牧師の週報コラム 

イエス様は「世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ129節)なのに、彼を信じても自分の心には神の意思に反する悪いもの、罪があることにキリスト信仰者は気づきます。 主は罪を取り除いて下さるというのは本当ではなかったのか?そんな疑問を持つキリスト信仰者は次のルターの教えをお読み下さい。(フィンランドの聖書日課「神の子へのマンナ」(2005年版、初版1878年)117日の個所、エレミヤ313節「ただ己の罪を自覚せよ」の説き明かし)

『敬虔なキリスト信仰者なら今のこの世で生きることは忌まわしいと思うだろう。出来ることなら、この次に到来する世で生きたいと願うだろう。そうなのは、信仰者が、自分には罪などない、無罪(むつみ)だ、と言える段階に到達することは出来ないとわかっているからだ。もし、そのような考えを抱くなら、それは悪魔の仕業である。一体、聖徒の誰が、罪の中に留まっていることを否定したであろうか?聖徒は皆、それを認め告白しているのだ。彼らの存在そのものが罪によって傷つけられてしまっているから、彼らは心に痛みを抱えていたのだ。だから彼らは嘆き、叫び、罪から贖われることを祈りに祈るのだ。

まさにこのような罪の自覚を持ち告白する者に対してキリストの御国は、罪があってもそこには罪がないという世界になって現れてくる。つまり、キリストの御国は、信仰者が罪を自覚し告白しなければならなくても、罪の赦しのお恵みが罪を足蹴にしている世界なのである。そこで神は声高に告げる。「お前の罪は私の愛するひとり子のおかげで赦される。それが私の意思だ。」

これに反して、罪を自覚しない者、自覚してもキリストを素通りして自分の力で償おうとする者、さらには自分は無罪(むつみ)だから罪など関係ないと言う者たちがいる。彼らはキリストの御国に属していない。彼らは悪魔の手下も同然だ。罪には辛い思いや心の痛みが付きものなのだ。死を怖がらない聖徒が一人でもいたら私に示してみよ。そんな者は見つからないだろう。死を目の前にして立ちすくまない者、怯えない者などいない。キリスト信仰者とは、つまるところ、罪の中にあり、罪の下にありつつも、同時に罪を越えている者なのだ。キリスト信仰者は最終的に罪に勝利する。なぜならキリストの御国の一員だからだ。

この国は寝そべって何もしない国ではない。地獄、死、悪魔、罪そしてあらゆる災難を引き寄せてしまう国だ。しかし、それでありながら、永遠に存続する国だ。神が今まだそのような状況を許しているのは、我々の信仰が人前で明らかになるためであり、そのような状況を通して信仰にある我々を鍛えるためである。』

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