注目!フィンランドのコーラスグループが10月11日のスオミ教会の礼拝で歌います!

 フィンランドのユヴァスキュラ市のコーラスグループ “ソイセリ(Soiseli)” が10月12日ふじみ野市(埼玉県)で開催されるコンサート・イベントのために来日、その前日の11日にスオミ教会の礼拝でも歌います。中世の教会音楽からシベリウス作曲の讃美歌まで幅広いジャンルのメロディーは賛美の雰囲気を一層高めるでしょう。礼拝後のコーヒータイムの時にも歌って下さいます。この機会にも是非スオミ教会にお越し下さい! ソイセリ合唱団とは?  フィンランドのユヴァスキュラ市に拠点を置き、現在約20名の団員を擁するアカペラの合唱団です。指導と指揮を務めるのは2003年からフィンランドに在住している石山千佳子さん。
小編成であることの利点を生かした声楽アンサンブルとして活動を始め、2021年に初舞台を踏みました。その後、人数も増え、2025年に小規模な混声合唱団へと発展、「歌う喜び」と「仲間意識」を大切にし、歳を重ねても美しい響きと正確な音程を保てる合唱団を目指しています。
レパートリーはフィンランドの民謡が中心ですが、季節に合わせた選曲や新しい曲にも積極的にチャレンジしています。 高齢者施設や様々な団体のイベントで演奏しています。

 10月12日にふじみ野市にて開催される「音楽と文化でつながるフィンランド交流イベント」の詳しい案内はこちらのリンクからご覧ください。秋の一日、フィンランドの音楽と文化に触れる一時を是非お楽しみ頂ければと思います。

https://fujimino-bunkakyokai.com/event/Finland_traditionalculture

スオミ教会 手芸クラブのご案内 

himmeli

次回の手芸クラブは10月21日(水)10時~13時に開催します。

himmeli一足早くクリスマスに向けてフィンランドのクリスマス・オーナメント「タハティ(星)」や「ヒンメリ」を作ります。フィンランドでは藁(オルキ)で作るクリスマス・オーナメントは伝統的なもので、現代でも手作りの「星」や「天使」や「ヒンメリ」は昔ながらのクリスマスの雰囲気を高めてくれます。天然の藁で作るオーナメントは僅かな光が当たっても白い控えめな輝きを放ち、暗い冬の季節のお部屋で不思議と心を和ませてくれます。どんな形のオーナメントにするかはご自由にお決め下さい。

フィンランドのクリスマス・オーナメントを是非ご一緒に作ってみましょう!

手芸クラブでは自分の好きな編み物をすることもできますので、作りたいものがあれば、ご自由にお持ちください。おしゃべりしながら楽しく作りましょう!

持参するもの:パールピン20本

参加費: 1000円

himmeliお子さん連れの参加も大歓迎です!
皆様のご参加をお待ちしています。

お問い合わせ、お申し込み
paivi.yoshimura@gmail.com
℡ 03-6233-7109
スオミ・キリスト教会
東京都新宿区鶴巻町511-4―106

olkitähti

2026年10月11日(日)午前10時半 聖霊降臨後第20主日 礼拝

司式 吉村博明 牧師 説教 田口聖 牧師(日本ルーテル同胞教団) 聖書日課 イザヤ25章1~9節、フィリピ4章1~9節、マタイ22章1~14節 説教題 「主の婚礼の宴に招かれている恵み」 讃美歌 93、242、291、255、249 フィンランドのコーラスグループ”ソイセリ”による賛美 Alta trinita beata いと高き祝福に満ちた三位一体 (中世の教会音楽) Herra minun valoni 主よ、私の光よ (フィンランドの聖歌 コムライネン作曲) Soi kunniaksi Luojan 創造主の栄光のために奏でよ(フィンランドの讃美歌 シベリウス作曲) 特別の祈り

全知全能の父なるみ神よ。

どうか私たちが、あなたから愛と恵みをいつも注がれていることを忘れず、あなたを信頼して日々を生きられるようにして下さい。そして、至らない私たちも復活の日に御国の栄光に与ることができるように、今ここで私たちを支え力づけ導いて下さい。

