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転入式

6月11日の聖霊降臨後第ニ主日の礼拝では早稲田大学留学生のエーリク・シートネン兄の転入式が行われ、「信仰の証し」を語って頂きました。クリックすると視聴できます。

今来日中のシートネン兄のご両親も礼拝に参加されました。コーヒータイムでは、シートネン家とも関係があるラヌアの野外日本博物館や、北フィンランドで盛んなルター派教会内のリヴァイヴァル運動の一つ”レスタディオ派”について興味深いお話を聞かせて下さいました。

Siitonen

宣教師の週報コラム フィンランドの”タルコー精神 talkoohenki” 

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私たちの住んでいたトゥルク市のアパート群では毎年5月に「タルコーの日」という日があります。 何をする日かと言うと、住民が一緒に周囲の掃き掃除をしたり冬の間芝生に落ちた葉っぱや木の枝を集めたりします。これらのゴミはかなりの量になり、いつもゴミ収集会社からコンテナを手配します。またブランコベンチ、ガーデン・チェアーやテーブルを倉庫から出して芝生に置いて夏の楽しみに備えます。共同公園の砂場の砂を入れ替えたり新しい遊具を購入して自分たちで設置したこともあります。これら一仕事の後は皆でフランクフルトをバーベキューして談笑のひと時。共同サウナも点火、最初は女性組、次は男性組、話はそこでも続きます。

“タルコー”talkooとは何か?フィンランド語・英語の辞書を見ると、ボランティアの意味ともう一つ、隣人的という意味があります。タルコーはボランティアと言い換えてもよさそうですが、フィンランド語では英語のボランティアに相当する言葉は”ヴァパーエヘトイネン”vapaaehtoinenがあります。何か違いがあるのです。日本語で言うボランティアは何か社会活動の意味があると思います。タルコーは特にそれはなく、身近な共通のこと(ないしは自分にとって身近で共通と感じること)のために時間を割いて一緒に働くという意味合いが強いと思います。それと、参加する人は、しない人に対して別に何もとやかく言いもしないし思ったりもしません。アパートのタルコーで、何か事情があって参加できなかった人がバーベキューしている所に来ても「一緒にどうぞ」と誘われます。サウナも同じ。参加できない人も引け目を感じることはありません。この大らかさ気前の良さは一体何なんだと思ったものです。

ルターは、キリスト信仰者とは「洗礼」とイエス様を救い主と信じる「信仰」の二つでもう至福を手にしてしまった者である、自分が十分すぎるほど満たされているとわかっている、だから、あとは神のため隣人のために善いことをするしか残されていない、それくらい縛られていない自由な存在なのだと教えます(事情があって隣人のために祈ることしか出来ない場合も善いことです)。タルコー精神の源はルター派の精神というのは言いすぎでしょうか?

スオミ教会・家庭料理クラブの報告

6月の料理クラブは10日に開催しました。今週は東京でも梅雨に入りましたが、この日は雨が降らず曇り空の天候でした。今回はシードブレッドと「田舎風サラダ」を作りました。

料理クラブはいつもお祈りをしてスタートします。はじめに生地を作ります。計量した材料を順番にボールに入れて、強力粉を少しづつ加えてよく捏ねると生地の形が見えてきました。サラダ油を入れてさらに捏ねると生地の出来上がりです。ここで一回目の発酵をさせます。その間に「田舎風サラダ」の茹でジャガイモの皮をむきます。今の季節のせいでパン生地はあっという間に大きく膨み、みんな驚きです。生地を10個に分けて棒の形に丸めていき、一個一個きれいにロールして丸い形にします。鉄板の上に並べて二回目の発酵をさせます。その間に「田舎風サラダ」の準備を進めます。茹でジャガイモ、リンゴ等をさいころ形に刻んで、ドレッシングの材料と混ぜます。皆さんの手は早く、サラダはあっという間に出来上がりました。パンの二回目の発酵も早く済み、膨らんだパン生地の上に卵を少し塗ります。その上にシードをかけて、オーブンで焼きます。その間はコーヒーの準備とテーブルのセッティングです。きれいな焼き色がついたパンがテーブルの上に並びました!

今回は準備が予想以上にスムーズに進みました!「田舎風サラダ」の盛りつけをして皆さん席に着き、温かいシードブレッドと一緒に味わいました。歓談のひと時のあとで、フィンランドの夏の景色と讃美歌のビデオ「夏の光と休み」を皆さんご一緒に観ました。それからフィンランドの夏至祭(ユハンヌス)の過ごし方や天の神さまが与える祝福についてお話を聞きました。

これから料理クラブはしばらくお休みになりますが、また夏の後に再開する予定です。詳しいお知らせはホームページに載せます。どうぞご覧ください。皆さん、お身体に気をつけて天の神さまのお守りの内にこの夏を乗り切られますように。

 

2023年6月10日料理クラブのお話

今日は新ジャカが沢山入っている「田舎風サラダ」を作りました。フィンランド人は5月6月になると、その年の新ジャカはいつお店にでるかと楽しみに待ちます。新ジャカは最初のものはまだ小さいですが、味はとても美味しいのであまり料理をする必要はありません。ただ茹でてバターをのせただけでも美味しく食べられます。新ジャカはサラダにもよく合い、この「田舎風サラダ」もフィンランドで人気があるものです。新ジャカは売り始めの頃はまだ値段は高く、毎日買うことは出来ませんが、フィンランドの夏の大きなお祝い夏至祭(フィンランド語でユハンヌスと言います)になると、どの家庭でも食卓の大事な食材になります。

フィンランド人はユハンヌスをどのように過ごすでしょうか?ユハンヌスは6月の終わりの金曜日から日曜日までの3日間のお祝いです。ユハンヌスの過ごし方にはいろんな伝統があります。町に住んでいる人たちは町を出て別荘に行って、そこでサウナに入ったり、湖で泳いだり、ボートを漕いだりして過ごします。それでユハンヌスの時は町は人が少なくとても静かになりますが、田舎の方が賑やかになります。田舎の人たちは別荘に行く人もいますが、自宅で過ごす人も多いです。自宅でユハンヌスを過ごす人たちはいろいろ準備することがあります。家の大掃除をしたり、マットやカーテンを洗ったり、ケーキやクッキーを焼いたりします。夏用のマットとカーテンを出すので家の中は冬と違う雰囲気になります。森や野原のきれいな花をたくさん摘んで家に飾ったり、細長い白樺の木を何本も切ってきて玄関の前に立てたりします。そうすると白樺の良い香りが玄関前に広がります。ユハンヌスの食事は普通はバーベキューです。肉やソーセージや野菜を焼いたりします。一緒に新ジャガやいろんな野菜のサラダを添えます。夜は完全に暗くならないので、みな遅くまで起きています。

フィンランドでは夏至祭の頃の自然は緑が一杯で、いろんな花が沢山咲いてとてもきれいな季節です。私はこれらの自然の美しさを見ると、これは人間の手では造ることが出来ないもの、まさに天の神さまの御手の業によるものと思い、いつも感謝の気持ちに満たされました。天の神さまは自然を通して私たちに祝福を与えて下さると思いました。しかし、神さまの祝福は自然の中だけではなく、私たちの日常生活の中にも、いろいろな賜物や贈り物を通して与えて下さいます。

