お気軽にお問い合わせください。 TEL 03-6233-7109 東京都新宿区早稲田鶴巻町511-4-106
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。 アーメン
私たちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様
1.
先週の福音書の箇所ルカ3章では、イエス様がヨルダン川にて洗礼者ヨハネから洗礼を受けたこと、そしてその時神からの聖霊が彼に降って特別な力が備えられたことをみました。特別な力とは、神の人間救済計画を実現する力です。神の人間救済計画とは、罪の奴隷になって死の力に支配されている人間を救い出すことです。そのためにイエス様は自分自身を犠牲の生け贄にして、罪の奴隷になっている人間を神のもとに買い戻す。そういう、人間を罪と死の力から解放する計画です。イエス様は、洗礼のすぐ後で、ユダの荒野で40日間悪魔から誘惑の試練を受けますが、全て旧約聖書にある神の御言葉を盾としてはねのけました。これは、聖書の神の御言葉には悪魔を退かせる力があること、そして御言葉が真理であると信じる者には悪魔は手の出しようがないということを示す出来事でした。
この荒野の試練の後に、本日の福音書の箇所が来ます。イエス様は、ユダ地方からガリラヤ地方に移りました。ガリラヤ各地のユダヤ教の教会堂、シナゴーグを回って、神の国が近づいたということ、それに人間の救いがまもなく実現するという福音を人々に伝え始めます。そして神の国が架空のものではない、実在するものであることを示すために数多くの奇跡の業を行いました。それでイエス様の評判はたちまちガリラヤ地方全域に広まりました。イエス様が幼少の時から長年育った故郷の町ナザレに入ったのはちょうどその時でした。
イエス様のナザレ訪問の目的は、生まれ育った故郷に帰ってのんびり休暇を過ごすことではありませんでした。これまでガリラヤ地方で行ってきたのと同じく宣教をするためでした。しかし、顔見知りが多くいる故郷の町では、他の町々と勝手が違いました。どう勝手が違ったか、なぜそのようなことになったのか、ということが本日の福音書の箇所の主題になります。
イエス様は、これまでそうしてきたように、まず町のシナゴーグに入ります。安息日の礼拝で人々に教えるためです。私たちの用いる新共同訳では何気なく「いつものとおり」とありますが、原語のギリシャ語の意味はもう少し深くて「彼にとって習慣だった」ということです。イエス様が宣教活動を始める前にも安息日にはきちんと欠かさず礼拝に通っていたことが窺われます。
ところで、当時のシナゴーグの礼拝ですが、少し背景について説明いたします。ヘブライ語で書かれた旧約聖書を朗読した後で、それをアラム語で解き明かしする説教が行われていました。なぜ二つの言語が出てくるかというと、イスラエルの民はもともとヘブライ語で書いたり話したりしていました。それで神の御言葉ももともとはヘブライ語で記されました。ところが紀元前6世紀に起きたバビロン捕囚でイスラエルの民は異国の地バビロンに連れ去られてしまいます。捕囚は50年近く続き、これは二、三世代に渡るので、イスラエルの民はその言語がだんだん異国の言語であるアラム語に同化していきます。日本でも明治時代からアイヌ民族の同化政策が行われると二、三世代後にはアイヌ語使用者がどんどん失われるという悲劇が起きました。
さて、捕囚の身となったイスラエルの民でしたが、紀元前6世紀の終り頃にバビロン帝国を倒して中近東の覇者となったペルシャ帝国の王の計らいでエルサレム帰還が認められます。帰還した民は廃墟となったエルサレムの町と神殿の復興事業にとりかかります。当時の民の苦難と信仰の戦いの出来事については、エズラ記とネヘミア記に記されています。ネヘミア記8章を繙くと、指導者が民に向かってモーセの律法を朗読する箇所があります。そこに、朗読者が「律法の書を翻訳し、意味を明らかにしながら読み上げた」とあります(8節)。つまり、ヘブライ語の聖書を朗読しアラム語に翻訳して解説したということであります。ヘブライ語は一般の人にはもう遠い言語になってしまったのです。こうしてヘブライ語の旧約聖書を神聖な最高権威の書物として朗読して、続いて民が理解できるアラム語に訳して解説することが始まります。この形の礼拝がイエス様の時代のシナゴーグの礼拝の時にも続いていたのです。
さて、本日の聖句に戻りまして、シナゴーグの会堂長は、その日の神の御言葉の朗読と解き明しをする人を誰にするかということで、これを今やガリラヤ全土に名声を博している御当地出身のイエス様に依頼しました。会堂は参会者で一杯です。イエス様に神の御言葉が記された巻物が手渡されました。巻物というのは、私たちが手にするような、紙を束ねて綴じる方式で作った本ではありません。動物の皮をつなぎ合わせてそこに文字を記して巻物にした形の書物です。皆様も耳にしたことがある死海文書というのもこの形式の書物です。イエス様は立って、イザヤ書61章の最初の部分をヘブライ語で朗読しました。その箇所の内容は、神に油注がれた者、つまりメシアが神の霊を受けて捕らわれ人に解放を告げ知らせるというものです。メシアはまた、心を打ち砕かれた人に心の癒しを与え、目の見えない人に目が見えるようになるという喜びの知らせを伝える。さらに神の恵みの年、恵みの時が到来したことを告げ知らせる。そういう内容です。
朗読した後、イエス様は巻物を係の者に返して、席につきます。席というのは説教者の座る所ですので、会堂の人たちの視線が一気にイエス様に注がれます。とても緊迫感のある場面です。イエス様が口を開きました。「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した(21節)。」この言葉の後でイエス様は解き明しをしていくのですが、それについてはルカ福音書では何も記されていません。22節をみると、参会者みんなが、イエス様の「口からでる数々の恵み深い言葉(複数形)に驚いた」とあるので、イエス様が解き明しを続けたのは間違いありません。解き明しの内容はほぼ間違いなく、神の国が近づいたこと、人間の救いがまもなく実現することを伝えるものだったでしょう。あわせて、各自に悔い改めをして、神のもとに立ち返る生き方をしなさいと促すこともあったでしょう。いずれにしても、イザヤ書の御言葉が実現したとイエス様が冒頭で宣言した時、この油注がれたメシア、神の霊を受けて捕らわれ人に解放や目の見えない人に開眼を告げ知らせるのはこの自分である、と証したのであります。
2.
ところが、ここで状況が一変する出来事が起きます。新共同訳の22節をみると、「皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて言った。『この人はヨセフの子ではないか』」とあります。これでは、この後でイエス様が厳しいことを言って会衆が怒り狂うという、急転回がどうして起きたのか、少しわかりにくいと思います。ギリシャ語原文をもう少し忠実にみていくと次のような状況が浮かび上がります。イエス様の解き明しを聞いていた聴衆は、あの男は何者だと彼の正体を論じ合う状況になった。(μαρτυρεω「証する」という動詞は、与格の目的語を伴うと、肯定的にも否定的にもその者について証する意味があります。)聴衆は、イエス様の口からでる恵み深い言葉に驚いている。しかしその同じ聴衆が、「あれはヨセフの子の大工のイエスではないか」とも言っている。つまり、神の恵みの言葉を価値あるものとわかって、イエス様が誰の子とかそんなこと全く関係ないという雰囲気が生まれた。しかし、同時に「あれはヨセフの子」ということに目が行ってしまい、せっかく価値があると思っていた教えが色あせてしまう。この方は神の人間救済計画を実現する方だということがわかる一歩手前まで来ていたのに、これは誰々の息子だ、故郷のみんなはそれを知っている、ということで遮ってしまったのです。聴衆にとって、神の御言葉を語るイエス様は肉眼に映る像をはるかに超えた存在に映りそうになったのに、やはり肉眼に映る像しか見れなくなってしまったのです。もう少しで肉眼の目ではない心の目、信仰の目が持てるところまでいっていたのに、肉眼の目に戻ってしまった。そして、その目に映る像が真実だと思うようになってしまったのです。
信仰の目とはどういう目かというと、神は人間を罪と死の奴隷状態から救い出してあげようという意思を持った方である、という真理を見ることが出来る目です。また神は人間の救いを実現するために自分のひとり子をこの世に送られたという真理も見ることが出来る目です。こうした真理は、限りある肉眼の目では見えません。肉眼では、目の前にいる男は単なるヨセフの息子の大工にしか見えません。信仰の目を通して見るイエス様は、まさに天と地と人間を造られた神が提示するイエス像であります。それは、人間が限りある知識を駆使して、ああだ、こうだと言って造り上げたイエス像ではなく、神の力に助けられて知ることのできるイエス像です。
イエス様は、聴衆が信仰の目を持てずに肉眼の目に留まってしまっていることに気づきました。こうなってしまったら、ナザレの人たちは奇跡でも行わない限り信じないということもわかりました。イエス様は、ナザレの人たちが自分に向かって「医者よ、自分を治してみろ」と言いたくて仕方がないと見破ります。「医者よ、自分を治してみろ」というのは、そうしたらお前が良い医者であると信じてやろう、ということであります。加えてナザレの人たちはイエス様に向かって、カファルナウムで行ったのと同じ奇跡を故郷の町でもやってみろ、そうしたら信じてやろう、そう言いたくて仕方がないと見破ります。
しかしながら、イエス様は、ナザレの人たちに奇跡を行うことはしませんでした(マルコ6章5節、マタイ13章58節も参照)。そのかわりに、旧約聖書の御言葉を引き合いに出して、それを鏡のように用いて、彼らがどういう人間であるかを示しました。旧約聖書の記述とは、一つは列王記上17章にある預言者エリアが大飢饉の時にシドンのサレプタのやもめを餓死から救ったという出来事です。もう一つは列王記下5章にある預言者エリシャがアラムの王の軍司令官ナアマンのらい病を完治した出来事です。サレプタのやもめもナアマンもイスラエルの民に属さない異教徒の民でした。預言者エリアとエリシャの時代、イスラエルの民の北王国は神の道に背く道を歩んでいました。神は、御自分の預言者を自分の民のもとには送らず、異教徒に属する者に送って彼らを助けたのでした。イエス様は、ナザレに奇跡を行う預言者が送られないのはこれと全く同じであると言うのです。つまり、ナザレの人たちは、かつて不信仰に陥ったイスラエル北王国と同じ立場にある、というのです。
これを聞いた聴衆は激怒します。怒り狂ったと言ってもいいでしょう。イエス様をシナゴーグから追い出し、そのまま山の上まで追いやってそこの崖から突き落とそうとします。しかし、不思議なことにイエス様は群衆をすり抜けて行き、難を逃れます。普通なら群衆の押し出す力で人ひとり崖から突き落とすのはたやすいことだったでしょう。どうやって群衆の力をかわせたのか、詳細は何も記されていません。これも奇跡の業だったと考えられます。イエス様は、十字架と復活の出来事のためにこの世に送られた以上、それが実現するまではどんなに絶体絶命の危険に陥っても、ゴルゴタの日までは神はイエス様が滅びるようなことは一切認めなかったのであります。
3.