あなたと聖霊と共にただひとりの神であり、永遠に生きて治められるみ子、主イエス・キリストのみ名を通して祈ります。 アーメン

歳時記

尾根緑道のコスモス

〈よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。 ヨハネ12:24〉

尾根緑道の花畑にコスモスの花が咲き出しました。この畑は春には菜の花が、秋にはコスモスが。夫々、季節に応じて花を咲かせています。後ろに見えるのは桜美林学園の講堂でしょうか、このあたりの土地はは戦後間もなく学園の創立者の清水安三氏が買い占めていてくれたお陰で今も当時の自然が色濃く残っています。1918年、清水安三氏は中国で貧困に喘ぐ子女を対象に学校を設立しました。そのために彼は中国で絶大なる信頼を得ていました。今ではどうか知りませんが桜美林学園では生徒の修学旅行は中国でした。安三氏のおかげで桜美林学園の生徒たちも中国では歓待されていました。娘が高校時代に中国に修学旅行で行った時も文革後の険悪な世相にも関わらずに歓待してくれたと言っていました。まさに、安三氏は中国に於ける一粒の麦だったのかなと思っています。

牧師の週報コラム

使徒的伝統に立つキリスト信仰とそうでない信仰
先週の週報コラムの終わりで「使徒的伝統に立つキリスト信仰」ということを述べました
。今回は、それはどんな信仰かということについてです。
4つの福音書が出来上がるのはイエス様が天に上げられてから一世代か二世代経った後の
こと。主の昇天から福音書が出来てくるまでの30~50(プラスアルファ?)年の間にキリ
スト教徒たちがアクセスできた教えは、イエス様にまつわる使徒由来の伝承と使徒たちが
書いた手紙が中心。なので、その後に出来上がった福音書はみな使徒の観点の影響下にあ
ると言ってよい。みな使徒の観点の範囲内に収まるものなのだ。トマスやユダの名を冠し
た福音書が存在するが、使徒の観点からはみ出ているので聖書には加えられなかった。聖
書を通してイエス・キリストを知ろうとすれば使徒的な観点にならざるを得ないのは当然
である。
これに対して、実際のイエスは使徒の観点とは別物という考え方もある。19世紀のドイツ
の釈義学界でこの考え方が強まった。第二次大戦後は英語圏にも広がっていく。例えば、
初期のキリスト教徒は外者との区別を強調するため教えが厳しくなった、イエスの言行の
記述で厳しいものはそうした後のキリスト教徒の考えで着色されたか創作されたものであ
る、実際のイエスは厳しくなかった、というような言説だ。このようにして多くの学者が
使徒的な観点から自由に様々なイエス像を発表してきた(自由主義!)。聖書に収められ
なかった"福音書"も一次資料として用いられようになり、初期のキリスト教はこんなに多
様性があったと。キリスト信仰が使徒的伝統から”解放”されればされるほど、処女懐胎
も復活その他の奇跡も、古代人のファンタジーか言葉の綾の如く扱われるように。聖書的
でなければない程、アカデミックな研究になると言わんばかりだ。こうしたアカデミズム
は、聖書が伝えない(または隠している)真理を暴き出したような達成感をもたらし、人
によっては信仰が深まったという錯覚に陥ることもある。
私は、学者がその時その時の斬新な学術的手法を用いて作り上げたイエス像が信仰の対象
になるとは思わない。というのは、この世を去らねばならない時が来たら、財産であれ業
績であれ名声であれ知的集大成であれ人間が生前築いたものは何も次の段階に携行できな
い、丸裸なのだ。人間が限りある頭脳で築き上げ、いつかは別の結論に置き換えられるか
もしれないイエス像が何の役に立とう?
そこで使徒的な伝統に立つキリスト信仰の出番となる。天地創造の神が処女を介してひと
り子を私に贈って下さった、そのひとり子が十字架上の死を遂げることで私を罪と死の支
配から贖って下さった、死を遂げた彼が神の力で復活して永遠の命に至る道を私に開いて
下さった、その主の死と復活に私は洗礼を受けることで結びつけられた、そして聖餐に与
かることでこの結びつきを私は実感できる。こられがあれば、次の段階に身を投じる時、
受け取って下さる方が確実におられとわかるので何も恐れることはない。もちろんその時
は意識はないかもしれないし、認知症でわけがわからなくなっているかもしれない。しか
し、意識がなくなるまで聖餐を受け続けて結びつきの実感を保ちたいし、認知症になって
も結びつきの実感が余韻として残るくらいに聖餐を受け続けたいと思うのだ。

