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花いちもんめ
<人をかどわかした者は、これを売っていても、なお彼の手にあっても、必ず殺されなければならない。出エジプト記 21:16 >
散歩の途中で道の真ん中に椿の花が転がっていました、その花を見ていたら遠い昔に妹や女の子たちが手をつなぎながら二組に分かれて”はないちもんめ”を歌いながら前後に行ったり来たりしながら遊んでいました。わらべ歌には難解な歌詞が多いですね、”かごめかごめ”も確かに難解な意味が込められています。”はないちもんめ”には江戸時代の飢餓の際の悲惨な口減らしや人さらい、人身売買など意味が込められている怖いわらべ歌でした。私の子供の頃は人さらいと言う言葉がまだ生きていました、実際にあったか否かは知りませんが。
「勝ってうれしい花いちもんめ、負けて悔しい花いちもんめ、隣のおばさんちょっと来ておくれ、鬼が怖くて行かれない、お布団かぶってちょっと来ておくれ、お布団ぼろぼろ(若しくはびりびり)行かれない、お釜かぶってちょっと来ておくれ、お釜底抜け行かれない、(鉄砲かついでちょっと来ておくれ、鉄砲あるけど弾がない、)あの子が欲しい、あの子じゃわからん、この子が欲しい、この子じゃわからん、相談しよう、そうしよう」
花大根
<28 また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。 29 しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。 マタイ6:28・29>
尾根緑道に花大根の季節がやって来ました。毎年、同じ場所に群れになって咲いています。野菜の大根の花は白い花ですが花大根の方は菫のような紫色ですね。江戸時代に中国からの渡来種ですから比較的新しい野草です。現役で働いていた頃、成城学園前駅が地下ホームになる前は駅の手前は切通しの崖のような斜面でした。その斜面に季節が来ると一面に花大根が咲き春到来を楽しみにしていました。娘もこの花が好きで学生時代は摘んで来ては机に飾っていました、花屋の花よりもこの様な野の花に美しさを感じるのは嬉しいことです
柳
<1われらはバビロンの川のほとりにすわり、シオンを思い出して涙を流した。2 われらはその中のやなぎにわれらの琴をかけた。 詩編137:1・2>
春になると何時も気になるのが清掃工場の柳です。散歩の度に観察していましたら先日(3月8日)に漸く葉芽が開き遠目にも新緑の息吹が感じられました。芭蕉の句に「田一枚 植ゑて立ち去る 柳かな 」更に放浪の歌人、種田山頭火も歌っています、「柳ちるもとの乞食になつて歩く」。藤原定家も後鳥羽上皇と柳の事で争いました、定家の家の庭に植えてあった柳を上皇が自分の家の庭にへと勝手に引き抜いて行きました。定家は悔しくて歌で訴えました、「道のべの野原の柳したもへぬあはれ嘆きの煙くらべに」。上皇はそれが気に食わなかったと見えて定家を歌会の出席を拒んだとあります。柳は昔から人々に愛されてきた木でした。銀座の柳も新宿中央通りの柳も・・残念ながら今では見る事も出来ません、移り気な人の心を柳はその細枝を風に靡かせていました。
木瓜(boke)
<それでも、ご自分のことをあかししないでおられたわけではない。すなわち、あなたがたのために天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たすなど、いろいろのめぐみをお与えになっているのである」。 使徒言行録14:17>
季節の花の木瓜を探していました、毎年咲いている場所を知っていましたので何時もの散歩コースを少し変えてみました。しかし、何れも蕾だけで開花には至っていませんでした諦めて帰路のコースを少し変えてみましたら家のすぐ近くに満開の木瓜が咲いていました。どうも、最近は灯台下暗しが多いようです。木瓜は平安時代に中国から来た外来種です、その朱色は古来から日本人に好まれてきました、木瓜の花を見ると如何にも春が来たなと思っています。
一枚の絵
先日、I兄の葬儀に参列して思う事多々ありました。その中に一枚の絵を思い浮かべていました、それはA.ベックリンの描いた「死の島」という絵で亡くなったばかりの死者が連れて行かれる島です。死後についてはM.ルターによると誰も知らない所で最後の審判が来るまで寝かされているそうです、その言葉とこの絵がダブって見えました。死後に行き着く所がこのような何処か幻想的な甘美な雰囲気のある島ならば、それも良いなと思いながらI兄のお棺を見つめていました
↑この藪の中にいる。
ルリビタキ
< 空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。 マタイ6:26>