聖書は神さまの祝福について沢山教えます。新約聖書の福音書の中には有名な「イエス様が子どもを祝福する」というお話があります。これを紹介したいと思います。

イエス様が神さまのことを教える時はいつも大勢の人々が集まってきました。その中に子供たちを連れた親たちもいました。親たちはイエス様が子どもたちを祝福するように連れてきたのです。イエス様が祝福すると子供たちは天の神さまと結ばれると考えたからです。しかし弟子たちは親は失礼なことをしてはいけないと、親たちを叱って帰らせようとしました。彼らはイエス様の祝福に相応しいのは大人だと思ったのです。それを見たイエス様は残念な気持ちになり弟子たちに言われました。「子供たちを私のところに来させなさい、来るのを妨げてはならない。 神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく。子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることは出来ない。」そして、イエス様は子ども一人一人を自分の膝の上にのせて手を頭の上において祝福されました。

イエス様は大人だけではなく子どもも祝福されました。誰が祝福を受けるのに相応しいか、その例としてイエス様は子どもたちに祝福を授けたのです。親たちはどうして子供たちにもイエス様の祝福を望んだのでしょうか?それは、イエス様の教えを聞いて子どもの将来を神さまの守りと導きに委ねたかったからです。もちろん、イエス様の祝福を受けても子供たちは親の世話を受け続けますが、深いところでは子供の毎日の生活や将来は神さまの守りと導きの下に置かれるのです。祝福を通して天の神さまが子どもの脇に立って一緒に歩んで下さるようになります。

今教会の礼拝で牧師が礼拝の終わりに神さまからの祝福を大人も子供もみな一緒に授けます。礼拝だけでなく、洗礼式では洗礼を受ける人に、結婚式では新郎新婦に神さまからの祝福を授けます。それらの祝福の意味はイエス様がなさった祝福と同じです。天の神さまがずっと一緒にいて守り見導いて下さるということです。

フィンランドのクリスチャンは友達や同僚に会って別れる時は必ず「祝福がありますように」と言います。メールや手紙の終わりにも書きます。クリスチャンの挨拶言葉になっています。この挨拶を通して、神さまがあなたと共にいて守り導いて下さいますようにと願うのです。その人を天の神さまの守りと導ぎに委ねるのです。

私もこの挨拶をよくもらって感謝します。私は今年の春小さな手術を受けなければなりませんでした。これは私の人生の初めての手術で、成功するかどうか心配がありました。いろいろ悩みました。しかし手術の前に励ましの言葉を多くの方々からもらいました。その中にはもちろん「神さまの祝福がありますように」もありました。この言葉の深い意味を考えると心配はだんだん軽くなって手術を神さまの守りと導きに委ねることが出来ました。この手術のことや結果のことも天の神さまが一番よくご存じなのだと神さまを信頼しました。手術の日はもちろん緊張がありましたが、心の中に平安を感じました。それは神さまが与えて下さった平安でした。それを神さまに感謝しました。

このように、神さまの祝福は自然の美しさの中だけでなく、私たちの生活の中でも神さまの守りと導きとして祝福があります。このことを信じられると心に平安がもたらされます。

2023年6月11日(日)聖霊降臨後第ニ主日 主日礼拝

<私たちの父なる神と、主イエス・キリストから、恵と平安が、あなた方にあるように>

「罪人を招くキリスト」    2023年6月11日

聖書:マタイ福音書9章9~13節

きょうの聖書のテーマはキリストは地上では罪を許す権威を持つ方である。ということです。

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福音書を見ますと、この権威をめぐって、イエス様とユダヤ教の律法学者との間にはいつも対立がありました。この対立が激しくなって、ついにイエス様を十字架上で処刑するという恐ろしいことになってしまいました。対立や憎しみ、争いからは何も良い事は生まれません。行き着く先は悲劇の結果しかない。その悲劇が今も世界で戦争が続いています。きょうの聖書のマタイ9章9節から13節までのところでもイエス様を批難する、という対立が出て来ます。まず9章9節には、徴税人のマタイをイエス様は弟子の一人に招かれたのでした。この福音書を書いた「マタイ」その人です。このマタイという人がどういう人であったか。マルコ福音書2章14節によれば、「アルパヨの子レビ」と呼ばれていました。だから元の名は「レビ」であった。ヨハネ福音書1章の42節のところで、シモン・ペテロの兄弟アンデレが兄のペテロに「イエス様に会ったよ」と言って紹介した。そしてシモン・ペテロをイエスのところに連れて行った。イエス様はそこで「あなたはヨハネの子、シモンであるがケファ(岩という意味)と呼ぶことにする」と言われた。ちょうどそれと同じように、アルパヨの子レビもイエス様の弟子とされた時「マタイ」とあだ名されるようになった。と言うのです。マタイ9章9節を見ますと、「イエスはそこを去り、通りがかりにマタイという人が徴税所に座っているのを見かけて『私に従いなさい』と言われた。」と書いています。マタイが自分の事を書いているんですね。このマタイという人が徴税所に座っていた。ですから、彼はユダヤ人でありながら税金を取り立てる仕事をしていたのです。ユダヤは、この当時ローマ帝国の支配下にありました。ユダヤはローマ帝国に税金を納めなければならない。その税金を取り立てる仕事をマタイは請け負っていたわけです。徴税人と呼ばれユダヤの民からは蔑まれ、憎まれ、裏切り者と呼ばれ売国奴として皆から嫌われていました。イエス様はマタイのそうした職業の立場で苦しんでいることなど、すべてをご存知の上でマタイに目をかけて声を掛けられたのでありました。実はイエス様は、この前に既にガリラヤの漁師をしていたペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレと言った漁師たちを「これからは人間をとる漁師にしよう」と言って弟子として招いておられました。漁師ですから、彼らは力強い、素朴な男たちです。でも貧しく教養もない者たちです。こうした男たちに、まず弟子となる声を掛けられたこと自体が驚きでした。しかし、今度はマタイを弟子にされています。漁師たちと違って、彼は教養もあり金もある、しかしユダヤの同胞からは嫌われていた徴税人であった彼に声を掛けられていいます。