ところで、なぜイエス様はナザレの人たちが自分に対して攻撃的になるようなことを言ったのでしょうか?どうして、肉眼の目に留まってしまった人たちを信仰の目が持てるように導かなかったのでしょうか?先ほども触れましたように、ナザレの人たちがイエス様をメシア救い主と信じるようになるためには、もはや奇跡を見せないと効き目がない、とイエス様はわかっていました。もちろん、奇跡を目撃したり体験したりすることを出発点として信仰に入ることも可能です(ヨハネ14章11節)。しかし、その場合、ただ超自然的な力を目で見たから神を畏れるようになった、というだけで終わってしまう危険があります。
本当の信仰とは、たとえ肉眼で見なくとも、神が人間救済の意思と計画を持って、それをひとり子イエス様を用いて実現したことを真理と信じられることです。ちょうどイエス様が不信心のトマスに対して「見ないのに信じる人は幸いである」と言われた通りです(ヨハネ20章29節)。奇跡を目撃したり体験したりして信仰に入るというのは、結局のところ、肉眼に頼る信仰で、必ずしも信仰の目を持ってする信仰にはならないのです。奇跡の目撃や体験がなくなると信仰もなくなってしまいます。イエス様がナザレの人たちに対して肉眼に頼る信仰を許さなかったというのは、信仰の目をもってする信仰に導こうとしているわけですが、残念なことに彼らの反応は、メシア救世主を殺害するという、それ自体、自暴自棄そのものと言える行為に走ったのでした。なぜなら、イエス様を殺害して十字架と復活の出来事を起こさせないようにするというのは、自分たちを救うためにある神の計画を妨害することですから。
ナザレの人たちは、肉眼に頼る信仰の道を絶たれた時、なぜ信仰の目をもってする信仰の道を目指すことを考えなかったのでしょうか?この大きな原因は、彼らが自分たちは罪の奴隷状態に陥っていることを認められなかった、ないしは認めたくなかったからです。イエス様は、彼らがエリヤとエリシャの時代のイスラエル北王国と同じ罪深い状態にあると明確に指摘しました。しかし、ナザレの人たちは、謙虚に立ち止まって自分たちの生き方を神の意思に照らし合わせて自省することをしませんでした。全く正反対に、自分たちは、かつて神の罰として滅亡した王国と同列視されるような罪は何も犯していない、といきり立ってしまったのです。
以上から明らかなように、信仰の目が持てて、その目でイエス様を見ることができるためには、自分が神への不従順と神の意思に反する罪を持っていることを認めることができるかどうかにかかっています。人によっては、具体的にどんな罪を犯したか心当たりがないという人もいるかもしれません。しかし、人間は最初の人間アダムとエヴァが神に対して不従順に陥り罪を犯したために死ぬ存在となってしまいました。それで、人間が死ぬということ自体が人間の罪性、不従順性を示しているのです。
人間を造られた神は、人間がこの世から死んだ後、造り主である自分の許に永遠に戻れるようにするために、ひとり子イエス様をこの世に送ったのです。さらに、人間がこの世の人生の段階で永遠の命に至る道を歩めるようにするために、またその道を歩む際には順境にあろうが逆境にあろうが絶えず守られて歩めるようにするために、イエス様を送ったのです。それで、人間の罪と不従順がもたらす罰を全てイエス様に身代わりに受けさせました。人間は、イエス様のこの身代わりの罰受けが実は自分のためになされたとわかって、イエス様こそが救い主と信じて洗礼を受ければ、その瞬間に、イエス様の身代わりの罰受けは本当にその人に起きたことになるのです。この時、その人は信仰の目を持っています。神の意思と計画が真理であるとわかるために、奇跡や超自然的な力を見る必要は全くないのです。
しかしながら、イエス様を救い主と信じるようになって信仰の目を持てるようになったとは言っても、私たちは肉を纏って生きる以上、肉眼の目に頼ってしまう危険がいつもあります。どうして私たちは、そのような中途半端な状態に置かれなければならないのでしょうか?どうして、一度与えられた信仰の目が全てにならないのでしょうか?ルターは、信仰とは育たなければならないものと教えています。そうすると、今の中途半端な状態というのは、まさに信仰を成長させなければならないものにしていることがわかります。このことについて、ルターの教えをひとつ引用して本説教の締めとしたく思います。この教えは、第二コリント5章7節の聖句「目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです」の解き明しです。
「福音の光に照らし出された人は、聖書の御言葉を噛みしめながらキリストとしっかり結ばれていく。たとえ自分自身、まだ罪が残っている、まだ罪の中にいると思っていても、その人は日に日に罪と地獄の外側へと移されていくのである。
しかし、そこには戦いがあることを忘れてはならない。感じること見えることが聖霊や信仰に戦いを挑んでくる。同じように聖霊と信仰も感じること見えることに戦いを挑む。信仰というものは性質上、理性が把握しようとすることに対しては介入しない。理性がしたいようにほおっておく。信仰はただ、人の目を閉じさせて、生きる時も死ぬ時も神の御言葉だけに依り頼むようにさせるのである。翻って、感じること見えることは、理性や五感で把握できること以上に進むことができない。このように、感じること見えることは信仰に対峙するものであり、信仰は感じること見えることに対峙するのである。この戦いで、信仰が成長すればするほど、感じること見えることは廃れていくのであり、逆もまたしかりである。
罪や驕り高ぶり、憎む心、独り占めしようとする心、その他全ての忌まわしいものが、キリスト信仰者である我々の内にまだぶら下がっているのは、それらが我々を逆に鍛えさせてくれるからなのである。御言葉に依り頼みながらそれらに戦いを挑んで鍛えられていくと、我々の信仰は一日一日と前に進み、最後には頭のてっぺんから足のつま先まで完全なキリスト信仰者になれて、キリストに完全に覆われて、天の御国の真の祝宴の席につけるのである。我々は、海の荒波を思い浮かべるが良い。波は次から次へと岩壁に押し寄せ、それはあたかも力ずくで岩壁を砕こうとしているかのようである。しかし、砕かれるのは波自身であり、砕かれては消え去ることを繰り返すだけである。罪の攻撃もこれと同じである。罪は、我々を打ち砕いて絶望に追い込もうと、それこそ覆いかぶさるように襲いかかってくる。しかし、力が足りず退散しなければならないのは罪なのである。なぜなら、罪は最後の日に音もなく消え去るよう既に定められているからなのだ。」
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように アーメン
主日礼拝説教 顕現節第三主日2016年1月17日の聖書日課 ルカ4章16-32節、エレミア1章4-8節、1コリント12章1-11節
2016年最初の家庭料理クラブは「サーモンスープ」とサンピュラを作りました。
フィンランドでは-20℃や-30℃の世界と聞きましたが、東京も木枯らしが吹いた寒い土曜日の午後、柔らかな日差しが入る牧師館では、2016年最初の料理クラブでした。
最初にお祈りをして料理クラブはスタートです。
今回は、スープと一緒に焼き立てパンも用意するため、フィンランド式のパン作りにも挑戦していただきました。
グループに分かれて、材料の計量に、生地を捏ね、発酵へ、
次は、サーモンの扱い方や、大量のジャガイモの皮むき、野菜類のカットなど作業がスムーズに進み、大型の鍋からは、スープの湯気がたち、パンの焼き上がるのが待たれました。
スープが盛られ、焼きたての熱々パンは、ステンレスのクーラーに載せたままテーブルに、食前の祈りをあげて、試食会は始まりました。サーモンスープの味わいと、アツアツの焼き立てパンの相性は抜群で、大鍋につくったサーモンスープは、きれいに完食となりました。
コーヒーを飲みながら、パイヴィ先生から、フィンランドの魚事情や、聖書の中の魚にまつわるお話を聞かせて頂きました。
参加の皆さま、お疲れさまでした。
今日のフインランド家庭料理クラブは大好物の”サーモンスープ”を作ると言うことで家内ともども出かけました、熱々のスープを頂きながら満ち足りたひと時でした。食後のコーヒータイムにパイヴィ先生からフインランド人と魚についての面白い話を聞きましたのでご紹介します。
”料理教室の話2016年1月16日
フィンランドは湖や川がたくさんある国です。湖や川の魚の種類は多く、魚釣りが好きな人も多いです。昔、魚釣りは趣味ではなく、食料を得るための仕事でした。それで、魚釣りはどの家庭でも行われ、魚は毎日の食事のおかずでした。
時代は変わって、魚釣りは毎日の仕事ではなく、魚は店で買われるようになりました。その頃から海でとれるいわしが食べられるようになりました。いわしは沢山とれたので安い魚でした。冷蔵庫がまだない時代には、秋になると家庭でいわしを沢山買って、塩づけにして保存して、冬中ずっと食べられていました。子供の頃、私の家にもこのようにいわしを塩づけにして保存して、長い間いわしを食べました。残念ですが、現在いわしを食べるフィンランド人は少なくなり、一年に一人当たり300gだけ食べると言われています。最近トゥルクやヘルシンキでは秋になるといわしの市場(いちば)が開かれるようになって、そこではいわしだけでなく他の魚で作った料理や保存食も売っています。このいわし市(いち)は、冬に向かうフィンランドの秋の大きなイベントになって、沢山の人が訪れます。
現在フィンランド人は魚より肉をよく食べるようになったために、国の保健機関は、一週間の食事のうち魚を2食を食べることは健康のために良いと、国民に呼びかけています。最近、若者は魚の料理は好きではないようですが、年配の人たちはまだ魚をよく食べます。
今フィンランドでどんな魚が食べられるでしょうか?よく食べられるのは、湖や川でとられる白身の魚です。海の魚ではいわしとニシンとサーモンで、一番よく食べられるのはサーモンです。サーモンはフィンランドで養殖したものか、ノルウェーの海で捕ったものか、どちらかです。昔は高価なサーモンの料理は、クリスマスのようなお祝いの時にしか食べられませんでしたが、今は普段の日にもよく食べられるようになりました。サーモンを使った料理のなかで、今日のサーモンスープは伝統的なものですが、オーブンやフライパンで焼いたり、スモークサーモンにしたり、生のものを塩漬けにして食べます。
私は、日本のお店で売っている魚を見て、種類の多さにびっくりします。フィンランドの普通のお店で生で売っている魚の種類は少なく、いわしとサーモンとあと何か白身の魚が1種類あるだけです。日本の方がフィンランドに旅行すると、きっとびっくりするでしょう。
さて、聖書の時代にも魚はよく食べられていて、漁師の職業は普通でした。これから聖書の中にある漁師についてお話ししたと思います。ある日イエス様がゲネサレト湖という湖にやってくると、2人の漁師が舟からおりて、網を洗っているのを見かけました。そのとき、大勢の群衆がイエス様の教えを聞こうとして、彼の周りに集まって来ました。イエス様は漁師のシモン・ペテロの舟に乗って、少し岸から離れた場所まで行って、そこから岸辺にいる群衆に向かって神様のことについて教えました。
話し終えてから、イエス様はシモン・ペテロに「舟を少し冲に漕いで、そこで網を下ろしてみなさい」と言われました。シモン・ペテロは、「先生、私は夜中苦労しましたが、何も獲れませんでした。しかしお言葉ですから、網を下ろしてみましょう」と答えました。シモン・ペテロは漁師なので魚のことはよく知っていました。もし夜魚が獲れなかったら、昼はもっと獲れない、とシモン・ペテロは思ったでしょう。それでもシモン・ペテロは、神様についてのイエス様の教えをいつも聞いて、イエス様のことを尊敬していたので、言われた通りにしました。するとどうでしょう。信じられないことが起こりました。網が破れそうになるくらいに大量の魚がかかって、その重さで二そうの舟は沈みそうになりました。シモン・ペテロはこれを見て、どう思ったでしょうか?彼はイエス様の足元にひれ伏して、こう言ったのです。「主よ、私から離れてください。私は罪深いものです。」シモン・ペテロはイエス様にお礼を言いませんでした。どうしてでしょうか?この時シモン・ペテロは、今起こったことは神様の力で起きたと信じたのです。そして、イエス様は神聖な神のみ子でいらっしゃること、その方の前では自分は罪深いものなのだ、ということを理解したのです。それでシモン・ペテロは、「私は罪深いものなので、どうか私から離れてください」と言ったのです。しかし、イエス様はシモン・ペテロから離れないで、次のように言われました。「恐れることはない。これからは、あなたは人間をとる漁師になる。」そこでシモン・ペテロは舟を陸に引き上げて、すべて捨ててイエス様に従いました。こうしてペテロはイエス様の弟子の一人になったのです。
シモン・ペテロはイエス様に出会って、すべてを捨ててイエス様に従いました。私たちもイエス様と出会うことができます。それは、聖書のみ言葉を読んだり聞いたりするとこにできるのです。聖書のみ言葉を読んだり聞いたりすると、私たちが神様のみ前では罪深いものであることがわかります。しかし、まさに罪深い人間を救うためにイエス様は十字架にかけられて、そこで死なれて、三日目に死から復活させられて、天に昇られたのです。神様は、イエス様の十字架の出来事のゆえに、罪深い人間を赦して下さいます。ここに神様の人間に対する愛が溢れています。イエス様は私たち一人一人を愛して下さり、ご自分に従うように、と呼んでくださいます。イエス様は、シモン・ペテロから離れなかったように、私たちからも離れられません。マタイによる福音書の終わりにイエス様が言われた次のような約束の言葉があります。「私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」このような約束をされたイエス様は、今年も毎日、一人一人と共にいてくださいます。このことを忘れず、感謝して歩んでいきましょう。”
ルカは医者であり、歴史家でもありましたから、神の子として、福音宣教されたイエス様について、かなりこまかく歴史的事実をおりこんで記しています。
ルカ3章1節から見ますと、「皇帝ティベリウスの治世の第15年、ピラトが、ユダヤの総督ヘロデがガリラヤの領主であった。」
あと、こまかく歴史上の人物を記し、大祭司の名まで上げています。
神の言葉が、荒れ野でザカリヤの子ヨハネに降った。
そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために、悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。
これが、バプテスマのヨハネの登場です。
預言者勲矢の予言の言葉も、しっかり宣言しています。
そこで群衆は、洗礼を授けてもらおうとして、ぞくぞくとヨハネのもとへやって来ました。「蝮の子らよ。差し迫った神の怒りを免れると、誰が教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。」と叫んだのです。あと詳細にわたって、ヨハネが悔い改めをせまっています。8節以下をみますとわかります。
さて、本日の聖書が15節からであります。
民衆は、メシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら、彼がメシアではないかと皆、心の中で考えていた。
そこでヨハネは言った。「私はメシアではない。」とはっきり言いました。「わたしより、はるかに優れた方が来られる。」イエス様をメシアとして示していきます。「わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。」
イエス様の前に、バプテスマのヨハネは、奴隷にも値しない。
あとに来られる方は聖霊と火で、あなたたちに洗礼をお授けになる。
主イエス様が、いかに高い存在か、比べようもないお方である。人間という存在をはるかに超えた神の人、神であられる、ということ。
しかし、誰も知るよしもない。ヨハネにはわかっていたことでしょう。
イエス様は、罪の赦しという大目的がある、けれども、徹底した審きもなさることを、きびしく、くわしく述べています。
ところで、ここに1つの出来事が起こる。ルカは21~22節に簡潔に記していますが、マタイの方が少し詳しいので、見てみましょう。
マタイ3章13節~15節「イエスがガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。」
ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。
「私こそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、私の所へ来られたのですか。」
しかしイエスはお答えになった。「今は止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」
そこでヨハネはイエスの言われるとおりにした。
民衆に混じって、イエス様が洗礼を受けに来られたのですから、バプテスマのヨハネは、もうびっくりこんです。
イエス様の」履物のひもを解く値打ちもない、ヨハネのところへ、洗礼を授けてほしいと言われる。ヨハネは、どんなにか、戸惑った事でしょう。私こそ、あなたから、洗礼を受けるべきです。と、驚きと恐れをもって、言っています。
なぜイエス様は、バプテスマのヨハネから洗礼を受けようとされたのでしょうか。
イエス様は罪びとの民衆と仲間になって下さっているのです。
イエス様とヨハネのちがいは何か、といいますと、主イエス様は、福音の御業を始めるのに、まず洗礼をお受けになることろから始まっている、ということです。
主御自身が、まず、聖霊の御力に満たされるのです。
そうして、そこで何が起こったか。
天が開け、聖霊が、鳩のように見える姿で、イエスの上に降って来た。
天が開けたのです。何ということでしょう。だれも、この光景を見たこともない。すごいことであります。
天が開け、地上に神の声があったのです。
他の訳では、洗礼を受けられて、水の中から上がると、すぐ、天が裂けて、霊が鳩のようにご自分に降ってくるのを、御覧になった。とあります。
まさに、天が裂けて、霊が降って来たのです。
ただ、ただ驚きの光景であります。聖霊が鳩のような姿となって現れた、ということも不思議な現象です。
預言者イザヤは、63章19節で次のように言っています。
「どうか、天を裂いて、降って下さい。御前に、山々が揺れ動くように。」預言者の叫びです。
イスラエルの歴史は、まことに暗い、黒雲に閉ざされていました。
天が見えない。神が見えない。神の御業も見えないのです。
だから、神よ、どうか今、その天を開いてここに来て下さい。
山々が揺れ動く程の御業を行って下さい。」という祈りが、預言者の叫びです。
そして、今や、その時が来て、天が裂かれた。神御自身の霊が、いきいきと働き始めるのです。
そうして、天からの声を聞かれました。「あなたは、私の愛する子、わたしの心に適う者。」
ここには、旧約聖書の言葉の三つが語られています。
第1は、創世記22章、2、12、16節です。
神はアブラハムに、イサクのことを、「あなたの子」「あなたの1人子」と何度も語られました。
イエス様が聞いた「あなたは、わたしの愛する子」という言葉に、この愛する子を献げた、アブラハムに対する言葉が重なって、聞こえてくるのです。アブラハムは、年老いて授かった、愛するイサクを、モリヤの山につれていきますと、その愛する子を、犠牲の献げ物として、燃えるたきぎの上に献げよ、との神の言葉に従って、わが子をナイフで手がけようとします。神様は、このアブラハムの心を、どのように受けとめていかれたか。愛するわが子を犠牲として、イエス様を十字架の死に献げる決意を神様は今、されたのです。
第2には、詩篇第2編にある7~8節の言葉です。
主に定められたところに従って、わたしは述べよう。
「主は、わたしに告げられた。お前はわたしの子、今日、お前の嗣業とし地の果てまで、お前の領土とする。」
これは王に即位された時の詩篇と言われます。
強く、激しい歌です。
メシア待望の心が生まれてきた時に、この詩篇は救い主を歌う歌だというように理解された。
そうするとイエス様は、洗礼を受けられ、天からの声で、父なる神から王として、その位に定められたのです。
第3には、イザヤ書42章の1節の予言です。
「見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。私が選び、喜び、迎える者を。」
神の救いを実現するために、僕としての道を、徹底して歩み、罪びとの1人に数えられて、死に至るしもべを歌いあげる言葉のすべてが、この背景にあるのです。
王として立てられた主は、まさしく、そこで僕としての職務を受けられたのです。
これらの三つの言葉が、重なり合って、今、洗礼を受けられたイエス様の耳に聞こえました。
まとめて言いかえますと、神に身を捧げる者、神から王として君臨することを許された者、そして、罪びとを滅ぼすことなく、罪から解き放って生かすため、自らも僕となって人々に仕える、という使命を与えられた者、こうした三様の働きを命ぜられた、神の子へのメッセージです。
マルコは、イエス様の地上の最後の時の十字架の上で叫ばれたことを記しています。
マルコ15章33節以下です。「わが神、わが神、なぜ、私をお見すてになったのですか。」
まさに暗黒の中で、イエス様は死なれた。そして、37節には、こうあるのです。
「イエスは、大声を出して、息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が、上から下まで、真っ二つに裂けた。」
イエス様が、地上の生涯で神の子としての働きを始められた、あのヨルダン川での洗礼を受けて川から上られた時、天が裂けた。
そして、十字架の死をとげられた瞬間、神殿の幕は裂けたのです。
神が地上に来て下さっただけではない。もう神殿も、いらなくなった。
どこででも、いつでも、誰もが神様にお会いする道が開けたのです。
そうして、あの十字架の上で死なれたイエス様に向かって、百人隊長が、こう叫びます。
「ほんとうに、この人は、神の子だった」と。
この言葉は、まさに、洗礼をお受けになったイエス様が、天からのお声を聞いた。
その言葉のとおり、神の子だった。と、異邦人の隊長が告白しているのです。
神の子、イエス様は洗礼を受けられる中で、聖霊を受けて天からの声を聞き。神の力を受け、神の子は王としての使命をはたしていかれたのです。
今も、私たちのうちに、神の子イエス様がいつも働いて下さっているのです。
アーメン、ハレルヤ!
