吉村博明 宣教師のフインランド便り

スオミ教会とその礼拝に繋がる皆様」

  フィンランドは、今週に入って30℃を超す日が続いています。最近は一軒家ではクーラーをつけるところもでてきましたが、基本的にはクーラーを使わない国なので、湿気は少ないとはいえ、30℃を超えるとやはり暑さが強く感じられます。

 こちらは、ウクライナ情勢とガザ情勢が連日のニュースを騒がせています。昨日は、アフガニスタンで、(SLEYではない)ミッション団体から派遣された支援活動員の女性二人が射殺されるという痛ましいニュースもありました。国内的には、大人も子供も夏休みなので、この夏の陽気がどれだけ続くかということが関心事の一つとなっています。

 私たちの教会訪問の仕事も、夏休み期間中は、教会もキャンプ活動以外は集会や行事は休みになるので、来週一杯までは空白状態となり、私たちも自然休暇状態となりました。

 先週は、ラプア市の近くでSLEYの少年少女キャンプ(11~14歳対象)があり、悦才が一人で参加してきました。悦才は知的障害がありますが、指導員たちがしっかり見ていてくれたので、三泊四日を25人の子供たちと一緒にしっかり過ごすことができました。毎日近くの湖で泳いだり、ゲームをしたり、音楽の活動があったり、聖書の学びの時間があったりし、楽しく充実した時を過ごせたようです。また来年も行きたいと言っています。添付の写真は、最初のものは、キャンプ開催地となったSLEYの合宿所、次は、悦才が寝泊りしたバンガロー、三枚目は、全体会で各バンガローの子供たちが自己紹介をしているところです。前に立っている三人の男の子の一番右が悦才です。

 日本も猛暑の季節に入ったかと思います。皆様におかれてはくれぐれもお体に気をつけてお過ごし下さるようお願い申し上げます。天の父なるみ神の祝福と良い導きが皆様の上にありますように。

 吉村博明

 

 

7月19日の料理クラブの報告

牧師館のパン、フィンランド、パン台風のため1週間延期した家庭料理クラブは「Pappilanlimppu」を作りました。

料理クラブは最初にお祈りをしてからスタートです。

黒ビールにシロップを入れて温めた中に、数種類の粉を入れて捏ねていく作業は重労働、重くねっとりした生地に手を焼きながらも、とてもきれいな生地に仕上がフィンランド、パン、牧師館のパンりました。

発酵の時間に、パンに会う複材の準備です、
茹で卵、サラミ、ニシン、サワークリーム、キュウリのマリネ、そしてディル、
簡単なものばかりですが、牧師館のパンとの相性はばっちりでした、牧師館のパン、フィンランド、パン香ばしい香りと共に、パンは焼き上がり、
フィンランドの聖書日課を読んでいただいて、試食会はスタートしました。

参加の皆さま、後片付けもきれいにしていただいて、有難うございました。

次回の料理クラブは、9月13日を予定しています。

 

吉村博明 先生の「フインランド便り」

「スオミ教会とその礼拝に繋がる皆様 主の御名を賛美します。

 皆様お元気ですか?こちらフィンランドは、7月5日頃から急に暖かくなりだし、それまで5~15度位だったのがいきなり、25~30度位の陽気になりました。暑いですが、日本と違って湿気がないので、クーラーが過ごしやすいです。子供たちはほとんど毎日プールに泳ぎに行っています。

 さて、7日月曜日と9日水曜日にスオミ教会を支援する教会の訪問がありました。7日はサロ市教会の海外伝道を覚える集会、9日はマルッティラ教会の集会でした。それぞれトゥルクから50キロ、30キロいったところです。

 今フィンランドは夏休みで、皆さん旅行中だったり、サマーコテジに引きこもってしまうので、この時期に集会を行うとあまり人が集まらないのですが、それでもサロは20人、マルッティラは30人の方が集まりました。集会の内容は、日本の最近の事情とスオミ教会の活動についての報告、私の聖書のメッセージ、ヨハンナのヴァイオリン(「故郷」や「七つの子」等)、その後で、参加者からの質疑応答があり、スオミ教会や日本伝道のためにみんなで一緒にお祈りしました。今年中学生になった悦才は学生服で登場して、会場を沸かせました。一つ残念だったのは、私の体調がすぐれず、マルッティラの集会には出席できませんでした。

 写真を三枚添付いたします。最初のものは、前回お知らせしたSLEYの全国大会の全体会での基調報告の様子、二枚目はサロ教会での集会でパイヴィが日本のことについて写真を交えながら話しているところ、三枚目はマルッティラで集会が終わった後も何人かの人は帰らずずっと話をしている様子です。

 日本もこれから暑さが本格化することと思います。皆様、どうかお身体にはくれぐれも注意してお過ごしください。

主の平安 吉村博明」

 