これは、また一層の驚きであります。「私に従って来なさい」とのひと声にマタイは立ち上がりイエス様に従ったのです。マタイはこれまで徴税人として、かなり金も持っていて家族や友人などもあったかもしれない。それらの一切を捨ててイエス様に従ったのです・。これは大変なことです。彼の一生の一大転換の出来事であったでしょう。何故イエス様のひと声にマタイは従って行ったのでしょうか。マルコ福音書2章13節を見ますと、「イエス様が中風の人を癒す奇跡の出来事をなさって、イエスは再び湖のほとりに出た行かれた、群衆が皆そばに集まって来たのでイエスは教えられた。」とあります。恐らく彼方此方で群衆がイエス様のもとに集まってきたので、そこで大切な教えをなさった。また、行く先々で病人を癒したり、人々が驚くような奇跡を起こされた。その噂を人づてマタイは聞いていたのでしょう。特にイエス様の語られる教えに胸打たれ、また罪人や弱い人々を限りなく慈しんでゆかれる姿に心惹かれ、マタイは常々話を聞いては考えさせられていた。自分はどうしてこういうユダヤ人として生まれてきたのか。生きていくため本当は望まない仕事でも、やらざるを得ない。彼は貧しい自分の民から無理やりでも税を取り立てて、心がどんなにか痛んでいたことでしょう。そうした中にイエス様の目にとまり、ひと声の招きを聞いた瞬間、彼の全ての思いと魂が光に打たれたような、運命的なみ霊に包まれて導かれて行ったのです。そして、即座に自分の過去もこれからの事も一切このお方に委ねてゆく決心をして立ち上がり、ただ従って行ったのです。もう、後戻りはできない。これから自分の人生がどうなって行くのかもわからない!漁師であったペテロ、ヤコブたちは又戻っても恐らく兄弟たちか家族があとを継いで漁師をやっていますでしょう、だから後戻りが出来るでしょう。マタイは税を取り立てていたサラリーマンでしたから、もう彼の後釜は誰かがやっていて道は塞がっている、後戻りなどできない。前に進むしかない、イエス様の弟子たちと共に運命を預けて行くことになったのです、マタイの思いはどうだったでしょう。私自身もサラリーマンを捨てて神学校に入った途端、それまでの月給もボーナスも収入は全くない、学費と生活のための一切をどうして生きていったらよいのか。マタイの気持ちが良くわかります。

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さて、10節を見ますとマタイはイエスとの出会いで、もうとても嬉しかったのです。「それから、イエスが家で食事の席についておられる時のことである。」とあります。イエス様に召されたマタイのした事は第一には職業を変えた、という事。第二にはイエス様や弟子たち、そして徴税人、罪人と共に宴会を開いた、という事です。ところで、10節のところを良く読んでみますと、はじめにある「イエスが」というのは「彼が」というただの代名詞です。次の「家で」というのは冠詞がついていて「その家で」と記されている。ここを文法的に直訳すると、10節はこうなります。「そして彼がその家で席に着いていた時のこと、見よ、多くの徴税人や罪人も来て、イエスと彼の弟子たちと共に席に着いた。」とこうなります。9節から続いて読みますと「すると、彼は立ち上がってイエスに従った。そして彼がその家で席に着いた。」こう読めます。これは、いかにもマタイが立ち上がってイエスに従いイエスの家に行き、その食卓に着いた」と言うようです。マルコ福音書の方では「そこで彼は立って彼に従った。そして彼が彼の家で席に着いている」こうあります。席に着いた「彼」というのをイエスと解すればイエスが自分の家で席に着いた、ことになります。今度は「彼」というのをマタイであるとすれば、マタイが自宅で宴会を開いた、となります。このように、どちらの文章も宴会を開いたのがマタイなのかイエスなのか、また会場がマタイの家なのかイエス様の家だったのか、大変にわかり難い文章です。この事実はルカの福音書の方で明らかになります。ルカは5章29節に、その宴会はマタイの家で催された。しかもイエスのために開かれたのでした。ですから、会場はマタイの家で開かれ、余程うれしかったと思います。そこで費用もマタイが全部出しているのでしょう。ここで大切な事は宴会そのものはイエス様のための宴会で、マタイ自身のためのものではなかったというとです。食事を共にして、もてなしをしたい、というマタイの主イエス様に捧げたい気持ちがここにあふれるように思われます。現代の私たちの教会で礼拝をすること自体マタイのように自分の一切を捧げて神様を敬う、その一つの表れとして献金を捧げる、ことにあると思われます。さて、きょうの聖書の中心点はイエスは罪人を招くために来られた、ということです。マタイは自宅を開放し、友人たち、徴税人を招き、貧しく困った生活をしている人々に、これまでつれなく酷い税の取り立てで冷たくあしらった人々を招き、そうした罪滅ぼしの気持ちを表したい、そして社会的に日陰で辛い思いをしている人々を、いくらかでも明るく解放してあげたいとも思ったのでしょう。マタイは特に裏の社会の悲惨さも充分知っていた人ですから、皆を招いてイエス様と一緒の食事をしたかったのでありましょう。ここで私たちに教えられているメッセージは何でしょうか。マタイが催したように自分の家を開放して、いつでも心置きなく訪ねられる、又、食事を共にしてイエス様の大事な話を聞けるようにしてやったことであります。聖書を見ますと、マタイがしたように漁師であったペテロもそうでした。自宅を開放し、イエス様のカぺナウムでの伝道の拠点とされました。使徒言行録10章24節にはコリネリオも自宅に友人や親族を招いてペテロの伝道集会を開きました。又、使徒言行録12章12節ではマルコの母マリヤも自宅を開放してエルサレム教会の会場としました。更に、使徒言行録16章14節にはルデヤも自宅を開放しピリピの伝道の会場としました。使徒言行録18章26節を見ますとアクラとプリスキラもエペソの自宅にアポロを招き伝道しました。又、ロマ書16章3節ではアクラとプリスキラがローマの新居をローマ教会の集会場に開放しました。コロサイ書4章15節にはラオデキアのヌンパも自宅を教会に捧げまいた。ピレモン書2節にはピレモンも自宅を教会に聖別して捧げました。こうした、初代教会の輝かしい進展は主によって招かれたひとりびとりが自宅をイエスのために捧げ、解放して多くの友や罪人たちをイエス様の救いに与からせて行きました。考えてみますと私たちは誰でも初めての教会を訪ねた時、気恥ずかしく気後れするものです。自分のような者でも神様の礼拝に与からせてもらえるものかしらと、何度も教会の玄関ま行っても教会の敷居は高く感じるものです。心の悩みや心に重荷を負った人、罪の意識にどうしたら良いか迷っている人々は教会の門まで遠いものです。そこに貧しくとも、悩み困惑しつつあっても快く迎えられる教会の解放された姿こそイエス様が望まれた姿でしょう。さて、11節から13節を見ますとマタイの家での罪人たちとイエス様と弟子たちとが共に食事をしている光景をパリサイ派と言われる律法学者たちが来てイエス様の弟子たちに言った。「なぜ、あなたの先生は徴税人や罪人たち等と食事を共に交わっているのか」と非難したのです。それに対してイエス様は二つの反論をもってお答になりました。

第一は医者の例を話され、医者という者は病人のためにあるのだ。医者が病人に接して病気がうつるからと言って離れていては病人は治らないでしょう。そのように、救い主も救いを必要とする罪人を招くために来たのである。パリサイ派の人の如く「自分は健全だ」と自惚れ「自分こそ義人だ」と言っている者にはイエス様とは縁がないでしょう。自ら救われたい、と願っている魂の病人にとってはイエス様は慰めと癒しを豊かに与えて下さる医者であられます。

