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説教「イエス様がモーセとエリアに会する時、我らの軛を軽いものに替えて下さる」神学博士 吉村博明 宣教師、マタイによる福音書17章1-9節

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。 アーメン

私たちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

1. はじめに

本日は、教会のカレンダーでは先月始まった顕現節が終わって、来週からイースターに向かう四旬節/受難節が始まる前の節目にあたります。福音書の箇所はイエス様が山の上で姿が変わるという出来事についてです。同じ出来事は、先ほど読んで頂いたマタイ17章の他に、マルコ9章とルカ9章にも記されています。マタイ17章2節とマルコ9章2節では、イエス様の姿が変わったことが「変容した(μετεμορφωθη、受け身なので正確には「変容させられた」)」という言葉で言い表されているので、この出来事を覚える本日は変容主日とも呼ばれます。毎年、四旬節/受難節の前の主日はこの変容主日になります。

イエス様が三人の弟子を連れて登った「高い山」とは、ほぼ間違いなく、フィリポ・カイサリアの町から30キロメートルほど北にそびえるヘルモン山でしょう。標高は2814メートルで、ちょうど北アルプスの五竜岳と同じ高さです。ロープウェイもケーブルカーもバスもなくいきなり麓から北アルプス級の山に登るのはとてもしんどいことです。やっとこさの思いで頂上にたどり着くと、イエス様が白く眩しく輝きだし、旧約の偉大な預言者であるモーセとエリアが現れる。ペトロが三人のために「仮小屋」を立てましょうと言っている最中に辺りは雲に覆われ、その中から天地創造の神の声が轟きわたる。「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」(5節)。その後で雲は消え去り、モーセとエリアの姿もなくなり、イエス様だけが立っておられた。神が「これに聞け」と命じたのはイエス様であることが明らかになりました。

以上がマタイ、マルコ、ルカの三つの福音書に記されている出来事の大筋です。細部はそれぞれ少し異なっていますが、このようなことが起こったという点ではみんな一致しています。この山の上での出来事の後、イエス様は弟子たちと共にエルサレムに向かってただただ南下していきます。十字架の受難が待ち受けているエルサレムにひたすら向かって行くのです。

本日の説教は、マタイの記述を中心に解き明かしをしていきます。その際、3つの問題点をあげて、それに答える形で解き明かしをしたく思います。まず初めに、イエス様が白く輝いたこととモーセとエリアが出現したことは一体何なのか?次に、ペトロが3人のために仮小屋を建てると言ったことは何なのか?それに対して神が打ち消すように「これは私の愛する子、これに聞け」と言ったのは何だったのか?そして三つ目は、なぜイエス様はこの出来事を彼の復活が起きるまで誰にも話してはいけないと言ったのか?

聖書の中で今日のような個所は特に難しく感じられないかもしれません。ただ書いてある通りに、ああ、イエス様は山の上で輝いたんだな、そこにモーセとエリアが現れたんだな、ペトロが仮小屋3つ建てると言ったら神がイエスに聞き従えと言ったんだな、という具合に受け取れば、書かれた事柄は頭に入ります。しかし、そのような受け取り方では神の私たち人間に対する思いは何もわかりません。神の私たちに対する思いや私たちに求めていることを明らかにしなければなりません。それが説教の役割というものです。

2. イエス様が白く輝いたこととモーセとエリアの出現

まずイエス様が白く輝いたこととモーセとエリアの出現は何だったのかということを見ていきます。イエス様の顔が太陽のように輝き出して、着ているものも白く光り出しました。そこで黙示録1章16節を見ると、それを書いたヨハネは天の父なる神のもとにいるイエス様を目撃します。その顔は日中の輝く太陽のようであったと言います。私たちは太陽を目で見ることはできません。ほんの瞬きする間くらいしか見れません。その時、太陽は何色に見えたでしょうか?赤でもオレンジ色でもなく白です。白ですが、輝きが強烈すぎて見ることのできない白です。イエス様の顔も着ているものも白く輝いたというのは、ヨハネが目撃した、天のみ神のもとにいるイエス様と同じです。つまり、山の上でイエス様は神としての本性を現わしたのです。ルカ福音書の同じ出来事の記述を見ると、モーセとエリアも輝いていたと言われていますが、文章をよく見るとそれは天の輝きを映し出した輝きで自分たちが発する輝きではありませんでした(9章31節)。イエス様の場合は、自分自身から発する輝きでした。

神の本性を現わしたイエス様にモーセとエリアが現れました。かたや紀元前1300年代の人物、かたや紀元前800年代の人物です。とっくの前にこの世を去った人物です。それでは、これは幽霊でしょうか?でも、幽霊だったら、ペトロたちはきっと恐怖に慄いたでしょう。というのは、イエス様が死から復活して弟子たちの前に現れた時、弟子たちは幽霊だと思って恐怖に陥ったことが記録されているからです(ルカ24章36~43章)。しかし、この山の上では恐怖に陥っていません。これはどういうことか?

当時、律法学者を中心にユダヤ民族の間では、エリアがいつか再臨するということが信じられていました(マタイ17章10-11節、マルコ9章11-12節を参照)。この世の終わりが近づくと、天からエリアが再臨して神の裁きの準備をするというのです。つまり、エリアは天の神のもとにいて待機しているわけです。でも、これは少しおかしなことです。というのは、聖書には死者の復活ということが言われていて、それによるとこの世が終わる時に最後の審判があって、死んだ者と生きた者が一緒に裁かれる、そこで神の目によしとされる者は復活の体と永遠の命を与えられて神の国に迎え入れられる。そうなると、審判の日まではこの世を去った者は神のみぞ知る場所にいて眠りについていることになる。眠りから目覚めさせられるのが復活の日ということになる。これが聖書の立場です。そうなると天国に行く行かないということは、この世の終わりまで待たなければならないということになる。それなのに、モーセとエリアが天から来たということは、この世の終わりを待たずに天国に入った者があるということになります。

少なくともエリアに関しては、その点は大丈夫と言えます。というのは、列王記下2章にあるように、エリアは生きたまま神のもとに引き上げられたからでした。それでエリアは既に天の神のもとにいて、世の終わりの時に再臨すると信じられていたのです。このように聖書は、将来の終末や復活の日を待たずにして既に天に迎え入れられた者があるということを考慮に入れていると言えます。ただ、それが具体的に誰かは名前は記されていません。モーセの場合は少しやっかいなです。申命記34章を見ると、彼はモアブの地で死んだとあります。しかし、神自身が彼を葬ったので誰も彼の埋葬地を知らないとあります。そうなれば、モーセも一度死んだが将来の復活の日を待たずに神の許に引き上げられたと考えることも可能です。

そうなるとヘルモン山の上での出来事は、モーセとエリアが天の神の許から送られて、イエス様と共に一堂に会しているということになります。神としての本性を現わした神のひとり子イエス様、それと死を超えた永遠の命を持つ者としてモーセとエリアが一堂に会しているわけです。さらに、モーセはと言えば神から十戒を初めとする掟を受け取ってそれを人間に仲介した人です。エリアはと言うと、その掟はイスラエルの民が諸国民を代表して受け取ったのであるが、その肝心の民が神に離反するようになってしまい、その時エリアは民が神の許に立ち返るように孤軍奮闘しました。かたや神の意思を人間に伝えた者、かたや神の意思からの逸脱を阻止しようとした者です。そしてそこに神としての本性を現わしたイエス様がおられる。そのように見ていくと、この3人が一堂に会したことの意味が少し見えてきます。それをこれから少しずつ明らかにしていきます。

3.3つの仮小屋と神の戒め

次に、ペトロが3人のために仮小屋を建てると言ったことは何なのかということを見ていきます。そして、ペトロの提案に対して神が打ち消すように「これは私の愛する子、これに聞け」と言ったのは何だったのかということも。

ペトロが仮小屋を建てると言ったのには背景があります。本日の旧約の個所、申命記24章でモーセがシナイ山に登ったことが記されていま*/す。山の上で神は十戒に続く掟、特に神殿崇拝に関する掟を与えます。十戒は、神と人間の関係について神が人間に求めていることと人間同士の関係で神が求めていることを言い表わす掟集です。それに続いて神は、イスラエルの民が今後神をどのように崇拝すべきかという礼拝の仕方についての掟集を与えました。そこで最初に出てくる掟が幕屋の建設でした。後にエルサレムに巨大な神殿が建てられますが、その前の段階の礼拝場所についての規定です。この幕屋建設についての掟は、本日の旧約の個所のすぐ後に続いてきます。

ここで、ペトロがイエス様とモーセとエリアのために「仮小屋」を建てると言った「仮小屋」ですが、それはギリシャ語のスケーネー(σκηνη)といい、その言葉の正確な訳は、神に礼拝を捧げる場所である「幕屋」を意味します。このようにペトロの提案は、モーセのシナイ山での出来事を背景として見ると理解できます。旧約の伝統に立てば、ヘルモン山で起きたような出来事に遭遇すれば、誰でもシナイ山での出来事を想起して「幕屋」ないし仮小屋を立てなければいけないという反応が起きるでしょう。

しかしながら、その提案は場違いなものでした。というのは、ペトロはイエス様だけでなくモーセとエリアのためにも礼拝を捧げる場所を建てると言ったからです。シナイ山で与えられた幕屋建設の規定は、天地創造の神を崇拝するための幕屋でした。人間を崇拝するためのものではありませんでした。ヘルモン山での神の声「これは私の愛する子、これに聞け」というのは、神のひとり子のイエス様が崇拝の対象であるということです。そのためにイエス様は神の本性を現わしたのでした。モーセとエリアは、いくら天の父なる神の許にいる存在とは言え、崇拝の対象にはならないことが明らかになりました。

モーセは神の人間に対する意思が詰まった律法を人間に仲介したという役割を担った人、エリアは律法からの逸脱を阻止する役割を担った人です。この二人を超えるイエス様は、どんな役割を担ったのでしょうか?次にそのことを明らかにしてみましょう。

4.イエス様のかん口令

ここで、イエス様はなぜヘルモン山での出来事を彼が死から復活するまでは話していけないと命じたのかを考えて見ます。

この個所に限らず、イエス様は奇跡の業を行う時、これを口外してはならないとかん口令をよく敷きます。これについて、ウイリアム・ヴレーデWilliam Wredeという聖書学者が1913年に出した「福音書におけるメシアの秘密Das Messiasgeheimnis in den Evangelien」という研究書の中で次のような見解を述べました。マルコ福音書の著者は、イエスがメシアであるということは復活が起きた時に人々の目に明らかになるように福音書を構成した。だから、十字架の出来事の前にイエスが奇跡を行ってメシアであることを示しながらも、復活までは人々に気づかれてはならない、復活をもってメシアであることが白日の下に晒されるようにする、それで福音書の著者はイエスにかん口令を敷かせたのだ。そういう分析をヴレーデはしたわけです。

ヴレーデの研究書はその後の世界の聖書学に大きな影響を与えました。「メシアの秘密」というテーマは今でも聖書学で議論されます。マルコはこうした「メシアの秘密」という観点をもって福音書を書いたのか、それとも別の観点で書いたのか、という具合にです。もちろん、ヴレーデの見解に組しない見解も多くあります(私もその一人です)。しかしながら、彼がその後の聖書学に与えた影響は、現在まで続く賛否両論を引き起こしたということだけに留まりません。福音書は歴史を記述したものではなくて、著者の創作物語であるという見方を強めてしまったのです。大学の神学部を出ても、奇跡などない復活などないと言う人が出るようになったのも、聖書学がそういうものになったことに原因があると言えます。

