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全知全能の父なるみ神よ。
いつかは過ぎ行く命とこの世にあって、聖書の御言葉という永遠に続くものを手にして生きていくことができることを感謝します。どうか、私たちが御言葉から踏み外さずに歩めるように、そして再臨の主と相まみえる日を信じて待ち望む心を与えて下さい。
あなたと聖霊と共にただひとりの神であり、永遠に生きて治められるみ子、主イエス・キリストのみ名を通して祈ります。アーメン
待降節第一主日は教会の新年の幕開け
今年もまたクリスマスの準備期間である待降節/アドベントの季節になりました。教会のカレンダーでは今日が新年になります。これからまた、クリスマス、顕現日、イースター、聖霊降臨などの大きな節目を一つ一つ迎えていくことになります。どうか天の父なるみ神が新しい年もスオミ教会と信徒の皆さま、礼拝に参加される皆さまを豊かに祝福して見守り導き、皆さま自身も神の愛と恵みの内に留まられますように。
今年もまた讃美歌307番「ダビデの子、ホサナ」を礼拝の中で歌います。毎年お話ししていることですが、この歌はフィンランドやスウェーデンのルター派教会の讃美歌集の一番最初にある歌です。両国でも待降節第一主日の礼拝の時に必ず歌われます。歌い方に伝統があります。朗読される福音書の個所が決まっていて、イエス様がロバに乗って群衆の歓呼の中をエルサレムに入城する場面です。ホサナは歓呼の言葉で、ヘブライ語のホーシィーアンナ、またはアラム語のホーシャーナーから来ています。もともとは神に「救って下さい」と助けを求める意味でしたが、ユダヤ民族の伝統として王様を迎える時の歓呼の言葉として使われました。さしずめ「王さま、万歳!」というところでしょう。
その個所が朗読される時、歓呼の前で一旦朗読が停まってパイプオルガンが威勢よく鳴りだし、会衆は一斉に「ダビデの子、ホサナ」を歌い出します。つまり、当時の群衆になり替わって歓呼を賛美歌で歌うということです。北欧諸国も近年は国民の教会離れ聖書離れが進み、普段の日曜の礼拝は人が少ないですが、なぜか待降節第一主日になると人が多く集まり、この歌を歌って国中が新しい一年を元気よく始めようという雰囲気になります。夜のテレビのニュースでも「今年も待降節に入りました。今映っているのは何々教会の礼拝での『ダビデの子、ホサナ』斉唱の場面です」などと言って、歌が響き渡る様子が映し出されます。毎年の風物詩になっています。(昨年の待降節第一主日のコラムから)
↓ sleyの聖心教会の第一アドヴェント礼拝の模様です、ホーシアンナ・ダヴィディンポイカを高らかに歌っています。動画の32分あたりから始まります。
https://www.youtube.com/live/j6avbcfEaQk?si=R9_5xeYtzX6GBQXu
今年もクリスマスの季節がやってきました!
今回の料理クラブはプッラの”ヨウル・クランシ”(クリスマス・リース)を作ります。プッラの生地を用いて、中身はレーズン、ドライフルーツ、アーモンドに加えて、シナモン、クローブなどのクリスマスのスパイスの風味で満たします。ヨウル・クランシはフィンランドのクリスマスの味覚の一つです。あわせて、フィンランドのクリスマス・スパイス・クッキー”ピパルカック”も作ります。
焼きたての”ヨウル・クランシ”と”ピパルカック”を北欧のクリスマスのホットドリンク”グリョッギ”と一緒に味わいましょう!
ひと足早くクリスマスの雰囲気をフィンランド風に味わってみませんか?
参加費は一人1,800円です。 どなたでもお気軽にご参加ください。 お子様連れでもどうぞ!
