牧師の週報コラム 

日本でキリスト教の第四の波は起こるか?

この夏フィンランドのSLEYの研修大会で「SLEYの日本伝道125年-何を達成し何が達成されていないか」というワークショップを担当した。 私自身も含め出席者たちの驚きは、SLEYが1961年に日本福音ルーテル教会と合同して以後、受洗者数は一貫して減少してきたことだった。何のための合同だったかと疑問が生じても無理はない。SLEYは1930年代に自分たちが設立した教会や幼稚園から成る「福音ルーテル教会」という教団を結成した(ただし法人格は財団法人)。戦中戦後の紆余曲折を経て米国のルーテル教会を背景とする日本福音ルーテル教会に合同する決定をして教団を解散、設立教会と幼稚園はみな合同先に移譲した。日本福音ルーテル教会の年間受洗者数は1960年は500人超。戦時中の事実上ゼロ状態から僅か15年で急上昇したわけだが、それ以後は減少に転じ40年かけて2000年の150人まで下降。以後、漸減の状態で現在に至っている。

日本で最初にキリスト教が広く受け入れられたのは室町末期から江戸初期にかけての頃。群雄割拠の下剋上の時代に、真の救い、永遠に滅ばないもの、心の平安を説くキリスト教が多くの日本人の心を捉えたことは想像に難くない。しかし、天下統一が成るや為政者の権威と支配に盾突くものと映り、徹底的に弾圧されてしまった。

次は明治維新後。欧米との圧倒的な力の差を見せつけられた日本人は国のあらゆるレベルで欧米に倣った改革を断行。キリスト教は精神的なレベルの改革だったか。日本は途上国レベルから一気に五大国の一つに駆け上がるが、1930年代からの国粋主義、軍国主義の猛威の前に教会は窮地に立たされてしまった。

そして敗戦後のキリスト教ブーム。戦後すぐに洗礼を受けた方の何人かと話をしたことがある。皆さん共通して口にした言葉は、あの頃は価値観の空白があった、それをキリスト教が満たしてくれたということだ。当時はどこの教会の礼拝も満員御礼で教会学校も子供たちで溢れかえっていたという。それが60年代70年代に入っサーっと潮が引くように去ってしまったと。では、60年代以後の日本人の価値観は他のもので満たされるようになったということなのだろうか?それは何か?経済的な豊かさ?

しかし、今はどうだ、かつての世界第2位の経済大国は今では第4位、もうすぐインドに抜かれて5位に落ちる見込み。マスコミは何かにつけて「G7最下位」と言うが、それだとまだ世界8位か9位にいるような錯覚を起こさせる。しかし、一人当たりのGDPを見てもわかるように、かつてベスト5内に入っていたこの国は今では40位近くに転落、韓国にも及ばなくなって久しい。平均賃金は言うに及ばずだ。円の価値の下落から明らかなように今の日本は政府主導の下、後進国を目指して突っ走っているとしか思えない。国民の間に広がる経済的な余裕のなさ、武力に訴えるのが常態化した国際社会の中での立ち位置をどうするか、巨大地震を含め大規模化する自然災害にどう備えるのか、このような状況に置かれた日本人が怯むことなく立ち進んでいける支柱は何か?時の為政者が定める官製愛国心にそんな力があるのか?私は、キリスト信仰、有り体に言えば使徒的伝統に立つそれにこそ可能性があると信じている。

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