 

ポウッカ先生の送別会

 ポウッカ先生を囲んで懐かしい思い出に話は尽きませんでした。また、今度は是非お二人でこられることを願ってやみませんでした。 

 

 

吉村博明 先生のフインランド便り

「スオミ教会とその礼拝に繋がる皆様」

私たちがフィンランドに来て早くも2週間以上が経ちました。皆様にはお変わりありませんでしょうか?今そちらはポウッカ先生のもとで元気に礼拝を守られていることと思います。さて、先週6月27日から29日までの三日間に渡って、ラハティ市で開催されたSLEYの全国大会に出席したので、挨拶を兼ねてその様子を簡単にお知らせしたく思います。ラハティ市は、国際的なスキー競技大会がよく開催される、ウィンタースポーツのメッカです。郊外にある3つの大きなスキーのジャンプ場は市のシンボルにもなっています。27日、現住地のトゥルク市を車で出発するや、全行程210キロの半分少しを行ったところで、車が故障してしまいました。至急レッカー車を呼んで修理工場に運んでもらい、さて果てしなく続く森の中の国道に取り残された私たちは、タクシーを待っていました。ちょうど偶然にもSLEYの大会に向かっていた元日本宣教師のリーッタ・ポホヤンパロさんに見つけられて、彼女の車で到着することができました。私たちは、リーッタさんのことを、「神様がボルボを運転する天使を送ってくれた」と言って笑いあいました。

 三日間の大会の参加人数は、まだSLEYからの発表は出ていませんが、例年と変わらなければ2万人前後でしょう。フィンランドの人口は500万ですので、大きな数字と言えます。大会は今年で140回目となります。 大会の行事プログラムの詳細は、私たちが帰国した時にお話しいたしますが、私の役割は、28日土曜日の午前のプログラムで5千人位の聴衆の前で、日本の伝道についての基調報告を行いました。あと、日本のミッション展示資料室の案内役が金曜日と土曜日の2時間ずつ。それから、日本福音ルーテル教会からの招待客の白川事務局長と本郷教会の安井先生に通訳する仕事もあったのですが、私の体調がすぐれないこともあって、それはかわってもらいました。29日日曜日は午後のプログラムで、派遣される宣教師たちの按手式があり、主の聖壇の前で、かつ1万人近い会衆が見守る中で、家族一緒に按手を受けました。これ以上は長くなるので、帰国した時にゆずることとしたく思います。少しでも雰囲気が伝わるように写真を二枚ほど添付します。土曜日の夕礼拝とその聖餐式の列の写真です。

 大会後は、私たちは全国各地の支援教会の訪問を行います。一番北はトゥルク市から600キロほどいったオウライネン、一番南はトゥルクから半径50キロ内の諸教会、あとはトゥルクから300~400キロ北に行ったパイヴィの実家の地方です。今のところ、12の教会の訪問が決まっていて、一つは日曜日に当たってしまったので礼拝説教をすることになっています。今残念なことが起きてしまいました。フィンランドは今、10~15度位の寒い夏で、パイヴィがひどい風邪を引いてしまい、明日予定されていたマルッティラ教会の訪問行事は中止となってしまいました。また新しい日にちを決めなければなりません。パイヴィの健康状態もお祈りにお覚え下さい。

 それでは、日本も天候不順な日が続いている由、皆様もくれぐれもお大事になさってお過ごしください。スオミ教会に繋がる皆様一人一人の上に、天の父なるみ神からの祝福が豊かにあるようにお祈り申し上げます。

 主にあって

 吉村博明

パイヴィ・ポウッカ:「この青い空の下に」

パイヴィ・ポウッカ先生が私たちのために「この青い空の下に」を解説して下さいました。この曲は賛美歌ではありませんがフインランドの人々の愛唱歌のようです。スオミ・キリスト教会でも愛唱歌として、ことあるごとに歌われて来ました。少し長いですけれどどうぞ一読下さい。