聖書がどのようにして出来たか、書かれたのかということを歴史学のやり方で分析すると、奇跡も復活も入り込む余地はなくなります。歴史学は学術研究ですので、超自然的な現象を歴史的事実として記述しません。そういうものは現実には起こり得ないということを前提にして全ての歴史は記述されます。それじゃ、奇跡や復活は歴史に記述されなければ、なかったことになるのか?「ない」と言う人は、信仰がなくなります。人によっては「ない」と言っても信仰を持っていると言う人もいるかもしれませんが、それは使徒の伝承や教えに基づく信仰、使徒的な信仰ではありません。超自然的現象がないと言ったら、奇跡や復活だけでなく、創造主の神も天国も地獄もなくなります。使徒的な信仰に立つ人は奇跡や復活について次のように言うのではないかと思います。「奇跡や復活というのはその性質上、歴史学の歴史には入りきれないかもしれない。しかし、それは、歴史学がそういうものは現実には起こり得ないということを大前提にしているからである。それで歴史学が構成する歴史は狭まれたものになる。しかし、その大前提は絶対とは言えないのだ。だから、歴史学が構成する歴史をはみ出す歴史にも心を向けるのである。」

話が脇道にそれました。ヘルモン山での変容についてのイエス様のかん口令に戻ります。死から復活するまでは口外してはならない、というのは、復活の後に人々に知らせたら意味のあるものになる、その前に知らせても無意味だということです。復活には、それに先立つ十字架の死があります。従って、十字架と復活はワンセットで考えなければなりません。それなので、十字架の死と死からの復活が起きる前に、ヘルモン山での出来事を人々に知らせても意味がない、意味があるのはそれらが起きた後である、ということです。どうしてそうなるのでしょうか?
イエス様が神の力で死から復活させられたことで、彼が神のひとり子であることが明らかになりました。それならなぜ神のひとり子が十字架にかけられて死ななければならなかったのか?これも、旧約のイザヤ書53章の預言にありました。人間の罪を身代わりになって神に対して償って人間と神との間に平和を打ち立てて、人間が霊的に癒されるようにするためと書いてあります。それがイエス様の十字架の意味でした。このことがわかって、イエス様を自分の救い主であると信じるようになった者は、まさに信じることで罪を償ってもらった者になり、神から罪を赦された者として扱われるようになります。さらにイエス様の復活によって、死を超えた永遠の命があることが示されました。イエス様を救い主と信じる者は永遠の命に向かう道に置かれてその道を進んでいくことになります。

神のひとり子の犠牲のおかげで神から罪を赦された者として扱ってもらえる。そうなると、もういい加減な生き方は出来ません。いい加減なところがあれば、それをどんどん削り取って、神に扱われている状態に自分をかたどっていかなければなりません。その時、十戒を中心とする神の律法は心も体も含め全身で守らなければならないものになっています。そこからの逸脱は許されません。まさに律法の大立者であるモーセとエリアが私たちの前に立っています。しかし、ここで思い出さなければならないことがあります。それは、律法に全身を従わせるというのは、キリスト信仰者にとっては、自分の力で行うものではないということです。イエス様は律法を全て実現されている方です。そのイエス様に洗礼を通して結びつけられたのです。イエス様が律法を全て実現されている状態の方というのは、まさに山の上での変容に現れた眩しすぎる光がそれを示しています。そこで、この光を鏡のように受けて反射させる、これがキリスト信仰者にとっての全身を律法に従わせるということです。信仰者は自分の力で従わせる必要はありません。イエス様から来る光を受けてそれを反射させるだけで十分なのです。自分から光を発する必要などありません。その意味でイエス様は律法の軛を軽くして下さったのです。モーセとエリアが退場したあとでイエス様だけが残っていたことがそれを示しています。

しかしながら、注意しなければならないことがあります。イエス様は軛を負いやすくするとはおっしゃいましたが(マタイ11章29~30節)、それをなくするとは言ってません。どういうことかと言うと、神を全身全霊で愛そうとします。喜びも悲しみもこの神だけに打ち明ける。願い事も赦しもこの神だけにお願いする。手を合わせ拝むのはこの神だけである。そういうことをすると、違うものに手を合わせる人たちから総スカンを食らうことになります。また、隣人を自分を愛するが如く愛そうとします。そうすると、自分だけが損をしている、こんなお人好しでいいのだろうか、ということが沢山起きてきます。しかし、総スカンを食らうことも損をすることも、イエス様抜きで律法を全部自分の力で全うしようとすることに比べたら、全然軽い軛なはずです。

軽い軛でも時には重く感じられて、地面にうつ伏してしまうこともあるでしょう。その時は山の上のイエス様がどうしたかを思い出しましょう。彼はすぐ弟子たちのところに行って手で揺り動かして、「起きなさい、恐れることはない」と言って励まして下さいました。この出来事は、キリスト信仰者にはイエス様の励ましはいつも隣り合わせにあるということを示しています。

5.目撃者と同じ立場に立つ

以上見てきたように、ヘルモン山での出来事は、律法の要求を満たすということが十字架と復活の出来事が起きる前と後で意味が違うということを示しています。十字架と復活の前は全部自分の力でしなければなりませんでした。その後はイエス様が放つ光を受けて反射させればいいというふうになりました。それなので山の上の出来事は、十字架と復活の後にイエス様を救い主と信じる者にとって意味をなしたのでした。

本日の使徒書の日課である第二ペトロ1章でペトロが、自分たちは人為的に作った物語に基づいてイエス様のことを教えているのではない、目撃者として教えているのだと言っています。十字架と復活の後でも、いくら目撃者です、と言っても信じてもらえなかった様子がうかがえます。十字架と復活の前だったらなおさらでしょう。実はこの手紙はペトロの名が冠されているにもかかわらず、聖書学の学会では作者はペトロ本人ではないという見解が強いようです。それならば誰が作者か?ペトロの弟子だろうと言われています。仮にそうだとすると、「私たちは目撃者である」、「私たちは山の上で神の声を聞いた」と言う時の「私たち」はまさに直の目撃者のペトロの証言を聞いて、それを信じて自分たちも目撃者と同じ立場に立つと見る人たちです。彼らは、まずイエス様の十字架と復活の証言を聞いてイエス様を救い主と信じました。その上で、山の上の出来事を聞いてますます確信を強めたのです。律法の実現をイエス様を中心にして考えてよいことがわかったのです。まさにその時、山の上の出来事は本当に起こったこととして受け取ることができるのです。この時私たちは、歴史学が構築した歴史をはみ出す歴史に身を置いているのです。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように         アーメン

説教「心の罪とどう向き合うか?」神学博士 吉村博明 宣教師、マタイによる福音書5章21-37節

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

 わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

 1.

  本日の福音書の箇所は、マタイ福音書の5章から7章にかけてある「山上の説教」の一部です。ここでイエス様は、十戒をはじめとするモーセ律法の正しい理解の仕方を教えます。律法を正しく理解するとは、とりもなおさず、律法を人間に与えた方を正しく理解することです。律法を与えた方とは、言うまでもなく天と地と人間を造られ私たちに命と人生を与えられた父なるみ神です。律法を正しく理解するとは、その神を正しく理解することに他なりません。イエス様は律法が正しく理解されていないことを知っていました。それで、山上の説教で何度も繰り返してこう言います。「あなたがたも聞いているとおり.....と命じられている。しかし、わたしは言っておく。.....」

今まで律法についてこう言われてきたが、本当は次のように理解されねばならないと。このようにして、山上の説教で創造主の神が人間に何を求めているのかが明確にされていきます。そうすることができたのは、イエス様が父なるみ神のひとり子で、まさに神の視点を持てたからでした。

 本日の福音書の個所で一つ気になることは、イエス様が地獄を引き合いに出して教えていることです。十戒の第五の掟「汝殺すなかれ」に関して、イエス様は21節で「人を殺した者は裁きを受ける」と言いますが、「裁き」とはこの世の司法制度で受ける刑罰だけではありません。神から受ける罰も含みます。神の罰とは何か?それは22節にあります。兄弟つまり隣人を罵ったり悪口を言ったら、それは「殺すな」という掟を破ったのも同然で、炎の地獄に投げ込まれると言います。炎の地獄で永遠に焼かれる、これが神の罰です。また28節で、女性をふしだらな目で見たら、たとえ行為でしていなくても第六の掟「汝姦淫するなかれ」を破ったのも同然と言います。それで、もし目でも何でも体の部分が全身に姦淫するように仕向けるならば、そんな部分は切り取って捨ててしまったほうがいい、その方が全身炎の地獄に投げ込まれるよりましだからなどと言います。

 地獄というものがあって、前世の行いが悪かった者はそこに落とされて永遠の火で焼かれるというのは、他の宗教でも見られます。天国とか地獄というものは、この世での生き方に指針を与える意味があると言えます。悪いことをしたら地獄に落ちるからしないようにしようとか、いい人間でいたら天国に行けるからそうしよう、というふうになるからです。特に子供に対して教育効果があります。ただ、昨今は閻魔大王がアニメのキャラクターになったりしているので、そんな真剣みを帯びなくなってきているかもしれません。なまはげの方が迫力があって効果的かもしれません。

地獄を持ち出すというのは、なんだキリスト教も他の宗教と変わらないじゃないか、人間が悪いことをしないようになるためにキリスト教もそういうものに頼らなければならないのか?と言われるかもしれません。しかしながら、キリスト信仰で地獄が出てくるのは、どうも人間が悪いことをしないように、いいことをするように方向づけるためとは言えないことがあります。このことに気づけるために、イエス様が律法の遵守をどう教えるか見てみます。

「汝殺すなかれ」について、イエス様は人に対して腹を立てる、怒る、憎しみを抱くことも同罪と言われる。悪口を言う、罵るというのも、そういう気持ちが行為に表れることであり、やはり行為で表れる殺すことと同じだと言う。行為の大元にある、人を愛する心がない状態、それでもう「殺すな」という掟を破ったことになるというのです。つまり、外面的な行為だけでなく、人間の心の有り様まで問うているのです。

 「汝姦淫するなかれ」についても同様です。人間の男女の結びつきは神が二人を一つに結びつける結婚という枠の中で行われるべきというのが創造主である神の意思である。それについてイエス様は、結婚の枠を踏み倒して結びつきを求めること、たとえそれを行為に移さなくても、そのような願望で異性を眺めたら、それはもう「心の中」で結婚の枠を踏みにじったことになる。姦淫したことになる、そう教えます。先ほどの「殺すな」と同様、外面的な行いと内面的な心の有り様が同じレヴェルで扱われます。

心の中まで追及されてしまったら、天国に行ける人など誰もいなくなります。みんな地獄に落とされてしまいます。外面的に現れる罪であれば法的または社会的に制裁や矯正が行われるでしょう。しかし、心の中の罪は法律や社会は何もなしえません。しかも、本人でさえそんなに自覚していない場合もあります。しかし、創造主の神は全てお見通しで、本人が自覚していなくても代わりにわかって下さっているのです。そうなると、善行を沢山した人でも、もしある一瞬にある人のことを心の中で罵ったとすると、その人の沢山の善行はそれで無効になって地獄に落とされるというのか?この点で、芥川龍之介の有名な「蜘蛛の糸」を見ると、カンダタは悪の限りを尽くしたが、一度蜘蛛を生かしてやったという一点を釈迦が認めて、救いの蜘蛛の糸をたらしてもらった。もちろん、最後は期待通りの結果にはならなかったが、それでも、キリスト教より慈悲がある対応ではないかと思えてきます。

創造主の神とそのひとり子イエス様はまるで「人間よ、お前たちはどうあがいても天国には行けないのだ、地獄行きなのだ」と言っているようです。そこまで言われたら、地獄を持ち出されて、もう悪いことしません、いい人になります、という気持ちなど起きなくなります。だって、父なるみ神は私たち自身気づかない心の中の罪さえも知っておられるのですから、もう何をしたって無駄です。

どうしてイエス様と父なる創造主の神はこれほどまでに厳しいのでしょうか?それは、彼らが無慈悲だからでしょうか?それを少し考えてみます。

 

2.