DSC_3767

手芸クラブの報告

この秋最初の手芸クラブは9月30日に開催しました。東京では雨の日がずっと続いてこの朝も小雨がぱらついていましたが、これから少しずつ秋晴れの過ごしやすい季節になっていくのを楽しみにしています。

今回のテーマはビーズ刺繡です。最初に作品のモデルを見て自分の作りたいものを決めます。「素敵な色合いね」、「可愛いわ」、「きれいな形ね」などと参加者の方たちから声をあがりました。作りたい作品に合わせてビーズと布を選び、さっそくビーズを縫い付けていきます。針は細くビーズも小さくて目が疲れやすい作業ですが、それでも皆さん楽しくおしゃべりしながら一生懸命ビーズを増やしていきます。すると、丸い形、幾何学的な形、雪の結晶の形などが現れてくると、お互いに相手の作品を見て「わぁー可愛い!」「素敵!」「きれいな色合い!」とほめ合います。

今回はビーズ刺繡の他に刺繡や織物をされる方もいらっしゃいました。スオミ教会の手芸クラブではその日のテーマの他に自分の好きな手芸をすることもできます!刺繡の方のは、細かい刺繡の布に縫い続けていくと素敵な模様がはっきり見えてきました。織物の方は、難しいカード織を巧みに織られ、織物がどんどん長くなって素敵な模様が現れました。既に沢山の作品を織られ、みんなでそれを見て「素敵!」「きれいな模様!」などと感嘆の声があがりました。

今回もあっという間に時間が過ぎました。皆さんもう少し続けたい気持ちでしたが、細かい作業なので目や手は思った以上に疲れています。ビーズ刺繡のブローチを完成させた方はご自分のブラウスに取り付けて大喜びでした。そこでコーヒータイムにして一息入れることにしました。今回はフィンランドのコーヒーブレッド(Pulla)も味わって楽しい歓談の時を持ちました。その時にフィンランド語で真珠を意味するHelmiという言葉の使い方やイエス様が聖書で語られた真珠の例えについてのお話を皆で聞きました。

次回の手芸クラブは10月21日に開催予定です。10月は第3水曜日ですのでご注意ください。開催日が近づきましたらまたホームページに案内を載せますので是非ご覧ください。

手芸クラブのお話2026年9月30日

夏の前の手芸クラブでもピーズ刺繡をしました。その時皆さんから「もっと続けたい」と希望があったので、今日もピーズ刺繡をテーマにしました。私自身はそれまでこの刺繡をしたことはなかったのですが、皆さんと一緒に作っているうちにもっといろいろなものを作ってみたいという気持ちになりました。作り始めると、なかなか途中でやめることは出来ません。皆さんはいかがでしょうか。

ピーズはフィンランド語で真珠と同じ意味がありますが、フィンランド語で真珠はHelmiと呼ばれます。「Helmi」には少し独特な使い方があります。「真珠」そのものだけではなく、高価で美しい特別の価値があるものについて語る時によく使われます。例えば食器を集める人にとって高価な美しいコップは宝石のように価値があるものです。フィンランド人はそのようなコップを「食器の中のHelmi」と言います。また値段はそれほど高くなくても古くて家族から受け継いだものは特別な思い入れがあるから「Helmi」と呼ぶことがあります。

さらにHelmiはもっと広い意味でも使われます。自分にとって大切な出来事や心に残る思い出を表す時にも使われます。今年の夏、私自身にとってHelmiのように価値があると感じた景色があります。

