歳時記 今の一号遺跡

〈 10私は自分の願いを何でも満たそうとした。どんな楽しみも心の赴くままに求めた。一生懸命に働き,心には喜びが生まれた。この喜びこそ私が一生懸命に働いて得た報酬だ。 11  私は,自分の手で行った全てのこと,苦労して成し遂げたことを振り返ってみた。すると,全てはむなしく,風を追うようなもので,この地上に本当に価値 のあるものは何もなかった。伝道の書2:10、11〉

遺跡のあるこの地域の明治時代と現代の地形図を並べてみました。明治時代までは恐らく馬牧が盛んであった当時と地形的には大きく違わっていないと思います。しかし、大規模な団地の造成がはじまると耕作地であった谷戸は調整池となり墓のあった丘は団地の一角に組み込まれてしましました。散歩の折に池を見下ろすベンチに腰かけて往時の姿を空想しています・・・馬が遊ぶ丘の草原と農民たちが畑仕事をしている谷戸と・・・そんな景色を思い描いています。この景色中で変わらぬランドマークは標高131 の風の丘公園だけになりました。

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