お問い合わせ、お申し込みは、 moc.l1764539381iamg@1764539381arumi1764539381hsoy.1764539381iviap1764539381 まで。
ブランデンブルク
<天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。昼は昼に語り伝え 夜は夜に知識を送る。 話すことも、語ることもなく 声は聞こえなくても その響きは全地に その言葉は世界の果てに向かう。 (詩篇19の1~5 ) >
高村光太郎の詩に「ブランデンブルク」と言う詩があります、ご存知の方もあるかと思いますが此処に全文載せておきます。何故かというと光太郎の住んでいた岩手の山村の景色が白州の家の辺りの雰囲気によく似ているからです。三畝(30坪)の畑はありませんが栗の実が屋根に落ちる音は疎開先でもよく耳にしました。全てが寝静まった夜、トタン屋根の上にコトンと音がしてコロコロと転がって行く音は静寂な夜に相応しく楽しい音でした。翌朝、その栗を探し出し囲炉裏で焼いて妹たちとおやつ代わりに食べました。
高村光太郎 「ブランデンブルグ」
岩手の山山に秋の日がくれかかる
完全無欠な天上的な
うらうらとした180度の黄道に
底の知れない時間の累積
純粋無雑な太陽が
バッハのやうに展開した
今日10月31日をおれは見た
「ブランデンブルグ」の底鳴りする
岩手の山におれは棲む。
山口山は雑木山。
雑木が1度にもみじして
金茶白緑雌黄の黄、
夜明けの霜から夕もや青く澱で、
おれは3間4方の小屋にいて
伐木丁丁の音をきく。
山の水を井戸に汲み、
屋根に落ちる栗を焼いて
朝は1ぱいの茶をたてる。
3畝のはたけに草は生えても
大根はいびきをかいて育ち、
葱白菜に日はけむり、
権現南蛮の実が赤い。
啄木は柱をたたき
山兎はくりやをのぞく。
けっきょく黄大癡が南山の草蘆
王魔詰が詩中の天地だ。
秋の日ざしは隅まで明るく、
あのフウグのように時間は追いかけ
時々うしろへ小もどりして
又無限のくりかえしを無邪気にやる。
バッハの無意味、
平均率の絶対形式。
高くちかく清く親しく、
無量のあふれ流れるもの、
あたたかく時におかしく、
山口山の林間に鳴り、
北上平野の展望にとどろき、
現世の次元を突変させる。
おれは自己流謫のこの山に根を張って
おれの錬金術を究尽する。
おれは半文明の都会と手を切って
この辺陬を太極とする。
おれは近代精神の網の目から
あの天上の音に聴こう。
おれは白髪童子となって
日本本州の東北隅
北緯39度東経141度の地点から
電離層の高みづたいに
響きあうものと響きあう。
バッハは面倒くさい岐道を持たず、
なんでも食って丈夫ででかく、
今日の秋の日のようなまんまんたる
天然力の理法にに応えて
あの「ブランデンブルグ」をぞくぞく書いた。
バッハの蒼の立ち込める岩手の山山がとっぷりくれた。
おれはこれから稗飯だ。
https://www.youtube.com/watch?v=hp53Jh6qO6Q&list=RDhp53Jh6qO6Q&start_radio=1
「聖書の御言葉を自由に使う」とは?