主日礼拝説教2016年1月10日の聖書日課 ルカ3章15~22節
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様
1. はじめに
本日の福音書の箇所は、何かおとぎ話めいて本当にこんなことが現実にあったのか疑わせるような話です。はるばる外国から学者のグループがやってきて誕生したばかりの異国の王子様をおがみに来るとか、王子様の星をみたことが学者たちの異国訪問の理由であるとか、その星が学者たちを先導して王子様のいる所まで道案内するとか。こんなことは現実に起こるわけがない、これは大昔のおとぎ話だと決めつける人もでてくると思います。
本日の箇所に限らず、聖書には、奇跡や超自然的な現象が数多く登場します。イエス様についてみても、おとめからの誕生、難病や不治の病を次々に完治したこと、自然の猛威を静めたこと、その他もろもろの奇跡の業、そして死からの復活等々、枚挙にいとまがありません。聖書を読む人たちのなかには、そのような記述は古代人の創作だと決めてかかる人もいます。そういう人にとって、聖書は信仰の書、永遠不滅な神の言葉などでなく、古代オリエント世界の人々の考え方や文化を知るための一つの文化遺産にしかすぎません。他方では、奇跡や超自然的な現象を真に受けることはしないが、イエス・キリストは「信奉」してもいいという人たちもいます。イエスは当時のユダヤ教社会でとても革新的なことを教え、その教えの多くは現代にも通じるものがある、そしてその通じるものに注目し(逆に言えば通じないものは排除して)現代社会の諸問題の解決に役立てていこうと。つまり、イエス・キリストを何か一つの主義とか思想を打ち立てた思想家ないしイデオローグと見なすということです。また、彼がもとでキリスト教が生まれたのだから、仏陀やモハメッドのように一つの宗教の教祖とみなす人もいます。教祖であれば、仏陀やモハメッドが人間だったのと同じように、イエスも彼ら同様一人の卓越した人間だったとみられていきます。こうなると、イエス様を三位一体の神の一をなす神の子であると信じる信仰となじまなくなります。それで、イエス様が「信仰」の対象というより、「信奉」の対象になるのであります。
さて、本説教では第一の教えとして、本日の福音書の箇所はおとぎ話と決めつけるには歴史的信ぴょう性が高い記述であるということを述べていきたいと思います。歴史を100パーセント復元してみせることは不可能です。しかし、本日の箇所は100パーセントとはいかなくとも、少なくとも80パーセント位は歴史的事実と言っていいのではないか、それくらい信ぴょう性が高いということを見ていきたく思います。それでは、聖書に書いてある出来事が仮に80パーセントくらいは真実とみなせるなら、それなら信じてもいい、ということになるのか?それとも、いや、やはり100パーセント確実でないと信じられない、ということになるのか?そういう疑問に対して、聖書に書いてある出来事が100パーセント真実であると確かめることは信仰の出発点にはならない、ということを本説教第二の教えとして述べていこうと思います。信仰の出発点は100パーセントの信ぴょう性を確立することとは別のところにあるのです。それではその出発点は何か、そうしたこと考えていこうと思います。
2. マタイ2章1-12節の歴史的信ぴょう性について
最初に、本日の福音書の箇所に出てくる不思議な星の歴史的信ぴょう性についてみてみましょう。これからお話しすることは、皆さんも既に聞かれたことがあるかもしれません。イエス様が誕生した頃の天体の動きについては、似たような説がいろいろあるようです。以下に申し上げることは、私がフィンランドで読んだり聞いたりしたことに基づくバージョンであるということをお含みおき下さい。
近代の天文学者として有名なケプラーは1600年代に太陽系の惑星の動きをことごとく解明しますが、彼は紀元前7年に地球から見て木星と土星が魚座のなかで異常接近したことを突き止めました。他方で、現在のイラクを流れるチグリス・ユーフラテス川沿いのシッパリという古代の天文学の中心地から当時の天体図やカレンダーが発掘され、その中に紀元前7年の星の動きを予想したカレンダーもありました。それによると、その年は木星と土星が重なるような異常接近する日が何回もあると記されていました。二つの惑星が異常接近するということは、普通よりも輝きを増す星が夜空に一つ増えて見えるということです。さて、イエス様の正確な誕生年について諸説がありますが、本日の福音書の箇所に続くマタイ2章13-23節によれば、イエス親子はヘロデ王が死んだ後に避難先のエジプトからイスラエルの地に戻ったとあります。ヘロデ王が死んだ年は歴史学では紀元前4年と確定されていて、イエス親子が一定期間エジプトにいたことを考慮に入れると、木星・土星の異常接近のあった紀元前7年はイエス誕生年としてひとつ有力候補になります。そこで決め手となるのは、ローマ皇帝アウグストゥスによる租税のための住民登録がいつ行われたかということです。残念ながら、これは記録がない。ただし、シリア州総督のキリニウスが西暦6年に住民登録を実施した記録が残っており、ローマ帝国は大体14年おきに住民登録を行っていたので、西暦6年から逆算すると紀元前7年位がマリアとヨセフがベツレヘムに旅した住民登録の年として浮上してきます。このように、天体の自然現象と歴史上の出来事の双方から本日の福音書の記述の信ぴょう性が高まってきます。
次に、東方から来た正体不明の学者グループについて見てみましょう。彼らがどこの国から来たかは記されていませんが、前に述べたように、現在のイラクのチグリス・ユーフラテス川の地域は古代に天文学が非常に発達したところで、星の動きが緻密に観測されて、それが定期的にどんな動きをするかもかなり解明されておりました。ところで、古代の天文学は現代のそれと違って、占星術も一緒でした。つまり、星の動きは国や社会の運命をあらわしていると信じられ、それを正確に知ることは重要でした。従って、もし星が通常と異なる動きを示したら、それは国や社会の大変動の前触れであると考えられたのです。それでは、木星と土星が魚座のなかで重なるような接近をしたら、どんな大変動の前触れと考えられたでしょうか?木星は世界に君臨する王を意味すると考えられていました。土星についてですが、東方の学者たちがユダヤ民族のことを知っていれば、土曜日はユダヤ民族が安息日として神を称えた日と連想できるので、この星はユダヤ民族に関係すると理解されたでしょう。魚座は世界の終末に関係すると考えられていました。以上から、木星と土星の魚座のなかでの異常接近を目にして、ユダヤ民族から世界に君臨する王が世界の終末に結びつくように誕生した、という解釈が生まれてもおかしくないわけです。
それでは、東方の学者たちはユダヤ民族のことをどれだけ知っていたかということについてみてみましょう。イエス様の時代の約600年前のバビロン捕囚の時、相当数のユダヤ人がチグリス・ユーフラテス川の地域に連れ去られていきました。彼らは異教の地で異教の神崇拝の圧力にさらされながらも、天地創造の神への信仰を失わず、イスラエルの伝統を守り続けました。この辺の事情は旧約聖書のダニエル書からもうかがえます。バビロン捕囚が終わってイスラエル帰還が認められても、全てのユダヤ人が帰還したわけではなく、東方の地に残ったユダヤ人も多くいたことは、旧約聖書のエステル記からも明らかです。そういうわけで、東方の地ではユダヤ人やユダヤ人の信仰についてはかなり知られていたと言うことができます。「あそこの家は安息日を守っているが、かつてのダビデ王を超える王メシアがでて自分の民族を栄光のうちに立て直すと信じ待望しているぞ」という具合に。そのような時、世界の運命を星の動きで予見できると信じた人たちが二つの惑星の異常接近を目撃した時の驚きはいかようであったでしょう。
学者のグループがベツレヘムでなく、エルサレムに行ったということも興味深い点です。ユダヤ人の信仰をある程度知ってはいても、旧約聖書自体を研究することはしなかったでしょうから、旧約聖書ミカ書にあるベツレヘムのメシア預言など知らなかったでしょう。星の動きをみてユダヤ民族に王が誕生したと考えたから、単純にユダヤ民族の首都エルサレムに行ったのです。それから、ヘロデ王と王の取り巻き連中の反応ぶり。彼は血筋的にはユダヤ民族の出身ではなく、策略の限りを尽くしてユダヤ民族の王についた人なので、「ユダヤ民族の生まれたばかりの王はどこですか」と聞かれて驚天動地に陥ったことは容易に想像できます。メシア誕生が天体の動きをもって異民族の知識人にまで告知された、と聞かされてはなおさらです。日本語訳では「不安を抱いた」とありますが、ギリシャ語原文の正確な意味は「驚愕した」です。それで、権力の座を脅かす者は赤子と言えども許してはおけぬ、ということになり、マタイ2章の後半にあるベツレヘムでの幼児大量虐殺の暴挙に至ったのであります。
以上みてきたように、本日の福音書の箇所の記述は、自然現象から始まって当時の歴史的背景全てに見事に裏付けされることが明らかになったと思います。しかしながら、問題点もあります。2つのことが大きな問題としてあります。まず第一の問題点は、昨年12月20日の説教でイエス様親子がどのくらいエジプトに避難していたかということを考えました。もしマリアの出産後3か月間の清めの期間だったとすれば、イエス様の誕生は紀元前4、5年になってしまいます。紀元前7年とするとイエス様がエルサレムの神殿に連れて行かれるのが2,3歳くらいになってしまい、少し大きすぎてしまいます。その時にも申し上げたのですが、イエス様誕生の後の時間の流れはジグソーパズルがもう少しで全部埋まりそうで埋まらないもどかしさがあります。
もう一つの問題点は、東方の学者グループがエルサレムを出発してベツレヘムに向かったとき、星が彼らを先導してイエス様がいる家まで道案内したということです。これなど本日の箇所で一番SFじみていて、まともに信じられないところです。人によっては、ハレー彗星のような彗星の出現があったと考える人もいます。それは全く否定できないことです。ただし、本説教では、確認できることだけをもとにして記述の信ぴょう性をみていこうという方針なので、彗星説は可能性はあるけれどもちょっと脇においておきましょう。先に述べたように、木星と土星の重なるような接近は紀元前7年は一回限りでなく、しつこく何回も繰り返されました。エルサレムからベツレヘムまで10キロそこそこの行程で学者たちが目にしたのは同じ現象だったという可能性があります。星が道案内したということも、例えば私たちが暗い山道で迷って遠くに明かりを見つけた時、ひたすらそれを目指して進みますが、その時の気持ちは、私たちの方が明かりに導かれたというものでしょう。劇的な出来事をいいあらわす時、立場をいれかえるような表現も起きてくるのです。もちろん、こう言ったからといって、彗星とか流星とかまた何か別の異例な現象があったことを否定するものではありません。ここでは、ただ確認できることだけに基づいて福音書の記述をみてみようということであります。
確認できることというのは、とても限られています。現在の時点で入手可能な資料や天文学や科学の成果をもって、確認できないことに出会った時は、すぐ「ありえない、存在しない」と決めつけてしまうのではなく、それは、現在の知識の水準を超えたことで肯定も否定もできないものだと、一時保留の態度がよいのではないかと思います。とにかく、神は太陽や月や果ては星々さえも創造された(創世記1章16節)方なのですから、東方の星やベツレヘムの星が、現在確認可能な木星と土星の異常接近以外の現象である可能性もあるのです。
3. 信仰の出発点について
以上みてきたように、本日の福音書の箇所の記述は、自然現象からみても歴史的背景からみても、確認できる事柄をもってしても、空想の産物として片づけられない真実性がある、主観が混じっているかもしれないが実際に起きたことについての忠実な記録であると言っても大丈夫なことが明らかになってきました。それでは、これであなたは聖書に書いてあることが本当であるとわかって、イエス様を救い主と信じますかと聞くと、なかなかそうはならないのではないかと思います。仮に本日の箇所はOKだとしても、他の奇跡や超自然的な出来事の真実性はどう確認できるのか、と問い始めるでしょう。そういう人たちは、タイムマシンにでも乗って聖書に書かれてある出来事が全て記述のとおりに起きたことを見て確認できない限りは信じないと言っているようなものです。ところが、私たちはイエス様を目で見たことがなく、彼の行った奇跡も十字架の死も復活も見たことはないのに、彼を神の子、救い主と信じ、彼について聖書に書かれてあることは、その通りであると受け入れています。タイムマシンはいらないのです。どうしてそんなことが可能なのでしょうか?
