしい方です。

 私たちはイエスによる永遠の命の希望のプレゼントを頂きました。このプレゼントを教会として家族や友人たちに分けることは私たちの大きな喜びです。

そして、私達の一番の最大事です。私達は色々な神様に頂いた賜物を持っています。

ナイフでしょうか、フォークでしょうか、主がお入り用なのです。

 
祈りましょう


 天の父なる神様、あなたは、人間を救う計画を作ってくださいました。教会はその計画について教えます。そこに恵みがあります。救われるために、行いは必要で はありません。私たち弱い人間は、あなたの知恵と力のすべては理解できませんが、どうか、私たちを助けてください。あなたは人間ではなく、私たちの考えを 超える神様でいらっしゃいます。ですから、約束の全てを守ってくださいます。
聖書を読むと、贖い主のイエスが復活されたということが分かります。 これは私たちの一番大きな喜びの元です。あなたはイエスを私たち人間の救いのために、罪の赦しのために送ってくださいました。そして、私たちの本国である 天への道も教えてくださいました。それは私たちの人生の目的です。どうか私たちに天国への道を見せてください。私たち一人一人にあなたからの使命を教えて ください。今年もあなたの教えを聞けるように導いてください。私たちは信仰によってあなたの子どもです。私たちは恵みによって救われます。どうか、私たちがあなたの父なる神様のみ守りに信頼できるように私たちを強めてください。イエスと共に人生の道を歩めます ように。私たちがあなたの子どもとして、また、教会として出来る社会的な義務や御国のためにできる仕事を教えてください。福音と神の招き、また、復活の喜 びをどうすれば世界へ伝えることができるのか、私たち一人一人に教えてください。教会も導いて下さい。また、あなたに与えられた力によって子どもと隣人を 大切に出来るように、互いに支え合うことが出来るように私たちの愛を主イエスキリストによって強めてください。心の中にあなたの光を照らすことができます ように。この祈りを主イエスキリストのみ名によってお祈りいたします。  アーメン。



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このサイトに引用されているのは聖書新共同訳です。
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会

Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
  • 4月 28日 10:30 am
    主日礼拝
    司式・説教吉村博明宣教師(ルカ24章13~35),礼拝後交わり。
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