  「山上の説教」の別の個所でイエス様は、天の父なるみ神は完全な方である、だからあななたちも完全になりなさい、と言われます(マタイ5章48節)。それが言われたのは、隣人だけではなく敵も愛しなさい、迫害する者のために祈りなさい、と教えたところでした。ここから明らかなように、創造主の神の趣旨は「人間よ、完全になりなさい」であって、「完全になることなどお前たちには無理なのだ」というのではありません。でも、心の中まで問われたらやはり無理ですよ、と言いたくなります。こんな無理な条件を突き付けられて、それを全て満たして完全になれなどとは。イエス様ももう少し手加減してくれれば私たちとしても父なる神をもう少し近くに感じられるのに、ここまで完全さを要求されたら、神は果てしなく遠い存在になってしまいます。

 でもそれが真実なのです。天の父なるみ神は人間にとって遠い存在なのです。なぜかと言うと、神は神聖な方で、人間はそうではないからです。神聖と非神聖は全く相いれないものだからです。ただし、もともとはそうではありませんでした。人間が初めて造られた当初は、神聖な神のもとにいることが出来たのです。それが、創世記3章に記されているように、人間が神に対して不従順になって罪が人間に入り込んでしまったために、神と相いれない存在になってしまったのです。それで神の許にいられなくなってしまったのです。人間は神との結びつきを失った状態でこの世を生きなければならなくなり、この世から死んだ後も神の許に戻れる術がありません。このように神聖な神とそうでない人間の間には果てしなく深い溝が出来てしまったのです。神の意思そのものである律法をイエス様が解き明かす時に、歯に衣(きぬ)着せぬ言い方をするのは、この現実をあるがままに示すためだったのです。

 しかしながら、神の御心は、人間との溝が果てしなく深いことを思い知らして人間を絶望させることではありませんでした。全く逆で、失われてしまった結びつきを取り戻してあげなければというのが御心でした。ただし、罪のために神と人間の結びつきは完膚なきまで壊されている、その再建は人間の力では到底成し遂げられるものではない、ということをまずわかってもらわなければならない。その上で自分がそれを成し遂げてあげるからよく見ておきなさい、ということだったのです。それでは神はどのようにして人間に結びつきを取り戻したのでしょうか?

 それは、ひとり子のイエス様をこの世に贈ることでなされました。イエス様はまず人々に、神とその意思について正確に教えました。また、人間が神との結びつきを回復した暁には将来、死からの復活ということが起こり、神の国に迎え入れられるということが起こるわけですが、その神の国がどんなところであるか、それを無数の奇跡の業を通して垣間見せました。そして、一通りのことをやり終えた後で、この世に贈られた本当の目的を果たされました。どんな目的かというと、人間が持っている罪を全部、外面的なものも心の中のものも全て引き受けてゴルゴタの十字架の上にまで運び上げて、そこで本当だったら人間が受けるべき神罰の総和を受けて死ぬという芸当をやってのけたのです。つまりイエス様は、人間の罪の償いをされたのでした。そのための犠牲になったわけです。それは神のひとり子という神聖な犠牲で、これ以上のものはないと言えるくらいの犠牲でした。

罪の償いがなされたので、ここに罪が赦されるという状況が生まれました。罪は神と人間の間を引き裂く力を持っていたのですが、それが力を失ったという状況が生まれたのです。そこで私たち人間が、イエス様は本当にこれらのことを成し遂げたのだ、それなので彼は私にとって救い主です、と表明して洗礼を受ければ、その人は罪の赦しの状況に移行します。そこでは、イエス様が成し遂げた罪の償いがその人に対してなされた償いになっています。それなので、神から罪の赦しを頂いたことになり、神との結びつきが回復します。イエス様が厳しく神と人間との間の溝が絶望的であると言ったのは、人間を落胆させることが目的ではありませんでした。そうではなくて、神のひとり子が身を投げ捨てる以外にもう手立てはないというくらいのものということをわからせるためだったのです。父なるみ神と御子イエス様は無慈悲だったのではなく、ごまかしの利かない完璧なリアリストだったのです。人間の現実はこれだけ厳しいのだとはっきりさせた上で、それに相応しい対応をしたまででした。つまり、神のひとり子が至らぬ人間のために身を投げ捨てたのでした。人間に対して無慈悲だったらそんなことはしないでしょう。

 イエス様が十字架で死なれた時、人間の罪が償われて、罪からは人間を永遠の滅びに陥れる力が消え去るという状況が生まれました。そこでイエス様を救い主と信じる者は、神から罪の赦しを受けて神との結びつきを回復しました。話はまだ続きます。父なるみ神は罪を滅ぼすためにイエス様を十字架の死に委ねたのですが、その後でさらに一度死なれたイエス様を死から復活させたのです。まさにこれで、死を超えた永遠の命と復活の体というものがあることをはっきり示されたのです。先ほども申しましたように、イエス様を救い主と信じて洗礼を受ける者は罪の赦しを得て神との結びつきを持ってこの世を生きるようになります。その時、イエス様の復活が起きたおかげで、一つの大きな方向性が与えられることになりました。それは、永遠の命と復活の体が待っている「神の国」に向かう道に置かれて、その道を歩みだしたということです。

 その道を歩む者は、かつて厳しく聞こえたイエス様の教えが違う響きを伴って聞こえてくるようになります。十字架と復活の出来事が起きる前の段階では、心の清さの完全さを求めるイエス様の教えは受け入れ難いものでした。そんなこと言っていたら、誰も天国には行けなくなります。宗教的な修行を積んでもお祓いをしても何の役にも立ちません。それが十字架と復活が起きた後では、イエス様を救い主と信じるようになった者たちにとって彼の教えはなんだか体の一部のような身近なものになったのです。同じことは後の時代でもイエス様を救い主と信じるようになった人にも起きました。信じていなかった時は、完全たれという教えは、無理ですよイエス様、とか、馬鹿馬鹿しくて相手に出来ないと、背を向けていたのですが、信じて以後は教えはやはり体の一部みたいになっているのです。もちろん、信じるようになっても、そんなの無理だと言ってしまうことがあるのですが、無理だと言う自分に対してもう一人別の自分がいて「無理だなんて言うな、一体自分を何様と思っているんだ!」と叱咤しているのです。以前だったら、無理だ!という声しかなかったのが大きな変化です。どうして無理じゃなくなったのか、これを見ていきましょう。

 

3.

  イエス様を救い主と信じて洗礼を受けると、罪が償われて神から罪の赦しを受けて神との結びつきを持って生き始めるということが起きます。まさに洗礼には人間を異なる次元に移し替える力があります。それでは、新しい次元に移った人間は、真人間になって心も清くなってイエス様が言った厳しい教えがそのまま出来ているのかというと実は全然そうではない。まだ心に清さがないのです。それじゃ、何も変わっていないではないか!と言われてしまうでしょう。しかし、それでも変わっていることがあるのです。

 それは、パウロが洗礼を受けた者のことをイエス様を上着のように頭から被せられた者と言っていますが、それを思い出せば、わかってきます(ガラテア3章28節)。新約聖書を読むと、よく「イエスにあって」とか「キリストにあって」とか「主にあって」という文句が出てきます。ギリシャ語原文では前置詞のενが使われているのですが、英語のinと同じように「~の中に」というのが基本的な意味です。だから、「イエスの中で」、「キリストの中で」、「主の中で」という意味になりますが、それでは何のことかわかりにくいです。ギリシャ語のενは、何かとしっかり結びついていることも意味します。それで、「イエスと結びついて」、「キリストとの結びつきを持って」、「主との結びつきの中で」という意味でも捉えることが出来ます。しかしながら、イエス様を上着のように頭から被せられるというのはイエス様にすっぽり覆われることですから、それをわかっていれば、「イエスの中で」と言っても問題はありません。

 このようにキリスト信仰者はイエス様を衣のように纏っています。それは罪の汚れのない神聖な、色で言えば純白な衣です。被せられた信仰者はと言えば、まだ罪の汚れが残っています。さすがに罪を行為に表して犯すというのは注意深くなったのでしなくなると思います(もちろん弱さや、隙や弱みをつけられることもあります)。そうは言っても、心の中まで清いとは言い切れないことが沢山あります。本日の福音書の個所にあるように、殺人を犯さなくても、口で隣人を悪く言ってしまったり、または心の中で良くないことをいろいろ思ってしまったりします。イエス様は、それは殺人と同罪と言われました。その時キリスト信仰者は、そんなことはありえないなどという反論はもうしなくなります。なぜなら、自分に神聖な衣が被せられている以上は、その衣にたて突くことはしないからです。神のひとり子がそれは罪ですよ言われるので、罪と認めるしかありません。そうなると、殺人と同罪だからやはり地獄行きかと観念しそうになると、そうではないことに気づくのです。あなたは何を纏っているのか忘れたのですか?罪の償いと赦しそのものを纏っているんですよ。それをしっかり纏っている以上、地獄なんかには行きません!そのまま神の国に向かう道を進んでいます。しかも、神との結びつきを持ってですよ!

 兄弟姉妹の皆さん、イエス様は地獄なんか持ち出して心の中の罪も神の罰に値する罪であるなどと厳しいことを教えました。そしてそう教えた本人が自分の命と引き換えに神聖な衣を私たちに着せて下さいました。これをしっかり纏っている限り、何も心配しなくていいのです。心の中の罪のゆえに怯える必要はないのです。洗礼を受けて衣を着せられた信仰者はまた、自分をその被せられた衣に合わせていこうとします。「合わせていこう」というのは、人間は洗礼を受けたら即、真人間、心の清い人間になれるということではないことを示しています。愛のない心は何かの拍子にいつも現れてきます。そのたびに、心の目をゴルゴタの十字架で首を垂れている主に目を向けると、自分が纏っている衣がどれほどの価値があるものかが改めてわかり、それを手放さないようにしっかり纏おうとし、その纏っている衣に自分を合わせていこうとします。そうする度に、自分の内にある罪は圧迫され押しつぶされていきます。パウロは、キリスト信仰者とは罪に結びつく内なる古い人間を日々死なせていく者であると言っていますが(ローマ8章13節)、真にその通りです(後注)。本日の使徒書の個所でもパウロは、コリントの信徒たちは仲たがいし合っていて、それはまだ霊的に大人になっていない肉の段階で、まだ固形食が食べられない母乳で育てなければならない段階であると言っていました。このようにキリスト信仰者は、神に成長を与えられて成長していくのです。それなので、洗礼は清さや完全さのゴールとしてあるのではなく出発点です。復活の体と永遠の命を持てる日がゴールです。

 

4.