第二に、イエス様は言われます。「私が好むものは憐みであって、生贄ではない」これは旧約聖書のホセア書6章6節の言葉を引用してパリサイ人に答えられたのです。「憐み」というのはヘブル語の原語では「ケセド」と言い「慈しみ」と記されています。BC8世紀の預言者ホセアは「エフライムよ」と言って北のイスラエル人に呼びかけました。又、「ユダヤよ」と言って南のユダヤに呼びかけて南北、全イスラエル人の罪を責めました。その罪とは「あなた方の愛、ヘブル語のケセドが雲か露のように消え失せる、儚さにありました。反対に神様が求めたもうものは、まさにそのケセドである愛、慈しみなのです。ですからイエス様が好まれるのは神への愛、神への慈しみなのだ、と言っておられるのです。それには、神を知ること。神を喜ぶことであります。その「知る」というのは知識として神を知るだけではなく、結婚関係を結ぶほどの一体となる体験的知り方を表しています。つまり、神と結婚関係に入ったイスラエルが、つまり神の選ばれた民が神との契約に忠実なことを意味しています。”エフライムよ、ユダよ、あなたの貞節は実にはかない、それで私は。我が口の言葉で裁いた。私が欲しいのは見せかけの供え物などではない。本当に神の花嫁らしい、操が欲しいのだ”と言われておられるわけです。イエス様は供え物という礼拝形式よりも、神への忠実さが大切だ、と言っておられるのです。パリサイ人は供え物のような規則を守ることや、異邦人とは交わるな、と言った形ちばかりを追いかけて行く、それは本末転倒で神への忠実という中身を忘れている、というのです。

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イエス様は、ただ罪人と席を共にするために来たのではない、罪人を招き、神に忠実な民へと生まれ変わらせるために来たのである。、とそう言っておられるのであります。

<人知では、とうてい測り知ることのできない神の平安があなた方の心と思いをキリスト・イエスにあって守るように。>                       アーメン

礼拝はYouTubeで同時配信します。後でもそこで見ることが出来ます。

 

 

宣教師の週報コラム - 使徒的伝統に立って福音書を繙こう(補足)

(「その3」で終わるつもりでしたが補足します。) 前回、時限的・限定的でないイエス像、死の力に打ち勝つ真の聖書的なイエス様に出会えるためには、「使徒の教え」に習熟しながら福音書を繙くことが必要であると申し上げました。この方針にピッタリな新約聖書の読み方を考えました。それは、最初に使徒書簡集を読んでから4つの福音書を読むという順番です。

この順番に多くの人は違和感を覚えるかもしれません。というのは、歴史の順序から見れば、最初にイエス様の出来事があって、その後に使徒たちが教え書いたのだから、最初に福音書を読んでから使徒書簡集を読むのが自然に感じられるからです。しかし、福音書を書いた人たち(完成させた人たち)は皆、使徒の教えを受け入れて、イエス様についての歴史を書いたのだから、福音書の中のイエス様を理解しようとしたら「使徒の教え」を知らなければ出来ません。考えてみれば、使徒たちが伝道してキリスト信仰者になった人たちは、まだ福音書がない状態で、イエス様についての断片的な証言・記録と「使徒の教え」が決め手だったのです。「使徒の教え」がキリスト信仰にとってどれだけ重要だったかがわかります。(注意 私の議論は、福音書は西暦70年以後の完成品、使徒書簡の大半は70年以前の執筆品という釈義学の定説に基づいています。もちろん、福音書も70年以前に完成していたという説もあります。スウェーデン・ルンド大学の教授B.イェルハルズソンは1961年の博士論文で、福音書は速記者が書いたようにほとんどその場で出来たというような説を発表して当時の世界の釈義学会に衝撃をもたらしました。しかし、程なくして注目されなくなり、釈義学会は再び従来の定説で動くようになりました。)

「使徒の教え」は、使徒言行録の中にも沢山あります。西暦70年後の作というバイアスがありますが、使徒書簡の多くがどのような背景で書かれたかわかる大事な資料です。それで、まず使徒言行録から始めて、使徒書簡集を読みます。そこで、「使徒の教え」とは本質的に、イエス様の出来事を通して旧約聖書を理解したことがその主たる内容です。なので、出来れば、旧約聖書の引用に出くわしたら、その都度、旧約聖書の引用元も確認する。そうして使徒書簡集が終わったら福音書に入り、最後に黙示録。その場合も、出来れば旧約聖書の引用元を確認しながらです(引用箇所と引用元が異なることが多々ありますが、最初はあまり深入りせず)。

まだ考えついていないのは福音書の順番です。それと、旧約聖書をキリストに出会えるような繙き方で読む順番です。何かいい提案がありますか?

説教「創造主の神に造られたもので行こう!」吉村博明 宣教師、マタイによる福音書 28章16-20節

主日礼拝説教 2023年6月4日 三位一体主日

聖書日課 創世記1章1-2章4a節、第二コリント13章11-13節、マタイ28章16-20節

説教をYouTubeで見る

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

わたしたちの主イエス・キリストにあって兄弟姉妹でおられる皆様

今日は教会のカレンダーでは「三位一体主日」です。先週の主日は聖霊降臨祭でした。聖霊がイエス様の弟子たちの上に降って、そのうちの一人ペトロが群衆の前で大説教をし、その結果3,000人の人が洗礼を受けてキリスト教会が形成され出したことを記念する日でした。父、御子、聖霊の三者がそろった後の主日ということで今日は三位一体を覚える主日です。

皆さんご存じのように、キリスト信仰では神は父、御子、聖霊という三つの人格が同時に一つの神であるという、三位一体の神として崇拝されます。日本語では聖霊のことを「それ」と呼ぶので何か物体みたいですが、英語、ドイツ語、スウェーデン語、フィンランド語の聖書では「彼」と人格を持つ者として言い表されています。他の言語は確認していないですが、大体皆そうではないかと思います。三つの人格はそれぞれ果たすべき役割を持っていて、父は無から万物を造り上げる創造の役割、子は人間を罪の支配下から救い出す贖いの役割、そして聖霊はキリスト信仰者をこの世から聖別する役割を果たします。この世から聖別するとは、人間を神聖な神の御前に立たせても恥ずかしくない者、神に相応しい者にしていくということです。

これら三つの人格、三つの役割は別々のようなものでも、全部が一緒になっているのがキリスト信仰の神です。一つでも欠けたら神という全体が成り立たないのです。この全体が神の大いなる愛を表しています。第一ヨハネ4章8節で「神は愛なり」と言われますが、三位一体の大いなる愛のことを言っています。

本日の説教は二部構成になります。第一部では、マタイ福音書の日課の箇所でイエス様が弟子たちに、世界の人々に「父と子と聖霊との御名によって洗礼を授けよ」と命じていることについて見てみます。三位一体の神と洗礼は不可分に結びついているということについて見てみます。第二部では旧約聖書の日課、創世記の天地創造の話を見てみます。進化論から見たら聖書の天地創造は馬鹿々々しい話になってしまうのですが、実は天地創造は現代において意外にも意味がある話であることをお話ししようと思います。

2.

本日の福音書の日課はイエス様の大宣教令と呼ばれる箇所です。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民を弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。」父と子と聖霊の名によって洗礼を授けるというのは、洗礼を受ける者が三位一体の神に結びつけられるということです。神は創造の業を行う父であり、人間を罪の支配下から贖う御子であり、そしてキリスト信仰者をこの世から聖別する聖霊である、この三位一体の神に結びつけられるのです。結びつけられた後は、神に創造された者として、罪の支配から贖われた者として、そして絶えずこの世から聖別される者としてこの世を生きていきます。そして、この世が終わって次の世が始まる時に目覚めさせられて復活の体と永遠の命を与えられて神の御国に迎えられます。

三位一体の神と結びついて生きる時、私は「神に創造された者」という自覚を持つことは特に大事と考えます。と言うのは、その自覚は、キリスト信仰に入れるか入れないかどうかのカギになるからです。また信仰に入った後もしっかり信仰に踏み留めるかどうかのカギになるからです。どういうことかと言うと、自分が神に造られた者との自覚を持つと次に、造られた自分は造り主と今どんな関係にあるかということを考えるようになります。何も問題ない、全てうまく行っている関係か、それとも何か問題があってうまく行っていないか?