イエス様を救い主と信じる信仰が歴史上どのように生まれたかをみてみます。はじめにイエス様と行動を共にした弟子たちがいる。彼らはイエス様の教えを間近に聞き、時には質疑応答をしたりして、しっかり記憶にとどめる。またイエスに起きた全ての出来事の至近の目撃者、生き証人となり、特に彼の十字架の死と死からの復活を目撃してイエス様こそが旧約聖書の預言の成就、神の子、救い主であると信じるに至る。そして今度は彼らの命を惜しまないような証言を聞いて、イエス様を見たことのない人たちが彼を神の子、救い主と信じるようになる。そのうちに信頼できる記録や証言や教えが集められて聖書としてまとめられ、今度はそれを土台にイエス様を見たことのない人たちが信じるようになる。それが世代ごと時代ごとに繰り返されて、2000年近くを経た今日に至っているのであります。私たちはこの途切れることのないチェーンのひとつの結び目なのであります。
では、どうして先代が残した記録、証言、教えの集大成である聖書に触れることで、会ったことも見たこともない者を神の子、救い主として信じるようになったのか?それは、遥か2000年前にかの国で起きたあの出来事は、実は現代を生きる私にかかわっていたのだ、この私のために神がイエス様を用いて成し遂げた業なのだ、と気づいて、そう信じたからです。それでは、どのようにしてそう気づき、信じることができたのでしょうか?マタイ16章13-20節の箇所で、ペトロがイエス様をメシア、神の子と告白した出来事がありますが、そこにヒントがあります。それを見てみましょう。
ペトロの告白に対してイエス様は、お前に私の正体を現したのは「血と肉(σαρς και αιμα)の塊にすぎない人間ではなく、わたしの天の父だ」(ギリシャ語原文に忠実な訳です)と述べられます。「血と肉が明らかにしたのでない」という意味は、ペトロ自身を含め、人間が単なる血と肉の生身にとどまる限り、誰もイエス様の正体はわからないということであります。神が人間に力を働かせないとわからないのであります。神の力が働かなければ、どんなに知識や学識を蓄えても、優秀な頭脳をもっていても、それは単なる血と肉の能力にしかすぎず、イエス様の正体はわからないのであります。逆に言えば、知識や学識がなくても、神の力が働けば、イエス様の正体はわかるのであります。こうしたことがわかるために次のような事例を考えてみましょう。
高校か大学に世界の諸宗教という授業を設けて、今日はキリスト教をみてみましょうと言って、パワーポイントでも使ってボードに「キリスト教の信仰」という題を映し出し、それに続いて次のような記述を学生たちに見せたとします。
「最初の人間アダムとエヴァが陥った神への不従順と罪がもとで、人間は死する存在になってしまった。人間は代々死んできたように、不従順と罪を代々受け継ぎ、それらがもたらす裁きと呪いの下に置かれてしまった。神は、人間が永遠の命を持てて再び創造主のもとに戻ることが出来るようにと、ひとり子イエスをこの世に送り、本来人間が受けるべき不従順と罪の裁きと呪いを全てイエスに肩代わりさせて十字架の上で死なせた。これによって人間を不従順と罪の奴隷状態から解放した。その解放の代価は、まさに神の子の血であった。しかし、それだけに終わらず、神はイエスを死から復活させることで、死を超えた永遠の命、復活の命への扉を人間に開いた。このようにして、天と地と人間を創造した神は、ひとり子イエスを用いて人間救済を全部自分で実現した。」
これを学生に写させて、来週テストしますと言えば、いい点取りたい者はみな、キリスト信仰者でなくても覚えてきて答案を書きます。キリスト教徒はこういうふうに考えているんだな、と頭で理解します。つまり、この場合、「キリスト教の信仰」というものは、知識にしかすぎません。
ところが、ああ、あの2000年前の今のパレスチナの地で起きた出来事は、実は今を生きている自分のためになされたのだ、とわかった瞬間、全てが一変します。その時、イエス様を自分の救い主と信じ、洗礼を受けて、神が実現した救いを所有する者となります。この救いの所有者は、既にこの世において神の国の立派な一員として迎えられ、永遠の命の命に至る道を歩み始めます。そして、この世の終わりの日にその新しい命を持って生き始めることになります。もちろん、この世にいてまだ肉をまとっている以上、私たちの内には不従順と罪が宿っている。しかし、イエス様を救い主と信じる信仰に生きる以上、神の側では、イエス様の犠牲に免じてそれらを不問にして下さる。神が実現した救いをしっかり受け取った者として私たちを見て下さる。私たちの側では、このような深い愛と恵みをもって自分を扱って下さる神を賛美し絶えず感謝しようという心が生まれ、その神のみ心に適うように生きるのが当然になっていく。つまり、神を全身全霊で愛し、隣人を自分を愛する如く愛することが当然という心が育っていく。
このように、2000年前の出来事が今を生きる自分のためになされたと分かった時、人は新しく創造されます。肉に宿る古い人間を日々死に引き渡し、洗礼によって植えつけられた新しい人間を日々育てていく、そういうものに新しく創造されるのであります。2000年前の出来事について、またキリスト教そのものについて、どれだけたくさんの事柄を知っていても、この「自分のためになされた」ということがなければ、それは単なる知識にとどまります。知識だけでは、イエス様を神の子、救い主と信じる信仰は生まれません。
それでは、「自分のためになされた」ということはどのようにして起きるのでしょうか?それは、先ほどのペトロとイエス様のやりとりからも明らかなように、神の力が働かないとそうならないのであります。神が聖霊を送って人間に作用しないとそうならないのであります。聖霊は、まず私たちがどれくらい神聖な神のみ心から離れてしまった罪深いものかを思い知らせて下さる。その瞬間にすかさず、神はひとり子イエス様を送られたくらいにこの自分を愛して下さることを思い知らせてくれるのです。
4. おわりに
神がイエス様を用いて実現した救いは全ての人間に提供されています。それでは、神がどうぞと言って提供してくれている救いを、人間の全てが受け取らないのはどうしてなのでしょうか?人間にその受取りを妨げるものがあれば、私たち信仰者は、その妨げるものを取り除くよう導き助ける役目があります。まだ救いを受け取っていない人たちと接する時、どのようにしたらそれを取り除くようにしてあげられるかを考えなければなりません。もちろん私たちの働きがなくても、聖霊が直接働かれる場合もあるでしょう。しかし、聖霊は信仰者が働くことも望んでいます。それで、隣人との接し方について、神に知恵と力を祈り求めなければなりません。天の父なるみ神は、聖書の御言葉を通して必要な知恵と力を与えて下さいます。そういうわけで、兄弟姉妹の皆さん、何事につけ聖書を繙くことと祈り求めることを怠らないようにしましょう。
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン
主日礼拝説教 顕現主日2016年1月3日の聖書日課 マタイ2章1-12節、イザヤ60章1-6節、エフェソ3章1-12節
西暦2016年の幕が開けました。教会の暦の新年は、既に昨年の11月29日に待降節に入った時に始まっております。世俗の暦では本日が新しい年の第一日目です。この日は、教会の暦ではイエス様の誕生から8日目ということで、ルカ福音書2章21節に記された出来事の日です。イエス様がユダヤ教の戒律に従って割礼を受けて、「イエス」の名前が公けにされた日です。キリスト教会では、特にクリスマス(降誕祭)とかイースター(復活祭)とかペンテコステ(聖霊降臨祭)のような大きな祝祭日にはなっていません。
新年というのは日本では一般に一年の中で大きなお祝いの日になっています。これと全く対象的なのが、私が20数年間滞在したフィンランドでして、クリスマスの期間が「お祝い」の期間になりますが、新年はと言うと、1月1日だけが休日、あとは12月31日まで仕事場もお店もやっていて、一日休んですぐ1月2日からはまた平常通りでした(ただし学校は「顕現日」のある1月6日位まで休み)。
フィンランドでクリスマスが「お祝い」の期間と言っても、日本のクリスマスの雰囲気とかなり違います。まず、12月24日クリスマス・イブの日の正午から職場もお店もみな閉まり、公共の交通機関も本数が激減します。この状態がクリスマスの日12月25日丸一日続きます。26日も休日ですが、一部の店は開きだして交通機関も平常ダイヤに戻ります。この間フィンランド人は何をしているかと言うと、大方はクリスマス・イブまでに実家に帰って、クリスマスの期間をそこで過ごします。クリスマスの前までに大掃除、クリスマスの飾りつけ、カードやプレゼントやクリスマスの料理の準備をします。とにかくクリスマス直前までの忙しさ慌ただしさと言ったらなく、日本の年末のようです。実家で過ごすと言うのも日本の新年の過ごし方と似ています。クリスマスの期間、何日間同じ料理を食べるというのも日本のおせち料理と同じです。ただし、これらはクリスマスの期間だけで、新年は特に大きな休みとは考えられていません。先ほど申しましたように1月1日が休日なだけで、学校が6日の「主の顕現日」くらいまでは休みとなる以外はあとは平常通りです。
フィンランドに滞在していた最初の頃は、クリスマスというのは日本の正月を1週間早めたようなものなんだな、と思ったものですが、年を重ねるごとに大きな違いも見えてきました。まず、フィンランドはクリスマス期間は国中が静まりかえる。とにかく電車もバスも止まってしまい、店も閉まってしまうのですから。日本だったら、初詣に行けなくなってしまい、人も神社もお寺も困ってしまうでしょう。教会に行くのはどうするのかと言うと、みんな地元の教会に行きます。実家に帰った人は実家の、帰らなかったり実家がなければ住んでいるところの教会です。歩いて行ける距離になければ、自家用車を使います。日本のように物凄い人だかりになることはなく、クリスマス・イブの日の夕刻の礼拝は一杯になるところが多いですが、クリスマスの日の早朝礼拝、翌日の通常の礼拝になるに従い出席者数は減るようです。
国中が静まり返って、人々は何をするのかと言うと、外出は教会に行く位で(近年は家でテレビ中継を見るだけの人も多い)、あとはずっと家にいます。食卓を華やかに飾ってクリスマス料理を家族や肉親と一緒に食べて、イブの日にはサンタクロースに来てもらって、親が既に用意したプレゼントを子供たちに渡してもらい、あとは日常のサイクルから解放された状態にいる(annetaan olla)ことに徹します。キリスト教の信仰がまだしっかり根付いている人の観点では、クリスマスというのは、救世主の誕生という大きな出来事に身も心も向けて、生活のために日々行っていることから離れて、救世主誕生のお祝いに徹する期間ということになります。安息日の精神に通じるものがあります。もちろん現代のフィンランドでは、クリスマスの意味をそこまで自覚して祝う人はもはや少数かもしれません。それでも、自分を超えた何か大きなことのために一時、自分を日常のサイクルから切り離して、その大きなこととの結びつきのなかに自分を置く、という姿勢は残っていると思います。
このようにクリスマスというのは本来、救世主の誕生という自分を超えた大きな出来事に身も心も向けて、生活のために日々行っていることから離れて、救世主誕生のお祝いのために時間を捧げる時です。日本の正月では大勢の人たちが神社仏閣に行きますが、何か自分を超えた大きなことのために自分を日常から切り離して、その大きなこととの結びつきの中に自分を置くということはあるでしょうか?三が日のお店の開店時間がどんどん増えて行くのを見ると、日常からの解放どころか、日常の肥大化があるような感じがしますが、どうでしょうか?(フィンランドでは昨年、法改正があって店の開店時間が自由化されました。クリスマスやイースターの期間に開店する店がどれくらい現れるか、いろんな意味で興味深いと思います。)
救世主の誕生をお祝いするというような大きなことのために自分を日常から切り離して、そのことの中に自分を置く、というのは限りある日常から離れた「永遠」というものを身近に感じさせることにもなります。先ほど読みました旧約聖書「コヘレトの言葉」3章11節で言われるように、天と地と人間を創造された神は人間に永遠を思う心を与えました。神にそのような心を与えられたにもかかわらず、日常にどっぷりつかっているだけだと、心は満たされなくなってしまうと思います。
それでは、永遠とは何か?簡単に言えば時間を超えた世界ですが、それでは時間を超えた世界とは何かというと、それの説明は簡単なことではありません。聖書の一番初めの御言葉、創世記1章1節に「初めに、神は天地を創造された」とあります。つまり、森羅万象が存在し始める前には、創造の神しか存在しなかったのであります。神だけが存在していて、その神が万物を創造しました。神が創造を行って時間の流れも始まりました。その神がいつの日か今ある天と地を終わらせて新しい天と地にとってかえると言われます(イザヤ書65章17節、66章22節、黙示録21章1節、他に第二ペトロ3章7節、3章13節、ヘブライ12章26-29節、詩篇102篇26-28節、イザヤ51章6節、ルカ21章33節、マタイ24章35節等も参照のこと)。そこは神の国という永遠が支配する世界です。今ある天と地が造られて、それが終わりを告げる日までは、今ある天と地は時間が進む世界です。神はこの天と地が出来る前からおられ、天と地がある今の時はその外側におられ、この天と地が終わった後もおられます。まさに永遠の方です。
神のひとり子イエス様がこの世に人間としてお生まれになったというのは、まさに永遠の世界におられる方が、限られたことしかないこの世界に生きる人間たちを、永遠の世界にいる神に守られて生きられるようにしてあげよう、そしてこの世の人生を終えたら神のもとに戻れるようにしてあげよう、そのためにこの世に来られたのです。人間が永遠の世界にいる神に守られて生きられるように、またこの世の人生を終えたら神のもとに戻れるようにするためには、どうしたらよいか?そのためには、人間を神聖な神と正反対のものにしている、人間に染みついた罪を取り除かなければなりませんでした。イエス様は人間の罪を自ら請け負って十字架の上まで運んで行って、人間にかわって罪の罰を受けて、人間が神の御前でも大丈夫になれるようにして下さいました。「イエス様が私の罪の罰を代わりに受けて下さったので、私は神の御前でも大丈夫な者にして頂きました。イエス様は真に私の救い主です。」そう告白する人は、本当に神の御前で大丈夫な者なのです。
先ほど読んだ「コヘレトの手紙」3章11節では、「神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終わりまで見極めることは許されていない」とありました。この「神のなさる業を始めから終わりまで見極めることは許されていない」という下りですが、この部分は英語(NIV)、スウェーデン語、フィンランド語の聖書の訳も大体同じで、「神のなさる業を見極められない」と言っています(ドイツ語の旧約聖書は手元にないので確認できず)。ただ、ヘブライ語の原語を見れば見るほど、私にはどうも逆なような気がしてなりません。つまり、「神は、永遠というものを人の心に与えられた。それがないと(מבלי אשר)神のなさる業を始めから終わりまで発見することはできないというものを」という訳になるのではないだろうか。手短に言えば、「神は永遠というものを人の心に与えられたので、人は神のなさる業を発見することが可能なのだ」という意味です。機会があればヘブライ語の専門家に聞いてみたく思うのですが、それでもイエス様という永遠の御子が心に与えられてそれを受け取ることで、神の救いの業を発見することができるようになるというのは否定できないでしょう。
先ほど読んだ「コレヘトの言葉」3章の初めの部分で、「天の下の出来事にはすべて定められた時がある」として、生まれる時も死ぬ時も定められたものだと言われています。定められた時の例がいっぱい挙げられていて、中には「殺す時」、「泣く時」、「憎む時」というものもあり、少し考えさせられます。不幸な出来事というのは、自分の愚かさが原因で招いてしまうものもありますが、全く自分が与り知らず、ある日青天の霹靂のように起こるものもあります。そんなものも、「定められたもの」と言われると、この世で真面目に問題なく生きていても意味がないという気がして、あきらめムードになります。
また、「神はすべてを時宜に適うように造り」という下りですが、ヘブライ語の原文に即してみると、「神は起きた出来事の全てについて、それが起きた時にふさわしいものになるようにする」という意味です。これは、もし別の時に起こったのならばふさわしいものにはならなかったと言えるくらい、実際起きた時にふさわしいものだった、と理解できます。そうすると、起きたことは起きたこととして受け入れるしかない。そこから出発しなければならない。それでは、そこから出発してどこへ向かって行くのか?