先週の礼拝の初めに詩篇98篇を朗読した時、前半は神の成し遂げた驚くべき救いと恵みの業を賛美する内容、その業はイスラエルの民の枠を超えて諸国民にも知らされるような業であったこと、そして同篇の終わりは神が諸国民を裁く日が来ることについて述べていることをお話ししました。この神が成し遂げた世界に知らしめるような驚くべき業とそれに続く裁きとは何を意味するのか?ダビデの時代なら、驚くべき業はかつての出エジプトの出来事、裁きはエジプトに対する罰という具合に過去に起こったことと理解されたでしょう。バビロン捕囚後に祖国に帰還した民だったら、帰還と神殿の再建が神の驚くべき業と理解されたでしょう。しかし、諸国民に対する罰とは?バビロン帝国がペルシャ帝国に滅ぼされたことか?しかし、イスラエルの民はその後もペルシャ帝国、アレクサンダー帝国、ローマ帝国に支配され続け、詩篇98篇は過去の出来事と結びつけるのが難しくなるのではないか。
しかし、神の救いと恵みの業が起こったことが将来の裁きと関連するという出来事が起こったのです。イエス・キリストの十字架の死と死からの復活がそれです。この関連を使徒パウロはアテネのアレオパゴスで居並ぶギリシャの知識人や哲学者を前にして述べたのです!(使徒言行録17章31~32節)。
パウロのアテネでの証しの土台に詩篇98篇が本当にあるのか?これを証明しようとしたら、ギリシャ語ヘブライ語の文章の分析からはじめて、第二神殿期のユダヤ文書の中に詩篇98篇に関わる思考を見つけ出して体系化してパウロの証しとの関連性を論証しなければなりません。こうすれば釈義学(歴史的聖書学)の論文が一つ出来上がります。しかし、発表すればしたで批判や反論が必ず出てきます。学術的な営みとはこういうものです。このようにして学問は発展するのです。
そうすると、あらゆる批判や反論に耐えうるようなものができない限り、パウロの証しの土台に詩篇98篇があるなどと言ってはいけないのか?この手の問題について昔、フィンランドの友人の牧師と話し合ったことがあります。O.コスケンニエミという、父親はSLEYの元会長、祖父は大正時代に池袋、諏訪、飯田で教会設立に携わったSLEYの元宣教師。彼曰く、ルター派の教義に反せず、それを深めるものであれば御言葉は自由に用いていいのだ。考えてみれば、どこの教派もそれぞれの仕方で同じことをしているのでしょう。ただし、一つ忘れてはならないことがあります。パウロにしても他の使徒にしても皆、旧約聖書が血と肉と化していた人たちです。彼らが旧約聖書を理解しようとした時、イエス様の教えと出来事が理解に新しい地平を開いたということです。そしてそれはイエス様自身が前もって始めていたのです。
次回はフィンランドのクリスマス・オーナメントの一つ、「オルキ・タハティ(藁の星)」を作ります。フィンランドでは藁で作るクリスマス・オーナメントは伝統的なもので、現代でも手作りの「星」や「天使」や「ヒンメリ」は昔ながらのクリスマスの雰囲気を高めてくれます。これらの天然の藁で作るオーナメントは、僅かな光が当たっても白い控えめな輝きを放ち、暗い冬の季節のお部屋で不思議と心を和ませてくれます。今回は星に挑戦します。どんな形の星にするかは各自ご自由にお決め下さい。
オルキ・タハティ(藁の星)を是非ご一緒に作ってみましょう!
手芸クラブでは自分の好きな編み物をすることもできますので、作りたいものがあれば、ご自由にお持ちください。おしゃべりしながら楽しく作りましょう!
持参するもの:パールピン20本
参加費: 1000円
お子さん連れの参加も大歓迎です!
皆様のご参加をお待ちしています。
お問い合わせ、お申し込み moc.l1764539381iamg@1764539381arumi1764539381hsoy.1764539381iviap1764539381
℡ 03-6233-7109
スオミ・キリスト教会 東京都新宿区鶴巻町511-4―106 www.suomikyoukai.org
欅 ケヤキ Kejaki
<天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。 コヘレト3:1>
今年は秋の訪れが遅かったですね、もしかしたら秋はもう来ないかと訝っていましたが矢張りコヘレトの言葉通りに神は約束を違えませんでした。公園の片隅の欅の大木にも秋が来ました、普段は樹下の八木重吉の歌碑に気を取られていましたが公園の原っぱに出てみたらいつの間にか欅が秋色に染まっていました。この季節になるとどうしても一度は訪れたい重吉の歌碑です。
素朴な琴 八木重吉 この明るさのなかへ ひとつの素朴な琴をおけば 秋の美しさに耐へかね 琴はしづかに鳴りいだすだろう