 最後に、本日の福音書の個所の終わりにある、誓うことについてのイエス様の教えは少しわかりにくいので、ひと言申し添えておきます。「偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは必ず果たせ」ということが昔から言われている。そこでの「偽りの誓い」とは、神に対して誓った誓いが果たせないと誓いが偽りになってしまうということです。つまり、偽りの誓いを立てるなというのは、逆に言えば、誓いを立てるなら果たせるような誓いを立てよということになります。そうなると、人間は果たせそうな誓いを立ててそれを果たすことで神の意思に沿うことができるのだ、という思い上がりを生み出す危険があります。それで、イエス様は、「然り、然り」「否、否」だけ言いなさいと命じられるのです。つまり、「汝、腹を立てるな、怒るな、憎しみを抱くな」と言われたら、余計な条件を付けずに、「然り、然り」とだけ言う。「汝、心の中で姦淫を犯すな」と言われたら、これも「然り、然り」と言う。それ以上のことを言うのは、神の意思を水で薄めることになる。だから、果たせるような誓いは立てるな、果たせるような誓いをして神に認めてもらったとか、神とお近づきになったなどと思い上がるなと言うのです。

これも、キリスト信仰者にとっては大きな問題にはなりません。そのように「然り、然り」と言うことは、確かに父なるみ神の意思に反することが自分の内にあることを認めることになります。しかし、イエス様の神聖な衣を纏っている限り、神はそれを見て私のことを「よし」と見て下さり、そして、纏っているこの衣が自分の内にある罪を圧迫していく。それなので、キリスト信仰にあっては、心の中の罪を自覚しても神の国へ向かう道から外れることはなく、むしろ自覚することで歩みが確実になっていくとさえ言えるのです。

 

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン。

 

(後注、ギリシャ語が分かる人にです)ローマ8章13節は、新共同訳では「霊によって体の仕業を絶つならば」とありますが、ギリシャ語原文では「霊によって体の業を死なせるならば/殺すならば」です。しかも、「死なせる/殺す」は現在形なので、常態として死なせる/殺す、つまり日々そうするということです。「絶つならば」と言うと、エイッ、ヤーと一気に絶つみたいですが、その場合は動詞は現在形ではなくアオリストになるべきでしょう。

 

今年度の役員就任式が行われました。

説教:木村長政 名誉牧師

コリントの信徒への手紙  11章17節~22節              2020年2月9日(日)

                 「キリストに結ばれて生きる」

 今日の聖書は、前回に続いて、11章17節から22節まで。前回までのところで、パウロは男と女のかぶりものや服についてまで、こまかく、うるさく言ってきました。

 さて、今日の17節から見ますと、がらっと、うって変って、教会内の争いについて語っています。教会生活の中心は、礼拝であるべきである、と、前回でもはっきり示しています。礼拝に集まる、と共に、いっしょの礼拝に招かれ参加することは、すばらしいことであります。

 教会のことを「エクレシア」と言います。この字は呼び出すという字からきています。だから、教会は、召し集められた者の群れである、ということですね。*私たちは、教会で礼拝できる事のありがたさ、特に、昨年と今年の今の大きな変化を身にしみて経験してきました。

 礼拝は、ただの集まりではありません。神のみ前に、正しく集まるための心得が必要となってくるでしょう。それでパウロは、礼拝での服装や髪形や、男と女の位置についてまで「礼拝の秩序」というものを深く考えたわけです。

 ところで、あなた方の集まりを伝え聞くと、その礼拝たるや、召し集められても、結果として、役に立たないことになってしまっている、邪魔になるようでは困る、と言っています。集まりが礼拝であれば、なおさらのことです。その礼拝の中心は聖餐であるからです。

 古代教会と言われる教会では、たびたび集まっては一緒に食事をいたしました。それはイエス様と食事をした事に習ったのでありましょう。一緒に食事することによって、かつてイエス様と共に食事をした時のことを思い出したのです。福音書にはパンの奇跡が6回も書いてあります。だから、ただ集まるのではなく、実は、主と共にいたい、ということでありました。主イエスと、共に食事をしたい、ということでありました。普通の食事のようにみえながら、実は主の晩餐でありました。特に思い出されるのは最後の晩餐であります。

 しかし、主イエス様が、私たちのために十字架につき、甦られ甦るとから言えば、ただ主イエスと共に食事をする、ということではなく、そこで何を食べるか、ということが重要になったのです。主イエス様と共に食事をして、主イエスご自身を食べるということが大切になってくるのであります。それが聖餐であります。このように聖餐では、主ご自身の、復活の主のみ体をいただき、御血を飲むことで主イエス様をおぼえる、そういう礼拝をすることになるのであります。

 人は、自分の熱心や誠実だけで、礼拝ができるものではありません。神の恵みを受け、それを感謝することによってのみ、正しい礼拝ができるのであります。そこに、聖餐を中心にする礼拝の意味があります。

 パウロは、今日の聖書の18節以下を見ますと、「まず第1に、あなた方が教会で集まる際、お互いの間に仲間割れがある、と聞いています。」第1に問題にされたのは、この教会に紛争があった、ということであります。コリントの教会に紛争があったということは、実はこの手紙のはじめから言われていることでありました。この手紙が書かれる理由であったかも知れません。人間の集まるところ、どこにでも、紛争があることがあたり前なことであります。紛争はたしかにありますが仕方がないことであるかもしれません。

 しかし、パウロは紛争のある事だけを責めたわけではありません。3章でもふれていますように、私はペテロにつくとか、私はパウロにつく、アポロにつくと、色々あったようです。ここで、18節以下でパウロが言っているのは、それまでの見方とちがっています。1つの教会の中で、信仰のちがいがあっては困るにちがいありません。しかし、それだけでなく、聖餐を正しく受けるためには、1つの信仰を持っていなければならないのであります。聖餐は信仰によるもので、儀式が中心ではありません。キリストの救いに対する、誤りのない信仰を持っていることが必要なのであります。

 コリントの教会の中に紛争のあった事は不幸なことにちがいありません。しかし、まことの正しい信仰が明らかにされるためには、信仰がためされ、正しい信仰への戦いもやむをえない場合がある、ということでしょう。なぜなら、それによって本当の信仰、本当の聖餐を行うことができるからであります。その時、礼拝は正しい礼拝になり、教会が「集まる所」という意味が生きてくるからであります。しかし、聖餐を守るためにはまだ大事なことがありました。信仰の一致を説いたパウロは、その後、なおもこう言っています。コリントの教会のあからさまな現状です。

 食事の際、各自が自分の晩餐をかってに食べるので、飢えている人があるかと思えば酔っている人がある、と書いています。これはどういうことでしょう。今日の私たちの教会の聖餐式では想像もつかないことであります。これは、もちろん、まだ教会が確立していない頃の話であります。

 はじめの教会の人々は、主イエスとの食事を思い出し、たびたび集まって食事をしていました。そこには二つのことがありました。1つはもちろん聖餐であります。聖餐において主キリストの御体をいただき、主の御血しおを飲み、そうしてキリストとの交わりを新しくしたい、ということです。もう1つの事がありました。それは、とにかく皆んなが集まって食事をするのが楽しい、ということでありました。まだ会堂がなくて、家の教会で、こうした集まりが行われた。そこでは、色んな混乱も起こりやすい状況もあったでしょう。どうかすると、主の晩餐と自分の晩餐とが区別がつかなくなってしまう、という事が起こったりもしたでしょう。

 教会員が一緒に食事をすることは悪いことではありません。しかし、そういう事が教会を造ると考えたら、それはまちがいでありましょう。始めの頃から、教会は、一緒に集って食事をしました。しかしそれは、人々が主イエスとの食事をなつかしんで、主イエス様をおぼえて行なったものでありました。その食事は、やがて、今日のイメージのような聖餐式のようなものとして確立していったのでありました。ともかく「主イエスとの交わりを保つ」ことが唯一の願いでありました。食べることや飲むことが目的ではありませんでした。それなのに、その事が分からないで食事をした人々があった。その人たちは、飢えている人をほおっておいて食べたり酔っぱらってしまったのでした。その事がよほどひどかったと見えて、33~34節にもくり返して語られています。食べることや飲むことが私たち人間の生きる基本であれば又、一方、みだらな方向へもおちいりやすいことであります。

 信仰はどこまでも主イエス・キリストと共に生きることであります。主との交わりによってだけ生きることができるのであります。だからこそ聖餐が大切なのであります。では人と人との交わりはそこにはないのかというと、そうではありません。キリストとの交わりがあって、そのほかに、互いの交わりがなくてはならないでしょう。

 コリントの教会の実情は、すさまじいものであったとパウロは言って、聖餐の秩序にふれ、聖餐をおろそかにすることは、神の教会そのものを軽んじることになる、とパウロは言うのです。神の教会を軽んじることは、神ご自身を軽んじることになるのです。教会を建てられたのは、ただ、神を信じる者たちをまとめようというのでなく、この教会に入れられることによって、神と結びつくものとせられているからであります。

 教会の基礎となっているものは、キリストによる救いであります。キリストによる救いは、キリストの十字架と復活によることであります。それが聖餐においてあらわされ、聖餐において信仰者に伝えられるのであります。そういう意味で、聖餐こそは教会の中心であり、基礎であります。教会の者になるということは、キリストと結びつく事、キリストと生きる関係を持つことであります。

 コリントの教会の中には、聖餐を軽んじ、教会を混乱させていった。ここには、貧しい者たちをはずかしめた、と言われています。食物の取り合いをして、弱い者である貧しい者たちをはずかしめることになった、というのであります。それは、この混乱の中の1つの出来事であったに過ぎないのでしょうが、この貧しい者を愛し、救いに召された、主イエス・キリストをはずかしめることになるのであります。主イエスの御体と御血しおをいただいた聖餐にあずかって、生かされている貧しい人々がつらい目にあっていることは、復活の主もつらい目にあわされている、ということです。

 主に生かされているものは、主キリストに愛され、教会にあるのであります。つらい目に会い、苦しみのぶじょくの中にあっても、教会の中で、永遠の命にあずかって生きるのであります。

 私たちも、このパウロにふれて、パウロの言葉を聞いて、今、一度、聖餐にあずかるたびに思いを新たにされていきたいものです。           <アーメン>ハレルヤ!