聖書は、関係はうまく行っていない、だから問題を解決しないといけない、という立場です。何がどううまく行っていないのかと言うと、造られた人間と造り主の神との結びつきが失われてしまうようなことが起きてしまったからです。どうしてそんなことが起きたかというと、人間は神に造られたという立場を謙虚に受け入れていればよかったのに、神と張り合おうという気持ちを悪魔にたきつけられてしまって、言うとおりにしてしまった。そのために人間の内に神の意思に反しようとする性向、罪が備わってしまった。そのことが創世記3章に記されています。このいわゆる堕罪の出来事の結果、人間は死ぬ存在となってしまい、この世では神との結びつきもないまま人生を送り、そのままの状態ではこの世を去った後は復活の体も永遠の命もなく神のもとに戻れることもなくなってしまったのです。パウロが教えるように、死とは罪の報酬です。人間が代々死んできたというのは代々罪を受け継いできたことの現れです。

しかし神は、人間がこの世では神との結びつきを持って生きられるようにしてあげよう、この世を去った後は永遠に自分のもとに帰れるようにしてあげようと、罪の問題を人間のために解決することにしたのです。それが、ひとり子のイエス様をこの世に贈ったことでした。この神のひとり子が人間の罪を全て背負ってゴルゴタの十字架の上にまで運び上げ、そこで人間に代わって神罰を受けて人間の罪を神に対して償って下さったのでした。さらに父なるみ神は、一度死なれたイエス様を最大級の力で復活させて、復活の体と永遠の命が待っている天の御国への道を私たち人間のために切り開いて下さったのでした。

そこで今度は人間の方が、これらのことは本当に起こった、だからイエス様は救い主だと信じて洗礼を受けると、彼が果たして下さった罪の償いがその人にその通りになり、その人は罪を償ってもらったから神から罪を赦された者と見なされるようになり、罪を赦されたから神との結びつきを持てるようになって、天の御国に向かう道に置かれて神との結びつきを持ってその道を進むようになります。

ところが、この世には人間がその道に入れるのを阻止する力、入っても道から踏み外させてやろうという力が働いています。そのような力に襲われた時は、洗礼の時に注がれた聖霊が大事な役割を果たします。聖霊は人間が洗礼によって神との結びつきが出来ていることを思い出させてくれます。神に背を向けてしまうようなことがあっても、聖霊はすぐに私たちの心の目をゴルゴタの十字架に向けさせてイエス様の犠牲の上に築かれた神との結びつきは揺るがずにあることを示してくれます。その時、私たちは再び神の御前にひれ伏すようになり、神の意思に沿うようにしなければと襟を正してまた天の御国に向かう道を進んでいきます。

このように、父と子と聖霊の御名によって洗礼を受けるというのは、神に造られた人間が神と人間を引き離そうとする力から贖い出されることです。それと、造られ贖われた者が天の御国に向かう道を歩める力と支えを得られるようになることです。実に三位一体の神と結びつけられる洗礼は、復活の体と永遠の命が待つ天の御国に迎え入れられるという約束を神からしてもらうことです。

3.

先ほど申し上げましたように、三位一体の神と結びついて生きる時、「神に創造された者」という自覚を持つことは大事です。その自覚がないと、造り主と自分の関係はどうなっているかという問いは起きません。その問いがなければ、神のひとり子がこの世に贈られて十字架の死を遂げ死から復活されたことが何の意味があるのかわかりません。意味が分からなければ、聖霊が聖別の役割を果たそうとしても空振りに終わります。それ位、人間が神に造られたということを認めるか認めないかは信仰に入るか入らないかの決め手になるのです。

ところが、今日では神の創造ということを信じることがますます難しくなっています。それは、進化論が生命について説得力ある説明をしていると考えられるからではないかと思います。生物は長い年月をかけて単純なものが複雑なものに進化していく。そのプロセスで環境の変化についていけないものは消え、変化に適応できる力をつけたものが進化して続いていく、そのように説明すると、生き物は神が一つ一つ造ったなどとは言えなくなります。

何年か前にイスラエルのハラリという歴史学者の書いた「ホモデウス」という本が話題になりました。その中で、彼は進化論の立場に立って、なぜキリスト教は進化論に否定的なのか?それは進化論が魂の存在を否定するからだ、と言っていました。これにはなるほどと思いました。生き物は、人格と意志を持つ創造主が造るのではなく、無数の化学反応の集積から構成されて変化していくと見たら、魂などという科学的に説明できないものは入り込む余地はなくなります。人格を持った神なんか持ち出さずにいろんなことが説明できるようになります。そうなれば、もう人間は、造り主がどう思っているかなんて考えないで、自分の好きなようにやればいい、自分こそ自分の主人であり、神なんかにとやかく言われる筋はない、ということになります。天地創造を出発点にする聖書とその聖書を信じて生きる人たちにとって大変な時代になりました。

そこで、ここから先は本日の旧約聖書の日課、創世記の初めのところをもう一度振り返り、天地創造は本当は現代においても意味のある話であることを見てみたいと思います。この問題に関して近年では進化論に対抗するものとしてインテリジェント・デザインという考え方が注目されたようですが、私はおそらくその議論についていけるインテリジェンスを持っていないので、ひたすら聖書をじっくり見ていくことにします。じっくり見る聖書とは、旧約聖書はヘブライ語のBiblia Hebraica Stuttgartensiaで(一部はアラム語で書かれていますが)、新約聖書はギリシャ語のNovum Testamentum Graeceです。私にとって大切な聖書のテキストです。

創世記1章について、本説教では2つのことを見て、聖書の天地創造は今日でも意味があることを確認したいと思います。一つは、天地創造の時間の流れについて。もう一つは、造られたものとしての人間と動物の立場についてです。

まず、天地創造の時間の流れについて。天地創造によると、神は6日間で天地とその中にあるものを造り上げ、7日目に休まれたとあります。これなどは、多くの人は真に受けないでしょう。物理学などで地球は何十億年前に誕生したと言っています。それなのに、最初の24時間で光が出来、次の24時間で空、次の24時間で海と陸と植物、次の24時間で太陽、月、星、次の24時間で魚と鳥、次の24時間で陸の生き物と人間、合計144時間、分にして8,640分、秒にして518,400秒、これで地球誕生から最初の人類まで間に合うのか、誰も見向きもしないでしょう。

もちろん、神に不可能なことはないというのが聖書の立場なので、144時間で完結したという可能性も残しておきますが、ここは次のように考えることも出来ます。毎日の終わりに「夕べがあり、朝があった。第何の日である」という締めの言葉があります。ヘブライ語の原文の言い方は、「そして日の入りとなり、そして日の出となった。以上が第何の日である」という意味です。ここにあるのは、一日というのは日の出で始まり次の日の出までという考え方です。なので「日の入りとなって日の出となった」と言うのは、その日は暗くなったので仕事は終わりですという、その日の終わりを告げる合図の文句です。

つまり、天地創造の記述の観点は、造られたものを6つの段階的なグループにわけて、それぞれの段階の長さは私たちの時間の観念ではどれくらいなのかはわからないが、とにかくそれぞれの段階の終わりに「これで一日が終わりました」と言って、それぞれの段階が1日という扱いになって全部で6日になるように見せようとしていると考えることができます。それぞれの段階の長さは、私たちの時間の観念でひょっとしたら何億年もかかっているかもしれないが、それぞれに一日の終わりを意味する締めの言葉をつけることで1段階を一日と言っていると考えることができます。それでは、どうして6段階を6日にすることにこだわるのかと言うと、それは神が人間に1週間7日というリズムを与えて、7日目は安息日に定めるという意図があるからです。このように6日というのを6段階と考えれば、天地創造は時間的流れに関しては問題はなくなります。

4.