ここで「永遠」を思い出します。もし「永遠」がなく、全てのことは今ある天と地の中だけのことと考えれば、そこで起きる出来事は全てこの罪にまみれた天と地の中だけにとどまります。真面目に問題なく生きていても意味がないというあきらめムードになります。しかし「永遠」があると、この世の出来事には全て続きが確実にあり、神のみ心、神の正義、神の義が目指し向かうべきものとして見えてきます。イエス様はマタイ5章の有名な「山の上の説教」の初めで、「悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる」というように、今この世の目で見て不幸な状態にいるような人たちの立場が逆転する可能性が満ちているということを繰り返して述べています。「慰められる」とか「満たされる」とか、ギリシャ語では全て未来形ですので、将来必ず逆転するということです。この世の段階で逆転することもあるかもしれないが、しなくとも最終的には「復活の日」、「最後の審判の日」に逆転が完結します。
この世は罪が入り込んだ世界ですので、自分では神の御心に適うように生きようと思っても、自分の罪に足をすくわれたり、また他人の罪の犠牲になってしまうことがどうしても起きてしまいます。そういう時、今ある天と地を超えたところで、その天と地を造られていつかそれを新しいものに変えられる方がいらっしゃることを思い起こしましょう。そして、その方が送られた救い主を私たちが信じ受け入れた以上は、その方は私たちに起こることを全て見届けていて、そういう危機の時にはどう立ち振る舞わなければならないかを聖書の御言葉を通して教えて下さっているということを思い起こしましょう。日々聖書を繙き、神の御言葉に耳を傾けましょう。そして、思い煩いや願い事を父なるみ神に打ち明けることを怠らないようにしましょう。とにかく私たちは「永遠を思う心」を頂いたのですから、その永遠の方との繋がりや対話を絶やしてしまっては、心は満たされなくなってしまいます。どうか今日始まった新しい年が、兄弟姉妹の皆さんにとって、永遠を思う心が良く満たされる年になりますように。
主日礼拝説教 顕現主日2016年1月1日の聖書日課 ルカ12章22-34節、コヘレト3章1-11節、エフェソ4章17-24節
1.はじめに
本日の福音書の箇所は、皆さんもよくご存知のシメオンのキリスト賛歌があるところです。皆さんがよくご存知というのは、この賛歌は礼拝の中のヌンク・ディミティスと呼ばれるところ、聖餐式が終わって教会の祈りを捧げる前のところで一緒に唱えられるからです。「今私は主の救いを見ました。主よ、あなたは御言葉の通り僕を安らかに去らせて下さいます。この救いは諸々の民のためにお供えになられたもの。異邦人の心を照らす光、御民イスラエルの栄光です」といつも賛美しているところです。「ヌンク・ディミティス」というのは、この賛美の2つ目の文の中にある言葉「今あなたは去らせて下さいます」のラテン語です。この2つ目の文の全文は「主よ、あなたは御言葉の通り僕を安らかに去らせて下さいます」ですが、福音書の中では冒頭に来ます。福音書と礼拝式文とで最初の二つの文の順番が入れ替わっているのですが、この福音書では冒頭の文、式文では二番目の文をちょっとラテン語で読んでみます。
Nunc dimittis servum tuum, Domine, secundum verbum tuum in pace:
なんだかローマ法王みたいな雰囲気になりますが、宗教改革者のルターは、聖書はラテン語を通さず直接原語から訳すことを重視した人です。それで、同じ文を原語のギリシャ語でも読んでみます。
νῦν ἀπολύεις τὸν δοῦλόν σου, δέσποτα, κατὰ τὸ ῥῆμά σου ἐν εἰρήνῃ·
さて、本日の説教題は「僕を安らかに去らせて下さる神」ですが、教会の外の掲示板用に説教題を拡大プリントした後で、一つのことに気がつきました。「僕を安らかに」と書いてありますが、この「僕」という漢字が「しもべ」ではなく、道行く人たちに「ぼく」と読まれてしまうのではないか。聖書を読む人なら「しもべ」とわかるだろうが、「ボク」と読んでしまった人はどう思うだろうか。「ボクを安らかに去らせて下さる神」だと、なんだかキリスト教というのは人をこの世から静かに退場させる宗教で、この世での活動や生き様をないがしろにするような印象を与えてしまわないだろうか、と心配になりました。それで、漢字の横に「しもべ」と振り仮名を付ければ、安らかに去るのが誰か聖書に登場する人物に特定されて、一般の人には無関係と理解されるのではないだろうかと思ったりしました。
しかし、天と地と人間を造られた神というのは、やはり人間がこの世から去る時は安らかにできるようにするということは否定できないので、問題となっている漢字はむしろ「ぼく」と読まれたほうがいいのではないかとも思われました。神というのはボクも私もあなたも皆、この世を安らかに去らせて下さる方だとわかったら、じゃ出口は整ったので、そこに行くまでの期間をどう生きようか、この期間は神に与えられた時間なので神の御心に適うように生きよう使おう、という心意気になって、それでこの世での活動や生き様をないがしろにすることにはならないのではないか。それで振り仮名は付さないことにしました。
そういうわけで本説教では、イエス様を救い主と信じる者が、シメオンのように、本望だ、もう思い残すことは何もない、という思いでこの世を去ることができるかどうかということも考えてみたく思います。その前に、本日の福音書の箇所にある出来事の中で、聖書をよく読まれる方が一つ疑問に感じることがありますので、それを少し見ていきます。その次に、シメオンのキリスト賛歌を見て、最後にキリスト信仰者の本望について考えてみようと思います。
本日の福音書の箇所で疑問に感じられることと言うのは、出来事として赤ちゃんのイエス様がエルサレムの神殿にマリアとヨセフに連れられて来ます。それは、ユダヤ教の律法に従って、出産後の母親の清めの儀式を行うためでした。ところが、マタイ福音書2章によれば、生まれたばかりのイエス様はヨセフとマリアともにヘロデ王の手から逃れるためにエジプトに避難したことになっているのです。マタイによれば、親子三人はヘロデ王が死ぬまでエジプトに滞在したことになっています。イエス様誕生後の時間の流れはどうなっていたのでしょうか?
ルカ2章21節をみると、イエス様が誕生後8日目にユダヤ教の律法に従って割礼を受けたことが記されています。(レビ記12章3節、創世記17章10~14節)。それから22節から24節までをみると、律法によれば、子の割礼後、母親は99日間清めの期間を守らなければならず、それが過ぎた後で神殿に行って子羊ないし山鳩の生け贄を捧げて清めが完了したことになります(レビ記12章4-8節)。ヨセフとマリアとイエス様が神殿に行ったのは、この律法の規定を守るためでした。すると、割礼の後三人はどこにいたのでしょうか?約3か月間の清めの期間中は神殿には行けないことになっているので、それがエジプト避難の期間にうまく当てはまります。
しかし、それでも時間的にうまくつじつまがあわないことがあります。三人がエジプトからイスラエルに帰還するのはヘロデ王が死んだ後で、王の死は歴史上は紀元前4年とされています。するとイエス様の誕生は紀元前4年ないし5年になる。しかしながら、ローマ帝国が行った租税のための住民登録の実施年としては紀元前7年が有望とされていて、紀元前4年ないし5年に登録があったという記録は見つかっていない。さらに、普通にはない星の輝きが見られたということに関して、紀元前6年に木星と土星の異常接近があったことが天文学的に計算されています。もし、紀元前6、7年をイエス様の誕生年とすると、三人のエジプト滞在は3か月より長くなってしまいます。イエス様はシメオンが腕に抱き上げるくらいの大きさで、あまり大きな子供ではない。また、ヘロデ王が死んだ後、息子のアルケラオがユダヤ地方の領主になって、三人はエジプトからイスラエルの地には戻るけれども領主を恐れてナザレのあるガリラヤ地方に向かったとあります(マタイ2章21-23節)。そういうわけで、イエス様の誕生は紀元前7年から4年の間として、エジプトから帰る途中でエルサレムの神殿で清めの儀式を済ませて、ナザレに戻ったとみるのが妥当なのではないかと思われます。
こういうふうに、イエス様誕生の後の時間の流れは、ジグソーパズルがもう少しで全部埋まりそうで埋まらないもどかしさがあります。しかし、これはやむを得ないことであります。大人の時のイエス様の言行録は、12弟子という目撃者によってつぶさに目撃され記録され伝えられました。それに比べると、大人になる前の出来事は、ヨセフが生前に周囲の者たちに語ったことや、もっと長く生きたマリアが弟子たちに語ったことが中心になるので、目撃者に限りがあります。細部に不明な点が出てくるのは止むを得ないのであります。しかし、大きく全体的に見れば、書かれた出来事が互いに矛盾しすぎて無効になるような、そんな大きな対立点はないのであります。
イエス様とマリアとヨセフの三人がエルサレムの神殿に立ち寄って、清めの儀式をした時、シメオンという老人が近寄ってきて、イエス様を腕にとって神を賛美しました。この子が、神の約束されたメシア救世主である、と。ここで、シメオンのキリスト賛歌を見てみましょう。
シメオンは、「イスラエルの慰め」(παρακλησις του Ισραηλ)を待っていて、メシア救世主を見るまでは死ぬことはないと聖霊に告げられていました。そして、メシアはこの子だと聖霊によって示されて賛美を始めました。
ところが、待望のメシア救世主の将来はいいことづくめではありませんでした。シメオンはイエス様について預言を始めます。この子は将来、イスラエルの多くの人たちにとって「倒したり立ち上がらせる」ような者になる。つまり、イエス様は多くの人たちを躓かせることになるが、また多くの人たちを立ち上がらせることにもなる。実際そうなりました。自分たちこそが旧約聖書を正しく理解して天地創造の神の意思を正しく把握していると思っていた律法学者やファリサイ派のような宗教エリートたちが、イエス様から全然そうではないと暴露されて、彼に躓いてしまいます。イエス様は文字通り「反対を受けるしるし」になってしまい、十字架刑に処せられてしまいます。十字架の上で苦しみながら死んでいくイエス様を自分の目で見なければならなくなるマリアは、文字通り「剣で心を刺し貫かれた」ようになります。
しかしながら、イエス様はただ単に反対され、躓きを与えただけではありませんでした。多くの人たちを立ち上がらせることにもなりました。イエス様の十字架の死は、ただ単に反対者から迫害を受けてそうなったということではありませんでした。神の計画がそういう形をとって実現したということでした。それでは、神の計画とは何かというと、それは、人間の罪がもたらす罰を神が人間に受けさせるのではなく、自分のひとり子のイエス様に全部請け負わせたということ、つまり、イエス様を人間の身代わりの生け贄にしたというのが十字架の真相だったのです。神はなぜそうしたかと言うと、罪の罰は人間が受けるにはあまりにも重すぎたからです。さらに神は三日後にイエス様を死から蘇らせて、人間のために死を超えた永遠の命に至る扉を開いて下さいました。人間は、これらのことが罪と死の支配から救われるために神が起こしてくれたのだとわかって、それでイエス様を救い主と信じて洗礼を受ければ、イエス様の犠牲に免じて罪を赦され、永遠の命に至る道に置かれて、その道を歩めるようになったのです。このように、イエス様のおかげで「立ち上がる」者も多く出たのです。使徒たちがこの「罪の赦しの救い」という福音を伝え始めると、それを受け入れて「立ち上がる」者も出た一方で、受け入れずに反対する者も出た。まさにシメオンが預言した通りになったのです。さすがに聖霊を受けただけあって完璧な預言でした。
シメオンがイエス様を腕に抱き上げて賛美と預言をしていた時に、ハンナという人生の大半をやもめとして生きてきた老婆がやってきました。神に自分自身を捧げることに徹し、神殿にとどまって断食したり祈りを捧げて昼夜を問わず神に仕えてきた女性です。聖書に「預言者」と言われるからには聖霊の力を受けていたわけですが、やはりイエス様のことがわかりました。それで、周りにいた「エルサレムの救い(贖いλυτρωσις Ιεροθσαλημ)を待ち望んでいる人たち」に、この幼子がその救いの実現であると話し始めたのです。
シメオンとハンナの賛美や預言をみて一つ気になることは、二人ともイエス様が全人類の救世主であるとわかっていたのに、彼らの言葉づかいや、またこの出来事を記したルカの書き方を見ると、「イスラエルの慰め」とか「エルサレムの救い(贖い)」とか、どうもユダヤ民族という特定民族の救い主であるような言い方、書き方をしていることです。「イスラエルの慰め」というのは、イザヤ書40章1節や49章13節にある預言、「エルサレムの救い」というのは52章9節にある預言がもとにあり、イエス様の誕生はこれらの預言が実現したと理解されたのです。
イザヤ書の40章から55章までの部分は一見すると、イスラエルの民が半世紀に渡るバビロン捕囚から解放されてイスラエルの地に帰還できることを預言しているように見えます。実際にこの帰還は歴史上起こりまして、エルサレムの町と神殿は再建されました。ところが、帰還と再建の後も、イスラエルの民の状況はかつてのダビデ・ソロモン王の時代のような勢いはありませんでした。ほとんどの期間は異民族の大国に支配され続け、神殿を中心とする神崇拝も本当に神の御心に適うものになっているかどうか疑う向きも多くありました。それで、イザヤ書40章から55章までの預言は実はバビロンからの帰還後もまだ実現していない、未完の預言だと理解されるようになりました。