2/8 フィンランド家庭料理クラブのご報告

寒い気温でしたが、明るい日射しの土曜日の午後、スオミ教会「家庭料理クラブ」は、ルーネベリ▪ロールケーキを作りました。

最初にお祈りをして始まります。

今回は4組に別れての作業です、レシピの説明を受け、材料の計量をして、軽く柔らかい生地は鉄板に流され、綺麗に焼き上がり、次の作業の巻き込むクリーム作りへ進みます。

完成した4本のロールケーキが冷めるのを待つ間、ヴォイレイパも作りました。

試食会では、楽しいおしゃべりに笑い声が響きました。
一段落した頃、パイヴィ先生から、フィンランドの作家で、お菓子の名前にもなっているルーネベリのお話を聞かせて頂きました。

多くの讃美歌も作られたそうで、機会があったら、ぜひ聞かせて頂きたいと思いました。

参加の皆様お疲れ様でした。

 

2020年2月8日ルーネベリタルトの話

フィンランドでは新年が終わったら、次にお祝いの日になるのは2月5日の「ルーネベリの日」です。この日は昔は休日でしたが、今はそうではなく、ただ国旗を掲げるだけの祝日です。それでも新年が終わると、ルーネベリタルトがお店で売られることは変わりません。

Albert Edelfelt [Public domain]ルーネベリとはどんな人だったでしょうか?彼はフィンランドの有名な作家で、1804年に生まれました。詩や小説をたくさん書いて、彼の最も有名な詩「わが祖国」はフィンランドの国歌になりました。また、彼は教会のことも熱心で、60曲近い讃美歌の詩も書きました。今フィンランドの教会で使っている賛美歌の中にはルーネベリが書いた賛美歌がまだ21曲のっています。

お祝いをするのが好きだったルーネベリは、50歳になってから毎年誕生日に大きなお祝いをしました。後に彼の誕生日である2月5日は、彼の記念日としてフィンランド全国で祝われるようになりました。現在は彼の誕生日というよりは、フィンランドの文化の日として祝われます。この日にルーネベリが大好きだったルーネベリタルトがオフィシャルなお祝いの会場でも家庭でも出されます。ルーネベルリは小説や詩だけでなく、ルーネベルリタルトも残したと言うことができます。

ルーネベリは、この甘いお菓子を朝食で食べたくらい大好きだったそうです。このお菓子の始まりについては、いろいろな説があります。ある説によると、ルーネベリタルトはスイスで初めて作られて、そこからフィンランドのルーネベリが住んでいた町に伝わって、町の喫茶店で売られていたということです。ルーネベリはこのお菓子がとても気に入って、よく食べるようになったのが始まりだと言われています。ルーネベリは甘いお菓子が大好きだったので、奥さんのフレディリカもこのお菓子を作ったそうです。

現在、ルーネベリタルトのレシピはいろいろありますが、一番オーソドックスなものは、形が円筒形で、上にのせるジャムはラズベリージャムです。面白いレシピの一つは、生地にピパルカックを入れるものです。クリスマスの期間に食べきれなかったピパルカックをつぶして生地の中に入れて、それで美味しいものが出来るのは素晴らしいことと思います。しかし最近の家庭はピパルカックを昔ほど沢山作らないので、つぶしたピパルカックの代わりにピパルカックのスパイスを入れるようになりました。今日皆さんと一緒に作ったロールケーキはそれです。ロールケーキにはつぶしたピパルカックを使わないで、形もロールケーキですので、新しいタイプのルーネベリのお菓子になりました。

このようにルーネベリタルトはいろいろ変わったバージョンが出来ますが、ルーネベリが書いた詩の中で、時代が変わっても変わらない宝物のことを言っているものがあります。その詩は賛美歌にもなりました(賛美歌183 「On meillä aarre verraton」フィンランド語で聴く)。それを紹介したく思います。この賛美歌は長くて7節までありますが、最初の1節だけを訳して紹介します。

「私たちは宝物を持っている。それは他のものと比べることが出来ない宝物。金よりも価値がある宝物。この宝物を前にしたら宝石など、ただの土のよう。この偉大な宝物は、天の神様がご自分のもとから送って下さる御言葉だ。御言葉を神様は宝物として私たちに与えて下さった。」

この賛美歌はルーネベリが書いた賛美歌の中で最も有名で、最も美しい賛美歌と言われています。この賛美歌で歌われている宝物とは何でしょうか?それはいつまでも永遠に変わらない、神様の御言葉です。ルーネベリは天国に属する御言葉と地上に属する金と宝石を比べます。金と宝石はこの地上がある時だけ存在します。神様の御言葉はこの地上がある時だけでなく、それを超えて天国にまで存在します。このように神様の御言葉は、金や宝石よりも永遠に続くので、それらよりも高い価値があるのです。そして、もう一つ大事なポイントは、神様の御言葉はある限られた人たちに与えられるのではなく、世界中の人たちに与えられる宝物であるということです。

どうして、神様の御言葉は私たちにとって最も高価なものでしょうか?それは、私たちが天と地そして人間を造られた神様のことを知ることができる言葉だからです。聖書を読んだり聞いたりすると、私たちは神様やその独り子イエス様を知ることが出来ます。小教理問答というルターが書いたキリスト教の入門の本があります。フィンランド語でKatekismusと言います。そこで、神様の独り子イエス様を信じて受け入れると神様の子供になれる、それが人生で最も高価なことであると言われています。ルーネベリが書いた賛美歌の意味はとても深いと思います。ルーネベリタルトを食べたり、ルーネベリの名前を聞いたりする時は、この賛美歌の深い意味を思い出しましょう。

交わり

 

本日の礼拝に参加されたフインランドから来日されたカイヤレーナ・ビルヤさんを交えて歓談が持たれました。礼拝の途中できれいな声で歌ってくれた詩編139がとても印象的でした。

説教「キリスト信仰の『幸い』ストーリー」神学博士 吉村博明 宣教師、マタイにようる福音書5章1-12節、ミカ章6-8節

主日礼拝説教 2020年2月2日 顕現節第4主日

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

 

1.はじめに - 「幸せ」と「幸い」

 本日の福音書の箇所はマタイ5章のイエス様の「山上の説教」の最初の部分です。「山上の説教」はガリラヤ地方の小高い山の上で群衆に向かって語られた教えで、マタイ5章から7章までの長きにわたります。教え終わった時、「群衆はその教えに非常に驚いた。彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである」と言われています(7章29節)。そのように聞く人に強いインパクトを与えた教えでした。2000年後の私たちが読んでもインパクトがあると思います。例えば「復讐してはならない、敵を愛せよ、人を裁くな」というのは崇高な理想に聞こえます。また、「野の花を見よ、働きもせず、紡ぎもしない、それなのに、天の父なるみ神はこのように装って下さる。お前たちにはなおさらである。だから思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む」などは、キリスト信仰者であるなしにかかわらず、深い励ましを感じさせます。そうかと思えば、モーセ十戒の第五の掟「汝殺すなかれ」について、たとえ殺人を犯さなくとも心の中で兄弟を罵ったら同罪であると言います。第六の掟「汝姦淫するなかれ」についても、たとえ不倫をしなくともふしだらな目で異性を見たら同罪である、などと教えます。そこまで言われたら神の前で正しい人間などいなくなってしまうではないか、と呆れかえられるのではないでしょうか。

このように「山上の説教」には、崇高な理想を感じさせる教えもあれば、励ましや慰めに満ちた心温まる教えもあり、そうかと言えば、ちょっと受け入れられないぞ、というような教えもあります。いずれにしても聞いた人たちは何か不動の真理が述べられていると気づき、大きな権威を感じました。

 本日の箇所は、「山上の説教」の中で「幸いな人」について教えているところです。「幸せ」ではなくて「幸い」と言っていることに注意しましょう。もとにあるギリシャ語の単語マカリオスμακαριοςの訳として「幸せ」ではなく「幸い」が選ばれました。普通の「幸せ」と異なる「幸せ」が意味されています。それでは、「幸い」はどんな「幸せ」でしょうか?一般に、好きなことが出来ることや欲しいものが持てることが幸せなことと考えられるでしょう。その意味で、不足がない状態を幸せと言っていいでしょう。

「幸い」は次元が違います。誤解を恐れずに言えば、欲しいものが持てない時にも好きなことが出来ない時にも失われない幸せです。この世離れした「幸せ」です。聖書の観点で言うと、「幸い」とは創造主の神が「これが人間にとって幸せなのだ」と言っていることです。「幸せ」の方は人間自身が「これが自分にとって幸せだ」と言っていることです。神の目から見た幸せと人間の目から見た幸せということですが、両者は重なる部分もありますが、基準はあくまで神の視点です。

さて、現代のような、あらゆることが人間中心で進む時代に「創造主の神」などを持ち出してその基準に人間を従わせるようなことは流行らないと言われるでしょう。良いこと悪いこと正しいこと間違っていることの判定にもう神など持ち出す必要はない、人間にやりたいようにやらせて何か不都合なことが起きたら軌道修正すればいい、そういうやり方でいけばいいじゃないか、そういう考え方に皆さんなってきているのではないでしょうか?そうなれば、人間が生きる目的は「幸せ」の獲得だけになります。「幸い」などというものは神の余計なおせっかいで、「幸せ」を追求する時の邪魔にさえなります。そうすると、聖書やキリスト信仰というのは実は時代の流れに逆らう反逆児のストーリーではないかと思えるのですが、どうでしょうか?要は、人間は神の前に跪いて祈るのが人間らしいのか、それとも、跪くものなど何もないというのが人間らしいのか、どちらが人間らしいかという問題に行きつくと思います。

2.「幸い」のケース・スタディー

 話が広がりすぎました。イエス様の「幸いな人」の教えに戻りましょう。イエス様はどんな人が神の目から見た幸せな人、つまり「幸いな」人であると教えているでしょうか?九つのケースがあります。それぞれについて見ていきましょう。

まず、「心の貧しい人たち」が幸いであると言われます(3節)。よく指摘されることですが、この「心の貧しい」というのはギリシャ語の原文では「霊的に貧しい」です。英語の聖書(NIV)もスウェーデン語もフィンランド語もルター訳によるドイツ語も皆「霊的に貧しい」と訳しています(後注1)。どうして日本語訳で「心の貧しい」と訳されたのかはわかりません。「心が貧しい」と言うのは、日本語の辞書を見ると「人格や器量が乏しいさま」とか「考えが狭かったり偏っていたりすること」とか、何か至らない人間を指す言葉です。

それでは「霊的に貧しい」というのはどういうことか?ここから先はルター派の観点で述べていきます。「霊的に貧しい」とは、天地創造の神に対して至らないところがあるということです。さらに大事なことは、その至らなさを自覚しているということです。十戒があるおかげで創造主の神が人間に何を求めているかがわかります。それに照らし合わせると、自分は神に対して至らないということがわかります。これが霊的に貧しい状態です。自分はもちろん殺人もしないし不倫も盗みも働かない。だから神はよしと認めて下さるかと言えば、神のひとり子のイエス様が「山上の説教」で、兄弟を罵ったら殺人と同罪、異性をふしだらな目でみたら姦淫と同罪などと教えているではないか!神聖な神は人間の外面的な行為のみならず心の奥底まで潔癖かどうか見ておられる。なにしろ神は天と地のみならず人間をも造られた創造主で、人間一人一人に命と人生を与えられた造り主である。私たちの髪の毛の数から心の奥底までも全部お見通しである。そうなれば、自分は永遠に神の前に失格者だ。このように神聖な神の意思を思う時、全然なっていない自分に気づき意気消沈する。これが霊的に貧しいことです。しかし、そのような者が「幸いな者」と言うのです。