小山田緑地を歩いています。緑地の外れに休耕地の水田跡がありその上を木道を渡してあります。過日、その木道の上でカメラを構えて頻りに向かいの藪を覗っている人を見かけました。撮り終えたようなので何がいるのですかと尋ねましたらにっこり笑って画像を見せてくれました。青い鳥が写っていましたのでカワセミと聞くとルリビタキと教えてくれました。成程、カワセミより明るい空色でした。此方も負けじと愛用のカメラで藪をめがけて撮りました。ルリビタキは藪に入ったり出たりで忙しそうに飛び回り動きが速いので私のカメラでは追いつきませんでした、悲しいかな此方のカメラは彼の望遠レンズつきの高級なカメラと違いますので全く撮れていませんでした。でもこれ以来、小山田緑地の散歩の時は此処にきてルリビタキの観察を楽しんでいます。(此処に揚げたのはネットから借用したものです。)
芭蕉庵と関口
<あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を行くとき、焼かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない。イザヤ書43:2>
新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
写真に写っているのは明治23年(1890年)頃の新宿区戸塚町です、現在はこの戸塚町はありませんが今の早稲田中学校のあたりです。ですからこの景色はまさにスオミ教会のある鶴巻町のごく近くです、明治時代はこんな田圃のある所だったのですね。夏目漱石の住んでいたのは早稲田通りの南側の喜久井町でした。正岡子規と一緒に散歩したのが関口町付近ですからこれも教会のすぐ近くです。正岡子規の「墨汁一滴」と言う随筆があり、その中に「稲」と「米」について漱石が東京生まれで田んぼのそばに住んでいたにもかかわらず、稲が実り米になると言う事を知らずにいたことを記したのがありますのでその一節を「・・・余が漱石と共に高等中学に居た頃漱石の内をおとづれた。漱石の内は牛込の喜久井町で田圃からは一丁か二丁しかへだたつてゐない処である。漱石は子供の時からそこに成長したのだ。余は漱石と二人田圃を散歩して早稲田から関口の方へ往たが大方六月頃の事であつたらう、そこらの水田に植ゑられたばかりの苗がそよいで居るのは誠に善い心持であつた。この時余が驚いた事は、漱石は、我々が平生喰ふ所の米はこの苗の実である事を知らなかつたといふ事である。都人士の菽麦を弁ぜざる事は往々この類である。もし都の人が一匹の人間にならうといふのはどうしても一度は鄙住居いをせねばならぬ。・・・」とユーモラスに記しています。
ヘ長調は緑色
シベリウスの家はアイノラの家として有名ですが、この家を建てる時、彼は建築家に二つだけ注文をしました、「書斎からトゥースラ湖が見渡せること、そして暖炉が緑色であること。・・・作曲家にとって緑色はヘ長調なのだ。」ヘ長調を色で表すと、黄緑色や薄い緑色といった自然を連想させる色がイメージされることが多いい、と言われています。牧歌的な長閑な田園のイメージなのでしょうか。モーツァルトの「ピアノ協奏曲21番」や、ベートーヴェンの「田園」などが有名です。教会讃美歌の「やすかれ わがこころよ・・・」もシベリウスの交響詩「フインランディア」からのメロディーを用いていますね。フインランディアの冒頭も矢張り、ヘ長調で始まり途中で変イ長調の変わり最後にまたヘ長調に戻るそうです。確かに聴いているとフインランドの森と湖のどことなく牧歌的な風景をイメージを感じさせられます。昔、LP盤のフインランディアを持っていて何度も繰り返して聞いていました。生憎、当時のLP盤はプレイヤーを処分した時に一緒に処分してしました。男性コーラスの重厚なコーラスが忘れられません。
Jeesuksesta laulan
先週(3月30日)の礼拝でHavukainenご夫妻の音楽伝道の際、最後に歌っていただいた”Jeesuksesta laulan(私はイエスについて歌います)”が素晴らしかったです。
1. Jeesuksesta laulan, Jeesuksesta vaan, jolta syyni suuret anteeks sain ja saan, jolta syyni suuret anteeks sain ja saan.
2. Hän mun syyni suuret poisti verellään, otti synnin orjan armoon, elämään, otti synnin orjan armoon, elämään.
3. Katkoi verkot valheen, kahleet kuoleman, vangin vapautti, laps oon Jumalan, vangin vapautti, laps oon Jumalan.
4. Lapsi oma Herran, taivaan kuninkaan, kruunun perin kerran, valtakunnan saan, kruunun perin kerran, valtakunnan saan.
5. Pääsen asukkaaksi kultakaupunkiin, viedään vierahaksi häihin iäisiin, viedään vierahaksi häihin iäisiin.