次に造られたものとしての人間と動物の立場について。先ほどのハラリは進化論に立つので霊の存在を否定します。そうすれば人間と動物は能力の差はあれ、同じ種類になるので決定的な差はなくなります。それなので進化論から見ると、キリスト教というのは人間を霊的な存在にはするが動物はそうせず、それで人間を優、動物を劣にしているというふうに見ます。ところが、聖書をよく読むと、動物も実は霊的な存在で、進化論が言うのとは逆の意味で人間と動物が同じ種類に入るということがあるのです。ひょっとしたら、これはあまり注目されてこなかったことかもしれません。少し注意しながら聖句を見てみましょう。

5日目に神は魚と鳥を祝福します。そのまま続けて読んでいくと、6日目に人間も祝福します。あれ、人間と同じ日に造られた動物は祝福されないのか?やはり動物は神の祝福に与れない、人間より劣ったものなのかと思わされます。しかし、それならば、なぜ魚と鳥は祝福を受けられるのか?魚と鳥は動物以上で人間並みということなのか?

これは、ヘブライ語の原文の厄介さがあります。複数形と単数形が入り乱れて、どれが何を指しているかよく考えないといけません。問題となるのは27節と28節です。28節を逐語訳すると、「神は彼らを祝福した。そして神は彼らに言われた。『お前たちは産めよ、増えよ、地に満ちよ。そして、お前は地を従わせよ』」となります。最後の「地を従わせよ」と命令されている相手は単数形なので「お前は」です。その前の「産めよ、増えよ、地に満ちよ」の相手は全部複数形です。それで「お前たちは」です。それが突然「お前は」になるのです。これはどういうことか?可能な考え方として、神が祝福した「彼ら」は人間だけではなく、同じ日に造られた動物も含まれる。そして両者に対して「産めよ、増えよ、満ちよ」と言った。ところが、「地を従わせよ」のところで相手を人間に絞ったということです(後注)。鳥や魚が祝福を受けて「産めよ、増えよ、地に満ちよ」と言われるのなら、動物も祝福を受けられて同じように「産めよ、増えよ、地に満ちよ」と言われてもおかしくなく、それは文法的にも可能です。つまり、動物も魚も鳥も人間と同じように神の祝福を受けられ、みな「産めよ、増えよ、地に満ちよ」と言われるのです。

動物が霊的な存在ということを考える時、民数記22章でバラムを乗せたロバが行く手に天使を見て立ち止まり、天使が見えないバラムに対して人間の言葉で話し出した出来事を思い出すと良いでしょう。人間には見えなくても動物には天使が見えたということが聖書にはちゃんと記載されているのです。

そこで、26節と28節に人間に動物、魚、鳥を「支配させる」と言われていることを見てみます。それは、聖書が人間に優越的な地位を与えていると考えられるところです。ところが、この「支配する」というヘブライ語の動詞רדהですが、詩篇72篇8節でも使われています。そこを見ると、正義を守る理想的な王の支配について言われています。力や数に任せた身勝手な権力行使ではないのです。そのように動物や魚や鳥に対しても、神の創造ということを念頭において何か注意深さ賢明さが必要ということになります。

さらに29節を見ると神は人間に食べ物として植物から採れるものを与えると言い、鳥や動物にも植物を食べ物として与えると言います。神が与える食べ物は人間も鳥や動物もかわりません。ところが、現実は、人間は動物や鳥も食べるし、鳥や動物の中には他の鳥や動物そして人間を食べるものもいます。それなので、神が人間と動物と鳥の食べ物について言ったことは、天地創造当初の理想状態の時のもので、それが堕罪の後で変わってしまったというふうに考えられます。そこで興味深いのは、イザヤ書11章にエッサイの切り株から出てくる若枝がこの世の権力者とは全く異なる仕方で世界を治めるという預言があります。エッサイはダビデの父親なので、エッサイの末裔から出る若枝とはイエス様のことです。イエス様が世界を治めるというのは、これは今の世が終わった後の次の世に現れる天の御国のことです。そこでは猛獣たちも他者を傷つけることなく家畜と一緒に仲良く並んで草を食べています。これは、まさに堕罪が起きる前の天地創造の理想的な世界が戻って来ることを示しています。つまり、動物たちも天の御国にいられるのです。

それならばなぜ、聖書は動物のことをもっと出さないのか、もっと踏み込んで動物の救いについて言わないのかという疑問を持たれるかもしれません。それはやはり、人間が神の意思に反する性向、罪を持つようになってしまったために救いが人間の問題になったことがあります。人間がどれだけ神の意思に反するものかを示すものとして十戒が与えられました。人間が罪から贖われて神との結びつきを回復できるためにイエス様の十字架の死と死からの復活があったのであり、贖いと結びつきを自分のものに出来るために洗礼と聖餐を受けることが必要になりました。これらは動物には関係のないことです。しかし、恵みの手段は人間だけに関係するものだと言っても、だからと言って動物が神から祝福を受けられないということにもならない。じゃ、動物の救いは何かと言うと、それは聖書にはそれ以上のことはないのでわからない。聖書は本当に人間の問題が中心なので、動物のことは書いてある以上のことは何も言えないのです。人間としては、書いていないことについては神に任せて、神の創造の業と祝福が動物に及んでいることを覚えつつ、自分たちの救いに専念するしかないのです。

5.