なぜ、そのような者が幸いなのか?その理由が言われていています。「なぜなら天の国はその人たちのものだからである。」新共同訳では出ていませんが、ギリシャ語原文ではちゃんと「なぜなら」と言っています。これは不思議な事です。「天の国」、つまり「神の国」のことですが(マタイは「神」という言葉を畏れ多くて使わず「天」に置き換える傾向があります)、それが、神の前に立たされても大丈夫な者、霊的に完璧な者が幸いで神の国を持てるとは言わないのです。逆に、自分は神聖な神の前に立たされたら罪の汚れのゆえに永遠に焼き尽くされてしまうと心配する。そういう霊的に貧しい者が幸いで神の国を持てるとイエス様は言われる。これは一体どういうことなのでしょうか?これは後で明らかになります。

次に「悲しむ者が幸い」と言われます(4節)。何が悲しみの原因かははっきり言っていません。前の節で言っていた、神の前に立たされて大丈夫でない霊的な貧しさが悲しみの原因と考えられます。加えて、そういう神との関係でなく、人間との関係や社会の中でいろんな困難に直面して悲しんでいることも考えられます。両方考えて良いと思います。ここでも「悲しむ者」がなぜ幸いなのか、理由が述べられています。「なぜなら彼らは慰められることになるからだ。」ギリシャ語原文は未来形なので、将来必ず慰められるという約束です。さらに新約聖書のギリシャ語の特徴の一つとして、受け身の文(~される)で「誰によって」という行為の主体が言われてなければ、たいていは神が主体として暗示されています。つまり、悲しんでいる人たちは必ず神によって慰められることになるということです。どういうことか、これも後で明らかになります。

次に「柔和な人々」が幸いと言われます(5節)。「柔和」とは、日本語の辞書を見ると「態度や振る舞いに険がなく落ち着いたさま」とあります。ギリシャ語の単語プラウスπραυςも大体そういうことだと思いますが、もう少し聖書の観点で言えないか?ルターがマリアの品性について言っていることが当てはまると思います。マリアは神を信頼し、神が計画していることは自分の身に起こってもいいという物分かりのいい態度でした。たとえ世間から白い目で見られることになるかもしれなくても、神は全てに勝る方なので心配しなくてもいいという単純さ、神の計画を運命として静かに受け入れる態度でした。そういう神への信頼に裏打ちされた物分かりのよさ、単純さ、静かに受け入れる態度、これらが柔和の中に入って来ると思います。

そんな柔和な人たちが幸いである理由は、「地を受け継ぐことになるからだ」と言います。少しわかりにくいですが、旧約聖書の伝統では「地を受け継ぐ」と言えば、イスラエルの民が神に約束されたカナンの地に安住の地を得ることを意味します。キリスト信仰の観点では、「約束の地」とは将来復活の日に現れる「神の国」になりますので、「地を受け継ぐ」というのは「神の国」を得る、そこに迎え入れられることを意味します。神を信頼する柔和な人たちが神の国に迎えられるということも後で明らかになるでしょう。

次に「義に飢え渇く人々」が幸いと言われます(6節)。「義」というのは、神聖な神に相応しいということです。神の前に立たされても大丈夫、問題ないという状態です。先ほど見た、霊的に貧しい者は神の前に立たされたら大丈夫でないと自覚しています。それなので義に飢え渇くことになります。そのような者が幸いと言われますが、その理由は「彼らは満たされることになるからだ」と言われます。これも受け身の文なので、神が彼らの義の欠如を満たして下さるということです。義がない状態を自覚して希求する者は必ず義を神から頂ける。だから、義に飢え渇く者は者は幸いである、と。義の欠如の自覚がなく、義に飢えも渇きもない人は満たしてもらえません。それでは、神はどのように義の欠如を満たして下さるのか、これも後で明らかになります。

7節では「憐れみ深い人」が幸いで、それは彼らが神から憐れみを受けることになるからだと言われます。神から憐れみを受けるとは、神の意思に照らしてみると至らないことだらけの自分なのに受け入れてもらえるということです。罪を持つのに赦してもらえるということです。どうしたら私たちも赦したり受け入れたりすることが出来るでしょうか?そのことも後で見ていきます。

8節では「心の清い人」が幸いで、それは彼らが神をその目で見ることになるからだと言われます。「心の清い」とは罪の汚れがないということです。そんな人は神の前に立たされても大丈夫なはずですから、神を見るのは当然です。私たちはどうしたらそんな清い心を持てて、神の前で大丈夫でいられるようになれるのでしょうか?そのことも後で見ていきます。

9節では「平和を実現する人」が幸いで、それは神の子と呼ばれるようになるからだと言われます。「平和を実現する」と言うと、何か紛争地域に出向いて支援活動をするような崇高な活動のイメージが沸くかもしれません。しかし、平和の実現はもっと身近なところにもあります。ローマ12章でパウロは、周囲の人と平和に暮らせるかどうかがキリスト信仰者次第という時は、迷わずそうしなさいと教えます。ただし、こっちが平和にやろうとしても相手方が乗ってこないこともある。その場合、こちらとしては相手と同じことをしてはいけない。「敵が飢えていたら食べさせ、乾いていたら飲ませよ」、「迫害する者のために祝福を祈れ」と、一方的な平和路線を唱えます。なんだかお人好し過ぎて損をする感じですが、神の子と呼ばれる者はそうするのが当然というのはどうしてなのか、それも後で明らかになります。

これらの他にも、10~11節で義やイエス様を救い主と信じる信仰のゆえに人からあることないこと言われたりひどい場合は迫害されてしまうが、それも幸いなことと言われ、それは神の国に迎え入れられることになるからだと言われます。どうやら、全ての「幸い」のケースは神の国への迎え入れと関係しているようです。神によく慰められることも、神の国を受け継ぐことも、義が満ち足りた状態になるのも、憐れみを受けるのも、神を目で見ることも、神の子と呼ばれることも全て、神の国に迎え入れられるからそうなるのだ、ということが見えてきます。そのことを詳しく見る前に、神の国に迎え入れらるとはどういうことか?どうしたら迎え入れられるのか?これを次に見てみましょう。

3.旧約で足踏み状態だったところから足を踏み出させるイエス様

 イエス様の「山上の説教」を当時はじめて聞いた人たちは面食らったことと思います。というのは、旧約聖書の伝統では「幸いな人」は、詩篇の第1篇で言われるように、律法をしっかり守って神に顧みてもらえる人を意味していたからでした。また、詩篇の第32篇にあるように、神から罪を赦されて神の前に立たされても大丈夫に見なされる人を意味しました。

人間はどのようにして神から罪を赦されるでしょうか?かつてイスラエルの民はエルサレムに大きな神殿を持っていました。そこでは律法の規定に従って贖罪の儀式が毎年のように行われました。神に犠牲の生け贄を捧げることで罪を赦していただくというシステムでしたので、牛や羊などの動物が人間の身代わりの生け贄として捧げられました。律法に定められた通りに儀式を行っていれば、罪が赦され神の前に立たされても大丈夫になるというのです。ただ、毎年行わなければならなかったことからみると、動物の犠牲による罪の赦しの有効期限はせいぜい1年だったことになります。

イエス様の教えを聞いた人たちは旧約聖書の伝統に立っているので、「幸いな人」と聞いて、律法を心に留めて守る人とか、神殿での儀式を通して罪の赦しを得られる人とか、そういう人を連想しました。詩篇の第1篇と32篇は、ヘブライ語の原文では「幸いなるかな」アシュレーאשריという言葉が先に来て、「~する人」という言葉が続きます。イエス様が「山上の説教」の時に話した言葉はアラム語というヘブライ語に近い言葉でした。それがギリシャ語に訳されて新約聖書に載っているわけですが、それでも文の形は同じで、「幸いなるかな」マカリオイμακαριοιという言葉が先にきて、「~する人」と続いて行きます。アラム語でも同じ形だったでしょう(後注2)。つまり、語るリズムは旧約聖書と同じです。それなのに、聞いていると、律法のことも罪の赦しも言われません。神の前に立たされたら自分は大丈夫ではないこと、大丈夫になるのは今までと違うやり方でないとダメだということ、そういうことを明らかにするような教えでした。イエス様の意図は一体なんだったのでしょう?

イエス様の意図はこうでした。イスラエルの民よ、お前たちは律法を心に留めて守っているというが、実は留めてもいないし守ってもいない。人間の造り主である神は人間の心の清さも求めておられるのだ。お前たちは神殿の儀式で罪の赦しを得ていると言っているが、実は本当の罪の赦しはそこにはない。父なる神は預言者たちの口を通して言っていた。毎年繰り返される生け贄の捧げは形だけの儀式になってしまい、心の中の罪を野放しにしている。それなので私が本当に律法を心に留められるようにしてあげよう。本当の罪の赦しを与えよう。本当に罪の赦しを与えられ、本当に律法を心に留められた時、お前たちは本当に「幸いな者」になる。そして「幸いな者」になると、お前たちは今度は霊的に貧しい者になり、悲しむ者になり、柔和な者になり、義に飢え渇いたり、憐れみ深い者になり、心の清い者になり、義や私の名のゆえに迫害される者になるのだ。

それではイエス様はどのようにして人間に本当の罪の赦しを与えて、人間が律法を心に留められるようにして「幸いな者」にしたのでしょうか?

4.「神の国」に至る道に置かれてそれを歩むキリスト信仰者

 それは、天地創造の神が立てた人間救済計画を実行することで行われました。もともと人間は神に創造された当初は罪を持たない、従って罪の赦しを必要としない存在として、神聖な神のみもとにいることができていました。ところが、創世記3章に記されているように、神に対して不従順になり罪を犯し、罪が人間の内に入り込んだがために人間と神との結びつきは失われて、神のもとにいられなくってしまいました。この時、人間は死ぬ存在となってしまいました。神はこの状態を悲しみ、それを解決するためにひとり子イエス様をこの世に送られました。イエス様に人間の全ての罪を背負わせて、ゴルゴタの十字架の上まで運ばせてそこで神罰を受けさせて死なせました。罪と何の関係もない神聖な神のひとり子に人間の罪の償いをさせたわけです。そうしたのは、ひとり子の犠牲に免じて人間の罪を赦すことにしたからでした。本日の旧約の日課ミカ書で、神の御前に立つことが出来るために動物の生贄を捧げることはもはや意味がないのではと自問しているところがありました。動物の生贄に意味がないとしたら、人間が自分の子供か胎児を生贄にしなければならないのだろうかとさえ言います。神は、そうする必要はないと言わんばかりに、自分のひとり子を生贄に捧げたのでした。

この犠牲は神の神聖なひとり子の犠牲でした。それなので、神殿で毎年捧げられる生け贄と違って、本当に一回限りで十分というとてつもない効力を持つものでした。罪には人間を神から引き離す力があったのですが、それが完全に削がれるという状況が生まれました。あとは人間の方がこれらのことは自分のためになされたのだとわかって、それでイエス様は自分の救い主であると信じて洗礼を受けると、その状況の中に入れて罪の赦しがその人に効力を発揮し出します。その人は、復活の体と永遠の命が待っている「神の国」に通じる道に置かれます。そして、その道を歩み始めます。イエス様を救い主と信じる信仰に入り洗礼を受けた者は、使徒パウロがガラティア3章26-27節で言うように、神聖なイエス様を衣のように頭から被せられます。信仰者は、この罪の汚れのない衣を纏いながら、神の国に至る道を歩んでいきます。