この青い空の下に
1.
この青い空の下に
頭上高く広がる青い空と人間が住むこの美しい世界は誰もまねのできない傑作だと思いま
す。冬の後だんだん緑に移り変わる自然、春の花の芳しい香りと喜びを歌う小鳥は皆神様
の素晴らしい
御業について語っています。
周りの景色を上から、例えば、展望台とか岡
の頂上とか飛行機の窓から見ると、
世界の美しさはより深く感じられます。もちろん、
ロケットから青い地球に感動した人もいますが、それはわずかな宇宙飛行士の特権ですね。
この青い空の下に、人類の歴史の中で様々な人間が何億人も生まれました。人々は大勢で
すが、天地万物の視点から考えると一人の人はほんの小さな者です。例えば、飛行機が地
上から少し上がっていくと、人の姿はもう見えなくなってしまいます。しかし、小さい者
なのに、私たちは皆掛け替えのない価値を持っています。あなたも私も聖なる神様の栄光
を表すために作られた者です。残念なことですが、私たちはその栄光を少しか輝かすこと
ができません。
お生まれになった彼
しかし、この青い空の下に神様の栄光を完全に表す方もお生まれになりました。それ以前
も、それ以後も、その方のような者はこの地上で生きたことがありません。その方はもう
この世界が創造された時からおられました。そして、神様のもとからこの世に来られまし
た。私たちのところに来られた方は神様の御子でした。
希望、新しい命与えて下さった。
なぜ神様の御子は人の世界にいらっしゃったでしょうか。人は、この世に神様から素敵な
命をいただきました。けれども、罪のせいで人生はめちゃめちゃになってしまって、人々
は苦しんでいました。思い上がった私たちは創造物であることに満足せず、神様のように
善悪をわきまえる者になりたかったのです。
自由に我を忘れた私たちは、人々を愛され、人々にとって最も良いことを考えて下さる神
様でなく、大きな利益を約束した蛇の誘惑に耳を傾けました。すると、悪魔が心に入り込
んで、私たちは不従順な心から禁止された木の実を食べました。そして、その結果はご存
知の通りです。私たちはプライドと不信心のために大事なことをなくしてしまいました。
心の純潔を失いましたし、神様との関係も切られてしまいました。そして、様々な罪が生
活の中に入りました。恥、恐れ、不調和、疑い、責め合う事、病気、苦しみ、そして、最
もひどいこととして、死も人生の幸せをそこない始めました。
2
こんな不幸に陥った私たちのことをご覧になった神様は、希望と新しい命を与えるために
御自分の御子を世に派遣されました。
この青い空の下に
その御子、イエス・キリストは、高く青い空の下にお生まれになりました。本当の神で本
当の人間であるイエスは喜びと悲しみ、笑い声と泣き声がある世に来られました。神様が
私たちをこれほど愛しておられるという素晴らしいことが理解できたら、私たちの驚きは
絶えないでしょう。
苦しい人のため。
イエスは苦しい人のために来られました。私たちは自分の経験から、人生は幸せなことば
かりではないということがよく分かっています。仕事があることは人の喜びですが、仕事
の多さに疲れたり、責任の重さに圧倒されたり、
疲労で病気になったりする恐れがあり
ます。足下の地面が実際に崩れたことや、津波で流されてしまったことを経験した人もい
ます。更に、罪への自責心と怠慢による重荷に悩んで落ち込むこともあるでしょう。

2.この青い空の下に
この青い空の下に様々な人生があります。人は地理的な豊かさの中で、例えば、熱帯雨林
や砂漠、山々や森林の中で神様から頂いた命を生かしています。住むために、また世話を
するために与えられた地球で、私たちは家を建てたり、子供を育てたり、動物を飼ったり、
木を植えたりしますね。
十字架をたてたよ
ある日、この地球にまた一本の木が立ちました。それは種とか苗から育った木ではありま
せんでした。それは重い罪を犯した人に罰を与えるために人間が作った、拷問と死の十字
架でした。私たちは、私たちの元に来られた神の御子も強盗人物としてそこにくぎで打ち
つけました。けれども、人の計画の通りになりませんでした。全ては急に覆りしました。
彼が担ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであった
のに/わたしたちは思っていた/神の手にかかり、打たれたから/彼は苦し
んでいるのだ、と。
彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり/彼が打ち砕かれた
のは/わたしたちの咎のためであった。(イザヤ書/ 53 章 4~5節)
3
嵐が吹く寒い夜も
私たちは真理と罪についての教えを聞きたくなかったので、イエスを十字架につけて殺そ
うとしました。けれども、イエスは十字架の死を通して、罪の夜に身震いしている、また
人生の嵐で弱くなる私たちの救い主になりました。それを受け止める人は安心できました。
人生での全てのものが倒れても、十字架の出来事は確かです。
支えの十字架で
イエスの十字架は皆を驚かせました。
イエスの死は普通の死ではなかったのです。
十字架にかかって、自らその身にわたしたちの罪を担ってくださいました。
(ペトロの手紙一02 章24 節)
十字架は私たちを支えてくれるものになりました。
この青い空の下に
イエス・キリストの十字架のおかげで、この青い空の下に想像もできないことが行われま
した。人類の歴史で一番大きい出来事でした。
希望の木たてたよ。
死の木は命の木になりました。イエスの十字架は新しい可能性と希望を与えました。人に
とって、一番危ない敵、つまり罪と死と悪魔の力に打ち勝ちましたから。
彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷
によって、わたしたちはいやされた。(イザヤ書/ 53 章 5節)
3.
この青い空の下に
頭上高く広がる青空の下で、私たちは命のあるかぎり、毎朝目を覚まして新しい日を迎え
ます。
今日も種を蒔いて
今年も
春空の下で、私たちは食事を得るために種を蒔きます。神様の御言葉の種を蒔く
こともできます。その種を惜しまずに、たっぷり周りに蒔きましょう。それには命と力が
ありますから。
4
死にはもはや力はない
この世界に住んでいる間、私たちは罪と病気におかされていますが、神様の許し、助けと
恵みによって生きていけます。死にはもう力はありません。それは滅ぼされました。
イエスは死に打ち勝ち
イエスは死に打ち勝たれました。この勝利を確かなものにするために、神様はイエスを復
活させて下さいました。
この青い空の下に
この青い空の下にいる私たちは
もう死を恐れなくていいです。
ヤコブよ、あなたを創造された主は/イスラエルよ、あなたを造られた主は
/今、こう言われる。恐れるな、わたしはあなたを贖う。あなたはわたしの
もの。わたしはあなたの名を呼ぶ。(イザヤ書 43 章 1 節)
神様は天国への扉を私たちに開いて下さいましたから、人生の歩みは天の父なる神様の下
に行く道です。
聞こえる愛の声
あなた、私と世界の全ての人を愛しておられる神様はこのようにおっしゃいます。
山が移り、丘が揺らぐこともあろう。しかし、わたしの慈しみはあなたから
移らず/わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないと/あなたを憐れむ主
は言われる。(イザヤ書/54 章~10 節)

