説教「輝く御顔のイエス」木村長政 名誉牧師、マタイによる福音書17章1節~9節

 

今日の礼拝は、変容主日礼拝であります。

2月になってから、山上の説教の話が続いていました。

今日の聖書は、突然マタイ17章に飛びまして、主イエス様の御顔が全く変わってしまわれた、出来事であります。

1~2節を見ますと、「六日の後、イエスはペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光りのように白くなった。」

まずイエス様は、弟子たちの中でもペトロとヤコブとヨハネの、3名だけをつれて、高い山へと登られた。その高い山というのは、どこの山であったか。多分3000メートルのヘルモン山の、中腹での出来事であったろうと、いわれます。 ここで何が起こっているか、ということですが、ここには以前に「弟子たちはイエスの栄光を見るであろう」と約束された、その約束が確かなものとして証しされた、実証された、そういう出来事です。 もっと言いますと、宇宙的な深い見方から申しますと、ここで、天の世界との交わりが啓示された、ということ。 人間の目で見ることのできないような、驚くべき光景が展開されます。 天空の雷雲から一瞬、ピカピカピカと、稲妻の光が輝く、といった程度のものではありません。 外部からの別の光が必要ないほど、地上の自然のあらゆる光りをしのぐような、まばゆい光りの中に、主イエスは立たれた。しかも弟子たちは目の前で空高く、その御姿をあおぎ見たのであります。

今日、私たちの知っている、どんなものよりも高く上げられた、全く新しい形であらわされたのです。 次元のちがう只中に、弟子たちはその光景を見せられているのであります。

マタイ13章43節に約束されている、「彼らは、父の御国で太陽のように輝くであろう」という、その言葉どおりのことが、イエス様の上に起こったのであります。イエス様のこの変貌は、単にイエス様の人格が新しくなった、といったことに、とどまらない。 更に、ここにおいて、旧約聖書の時代にまで、時代がさかのぼって、神に仕えた預言者との、交わりが現れたのであります。

3節を見ますと、「見よ、モーセとエリヤが彼に現れて、イエスと語り合った。」 昔の預言者たちは、今、沈黙して現れたのではなく、主イエス様と生きた交わりを空中の中でもって、イエス様と語り合っているのです。

この光景を弟子たちは、どのように見たのでしょうか。弟子たちの時代よりも何百年よりもはるか、2000年以上も昔のシナイ山で、十戒をいただいたモーセがあらわれている、イスラエルの民をエジプトから導き出したモーセ、旧約聖書の律法の代表者、と言ってもいいモーセであります。 又、イスラエルの民がメシヤ待望の中で、大預言者とあおいだエリヤも現れている。天の世界が、この世の弟子たちの目の前で、空中高く、交わりが展開されている。そこでは何が語られていたでありましょうか。 それは人間の、どんな知識や知恵でも考えられない光景であります。

考えてみますと、イスラエルの民は、エジプトの奴隷のような苦しみの中から救ってくれたモーセを、崇拝してきました。又、イスラエルの民は、預言者中の大預言者エリヤに、終末に再びあらわれるという、救いの約束を待望してきました。ところが、イエス様に対してイスラエルの民は、崇拝することもしない、待望もしない、イエス様を拒み、ついに十字架につけてしまった。その光景を見ようともしなかった。

それなのに、今、弟子たちが見ているのは、モーセとエリヤが、イエス様の前に語り、自分たちの主とあおいで、ひざまづいているのです。 モーセとエリヤは、イスラエルの民の期待からすれば、天国の基礎をつくるのに、あずかるべき代表者でありました、

旧約聖書のいちばん最後、マキラ書3章23節を見ますと、「見よ、わたしは/大いなる恐るべき主の日が来る前に/預言者エリヤをあなたたちに遣わす」とあります。預言者マキラの約束のゆえに、イスラエルの民がエリヤを待望したのです。 又、申命記18章15節を見ますと「あなたの神、主はあなたの中から、あなたの同胞の中から、わたしのような預言者を立てられる。あなたたちは彼に聞き従わねばならない。」とありまして、主はモーセを立てられたのでした。 そうして、この偉大な信仰に生きた2人は、その最後が秘儀に満ちています。