イエス様という義と神聖さを持つ方を衣のように被せられた人は、まだ内側に罪の汚れを持ってはいても、神がその汚れなき衣に目を留めて下さるので大丈夫です。至らぬ自分なのに、ひとり子を犠牲にするくらい、私のことを思って目をかけて下さった。このことが分かった人は、神に申し訳ないという気持ちと感謝の気持ちの両方を持つようになるので、神がそうしなさいと言われることはそうしなくては、という心になります。そこで、神がしなさいと言われることですが、本日の旧約の日課ミカ書6章の8節によく要約されています。
「人よ、何が善であり、主が何をお前に求めておられるかは、お前に告げられている。正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこと、これである。」

「正義を行う」、つまり隣人が大切なもの必要なものを奪われていないかよく注意し、不正や不公平や不正義に反対する。「慈しみを愛する」、つまり私が罪を赦されたように私も隣人の罪を赦す、そのように愛する。「ヘリ下って神と共に歩む」、つまり、罪を犯さないように注意してこの世を生きる。その際、一人ぼっちではなく神と共に歩む(後注3)。

神への申し訳なさと感謝の気持ちから神の意思を心に留めるようになった。すると今度は、自分は果たして神の意思に沿うように生きているのだろうかということに敏感になります。外面的には罪を行為にして犯していなくとも、心の中で神の意思に反することがあることに気づかされます。霊的に貧しい時であり、悲しい時であり、義に飢え渇く時です。その時キリスト信仰者はどうするか?すぐ心の目をゴルゴタの十字架の上のイエス様に向けて祈ります。「父なるみ神よ、イエス様を救い主と信じていますので、私の罪を赦して下さい。」すると神はすかさず「お前がわが子イエスを救い主と信じていることはわかっている。イエスの犠牲に免じてお前の罪を赦す。これからは罪を犯さないように」と言ってくれて、私たちはまた新しいスタートを切ることができます。神の国に至る道を歩むキリスト信仰者はいつも、このように慰めを受け、義の飢えと渇きを満たされます。それなので、神に対して強い信頼を抱き柔和になります。

一方的な平和路線で良いという態度については、パウロがローマ12章で言っています。キリスト信仰者たる者は最後の審判で正義が実現することに全てを賭けている、だから自分では復讐はしない。信仰のことを悪く言われても迫害されても、それは「神の国」に至る道を歩んでいることの証しに他ならないということになります。

そうこうしているうちに歩んできた道も終わり、神の前に立たされる日が来ます。キリスト信仰者は自分には至らないことがあったと自覚している。しかし、自分としてはイエス様を救い主と信じる信仰に留まったつもりだった。不十分なところもあったかもしれないが、信仰が全てでした、そう神に申し開きをします。イエス様を引き合いに出す以外に申し開きの材料はありません。その時、神は次のように言われます。「お前は、イエスの純白な衣をしっかり纏い続けた。それをはぎ取ろうとする力が働いても、しっかり握り掴んで手放さなかった。その証拠に私は今、お前が同じ衣を着て立っているのを目にしている。」

 兄弟姉妹の皆さん、これがキリスト信仰の「幸い」のストーリーなのです。

 人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように
アーメン

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(後注1)「霊的に貧しい」οιπτωχοιτωπνευματιは、英語(NIV)ではthe poor in spirit、ドイツ語(ルター訳)ではdie da geistlich arm、スウェーデン語ではfattiga i anden、フィンランド語ではhengissä köyhät。ドイツ語(einheitsübersetzung)ではdie arm sind vor Gottとなっていて、神に対する至らなさがすぐ出る訳だと思います。

(後注2)アラム語でも「幸いなる」はアシュレーאשריです。これに「~する人」が付け加わえられるわけですが、ヘブライ語の関係詞אשרに代わってアラム語はד’を採ったでしょう。

(後注3)。「慈しみを愛する」はヘブライ語はאהבת חסדで、直訳すると「慈しみ/憐れみの愛」、すこし細かく言うと、「慈しむ/憐れむという仕方で愛する」です。

 「ヘリ下って神と共に歩む」とうのは、הצנע לכת עמ-אלהיךのことで、辞書によれば「注意深く生きること、神と共に歩むこと」です。

聖餐式:木村長政 名誉牧師

交わり

今日の礼拝に参加した旧知の4人のゲストを迎えて交わりは何時になく賑やかな交わりになりました。この後に開かれる総会に備えて腹ごしらえは抜かりなくいただきました。

2020年度スオミ教会定期総会

当教会の主任牧師である浅野直樹牧師(市ヶ谷教会)の立会いの下に定期総会が開かれました。吉村博明宣教師から提案された今後の教会の在り方についての議題をめぐって遅くまで討議がなされました。

説教「死の陰を蹴散らす光を見よ」神学博士 吉村博明 宣教師、マタイによる福音書4章12―23節

主日礼拝説教(顕現後第三主日)イザヤ8章23節―9章3節、第1コリント1章10―18節、マタイ4章12―23節

 
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とがあなたがたにあるように。アーメン

わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

1.はじめに

本日の福音書の個所は、いろんなことが詰まっているので、統一したテーマのもとで説教するのが難しいです。それでも、旧約の日課と重ねて何度も読み返すと少し方向性が見えてきました。うまく出来るかどうか自信ありませんが、やってみます。「イエス様は光」というのが統一したテーマというか、コンセプトになるのではないかと思いました。イエス様はどんな光かと言うと、本日の旧約の日課イザヤ書9章の言葉を借りれば、私たち人間はこの世では暗闇の中を進んでいるようであり、CC0死の陰の中に住んでいるようなものである。そこにイエス様という光が現れ、そのおかげで暗闇の中を歩くような危険はなくなり、死の陰なる暗さも消えて何も恐れる必要はなくなるということです。どうしてそんなことが言えるのか、見ていきます。

まず、出来事の流れを見てみます。イエス様がヨルダン川にて洗礼者ヨハネから洗礼を受けて、神からの霊、聖霊が彼の上に降るということが起きました。これはイザヤ書の預言の実現でした(同書11章2節、42章1節)。その後でイエス様はユダヤの荒野で悪魔から誘惑の試練を受けました。悪魔はイエス様に肉体的な苦痛だけでなく、それから逃れられるために旧約聖書の御言葉を逆手にとって、イエス様がひれ伏すように仕向けました。しかし、全て失敗に終わりました。イエス様は神のひとり子ですから、父の御言葉を正確に理解しています。悪魔の曲解は全てお見通しです。悪魔は退散しました。

悪魔の誘惑に打ち勝ったイエス様は、ユダヤ地方の北のガリラヤ地方に移動し、そこで活動を開始しました。ガリラヤ地方とは、イエス様が育ったナザレの町があるところです。なぜガリラヤに移動したのか?洗礼者ヨハネが投獄されたことが言われています。ヨハネを投獄したのは領主ヘロデとありますが、これはイエス様が生まれた時にその命を狙ったヘロデ王とは別人で、その息子のヘロデ・アンティパスのことです。父のヘロデはローマ帝国の支配の下でユダヤ民族の王としての地位についていました。息子のヘロデ・アンティパスの版図はもっと狭まり、北のガリラヤ地方だけの領主でした。王よりもランクが低いわけです。洗礼者ヨハネはこの領主アンティパスの不倫を咎めたために投獄されたのでした。ヨハネは後に首をはねられてしまいます。イエス様は、ヨハネが投獄されたと聞いて、ガリラヤにやって来たのです。新共同訳では「ガリラヤに退かれた」とありますが、事実は逃げたというより、アンティパスの本拠地に乗り込んで来たというのが真相です。

しかしながら、育ち故郷の町ナザレを活動拠点とはせず、ガリラヤ湖畔の町カペルナウムに落ち着くことにしました。なぜかと言うと、ナザレの人たちがイエス様を拒否したからでした。その辺の事情はルカ4章16~30節に記されています。

さて、カペルナウムを拠点として、イエス様のガリラヤ地方での活動が始まりました。「悔い改めよ、神の国が近づいた」という言い方で人々に教え始めました。教えるだけでなく、人々の病を癒すような多くの奇跡の業を行いました。そのことが本日の旧約の日課イザヤ書にある預言の成就であったと言われています。活動開始の時、弟子になる者たちを選びました。本日の個所ではペトロとアンドレの兄弟、ヤコブとヨハネの兄弟、4人ともガリラヤ湖で漁をする漁師でした。みなイエス様に声をかけられるや、生業を捨てて後についていきます。特にヤコブとヨハネは「舟と父親を残して従った」とあります。救世主が一声かけたら、生業も親も捨てて行ってしまうものなのか?弟子になれるんだったらそれ位は当たり前だなどと言ったら、なんだか世間を騒がす宗教みたいです。この点については、以前の説教で、ルターが教えていることをもとにしてお話ししたことがあります。基本的なことは今も変更ありませんが、今日はまた新しい視点を付け加えてお話ししようと思います。

 

2.闇を照らし、死の陰を蹴散らす光

 まず、イエス様がガリラヤで活動を開始したことが、イザヤ書の預言の成就であるということについて見てみましょう。

マタイ福音書には成就した預言の文句として、イザヤ書8章23節と9章1節を引用しています。ちょっと端折った引用ですので、この2節の全文を見ることが大事です。

「今、苦悩の中にある人々は逃れるすべがない。先にゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが、後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは栄光を受ける。闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」

ヘブライ語の原文から見て、この訳には注文をつけたい点もありますが、細かいことは抜きにして話を進めます。この預言は、これが語られた紀元前700年代に関わることがあります。それに加えて、700年たった後に起きるイエス様の出来事に関わることが含まれます。さらにはイエス様の出来事がその後の時代を経て現在にまで関わっていることも含まれています。とても重層的な預言です。一つ一つ解きほぐしていきましょう。

紀元前700年代、かつてのダビデの王国が南北に分裂して二つの王国が反目しあって200年近く経ちました。こともあろうに、北のイスラエル王国が隣国と同盟して、南の兄弟国ユダ王国を攻めようとしました。ユダ王国は王様から国民までパニックに陥りますが、預言者イザヤが現れて「攻撃は成功しない、なぜなら神の御心がそうだからだ、だから心配に及ばない」と言います。実際、イスラエル王国とその同盟国は東の大帝国アッシリアに滅ぼされてしまい、ユダ王国に対する攻撃は実現しませんでした。イザヤの預言の言葉で辱めを受けた「ゼブロンの地、ナフタリの地」というのは、もともとはユダヤ民族の12の部族のうちのゼブロン族とナフタリン族の居住地域で、北のイスラエル王国の版図です。それが、アッシリア帝国に蹂躙されてしまったのです。

しかしながら、預言の言葉は滅亡に終わりません。「後に、海沿いの道、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは栄光を受ける。」

これは、異民族に蹂躙されてしまったこれらの旧ゼブロン、旧ナフタリの地域が神の栄光を受ける場所になるというのです。どういうふうに受けるかということについては9章1節から言われます。「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」預言はさらに続きます。その光を見た人々は大きな喜びに包まれる。それはさながら刈り入れの時を祝うようであり、戦争に勝って戦利品を分け合う時のようである、と。戦利品を分け合うというのは物騒な話ですが、戦争が日常茶飯事な時代でしたから喜び祝うことのたとえとして使われたのでしょう。ただし、死の陰を照らす光が現れる時、戦争がなくなると言います。本日の日課を超えますが、4節です。「地を踏み鳴らした兵士の靴、血にまみれた軍服はことごとく火に投げ込まれ、焼き尽くされた。」順序が逆になりましたが、「ミディアンの日」と言うのは、士師の時代のイスラエルの指導者ギデオンが小部隊でミディアン人の大部隊を敗走させた出来事を指すと考えられます。士師記7章です。

イザヤ書9章の預言はまだ続きます。本日の日課を超えていますが、大事なので見ていきます。「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる。ダビデの王座とその王国に権威は増し、平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。」ここで預言されている「平和の君」とは誰のことを言うのか?