明日に向かってひらく希望の花ひらく!!!
Päivi Poukka
15.06.2014

 

6月14日のスオミ教会家庭料理クラブの報告

6/14 スオミ教会家庭料理クラブの報告

sinappi シナッピ フィンランドのマスタードスオミ教会家庭料理クラブはシナッピ(フィンランド風マスタード、「sinappi」)を作りました。

吉村先生ご一家がフィンランドに帰国されているため、 お祈りを教会役員さんにしていただき、料理クラブはスタートです。

最初は、デザートになるリンゴのキ―セリ作りから、omenakiisseli ジュースにとろみを付けて、冷やして食べる今回のキ―セリは、入手しやすい、リンゴとオレンジジュース!煮始めると、鍋からの爽やかで甘い香りが、牧師館に広がり、出来上がったキ―セリは、冷蔵庫で試食タイムまで冷やしておきました。

次はシナッピ作り、カラシパウダーの強い辛みに、苦戦しつつも完成、今回は、先に仕込んでおいたシナッピを試食していただきました。

フィンランドの聖書日課を読んでいただいて試食タイムはスタートです。

今回のメニューは、マッカラ(ソーセージ)に ディルを添えた新じゃがの茹でたもの、そしてキ―セリです。

7/12の料理クラブの試作品「牧師館のパン」も添えて、試食会は始まりました。

花付きのディルの強い香りに、フィンランドの夏の景色を思いだしたり、お料理話ややフィンランド旅行の楽しい計画を聞かせていただいたりして、試食会は終了しました。

参加の皆さま、最期まできれいに後片付けして下さいまして、有難うございました。

次回は7/12 13:00~ 黒ビールを使った、ほんのり甘く香ばしい 「牧師館のパン」を予定しています

野外修養会

24日立川の昭和記念公園にて修養会が開催されました。吉村博明宣教師による「人間は死んだらどこへ行くのか?聖書はどう教えているのか」の二回目の学びでした。薫風香る五月晴れのもと芝生に車座になって先生のお話に耳を傾けていました、続きは秋に予定していますので皆様の参加をお待ちしています。

5月10日の料理クラブのご報告

「ヴァトルスカ」 

爽やかな風が吹き抜ける土曜日の午後、
スオミ教会家庭料理クラブは
「ヴァトルスカ」を作りました。
最初にお祈りをして、料理クラブはスタートしました。

新じゃが大きな大きな鍋で茹でる新じゃがの香りに、出来上がりが待ち遠しく、
ゆで加減チェックの回数が頻繁になりました、
2人一組で作業は進みます、ジャガイモの生地で茹でた大麦を包み、オーブンで焼き上げ、溶かしたマーガリンを塗って出来上がり!!バトルスカ

春らしく、スナップエンドウを添えたサラダと、残った大麦で、リンゴとピクルスのサラダも完成、吉村先生から「フィンランドの聖書日課」を読んでいただき、試食会は始まりました。

試食会も一段落したころ、
パイヴィ先生からヴァトルスカや
フィンランドの食のお話をしていただきました。

参加の皆さま、後片付けもきれいにしていただいて、
有難うございました。

次回は6月14日を予定しています。 ヴァトルスカ

愛餐会

礼拝後、恒例の愛餐会がリニュウアルされた礼拝堂で行われました。皆んな久しぶりの礼拝堂の雰囲気を懐かしんでいました。

 

記念撮影です、この日が待ち遠しかったです。