私たちの家族は何度もフィンランドの多島海にサイクリングに行きました。今年も行きました。その時は雨も降らず天気に恵まれてきれいな景色を見ながらサイクリングを楽しみました。今回はそれほど多くの島に行きませんでしたが、以前にも泊まったことがある「Sottunga」という島に行きました。私たちはこの小さい島が好きになり、そこで一泊しました。「Sottunga」はフィンランドの中で最も小さい自治体で人口は300人ほどしかいません。島の雰囲気は明るくて、小さな港に沢山のヨットが停泊して観光客も多かったです。私たちはそこでもっと長く過ごしかったですが、今回は一泊だけでした。出発の朝私は早く起きて「Sottunga」の景色と朝の雰囲気を楽しみました。その景色は心に残り夏の「Helmi」のような思い出になりました。その朝太陽が輝いて静かな海を照らしていました。小鳥の鳴き声が聞こえました。その島の静かな美しい景色は強く心に残り私にとって夏の思い出の「Helmi」になりました。皆さんもこのようなかけがえのない価値がある思い出があるのではないでしょうか。

CC0聖書の中にも宝石のように高価な「真珠」についてのお話があります。今日はそのお話を紹介したいと思います。これはイエス様が集まってきた人たちに話された例えです。タイトルは「天の国」です。イエス様は「天の国は次のように例えられる」と言われました。ある商人がきれいな真珠を探していました。特に価値が高い真珠が欲しかったのです。そのような真珠は見つかることが出来るでしょうか。商人はいろんな場所を探して、やっと高価な真珠を一つ見つけました。その真珠はとても価値が高いので、商人は「どうすればこの真珠を手に入ることができるだろうか」と考えました。「簡単に手に入らないかもしれません」と心配したかもしれません。しかし、商人はその真珠をどうしても欲しかったので、驚くことに自分が持っているものを全部売ってそのお金で真珠を買いました。その商人にとってそれほど価値があるものだったからです。商人は真珠を手に入れるために自分の財産を全部売ってしまいました。

この例えでイエス様は天の御国について何を教えられたのでしょうか。この例えの意味を少し見てみましょう。商人や真珠は何を意味しているでしょうか。先ず商人は私たち人間を意味します。私たちも商人のように真珠のような価値があるものを探し求めることではないでしょうか。私たちにとっての真珠とは一体どのようなものでしょうか?お金、素敵なお家、高級な自動車、社会的に地位の高い職場などでしょうか。今の私たしたちはこのようなものに価値があると思って欲しいと願うかもしれません。しかしこの例えに出てくる真珠は決してそのようなものではありません。例えの真珠は天の神さまのみ言葉を意味します。神さまのみ言葉を読んだり聞いたりすることで、私たちは神さまの私たちに対するみ心やご計画を知ることが出来るようになります。

神さまのご計画とはどのようなものでしょうか。それは私たち人間を救う計画です。私たちは完璧な存在ではなく、時には悪いことをしてしまうこともあります。それにもかかわらず神さまは私たち一人一人を愛して独り子のイエス様の十字架の出来事を通して私たちを救ってくださいました。この出来事を、自分のために起こったことだと素直に信じて受け取ると、神さまの御国への道が開かれます。天の御国への道が開かれるというのは人が所有する金銭や資産を上回る価値があるものです。だから商人は自分が持っているものを全て売り払ってこの真珠を手に入れたのです。天の神さまは私たちや世界の全ての人々の為にこのようなとても大きなな価値がある「天の神さまの元に入れる道」を開いて下さいました。それは真珠のように輝く最高の価値があるものです。

フィンランドの聖歌の中にこのような歌があります。「私はあの尊い真珠を見つけました。もう他に探し求めることはありません。これこそが私の宝、私はイエスを見つけたのです。」

パイヴィ・ヨシムラ著 「北欧のテーブル Pohjoismainen ruokapöytä

 フィンランド人宣教師の恵みのレシピ」

パイヴィ宣教師がスオミ教会のフィンランド家庭料理クラブで教えてきた料理のレシピと料理にちなんだ聖書のメッセージから24つを選んで本にまとめ上げました。「幸福度世界一」の国からの心とおなかを満たすレシピ集です。

全国のキリスト教書店にて好評発売中。定価1,430円

スオミ教会にて著者割引の1,100円で購入できます!