加えて、イザヤ書56章から後は、今存在する天と地が終わりを告げて新しく創造される天と地に取って代わるという預言が出て来ます。それで40章から55章までの預言も、そういう終末論の観点から理解されるようになります。イザヤ書53章に登場する有名な「主の僕」という者も、バビロン捕囚で苦しみを受けたイスラエルの民を象徴する者ではなくなって、罪と死に支配される人間を神のもとに立ち返らせて神との結びつきを回復してくれる人類全体の救世主として理解されるようになりました。このように旧約聖書の預言を理解していたのはユダヤ民族の一部でしたが、その理解が正しかったことが、イエス様の降誕、十字架の死、死からの復活で明らかになったのです。どうして、ユダヤ民族のみんながこのように理解しなかったかと言うと、それは、現実に異民族に支配されている状況があって、そこからの解放を夢見ていると、メシアはどうしても自民族の解放者として捉えられてしまったのです。
シメオンの賛美の言葉もよく見ると、ルカ2章31節と32節に、メシア救世主がユダヤ民族の解放者ではなく、全人類にかかわる救世主であることをちゃんと言っているのがわかります。32節は、イザヤ書49章6節の預言「わたしはあなたを僕としてヤコブの諸部族を立ち上がらせ、イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。だがそれにもまして、わたしはあなたを国々の光とし、わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする」、これが実現したことを言っています。「それにもまして」というのは、原語のヘブライ語では、それでは不十分だ、足りない、スケールが小さすぎるという意味です。神が自分の僕と呼ぶ救世主のなすべきこと、それは、諸国民の光となり、神の救いを全世界にもたらすことだと言うのです。
そういうわけで、ルカや他の福音書の中にユダヤ民族の救いや解放を言うような言葉遣いや表現があっても、それは旧約聖書の預言の言葉遣いや表現法に基づくものであり、それらの預言の内容自体は全人類に及ぶ救いを意味しています。ユダヤ人であるか異邦人であるかに関係なく、その救いを受け取る者が真のイスラエルの民なのであり、永遠の命に与る者が迎え入れられる神の御国が天上のエルサレムと呼ばれるのであります。
4.
シメオンは、メシア救世主を見るまでは死ぬことはないと告げられ、そしてイエス様を目にしました。本望だ、もう何も思い残すことはない、という気持ちに満たされました。いつ死んでも悔いはない、というのであります。私たちは今のところはイエス様を目で見ることはできませんが、神がイエス様を用いて実現した救いを受け取ることはできます。その救いを受け取って、シメオンと同じように、いつ死んでも悔いはないという気持ちになれるでしょうか?
人は誰でも、成し遂げたい実現したい計画や志があると思います。計画とか志とかそこまではっきりしたものでなくても、こうなったらいい、こうなってほしいという希望があると思います。そうしたものが実現した時には、本望だ、もう何も思い残すことはない、という気持ちになるでしょう。しかし、もし実現しなかったら、キリスト信仰者といえども、やはり残念無念となり、場合によっては死んでも死にきれないという気持ちが起きるかもしれません。
それでも、キリスト信仰では復活ということがあるのを忘れてはなりません。もちろん、志半ばで終わってしまったら、悲しいし残念無念であります。しかし、キリスト信仰者の場合はそこで全てが終わってしまうことはない。将来、復活の日、最後の審判の日が来て、全ての事柄が最終的に清算される。神の目から見て、この世で払い過ぎを余儀なくされた者は無限と言えるくらいに払い戻しを受け、逆の立場の者は無限と言えるくらいに埋め合わせをしなければならなくなって神の正義が最終的に実現する。その時、永い眠りから目覚めさせられて復活の体と永遠の命を与えられる者は、この世で中途半端に終わってしまったことが新しい世で完結する。天の御国の祝宴に招かれて、この世での労苦が労われる。このようにイエス様を救い主と信じる信仰を持って生きる者にとっては、この世で神の御心に適う生き方をして、つまり神を全身全霊で愛し隣人を自分を愛するが如く愛して、無駄に終わるということは決してなく必ず報われるのです。
そういうわけで、兄弟姉妹の皆さん、シメオンは約束されたメシアを目にしていつ死んでも悔いはないという気持ちに満たされました。私たちはと言うと、このメシアが実現してくれた救いそのものを受け取ったのです。私たちには、このはかり知れない神の恵みに対する感謝の気持ちがあるので、神の御心に適うようにこの世を生きようと志向します。それで、今すぐこの世から立ち去ってもいいとは簡単には言えません。しかしながら、御心に適うように生きようとして志半ばで終わるようなことがあっても、復活があるゆえに、永久に残念無念に終わってしまうことはなく、シメオンのように本望だ、もう何も思い残すことはない、ということになるのであります。この世の出口でイエス様を全身全霊で信頼してその御手に自分の全てを委ねて天の御国の入り口に引っ張り上げてもらいます。神は本当にボクを、ワタシを安らかに去らせて下さるのです。
主日礼拝説教 降誕後主日2015年12月27日の聖書日課 エレミア31章10-14節、ヘブライ2章10-18節、ルカ2章25-40節
今宵はクリスマスイブです。2015年のクリスマスイブを皆さんと一緒に礼拝できますことを、大変うれしく思います。今日の、この時に全世界のキリスト教会で救い主として、お生まれになった、主、イエス様の誕生日が祝われています。
神がお創りになった全宇宙の、すべての物、生きとし生きているもの、全人類が神の御子のお誕生をお祝いし喜びに満ちています。神の御子、イエス様は、どのようにして私たちの、この世に生まれてこられたのでしょうか。
新約聖書ルカによる福音書2章1節から7節までを見ますと、ヨセフとマリアがベツレヘムに住民登録するため来ていた、その時マリアに赤ちゃんが生まれたのです。イエス様の誕生です。
6節を見ますと「ところが、彼らがベツレヘムにいるうちにマリアは月が満ちて、初めての子を産み布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」とルカは書いています。ベツレヘムの町には住民登録をするため、旅人でいっぱいでした。宿屋は満員でヨセフとマリアも泊まる部屋がなく、やむなく家畜小屋のかたすみで泊まらせてもらったことでしょう。そこへ、マリアは産気づいて、夫のヨセフは、もう、どうしていいか、恐らくパニックになってしまったことでしょう。生まれたばかりのイエス様を布にくるんで飼い葉桶の中に寝かせた、とあります・
人生のスタートのゆりかごは、馬や牛の家畜のえさを入れる飼い葉桶でありました。
考えてみて下さい。神の御子であるイエス様のこの世の誕生が、このようなきびしい、困難な状況から始まりました。
そして、イエス様のこの世での生涯の終わりは、十字架の悲惨な死をもって終わる、などということを誰が想像できたでしょう。私たちの人生の生涯の歩みも右に左に曲折してどのようにたどっていくのかわからないのであります。
さて、このベツレヘムの町から北東へ、エルサレムに向かった道の通りに「羊飼いの野原」がありました。羊飼いたちは、羊の番をしながら夜を過ごしていました。そこへ突然、天から光が照りだして、羊飼いたちのまわりを明るくしたのです。羊も羊飼いたちもびっくりこんです。
皆さん、塑像してください。まわりは真っ暗で、天には星がいっぱい輝いています。
羊飼いたちのまわりは天からの光です。ここに神の栄光があらわれたのです。
皆さん、神の栄光があらわれたのを見たことがあるでしょうか、恐らくないでしょう。羊飼いたちも見たことがない光であります。すると、天使が近づいて言いました。11節を見ますと「今日、ダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになった。この方こそ、主、メシアである。」
ここで、天使は「あなた方のために、救い主がお生まれになった。」と告げいています。
あなた方のためです。つまり、羊飼いたちに告げられましたが、このメッセージは私たちのためにも救い主がお生まれになったのですよ、と言っているのです。
この出来事が人々に告げ知らされるのに、まずベツレヘムの郊外の羊飼いたちにクリスマスの知らせを告げたのです。
そして、そこには初めから終わりまで、神の栄光があらわれた中で知らされています。
ここには神の栄光ということが初めから終わりまで出てくるのです。これは、とても大事なことが示されているのです。そうしていると、大勢の天使があらわれ、天の軍勢がいっぱいにあらわれてくるのです。
これは、神話か何かのように考えられるかも知れません。けれども大事なことは、これは徹頭徹尾、天の話だということであります。
注目すべきことは、天からこの話が来た、ということです。ということは「神の栄光があらわれる」ということがクリスマスの中心になっていた、ということであります。
これは、すばらしいことです。全くおどろきであります。そこで、クリスマスは誰のためであるか、と改めて言いますならば、私たちのため、自分のためであるよりも、実は神様のためであった、ということです。おどろきです。
神様がクリスマスを必要とされた、というようなことを私たちは理解しているでしょうか。私たちは神様のことを考えます時、いつも自分の都合から考えますから、従って神様がこれを必要であったか、どうかよくわからないのです。
自分が救われるためなら、クリスマスは必要であるとは思います。或いは救い主が生まれたということはわかるけれども、神様のためにクリスマスが、なぜ必要であったかということは私たちには考えてもみなかったことでしょう。
それは、たとえで言いますと、子供が親は自分のために一生懸命心配してくれている、
それを大変うるさく感じて、親がどうして自分のために心配しなければならないか、という、その必要さを忘れてしまっている。わからないでいる、のとおなじであります。
「俺のことなんか、ほっといてくれ!」と息子は言うかもしれないが、親はほっておれないのだ、というのはわからない。
自分のことをうるさく言う、自分の救いのためならば、もう、そんなにうるさく言わなくともいい。自分は自分で、もうやっていると思っている。だけれども親が、そういうふうに心配するのは、たぶん親のためなのだ、と言ったらおかしいでしょうか。そこに親の愛があるからでしょう。親の持っている愛がどうしても、そうさせるのです。
そして、親はほんとうに親になるために、そのことが必要であった、と言えるかもしれません。
人間の親の場合と、神様とを比較することは、それは難しいことかもしれません。なぜなら人間の親は神様ほど立派ではないからです。しかし、クリスマスという出来事を起こして、その独り子、主イエス・キリストを私どもにお遣わしになり、私たちを救うということは、神様としては放っておけないことであった、ということです。
人間が罪を犯している。それは、そのまま放っておけないことであった、ということです。人間が罪を起こしている。それはそのまま、放っておけ、というのでなく人間の方では罪を犯したことさえ、あまり深刻に考えていない。罪を犯したことの、本当の恐ろしさを知っておられるのは神様です。
神様の方が、どうしても放っておけなくて、従って神様が私たちの罪のため、どうしても救いが必要であったのです。そのためにイエス様は救い主として生まれてこられたのです。
そこで、ルカはクリスマスの話では、初めから終わりまで神に栄光が照り輝き、天使の軍勢があらわれ、ただ、神様の方だけのことが書いてある、と思うほど神様のことが中心になっているのです。このことを忘れてはなりません。
そうすると、私たちのクリスマスの祝い方も、神様のための喜びであります。神様の恵み、神様の栄え、神様の権威、神様の御力というものを、神様を褒め称えるにふさわしく、クリスマスを祝うのでなくてはなりません。
そこで、まず第一に神様の栄光があらわれた、というのです。神様の栄光が照り出て来まして羊飼いたちを照らしたのです。これが単なる光なら、それがどこから照り出して来てもやがて消えるでしょう。ここに照り出されたのは単なる光でなくて、神様の栄光なのです。
神様が天、地、宇宙をつくられ支配されている、そして人間にとって一番大事なことを人間に対しての神様の愛をもたらそうとして、神の御子が来られた。それはクリスマスの夜、神様からのすばらしい、唯一の神様の恵み、神様の権威、が地上に及んで来たということです。そうしたことを含んで神様の栄光が照らし出されたのです。
クリスマスの夜、はじめに羊飼いたちに、神様の栄光は照らし出され、最後には
「いと高き、ところには、神の栄光があるように」という天使の軍勢の賛美でおわっています。
神様の方からの支配の力が及んで来たのですから、それを受けました人間にとりましては、みんなで神様の支配を受け、その神様の支配を褒め称えるようにすることが一番だいじなことでありましょう。クリスマスには、神様が本当に、みんなからあがめられ、みんなが神様を、神様だと褒め称えられるようになること、それで神様の栄光が、この世のすべてに及ぶことなのです。私たちも天の軍勢と共に神様を賛美しましょう。
「いと高きところには、栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」 アーメン・ハレルヤ!