以上、創世記の天地創造は、時間の流れについても受け入れるのに問題がないこと、人間と動物の立場についても神の創造に属するものとして同じ祝福に与っていることを見ました。もちろん、聖書は人間の問題に集中しているので動物のことは書いてある以外のことはわからず、神に任せるしかありません。いずれにしても天地創造は、救いを人間を超えて生態系にも及ぼしていることを予感できるだけで十分と思います。それなので、時代遅れなんかではないのです。しかも、天地創造はこの世をどう生きるかという倫理的な視点も与えます。もし、自分は神なんかに創造されていないと言ったら、その時はもう造り主がどう思っているなんか考える必要はなくなります。自分こそ自分の主人だから自分の好きなようにやればいい、神なんかにとやかく言われる筋はない、という生き方になります。逆に自分は神に創造されたと認めたら、神との関係は必ず心配の種になりますが、神が贈ってくれた贖い主がおられる。彼のおかげで神との関係は大丈夫、心配ないとわかれば、神の意思に沿うように生きるのは自然なこと、別にとやかく言われるからするということではなくなります。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安があなたがたの心と思いとをキリスト・イエスにあって守るように         アーメン

(後注)

ここで厄介なことがいろいろありますが、解決策を考え出すことも可能だと思います。

一つの厄介なことは、「お前は地を従わせよ」と言った後すぐ、今度は「お前たちは海の魚、空の鳥(etc)を支配せよ」と言います。つまり、「支配する」人間が単数から複数に変わるのです。そうなると、その前で「お前たちは産めよ、増えよ、地に満ちよ」と言っていたのは、人間プラス動物ではなく、やはり人間だけなのではないかと思えてきます。しかし、26節と27節では人間は単数扱いになったり複数扱いになったり目まぐるしいのです。27節で「神は自分に似せて彼を(אתו単数)造った。男と女とに彼らを(複数אתם)造った。」とあります。28節の「支配する」が複数なのは、26節で複数形で言われている文をそのままそこにコピー&ペーストしたことで起こったのではないかと思います。

もう一つ厄介なことは、「支配する」動詞のרדהですが、詩篇8篇で神が人間に他の被造物を支配することを委ねたというところで、このרדהを期待したのですが、なんとמשלでした。実はこのמשלは創世記1章18節で「太陽が日中を支配し、月が夜を支配するために」のところでも使われています。秩序だった支配を意味すると考えれば、詩篇72篇8節の正義の支配と重なりますが、משלは現在分詞で「暴君」の意味もあるということで、頭が痛いところです。今回は解決策の模索はここで休止します。またいつの日か考えなければならない時が来ると思います。

 

宣教師の週報コラム - 使徒的伝統に立って福音書を繙こう その3

釈義学の研究者が競うようにして実際のイエスを再構成した結果、福音書に描かれるイエスと異なるイエスが無数に輩出します。 イエスの発言が福音書の趣旨と再構成された趣旨とで180度正反対というものもある位です(例として思いつくのは、80年代頃までイエスのたとえ研究の世界的権威であったJ.エレミアスのマルコ4章12節の解釈、現代世界の釈義学の重鎮の一人J.クロッペンボーグのマルコ12章1~12節の解釈。著名な研究者や権威ある教授が提唱したとなれば、市井の人は信じざるを得ません。学術的なイエスと聖書的なイエスのどっちを信じればよいのかと悩む人も多く出ました。人によっては伝統的なキリスト信仰を覆してやったと前衛的な気分に浸った人もいたかもしれません。

ここで注意すべきことは、研究者が打ち出す歴史的イエスは学術的な手法を用いて構成された像で、研究者が用いる手法や前提にする方法論が異なれば結論も変わるということです。研究者がどれを選び、それをどのように用いるかは研究者のイデオロギー的立場にも左右されます。異なる立場の研究者が異なる手法を用いれば、当然結果も異なってきます。時間が経てば、新しい見識に基づいて新しい手法や構成が生まれます。そのように学術的なイエス像は性質上、限りなく仮説に近い限定的・時限的なものなのです。そのようなものが学会で多くの賛同を得れば仮説の域を脱して理論に近づけますが、反論や異論が出るようになれば仮説に逆戻りです。そういうことを延々と繰り返すのが学術の世界です。信仰は異なる世界の話です。そういう仮説とも理論ともつかないものに信仰を基づかせてしまったら、信仰も限定的・時限的なものになってしまいます。死を越えて永遠に導いてくれるものでなくなります。それでは、信仰は何に基づかせたらよいのでしょうか?

キリスト信仰は「使徒の教え」に基づく信仰です。「使徒の教え」とは、イエス様の教えと行動、彼の十字架の死と死からの復活を目撃した使徒たちの証言が土台にあります。使徒には、目撃が復活後だったパウロも含まれます。これらの使徒たちが目撃したことに基づいて旧約聖書を理解し教えたことが「使徒の教え」です。この「使徒の教え」は新約聖書の使徒書簡集の中にあります。「使徒の教え」を凝縮して箇条書きのようにしたものが「使徒信条」です。キリスト信仰はこの「使徒の教え」を受け継ぐ信仰です。この使徒的伝統に立つ教会がキリスト教会です。教団や神学校によっては、例えば、復活などないと教えるところもあるそうですが、そうなるとそれはもう「使徒の教え」を受け継いでおらず、使徒的伝統にも立っていないことになります。

マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ

新約聖書には使徒書簡集の他にマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書があります。それらは西暦70年の後に完成したというのが釈義学会の定説です。使徒書簡集の大半は70年の前に書かれました。ということは、福音書を書いた人たちは「使徒の教え」を受け入れてその視点に立って書いたことになります。実は福音書には4つの他にもトマス、ユダ、ペトロ等の福音書もありました。それらが聖書の中に入れられなかった理由は、「使徒の教え」に立っていないと判断されたからでした。そういうわけで、4つの福音書は「使徒の教え」というフィルターにかけられた書物と言っても過言ではないのです。それなので、福音書のイエス様を理解したければ「使徒の教え」なしでは理解できないことになります。「使徒の教え」に習熟しながら福音書を繙いていけば、時限的でない限定的でない、死の力に打ち勝つ真の聖書的なイエス様に一層出会えるのです。ところが逆に、「パウロはこんなことを言っているが、イエス様はそんなことは言わないだろう」というような使徒とイエス様を分離する議論は、学術的な議論と同レベルになり、信仰は時限的・限定的なものへと堕していきます。(了)

2023年5月28日(日)聖霊降臨祭 主日礼拝

礼拝はYouTubeで同時配信します。後でもそこで見ることが出来ます。

 

説教・聖餐式 ヴィッレ・アウヴィネン牧師 SLEY海外伝道局長

礼拝の後、アウヴィネン牧師よりSLEYとJLECとの関係見直し、スオミ教会の今後の展開などについて説明を受けた。

 


SLEY海外伝道局長ヴィッレ・アウヴィネン牧師は5月28日のスオミ教会の礼拝にて説教を担当されます(通訳付き)。

SLEYは、日本とフィンランドが外交関係を結ぶ前の1900年から日本に宣教師を派遣してきた北欧のルター派ミッションのパイオニアです。是非この機会に礼拝に御参加下さい。

V.アウヴィネン先生の略歴

  • 1966年生まれ(トゥルク市出身)
  • 1988年オーボ・アカデミー大学神学部卒(神学修士)及びフィンランド・ルター派国教会牧師就任
  • 2003年神学博士(オーボ・アカデミー大学神学部)博士論文”Jesus’ Teaching on Prayer” (Åbo Akademis förlag)
  • ルター派国教会牧師、SLEY専属牧師、SLEY海外派遣宣教師(ザンビア)、フィンランド神学研究所事務局長、SLEY海外伝道局付けを経て、2017年から現職およびトゥルク市議会議員(キリスト教民主党)
  • キリスト教、聖書関係の著作多数。国教会保守派の論客としてテレビの時事討論番組にも多数出演

 

手芸クラブの報告(2023年5月24日)

5月の手芸クラブは24日に開催しました。前日は冷たい雨の日でしたが、この日は朝から太陽の光が輝いて爽やかの天候の中で開催することができました。

今回はマクラメのテクニックを使ってフラワー・バスケットやコースターを作りました。初めにモデルを見て自分の作りたいものを選びます。参加者の皆さんはフラワー・バスケットを選びました。早速モデルに合わせて糸の長さを測って結び始めます。今回はマクラメの基本の結び方の一つ、平結びだけを用います。4本の糸で結びをスタートさせますが、一つ一つの段に糸を増やしていくと三角の形になります。バスケットの幅が出来てから三角の形を丸い形にしてまた結び続けます。参加者の皆さんはおしゃべりをしながら楽しい雰囲気の中で作業を進めました。最後に作品の全部の糸を一つにまとめて結んで素敵なフラワー・バスケットが出来上がりました!参加者の皆さんはお家でどのように飾るでしょうか?

