牧師の週報コラム

覚悟と胆力を養うキリスト信仰その4
ルターによる聖句の説き明かしと共に(フィンランドの聖書日課「神の子らへのマンナ
」2月18日の日課から)
『財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか』 (マルコ10章23節)
『誰も自分の力で救いを勝ち取ることはできない。そうなのは、原罪が我々にもたらした
被害のためなのである。それがゆえに我々の自然の本性は造り主の神よりも造られた被造
物に執着してしまうのだ。
人間には、信頼を寄せ喜びを頂く神がいなければならない。人間は真の神か偽りの神か
のいずれかを持つ。我々の自然の本性が、賜物を与える神ではなく、与えられた賜物の方
に執着する時、人間は不可能にもかかわらず自分の力で救いを勝ち取ろうとする。そのよ
うな時、神は御手をもって介入する。神は繰り返し人間をヘリ下させて屈服させる。そう
するのは、人間が次の真理を口にすることができるようになるためなのだ。「私には神が
与えて下さった多くの贈り物がある。しかし、そこからのみ喜びを見出そうとする位に愛
しいものにしてはならない。私はそれらを神がお認めになる間だけ用いることにしよう。
一つには神の栄誉のため、二つには自分の必要のため、三つには隣人の役に立つために。
もし神が贈り物を与えることをやめると言われれば、私は失うことから生じる困難や恥を
耐え忍ぼう。私にとっては、贈り物を与える神を失うよりも贈り物を失うことの方が良い
からだ。」
我々をこのような心意気にするために神は全てを手中に収め、替わりに我々に御言葉を
お与えになる。与えられた御言葉を通して聖霊が働き、我々を古いものから新しいものへ
と変えるために。そうでなければ、救いも何も全てが失われるであろう。』 (以上ルタ
ーの説き明かし、吉村がかなり解説的に訳しました)

「神のみことばは かたく世に立ちて
み霊とたまもの わがうちに溢る。
わがいのちも わが妻子も
取らばとりね、神の国は
なおわれのものぞ。」

ルターの作詞作曲による讃美歌から
教会讃美歌450番4節

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