主日礼拝説教 クリスマスイブ2015年12月24日の聖書日課 ルカ2章1~20節
今年の待降節も第4主日となりました。クリスマス・イブと一般に呼ばれる降誕祭前夜まであと4日、その翌日が私たちの救い主イエス様の降誕祭となります。降誕祭前夜の礼拝で普通読まれる福音書はルカ2章のイエス様の誕生の出来事についての箇所です。あの有名な、ローマ皇帝アウグストゥスが全領土の住民に住民登録をせよという勅令を出した、という出だしで始まる箇所です。これでイエス様の誕生がいつ、どのような歴史状況の中で起きたかということがわかります。天と地と人間を造られた神が人間の救い主を天の御国から私たち人間のいるこの世に送られたという、そういう現実を超えるような出来事がちゃんと現実の中で起きたということがはっきりします。天の御国という、この世と全く異なる物理的世界におられた方がこの世に送られて人間と一緒に生活できるためには、人間と同じ姿かたちをとらなければならない。それでイエス様は、マリアという人間の女性を母親として赤ちゃんになって誕生したのです。まさに「フィリピの信徒への手紙」2章で次のように言われているとおりです。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者とになられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。」
人間が永遠の救いに与れるようにと、これほどまでに御自分を低くされることを厭わなかった神は永遠にほめたたえられますように。
2.洗礼者ヨハネと救い主イエス様の役割
本日の福音書の箇所は、先週に引き続いて、イエス様の母親になるマリアに何が起きたかということについてです。先週の福音書の箇所では、天使ガブリエルがマリアのもとに来て、マリアが聖霊の力で神の子を産む、と告げます。これに対してマリアは最初戸惑いながらも、最後は、告げられた通りになりますように、と言って神が計画していることを受け入れます。
本日の箇所では、マリアは親戚のエリザベトという女性に会いに行きます。エリザベトは高齢でもう出産は望めない体でしたが、これも天使ガブリエルが夫のザカリアのところに来て、エリザベトは神の力によって男の子を産むことになる、と告げます。ザカリアとエリザベトの間に生まれる子供にも神の計画が託されていました。それは、「イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる」(ルカ1章16節)ことでした。その子はヨハネという名をつけられました。大人になったヨハネは「悔い改めの洗礼」を人々に授けました。これはどんな洗礼かというと、当時イスラエルで水を使った清めの儀式が行われていましたが、ヨハネの立場は、そんなもので罪の汚れは消すことは出来ない。罪の汚れを消せない以上、人間は神の裁きから逃れられない。それで、神の裁きを免れるために人間は逆に、罪の汚れを自分の力では消すことが出来ないと観念して認めることから出発しなければならない。そこで、裁きを免れるように神から憐れみを受けられることが大事になる。神から憐れみを受けられるためにはまず、それまで神に背を向けていた生き方を方向転換して神の方を向いて生きるようにしなければならない。ヨハネの洗礼は、そういう神への立ち返りをしたという印の洗礼です。しかし、立ち返りをして神の方を向くようになったとは言っても、それだけでは人はまだ神から憐れみを受けていません。
その神の憐れみを受けられるようにしてくれたのがイエス様でした。どのようにしてイエス様は、罪にまみれた人間が神の憐れみを受けられるようにして下さったのでしょうか?イエス様は、本来人間が受けるべき神の罰を人間に代わって全部一人で請け負って十字架の上で死なれました。神のひとり子が人間の罪を全部人間に代わって十字架の上まで背負って運んで下さったのです。人間の罪を償う犠牲の生け贄の中でこれほど神聖なものはありません。この犠牲でもう十分とした神は、この犠牲に免じて人間を赦すことにしました。さらに神は一度死なれたイエス様を復活させて、永遠の命に至る扉を人間に開いて下さいました。人間は、イエス様こそ自分の救い主と信じて洗礼を受ければ、イエス様の犠牲に免じて罪が赦され、死を超えた永遠の命に至る道に置かれて、その道を神に守られながら歩むことができるようになるのです。これが、神が人間のために整えてくれた「罪の赦しの救い」です。
こうして洗礼者ヨハネの洗礼を受けて神への立ち返りを目指すようになった人たちは、今度はイエス様の十字架と復活のおかげで神の憐れみをしっかり受けることができるようになりました。十字架と復活の後は、もうヨハネの洗礼はいりません。そのままイエス様を救い主と信じ、イエス様が命じた洗礼を受ければ、神の憐れみを受けられます。神の憐れみを受けた者が罪の赦しを神に願い出ると、神はイエス様の犠牲に免じて赦して下さるのです。
以上述べたことから、洗礼者ヨハネが人間には拭いきれない罪の汚れがあることを人々にしっかり思い起こさせて神に向かって立ち返らせたことがわかってきました。ヨハネは本当に自分の後にやって来るイエス様のために道を整えたということがよくわかります。
3.マリアのエリザベト訪問
本日の福音書の箇所で、マリアの訪問を受けて挨拶されたエリザベトは、胎内の赤ちゃんが小躍りするくらい反応したことを感じます。その瞬間エリザベトは聖霊に満たされて、マリアのことを「私の主の母」と呼びます。「主」というのは、新約旧約聖書双方を通じてたいていの場合、神そのものを指す言葉です。つまりエリザベトは、マリアが生むことになるのは神が人の姿をとった方であると言っているわけで、さすが聖霊に満たされただけあって、これは立派な預言です。
本日の箇所は一見すると、出産不可能と言われたエリザベトが身ごもって、それをマリアがお祝いに行って、逆にエリザベトから祝われてしまったという、二人の妊婦が互いにおめでとうの気持ちを伝えあっているような微笑ましい出来事に見えます。しかし、よく見ると二人の出会いはあまり普通ではありません。はっきり言って異常です。かたや、不妊で高齢の女性が神の力で子を身ごもって、妊娠6か月目に入っている。他方で、まだ結婚生活に入っていない婚約中の乙女が聖霊の力で身ごもった。婚約中の女性が身ごもったということになると、当然誰がその父親かという問題が起きてきます。先日、最高裁が再婚禁止期間に関する訴訟で判決を下しましたが、あれなどは十戒の第6の掟「汝、姦淫するなかれ」がしっかり守られていれば起こりえない問題です。ところがマリアの場合は掟を破ってもいないのに、世間の目から見れば破ったと見なされる状況に陥ってしまった。マタイ1章19節で婚約者のヨセフが婚約破棄を考えたと言われていますが、これは当然でしょう。しかし、天使から事の真相を知らされたヨセフは、周囲からどんな目で見られようとも神の計画ならばマリアを妻として受け入れよう、と決心しました。とにかく、そういう普通ありえない出産を迎えることになる二人の母親が会うというのが本日の福音書の箇所の出来事なのです。
マリアはエリザベトから祝福の言葉をかけられますが(1章42節)、マリアがエリザベトのもとに出向いたのはどうもお祝いの言葉を述べに行くことが第一の目的だったのではないようです。マリアのエリザベト訪問から、マリアの信仰がよくわかりますので、それを見ていきたいと思います。私たちにとっても学ぶことがいろいろあると思います。
4.マリアの信仰 - 神に全てを委ねる信頼
まずルカ1章45節を見てみましょう。エリザベトがマリアに次のように述べます。「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
「幸い」という言葉ですが、これは時間が経てば過ぎ去ってしまうような、この世的な幸福や幸運ではありません。「幸い」とは、もっと持続的、不変な幸福で、この世を超えて永遠の命に与ることに結びついた幸福です。先ほど、キリスト信仰者は、この世の人生の段階で永遠の命に至る道を歩んでいる、と申しましたが、これが「幸い」なことなのであります。たとえ、この世の人生で逆境に陥って貧乏になったり病気になることがあっても、永遠の命に至る道を踏み外さずに歩み続けられるのであれば、その人は「幸い」なのであります。マタイ5章でイエス様自身が言われるように、「幸いな」人は、霊的に貧しい人であったり、今悲しんでいる人であったり、義に飢え渇く人であったり、また義のために迫害される人であったりします。どれもみな永遠の命に至る道を歩み続ける人を指しています。逆に、この世の目から見て幸福や幸運にどっぷりつかる人生を送ることができても、信仰を持たず永遠の命に至る道を歩まない人は幸いではないのであります。
マリアは婚約中の妊娠という、人の目から見て幸福とは言えない不名誉な境遇に置かれることを覚悟で、神の人間救済計画という御心を実現するためならば、とそれを受け入れたのであります。神の人間救済計画とは、人間を永遠の命に至る道に置いてそれを歩めるようにして、人間を「幸い」な者にすることでした。そのような計画の実現のために自らを捧げたマリアも「幸いな」人なのであります。
ルカ1章45節のエリザベトの言葉「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」に戻ります。これは、私たちが用いる新共同訳の文章です。ギリシャ語の原文はわかりそうで少しわかりにくい形でして、次のようにも訳せます。「信じたこの方は、なんと幸いでしょう。なぜなら、主がおっしゃったことは必ず実現するからです」。実は、ドイツ語のルター訳やフィンランドやスウェーデンのルター派教会の聖書は、こちらの訳をとっています。英語のNIVはと言えば、それは日本の新共同訳と同じです(英語でもジェームズ王欽定訳はルターや北欧諸国の訳と同じです)。一方では、「神が言ったことが必ず実現すると信じたマリアは幸いだ」と言う。他方では、「信じたマリアは幸いだ。なぜなら神が彼女に言ったことは必ず実現するからだ」と言います。
つまり、ドイツ・北欧の訳では、マリアがどうして「幸い」かということについて理由がついています。理由は、神が彼女に言ったことは必ず実現するから、それで信じたマリアは幸いだというのです。(この訳は、マタイ5章にあるイエス様の有名な山の上での説教の言い方を思い起こさせます。「悲しんでいる人は幸いである。なぜなら(οτι)彼らは慰められるからだ(4節)」。)「信じたマリアは幸いである。なぜなら(οτι)神の言ったことは実現するからだ」。英語・日本語の訳では、マリアがどうして「幸い」なのか理由がなく、ただ神が言ったことが実現するんだと信じたマリアは幸いだとだけ言います。どちらが正しい訳でしょうか?どちららでも良いように見えますが、ドイツ・北欧の訳の方がマリアの信仰を深く知る上で役に立ちます。
ドイツ・北欧の訳で一つ考えなければならないことは、「信じたマリアは幸いだ」と言う時、ではマリアは一体何を信じたのかということです。英語・日本語の訳では、信じた内容は「神が言ったことが実現する」ということとはっきりしています。それを信じたマリアは幸いということになる。ドイツ・北欧の訳では、ただ単に「マリアは信じた」です。マリアは何を信じたのでしょうか?ここでエリザベトの夫ザカリアに何が起きたかを振り返ってみると参考になります。ルカ1章5-25節の出来事です。エルサレムの神殿の祭司であったザカリアが神殿の聖所で務めを果たしている時、天使ガブリエルが来て、妻のエリザベトが洗礼者ヨハネを産むことになると告げる。ザカリアは高齢でそんなことは不可能と言う。天使は、お前は伝えた言葉を信じなかったので、それが起きる日までは口がきけない状態になる、と言い、ヨハネの出産の日までその通りになってしまう。
天使ガブリエルとのやりとりは、マリアの場合はどうだったでしょうか?マリアが神の子を産むことになると天使から告げられて、まだ婚約中の身でどうしてそんなことが可能か、と聞き返します。これは一見、ザカリアがしたような反論にも聞こえます。しかし、マリアは最後には、「お言葉通り、この身に成りますように」と言って、天使が言ったことを受け入れました。これが、ザカリアとの大きな違いです。これが、マリアが「信じた」ことの内容を理解する鍵になります。マリアが「信じた」のは、起きる事柄の真実性を信じたというよりも、その通りになってもいいですと受け入れたことを指します。これが、マリアが「信じた」ということです。
このように、信仰には、神が起きると言うことを信じる、とか、聖書に起きたと書かれていることを信じる、とか、神が示した事柄の真実性を信じるという意味があります。それに加えて信仰には、マリアのように、神が起こすと言っていることをそれでいいですと言って受け入れること、神に自分の運命を委ねること、つまり神を信頼するということも含まれます。事柄の真実性を信じることと神を信頼するということ、信仰にはこうした二つの要素が含まれています。そういうわけで、「信じたマリアは幸いである。なぜなら神が彼女に言ったことは必ず実現するからだ」というのは、神を信頼して自分を神の御手に委ねたマリアは幸いである、なぜなら神が言ったことは必ず実現するからだ、という意味になります。英語・日本語の訳では、この神に対する信頼の面が出てこなくなります。
5.マリアの信仰 - 神が示した事柄の真実性を信じる
天使のみ告げの時に明らかになったマリアの信仰には、神に対する信頼があったことが明らかになりました。神が示した事柄の真実性を信じることも、もちろんあります。そのことも見てみましょう。1章39節で、「そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った」とあります。マリアが出かけた行先は、ザカリアとエリザベトの家があるユダ地方の山間部にある町ということなのですが、どの町かは不明です。ここで、「そのころ」というのは、どのころなのでしょうか?この部分のギリシャ語はわかりそうで、よく見るとわかりにくい形になっています。普通の言い方だったら、マリアは「思い立って出発した」(αναστασα επορεθη)と言うところを、「思い立って」と「出発した」の間に「数日間」(εν ταις ημεραις ταυταις)という語句がついています。見れば見るほど、天使がお告げをした後、マリアは数日間、早く出発しなければ早くしなければ、という状態にあって、その状態が終わるやいなや本当に「急いで」(μετα σπουδης)出発したという感じが伝わってきます。とにかく出発するまで数日間かかったことははっきりしています。そのため、フィンランド語やスウェーデン語の訳では「数日後」とはっきり訳されています。ドイツ語のEinheits‐übersetzung(共同訳?)も「数日後」です。ただし、英語NIVは「その時」、「当時」at that timeで、どちらかと言えば新共同訳と同じです。このように英語と日本語の訳が一致するのをばかり見ると、なんだか聖書の翻訳にも日米同盟があるような感じですが、いずれにしても、マリアが出発するまで何日かかかって早く行かねばという状態があって、出発するともう「急いで」行ったということがはっきりします。