歳時記 今の一号遺跡

〈 10私は自分の願いを何でも満たそうとした。どんな楽しみも心の赴くままに求めた。一生懸命に働き,心には喜びが生まれた。この喜びこそ私が一生懸命に働いて得た報酬だ。 11  私は,自分の手で行った全てのこと,苦労して成し遂げたことを振り返ってみた。すると,全てはむなしく,風を追うようなもので,この地上に本当に価値 のあるものは何もなかった。伝道の書2:10、11〉

遺跡のあるこの地域の明治時代と現代の地形図を並べてみました。明治時代までは恐らく馬牧が盛んであった当時と地形的には大きく違わっていないと思います。しかし、大規模な団地の造成がはじまると耕作地であった谷戸は調整池となり墓のあった丘は団地の一角に組み込まれてしましました。散歩の折に池を見下ろすベンチに腰かけて往時の姿を空想しています・・・馬が遊ぶ丘の草原と農民たちが畑仕事をしている谷戸と・・・そんな景色を思い描いています。この景色中で変わらぬランドマークは標高131 の風の丘公園だけになりました。

牧師の週報コラム 

日本でキリスト教の第四の波は起こるか?

この夏フィンランドのSLEYの研修大会で「SLEYの日本伝道125年-何を達成し何が達成されていないか」というワークショップを担当した。 私自身も含め出席者たちの驚きは、SLEYが1961年に日本福音ルーテル教会と合同して以後、受洗者数は一貫して減少してきたことだった。何のための合同だったかと疑問が生じても無理はない。SLEYは1930年代に自分たちが設立した教会や幼稚園から成る「福音ルーテル教会」という教団を結成した(ただし法人格は財団法人)。戦中戦後の紆余曲折を経て米国のルーテル教会を背景とする日本福音ルーテル教会に合同する決定をして教団を解散、設立教会と幼稚園はみな合同先に移譲した。日本福音ルーテル教会の年間受洗者数は1960年は500人超。戦時中の事実上ゼロ状態から僅か15年で急上昇したわけだが、それ以後は減少に転じ40年かけて2000年の150人まで下降。以後、漸減の状態で現在に至っている。

日本で最初にキリスト教が広く受け入れられたのは室町末期から江戸初期にかけての頃。群雄割拠の下剋上の時代に、真の救い、永遠に滅ばないもの、心の平安を説くキリスト教が多くの日本人の心を捉えたことは想像に難くない。しかし、天下統一が成るや為政者の権威と支配に盾突くものと映り、徹底的に弾圧されてしまった。

次は明治維新後。欧米との圧倒的な力の差を見せつけられた日本人は国のあらゆるレベルで欧米に倣った改革を断行。キリスト教は精神的なレベルの改革だったか。日本は途上国レベルから一気に五大国の一つに駆け上がるが、1930年代からの国粋主義、軍国主義の猛威の前に教会は窮地に立たされてしまった。

そして敗戦後のキリスト教ブーム。戦後すぐに洗礼を受けた方の何人かと話をしたことがある。皆さん共通して口にした言葉は、あの頃は価値観の空白があった、それをキリスト教が満たしてくれたということだ。当時はどこの教会の礼拝も満員御礼で教会学校も子供たちで溢れかえっていたという。それが60年代70年代に入っサーっと潮が引くように去ってしまったと。では、60年代以後の日本人の価値観は他のもので満たされるようになったということなのだろうか?それは何か?経済的な豊かさ?

しかし、今はどうだ、かつての世界第2位の経済大国は今では第4位、もうすぐインドに抜かれて5位に落ちる見込み。マスコミは何かにつけて「G7最下位」と言うが、それだとまだ世界8位か9位にいるような錯覚を起こさせる。しかし、一人当たりのGDPを見てもわかるように、かつてベスト5内に入っていたこの国は今では40位近くに転落、韓国にも及ばなくなって久しい。平均賃金は言うに及ばずだ。円の価値の下落から明らかなように今の日本は政府主導の下、後進国を目指して突っ走っているとしか思えない。国民の間に広がる経済的な余裕のなさ、武力に訴えるのが常態化した国際社会の中での立ち位置をどうするか、巨大地震を含め大規模化する自然災害にどう備えるのか、このような状況に置かれた日本人が怯むことなく立ち進んでいける支柱は何か?時の為政者が定める官製愛国心にそんな力があるのか?私は、キリスト信仰、有り体に言えば使徒的伝統に立つそれにこそ可能性があると信じている。

DSC_3767