モーセはひとり山の上で、神のみそば近くに死んだ。 それで人々は、しばしば「神はモーセを天に取り去った。」と言った。 又エリヤはどうであったかといいますと、嵐の中に御使いによって、火の車に乗って天空高く引き上げられた。この2人の人生最後の姿は、なんという神秘に満ちたものではありませんか。 神秘に満ちて天に引き取られた2人、モーセとエリヤが空中で今、イエス様と出合っている、というのであります。

3人の弟子は喜びに満たされました。 ペテロは、イエス様がこのような光景に出会うことができたことを、どんなに感謝したでしょう。ペテロは何とか、この喜びを行動で示そうと思ったのでしょう。そして、熱心にイエス様の奉仕を、申し出たのでありました。

4節を見ますと「ペテロはイエスに言った。『主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」 ここで小屋を建てましょう、とペテロが言っています。 小屋というのは太陽の暑さや、夜露から守るための小屋でしょう。 ペテロはとっさに、この瞬間、この光景を、このままずっとありたいと願って、小屋を建てましょう、と言ってしまった。 せめて、今しばらくの間、すばらしい光景のままであってほしい、と願ってのことでしょう。

ペテロが語っているうちに、見よ!、そこに、光り輝く雲が彼らをおおった。 すると見よ!、雲から声があった。 「これは、わたしの愛する子、わたしの心に適う者、これに聞け。」 弟子たちは、これを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。

光り輝く雲が、イエス様とモーセとエリヤが語っている姿を、おおいかくしてしまった。「光り輝く雲」はかつて、モーセが荒野を通ってイスラエルの民を導いた時の、神のしるしでありました。(出エジプト記13章21節) 更に、神の御子イエス様に対する御父の愛を証しする声でありました。

イエス様がヨルダン川で、バプテスマのヨハネから洗礼を受けられた時も、「これはわたしの、み心にかなう、愛する子である」という御声が、天からあった(マタイによる福音書3章17節)。 イエス様は、これから御自分の人生の方向を、十字架へと向けられる決心をされて、再び天からの御声を受けられた。 このことは、イエス様の心の内に、天の神の御心と一つにされた精霊が、ここに啓示されている。神の栄光がイエス様の体に、はっきりと現わされた。

空中での「イエスの変貌」の、この御姿は、まさに十字架の死からよみがえられた御姿を、あらかじめ、3人の弟子たちに示されている出来事であります。 弟子たちは、神の近さをこんなにまで感じた時、恐怖におそわれたのであります。イエス様が弟子たちに「立ち上がりなさい。恐れるな」と、立ち上がらせて下さるまで、顔を地面に伏してかくした。 今やイエス様は再び、僕の姿をとって弟子たちと共におられた。

こうして彼らは、いかに高く、イエス様が彼らの上にそびえ立っているか、ということを、心に深くふかく刻んで、経験したのでした。 主なるイエス様にとっては、神が近くにいますことは、平和の喜びであります。 そして弟子たちは、深い動揺なしには、それに耐えられなかったでしょう。

イエス様と弟子たちは、この山上での変貌という出来事を目撃して、いかに身近に神の栄光があるか、ということを経験したのであります。 天の神との確信をもって、いよいよ、主はエルサレムの十字架への道へと向かっていかれることになります。 この時まだ、弟子たちには、そのことのすべてを理解していたわけではありません。モーセとエリヤの中に立たされたイエス様、ゴルゴタの丘では2人の犯罪人の間に立って、罪のすべてを負って十字架の死をとげられる。そこには栄光のイエス様の姿は何一つないのであります。しかし、私たちは、よみがえられた栄光の中にあるイエス様を、しっかりと心に信じて、栄光の主といつも共にありたいものであります。 アーメン・ハレルヤ。

 

 変容主日  2014年3月2(日)

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