紀元前700年代、ゼブルンの地とナフタリの地にまたがる北王国はアッシリア帝国に滅ぼされました。その後、南王国は次は自分たちの番かと固唾を飲む状況が続きました。本日の日課の個所の少し前に国民が精神的にも追い詰められていた状況がずっと述べられています。それが8章23節で「今、苦悩の中にある人々は逃れるすべがない」ということなのです。

 そこで、蹂躙されたガリラヤ地方がまた栄光を受けるとはどういうことなのか?ひとりのみどりごが生まれるとは誰のことなのか?南王国はヒゼキア王の下でアッシリアの大軍を寸でのところで撤退させることが出来ました。みどりごはヒゼキア王のことだったのか?しかしながら、南王国も大筋はそのまま神の意思に背き続け、紀元前500年代にバビロン帝国に滅ぼされてしまいます。みどりごはヒゼキア王ではなかった。では、誰か?紀元前500年代終わりにエルサレムの町と神殿の復興が行われましたが、一時期を除いてユダヤ民族はずっとかわるがわる外国の支配下に置かれ続けました。そうしていくうちに、イザヤ書の預言にある「苦悩の中にある」とか、「闇の中を歩む」とか「死の陰の地に住む」というのは、一民族が外国の支配下にある屈辱な状況を意味するのではなく、もっと人間の根源的な苦しみを意味すると気づかれるようになります。そうなると、生まれてくるみどりごも、民族を復興させる英雄ではなくなり、民族に関係なく人間そのものを救う救世主であるとわかるようになります。そもそも、旧約聖書の人類誕生の出来事に照らしてみれば、それこそが正しい理解になるのです。その理解が出てきた頃にイエス様がこの世に贈られてきました。

 

3.神の国への迎え入れ

 イエス様は公けに活動を開始した時、「悔い改めよ。神の国が近づいた」と宣べました。「神の国が近づいた」と言う時、それは本当に神の国がイエス様と一体となって来たことを意味していました。

 神の国がイエス様と一体となって来たことは、彼の行った無数の奇跡に如実に示されています。イエス様の奇跡の業の恩恵に与った人々、そしてそれを目のあたりにした人々が大勢出ました。彼らは、将来この世が終わりを告げて天と地が新しくされる時に到来する神の国というのは、この世で奇跡と捉えられることが普通の当たり前になっているところなのだ、と身をもって体験したのです。しかしながら、神の国がイエス様と共に到来したといっても、人間はまだ神の国と何の関係もありませんでした。最初の人間アダムとエヴァ以来、神への不従順と罪を代々受け継いできた人間は、神聖な神の国に入ることはできないのです。罪と不従順の汚れを持つ人間は神聖なものとあまりにもかけ離れた存在になってしまったからです。この汚れが消えない限り、神聖な神の国に迎え入れられません。いくら、難病や不治の病を治してもらっても、悪霊を追い出してもらっても、空腹を満たしてもらっても、自然の猛威から助けられても、人間はまだ神の国の外側にとどまっています。

 この問題を解決したのが、イエス様の十字架の死と死からの復活だったのです。神は、本来なら人間が受けるべき罪の罰を全てひとり子のイエス様に負わせて、あたかも彼が全ての罪の責任者であるかのようにして十字架の上で死なせました。どうしてそのようなことをしたかと言うと、イエス様の身代わりの死に免じて人間の罪を赦すという策に打って出たのです。そこで人間の方が、十字架の出来事の意味はそういうことだったのだとわかって、それでイエス様を救い主と信じて洗礼を受けると、罪の赦しがその人に効力を持ち、罪が赦されるので神の目に適う者となり、神の国に迎え入れられる者に変えられるのです。その人は、そのように変えてもらった以上はそれを汚すようなことはしてはならないと思うようになり、そのように生まれ変わって新しい命を生きるようになるのです。

以上のような次第で、「闇の中を歩む者に光が現れ、死の陰の地に住む者に光が輝いた」という預言は、2000年前のガリラヤ地方の人たちに向けられたものではありません。神に対する不従順と罪を持つがゆえに、神との結びつきを失ってしまった全ての人間、この世を去った後に永遠の命が待つ神の国に入れない全ての人間のことを言っているのです。それが、闇の中を歩むことであり、死の陰の地に住むことです。ゼブルンの地、ナフタリの地、ガリラヤ地方などと日本には縁遠いローカルな地名が登場します。それは、その光であるイエス様がたまたまその地で活動を開始したからにすぎません。イエス様は、十字架の死と死からの復活をもって、創造主の神の栄光を現わし、世の光となられました。イエス様を救い主と信じて洗礼を受ける者はこの光を向いて歩みます。もう死の陰の地に住んでおらず、闇の中を歩みません。

 

4.心で捨てる

 イエス様が4人の漁師に弟子になるように呼びかけ、彼らは生業も家も捨てて付き従って行きました。そうなると、私たちもイエス様の弟子になるのなら、同じようにしなければならないのか?ルターは、そういうことではない、と教えました。彼によれば、行為に表さなくても心で捨てていれば、それでもう4人の漁師と同じくらいにイエス様の弟子であるというのです。「心で捨てる」とは一体どういうことか、彼の教えを今一度引用してみます。

「この4人の漁師の話を聞いた君は、財産や妻や子供は捨てなければならないのか、という思いにとらわれるかもしれない。しかし、そういうことではない。心で家や土地や妻や子供たちを捨てなければならないということなのだ。彼らと一緒に暮らし、彼らのために生活の糧を獲得し、神の定めに従って彼らの世話をしていても、心で彼らを捨てていなければならないのだ。もし行為で捨てなければならない時が来たら、神のためにいつでも捨てることが出来なければならない - そう考えることが出来れば、君は心で捨てたことになるのだ。心が囚われ人のようになってはいけない。心から独占欲、強い執着心、強い依存心を洗い落としていかなければならないのだ。

このようにすれば、仮に財産があっても、内面でそれを捨てることができるのだ。万が一、実際に行為をもって捨てなければならない時が来たら、神の名においてそれを行うのみ。ただし、それは、妻や子供や財産なんてものはない方がいいんだな、などと投げやりな態度で捨てるのではない。そうではなくて、ああ、本当は、神がお許しになれば、もっと自分の手元において世話をしたかったんだ、世話をすることで神にお仕えしたかったんだ、そう考えて捨てるのだ。

自分の心の状態をよく注意しなさい。何を所有しているかとか、いないかとか、多く持っているかとか、いないかとか、そういうことで頭を悩ませないように。今自分のもののように見える財産があっても、それをわきに追いやっておきなさい。あたかも最初からなかったかのように、あるいは、いつでも失うつもりでそうしなさい。そうすることで、我々は常に神の国に結びついているのである。」

実に厳しい教えです。行為で捨てなくても「心で捨てる」と言うのは、何か冷たい感じがします。しかし、ルターは面白いことに、親や子供や伴侶というのは天地創造の神が与えたものであるがゆえに、まさに世話をし仕えるためにあるのだ、だから、ないがしろにしてはならない、と言う。これは冷たい感じと逆で、愛がしっかりあります。親や子供や伴侶というのは本当は神からの贈り物である。だから世話をして仕えなければならない。そうする責任を、与え主の神に負っているのである。贈り物が素晴らしいと、それが愛おしくなるのは当然だが、与えられたというのは、世話をするように任されたということなので、自分の好き勝手にしていい所有物ではないだ。だからこそ、与えられている期間は永遠ではなく限られた時間なのだ。だからなおさら一生懸命に世話をしなければならない。いつかは自分のもとを立ち去ると意識しているからこそ、今一生懸命に世話をするということになっていく。不思議なことに、心で捨てると言っていたことが、こんなふうに愛を持つことになるのです。それは、神が介在しているからです。もし神が介在しておらず、それで「心で捨てる」なんて言ってしまったら、もう世話も何もなくなります。

私たちはどちらかと言うと「心で捨てる」ということはあまり意識していないので、自分から「行為で捨てる」なんてことも想像できないのではないでしょうか?ところが、「自分から」行為で捨てることはしなくても、そうすることを余儀なくされることがあります。例えば、愛する人に先立たれた時などはそうでしょう。その人を無理やりに手放さなければならなくなったからです。「心で捨てる」ということを前もってしていなかったら、急激すぎる現実の変化に心はついていけないのではないでしょうか?

「心で捨てる」ということが意味を持つのは、別れる相手が他人の場合だけでなく、自分自身の場合にも当てはまると思います。私たちは年齢を重ねたり健康上の変化を経験すれば、変化の前の若い自分、元気な自分と別れなければなりません。もちろん病気の場合は、ちゃんと治療して治れば、また元気な自分に戻りますが、年齢や老いの場合は後戻りできません。スピードは人それぞれですが、人生は別れに次ぐ別れです。

そして最後はこの世との別れが待っています。誰もが、このあまりにも大きすぎる別れに際して全てを手放させなければならないことを観念します。人生には別れに次ぐ別れがありましたが、この無数の別れのやっと最後の局面にて、天地創造の神、聖書の神のみが自分に唯一残されたものになりました。その神にこの自分を全て投げ出すように委ねるのであるが、果たして受け取ってもらえる保証はあるのか?キリスト信仰では、その保証があることが強調されます。何がその保証なのか?人間の罪が赦されるようにと人間に代わって罪の償いを果たしてくれた御子イエス様がその保証です。そして、その彼を救い主と信じることも保証になります。さらに洗礼を通して罪の赦しを汚れのない白い衣のように被せてもらうことも保証です。それからは雨の日も風の日もその衣が剥がされないようにしっかり握りしめて纏い続けました。これがあれば父なるみ神は必ずや私をしっかりと受け取って下さる、そう信じて全く大丈夫です。

兄弟姉妹の皆さん、キリスト信仰は、まさに神に自分を投げ出す勇気と神は必ず受け取って下さるという安心を与えてくれます。まさに死の陰を蹴散らした光を見て信じた者は、その勇気と安心を持つことが出来るのです。

 

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように。アーメン。

読書会:木村長政 名誉牧師

 

木村先生の読書会「放蕩息子の帰郷」(ナウエン著)もそろそろ大詰めになってきました。今回はレンブラントの絵に描かれた3人の登場人物のうちの三人目の父親についての解釈でした。