作業の後はコーヒータイムです。コーヒーとフィンランド風菓子パン「プッラ」も一緒に味わいながら楽しい歓談の一時を持ちました。そこでフィンランド人が春に感じる喜びや聖書が教える「喜び」についてお話を聞きました。終わりにフィンランドの子ども讃美歌「On ilo、 ilo olla yhdessä」を聞きました。「天の神さまはいつも私たちと共にいて下さる。だから私たちは大きな喜びを持てる」という意味の歌です。

次回の手芸クラブは6月28日に予定しています。日程が近づきましたらまたホームページに案内を載せますので是非ご覧ください。

手芸クラブの話2023.5.24

スオミ教会の手芸クラブではマクラメの作品はもう何回か作りました。今日は初めてフラワー・バスケットを作りました。フラワー、花に関係して今回の話はフィンランドの春についてお話したくと思います。今年フィンランドの冬は長くて五月になってからやっと少しずつ暖かくなってきたそうです。春が訪れるのは年によって早かったり遅かったりしますが、毎年必ずやってきて、野原も森も花と緑で一杯になり、こういう自然の移り変わりの中に天の神さまの創造の業を見ることが出来ます。

ushi

私の実家は牛を飼っている農場でした。毎年春になり暖かい日が続くようになると、牛たちを牛舎から外に放牧します。雪と氷の長い冬の間に牛舎でずっと過ごさなければならなかった牛たちは明るい緑の牧場に出されると初めはとても興奮します。外の空気を吸って飛び跳ねたり走り回ったりします。嬉しそうな牛の様子を見ると、もうすぐ春から夏に変わる兆しにもなって、私の家族みんなもワクワクさせました。

フィンランドでは5月の終わりに学校の卒業式や終業式を行います。それから生徒たちが楽しみに待っていた夏休みが始まります。学校の式が終わると、子供たちは一斉に学校から出て嬉しそうに走り回ったり飛び跳ねたりすので、牛舎から出された牛と同じだと言われます。子供たちは「夏の牧場」に放牧されたと言う人もいます。それくらい学校の一年が終わって夏休みが始まるのは子供たちにとって大喜びの日なのです。皆さんも、学校時代に夏休みが始まった時は同じ気持ちではなかったのではないでしょうか。

子供だけでなく大人も喜んだり嬉しい気持ちになることは大切です。今、皆さんにとって喜びはどんなことでしょうか?私たちの普段の生活の中にあること、住まい、食事、家族、友達等は当たり前すぎて喜ぶものであることに気づかないかもしれません。生活の中でいろんなことがあって、それらに気を奪われていると、喜ぶものを忘れてしまうかもしれません。また、私たちが喜んでいることはずっとは続かないかもしれません。聖書は、時間が経っても消えない喜びについて教えます。旧約聖書の詩篇にはこのような言葉があります。

「主は命の道を教えてくださいます。私はみ顔を仰いで満ち足り、喜び祝い右の御手から永遠の喜びを頂きます。」詩篇16篇11節

神さまが私たちに教えて下さる「命の道」とは、私たちが天の神さまのことをわかるようになって神様を信頼して大丈夫と信じるようになって神さまのもとへと導いてくれる道です。その道は、神さまのひとり子イエス様が十字架の業を果たすことで私たちに開かれた道です。イエス様を私たちに送った神さまの愛を知って信じるようになると、いつも神様がそばにいて下さることがわかるようになります。

生活の中でいろんな苦労や困難があって神さまなんかそばにいないように思える時にも、神さまは私たちから離れず色んな方法で助け導いて下さる方であることを聖書は私たちに伝えます。私たちはそれに気がつくでしょうか。神さまは本当に毎日いつでもどこでも一緒にいてくださるのです。これが、神さまが世界の全ての人々に与えようとしている、いつも変わらない消えない喜です。私たちにもお与えになろうとしているのです。

このいつも変わらない消えない喜びは、パウロが「フィリピの信徒への手紙」の中で言っている「主にある喜び」です。主イエス様のことを思えば神さまの愛がわかる喜びです。この世で終わらない、永遠に続く喜びだとわかります。神様がお与えになるこの喜びを受け取れば、生活の苦労はなくならなくても、生活の悩みは軽くなり、わすれてしまった喜びも戻って来て神さまに感謝する気持ちが起きます。

宣教師の週報コラム 使徒的伝統に立って福音書を繙こう その2 

1953年のE.ケーゼマンの学会講演の主眼は、福音書を通して歴史的イエスを解明できるというものでした。 彼の提唱した方法は、まず福音書著者の叙述法を明らかにし、次にイエスの発言の記述から著者の手加えを削除する、そうすると著者が伝授した伝承が残る、それをもって実際のイエスに近づけるというもの。それに基づいて実際のイエスを解明する研究が増えていきます。ただ研究結果は大体において、イエスがいかにユダヤ教の伝統から外れた存在であるかを示す傾向が強かったと言われます。

歴史的イエス研究の大きな転換点となったのは1985年のE.P.サンダースの「Jesus and Judaism」(日本語訳見つからず)でした。彼の手法は、第ニ神殿期のユダヤ教社会の諸思潮を聖書外の文献からも明らかにして、そこにイエスの発言と行動を当てはめてみる、そうすると福音書に書かれている発言や行動の意味が今までと違ったふうに見えてくる、もう福音書著者や初代キリスト教徒が創作したなどと言わなくてもよくなるということです。ただし、彼の打ち出した歴史的イエス像は、罪人との食事は悔い改めを前提としなかったという主張などがあり賛否両論を引き起こしました。

これ以後、歴史的イエス研究は飛躍的に増加します。ユダヤ教社会の諸思潮の解明は、死海文書の解明や研究が進んだことも手伝って進みます。研究の拠点もドイツ語圏から英語圏に移ったと言われます。しかし、パンドラの箱を開けたような状態になりました。いろんな研究結果が無数に次から次へと出されたのです。アメリカのジーザス・セミナーのような、研究者が集まって、これは真正なイエスの発言、これは初代キリスト教徒の創作などと投票で決めるところも出ました。他方で、これは創作ではない、真正な発言と主張する研究結果であっても、イエスの発言の趣旨が福音書にある趣旨と180度正反対というものも多く出ました。その背景には、使徒や初代キリスト教徒は外の世界に対して挑戦的だったのでイエスの発言をそのように変容したという先入観がありました。そのため、研究者たちが打ち出した歴史上のイエスは、社会改革家、人権擁護者、フェミニスト、放浪哲学者、ヒッピーを思わせるものがいろいろ。あなたの好みに合うイエス様が見つかるかも(続く)。