それでは、なぜマリアはしたくてもすぐ出発できなかったのでしょうか?そのことについて聖書は何も書いていないので未熟な憶測は禁物ですが、無理やりな霊的な推測はせずに実際的に考えれば、準備の問題があったと考えられます。ザカリアとエリザベトが住むユダ地方の山間部の町、どの町か不明ですが、ナザレがあるガリラヤ地方からユダ地方の中心地エルサレムまで直線距離で100キロ位ありますので、少々の長旅です。途中にはユダヤ人に反感を持っているサマリア人が住むサマリア地方を通らなければならない。またイエス様が「善いサマリア人」のたとえ話のなかで、エリコとエルサレムの間の道に山賊が出て旅人を襲うという話がありますが、そういう危険もあったでしょう。若い女性のマリアが一人で旅立ったとは考えにくく、誰かはわかりませんが付き人をつける必要があったでしょう。道は舗装されていないし、途中にコンビニもありませんから、旅行の準備はそれなりに大変だったと思われます。そういうふうに考えれば、早く出発しなければ、早くしなければという状態がわかってきます。そして出発するや否や、のんびりマイペースでではなくて、「急いで」出発したのであります。
この、早くエリザベトのもとに行かねば、行かねばというマリアの気持ちは、これはルカ2章に登場する羊飼いと同じです。羊飼いたちは天使から、ベツレヘムの馬小屋の飼い葉桶の中で寝かされている乳飲み子が救世主誕生の印である、と告げられました。羊飼いたちはベツレヘムの郊外にいたので、すぐ現場に急行できました。ルカ2章16節に「急いで行って」とある通りです。羊飼いたちは、まだ見ていないのに、天使の告げたことを本当のことと信じて急いで出かけて行ったのです。神が示した事柄の真実性を信じたのです。マリアの場合も同じです。天使から、お前は乙女のまま神の子を産むことになる、高齢のエリザベトが身ごもっているのがその印である、神に不可能なことはない、と告げられ、まだ見ていないのに本当のことと信じて、一刻も早く出発したいという気持ちで旅の準備をし、整うや急いで出かけて行ったのです。そしてマリアの場合は、神が示した事柄の真実性を信じることと神に全てを委ねる信頼の両方があったのです。信仰と洗礼の恵みの中に生きる私たちも、その両方を持って旅立つことが出来ますように。
6.おわりに
神が示した事柄の真実性を信じることと神に全てを委ねる信頼の両方を持って旅立った人物としてもう一人忘れてはならない人がいます。アブラハムです。ルターが「ヘブライ人への手紙」11章の中で述べられているアブラハムの信仰について解き明かしをしていますので、それを引用して本説教の締めとしたく思います。
「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです(ヘブライ人への手紙11章8節)」
「アブラハムは、一体どこに到着するのか自分でも知らないまま、神に命じられた通り自分の国を旅立って行った。行き先はどこにあるのか、そこで何が待っているのか、自分は何もわからない。それを知っている神がただ行きなさいと命じられる。まさにここに、信仰の困難かつ大きな戦いと試練がある。
しかし、その時アブラハムは一体何をしたであろうか?彼がしたことはただ、神が彼に与えた言葉を唯一確かなものとして携えて出発したことである。その言葉とは、「私はお前に祝福を授ける」というものであった。信仰というものは、はっきり見える目を持っているのである。その目は、光が全くない暗闇の中でも見ることができる。信仰とはまさに、何も見えないところで見、何も感じることができないところで感じるのである。
「ヘブライ人への手紙」のこの御言葉は、まさに私たちのために書かれた。それは、私たちがアブラハムのように神の御言葉に拠って立つことを学ぶためである。この御言葉の中で神は、私たちの身体と命、さらには魂までをも守り抜くと約束して下さっているのである。たとえ、そのように見えなくてもそのように感じられなくとも、そうなのである。だから、全てのことが正反対のようになってしまったと思われても、あなたはただ神が約束されたことを信頼することに努めなさい。アブラハムに対しても神は、約束を実現するのを何年もかけて待たせたのだ。今の時代を生きる私たちに対しても神の助けや導きがなかなか得られないように見える場合でも、あなたは信じることを止めてはならない。なぜなら、神が定めた時をあなたに待たせるのは、あなたの信仰を強めるためという意図があるからなのである。それはアブラハムに対しても起こったことなのである。
主日礼拝説教 待降節4主日2015年12月20日の聖書日課 ミカ5章1-4a節、ヘブライ10章5-10節、ルカ1章39-45節
今日の礼拝は、教会のこよみで、待降節第3主日の礼拝です。
今日の聖書のルカ福音書1章26節から見ていきますと、ここに天使の中でも位の高い、ガブリエルという天使が、神様から遣わされて、ナザレという町で、ごく平凡に、素朴な信仰を持った1人のおとめ、マリアのもとへやって参りました。
「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる。」と告げたのです。
普通の生活をしている中に、天使が現れた、というだけでも、驚きです。
そして、突然に「マリアよ、おめでとう。」と言われて、マリアはこの言葉に戸惑いました。
いったい、この挨拶は何の事だろう、と困惑しています。
続いて、天使は告げたのです。「マリア、恐れることはない。あなたは、神から、恵をいただいた。あなたは身ごもって、男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人となり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」
天使は、大変なことをマリアに告げました。この天使の御告げを聞いたマリアは、どんな心境であったでしょうか。
マリアが身ごもって、男の子を産むというのです。その産まれる子は救い主メシヤ
となる、というのです。
人間の世に救い主が与えられる等というとこは、前もって知っていた人は一人もいないでしょう。
これは、神様が御計画を持ち、神様が実行されていったものだからです。
だから、人間には知るよしもありません。人間は誰も皆、不意打ちで、あわてるばかりでした。
こんなことが起こるとは、だれも想像しませんでした。
しかも、おとめマリアから、救い主がお生まれになる等ということは誰が想像したでしょうか。
こうして、神様の御業が起こる、とういうことに、誰も想像できません。
ナザレの町は、その当時、ローマ帝国に征服された属国であります。その片田舎で、人間に対する、神の救いが与えられる、ということは考えられないことでありました。
東方の博士たちは、それに気づいていました。
ユダヤ人の王として、救い主が生まれる、星占いで彼らは知ったというのです。
星は天から地球の全体を見ているものです。
宇宙の壮大なバランスの中で、星々が動いて、輝いていることを星の博士たちは、よく知っているのです。
宇宙の地球の、この世界に、ユダヤ人の王として政界の救い主が生まれようとは、彼らは思ってもみなかったでしょう。特別なことがありそうだとは考えていたでしょう。
さて、そのほかに、もう一人、ひそかに心を痛めていた人がありました。ナザレの田舎娘、それがマリアその人です。
彼女は自分の体の異常に気がつきました。どうして、そうなったのか。自分では、全く、分からないことでした。
ただ、その頃、自分の周辺に珍しい事が起こっていました。
それは親族のザカリヤの妻が、もう老年になって、子供がなかったのに、身ごもったということです。
しかも、それがきっかけになって、その夫、ザカリヤは口がきけなくなったのです。不思議なことが起こっていました。
マリアは、その噂を聞いていたでありましょう。
それは、おめでたいことなのに、何かこわいようなことであったと思います。
しかし、それより自分の身に起ころうとしていることが、もっと恐ろしいように思われました。
ザカリヤの妻の場合には、年をとったといっても、夫のある身ですから、まだ、子供ができるということもないではない。
しかし、自分は、まだ婚約中で、その人と一緒に暮らしてはいないのです。それに身ごもったとすれば、それはただ事ではありません。彼女は一人悩んだことでしょう。
その悩みは、どんなに深刻であったでしょう。
天も地も、一度に変わって欲しい。自分もろとも滅び去ってほしい、と思ったかもしれません。
しかし、それでもなお、ここに神様の救いが与えられるとは考えなかったでしょう。
深刻極まるマリアの思いさえ、消し飛んでしまうような、大きな救いが起こるとは、考えることもできなかったでしょう。
マリアは穏やかに毎日を過ごしていましたのに、突然に天使によって告げられたことは、自分の年に、これからどんな事が起こっていくのか、戸惑うマリアに天使は言ってくれたのです。
「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵を頂いた・・・」
マリアが一番に驚いたことは、これは自分には、あり得ないことであるからであります。
34節を見ますと、「どうしてそんなことがあり得ましょうか。私には、まだ夫がありませんのに。」とあります。
その通りです。マリアの言葉は、その通りにちがいありません。
それだけのことでしょうか。
ただの田舎の小娘が、あわて、恐れて、こう言っていつだけでしょうか。それなら、わざわざ聖書に書き残しておく必要もないでしょう。
ごく普通に考えられることだからです。
しかし、ルカはマリアの話だけでなく、ザカリヤの妻の事も一緒に書き記しています。
ここにも、どうして、そんな事があり得るだろうか、ということがあるからです。
事情は違っても、絶対にあり得ない事があったという点では変わりはないのです。
「あり得ないこと」というのは、人間の目から見ると絶望的なこと、全く無力なこと、ということになるのです。
人間の力では、どうにもならないこと、それがクリスマスの不思議な出来事です。それがマリアに起ころうとしています。
マリアは、自分を、どうすることもできませんでした。
自分の困難な状況を、解決する力などありません。
自分の恥を隠すすべも、なければ、それを、どう処理していいか、全く分からなかったのです。
マリアは、自分で、全く、無力を感じていたにちがいありません。
しかし、このように無力を感じるのは、マリアだけでありましょうか。
マリアのような特別な立場に立たされた人間だけでありましょうか。そうではないでしょう。
私たちも、又、何らかの容易ならぬ問題に直面したりするものです。
外の人から見れば、そうたいした事のないように見えても、本人にとっては、人に言えない事情が深刻な重荷となっているものです。
人間の力では、どうにもならない、と言えば、それは神から離れてしまっている、ということでしょう。
最後には、神に持って行くほかない。
それを神に、おまかせする事ができると、事柄は、全く変わってしまうものであります。
重荷でしかなかったものから、神の恵みを知った、という人は、多くあります。
そこまで至らないと、実は、真の解決が得られない。
すべてを、神にゆだねていく。どの事も、神が人間に、恵を与えて下さる手段であった、という事に気が付く。
それまでは救いはありません。
マリアの身に起こったようなことは、私たちには起こらないかも知れません。しかし、「どうしてそんなことが。」と言わねばならないような、説明のつかない恵みは、私たちにも加えられるのです。
ただ、それを恵み、とすることができるか、だけであります。
マリアは、そのことを正しく、受け止めることができました。
マリアは主なる神が、自分に対してなさったことを、そのまま、信頼を持って、受け入れたのです。
38節でマリアは「わたしは主の、はしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」と言っています。
「はしため」というのは、女奴隷のことです。だから、この言葉は「わたしは、あなたの奴隷でございます。」ということです。
奴隷は、ご主人の言うままになるものであります。その命までもすべて、主人のものにしている者です。
マリアは、自分を、全く、すべて、神の御手にまかせきったのです。
「お言葉どおりに」というのは、いろいろ言われる通りに、ということです。だから1つの言葉ではないのです。
いろいろなお考えがおありになるでしょう。その、どのお言葉にも従います、というとこであります。
マリアが「わたしは、主のはしためです」と言った、つまり主の奴隷です、と言ったのは、少し、言いすぎでしょうか。
私たちの場合、少なくとも、そこまでは言う必要はない、と思われるかもしれません。
そこで、そこまで神の思いのままにされては、やり切れない、という気持ちになるのではないでしょうか。
そうなると、神に従う、と言っても、ほどほどにする、神におまかせする、といっても、程度がある。いつでも、少し、自分の言い分を、とっておく、ということになるのであります。しかし、それでは、神にまかせた、ということにはなりません。
そういうことでは、神にまかせた者の祝福を得ることはできないのです。
マリアは、自分を主のはしためです。奴隷です、と言いました。
私たちは、マリアとはちがうと言いたいのでしょうか。
いいえ、私たちこそ、神の奴隷、キリストの奴隷、なのです。
私たちは罪の奴隷となっていたのに、キリストの救いによって、贖われたのです。
贖うとは、買いとる、ということです。キリストに買いとられたのであれば、キリストのもの、となってしまったのです。
私たちも、マリアと同じように、「お言葉どおりにして下さい。」と言うほかはありません。
マリアは、だんだん導かれて、何を考えたらいいか、分かるようになった、と思います。
事柄は理解できないのです。何が自分の身に起きようとしているのか、よくわからない。わからないままに、それを受ける。受け方がわかってきたのです。
マリアは、何がわかった、というのでしょう。それは、「主が一緒にいて下さる。」ということです。
「主が、あなたと共におられます。」と、天使は言ってくれました。
私たちに対しても、どんな時にも、慰めの言葉は、「主なる神があなたと、共に、おられます。」ということです。
「神が一緒に、いて下さる。」ことを心の底から信じることができたら、何を恐れる必要がありましょう。
キリストが、この世に来られたのは、神が、私たちと一緒にいて下さる、という、この信仰を与えるためであります。
この事実を確信させるためであります。
マリアは戸惑いましたが、主が一緒にいて下さることを告げられ、それを信じるためにどうしたらいいか、マリアは祈り求めたことでしょう。天使は、マリアに、「恵まれた女よ。」と言いました。マリアはもう恵みを受けて、今、恵みの中にいるのです。マリアは、まだ約束を受けているだけでありましたが、しかし、その約束は変わることがありません。
必ず、成就するのです。それを、待つのです。
マリアは、もう、恵みをいっぱい受けている人なのです。
それは37節にありますように、「神には、何もできないことはないからであります。」
マリアは、ただ、御心のままになさって下さいと祈るのみです。
私たちも、マリアのように、いっさいを、神のみこころにゆだねて、新しい心で、クリスマスを迎えていきましょう。
主日礼拝説教 待降節第3主日2015年12月13日(日)の聖書日課 ルカ1章25~27節