牧師の週報コラム

覚悟と胆力を養うキリスト信仰その2

ルターによる聖句の説き明かしと共に(フィンランドの聖書日課「神の子らへのマンナ」27日の日課から)

『心配事は全て神に放り投げよ。神はあなたたちの面倒を見て下さる方なのだから。』 (第一ペトロ57節)

(牧師注 日本語(新共同訳)は「思い煩いを神にお任せしなさい」とお上品な訳ですが、ギリシャ語の「エピリプトー」は辞書(Heikel & Fridrichsen)を見ると「投げつける、放り出す」です。英語(NIV)、ドイツ語(ルター版)、フィンランド語、スウェーデン語の聖書もそう訳しています。また、日本語は「神はあなたがたを心にかけている」と控えめな訳ですが、上記4カ国語はギリシャ語の「与格・メレイ・ぺリ・属格」を「神は面倒を見る、世話を焼く、ケアをする」と訳しています。日本語訳では見えてこない、この聖句の力強さがわかると、以下のルターの説き明かしがぐっと心に迫ってきます。)

『事を自分の重荷にとどめてはいけない。あなたはそれを運びきれず、遅かれ早かれ押しつぶされてしまうだろう。そんなことはやめて、それを捨てなさい。つまり、喜びながら信頼して神に投げつけてしまうのだ。投げつける時、次のように祈りなさい。「天の父よ、あなたは私の主、私の神です。あなたは、私など存在しなかった時に私をお造りになり、その上、ひとり子を用いて私を罪の支配から贖って下さいました。そして、果たしなさいと言ってこの務めと課題を私にお委ねになりました。しかし、それは私が望んだようには上手くいきませんでした。多くのことが私に重くのしかかり、心配事が次から次へと押し寄せてきます。どうしていいのか途方にくれています。これらを全部お渡ししますので、あなたの助けとアドバイスをお願いします。どうか、この務めと課題の全局面に一緒にいて、隅々まであなたの目を注いで下さい。」

これこそ神の御心に適う対処法である。神が我々にしなさいと言っているのは、委ねられた務めと課題に取り組みなさいということだけだ。取り組むことで何を成し遂げられるかについての心配は神のすることであって我々のすることではない。

キリスト信仰者はこのように他の者にはない大きな可能性を持っている。ひとり子を救い主と信じる信仰があるので心配事を投げつけてもよい父が天におられるからだ。そうでない人たちは心配事を抱きかかえて自分を痛めつけ、最後には絶望に陥ってしまう。翻って信仰は、「神はあななたちの面倒を見る」という御言葉を握りしめて、神は嘘をつかない方だから御言葉はその通りだと信頼して前に進む(以上ルターの説き明かし)。』(週報コラム202568日に掲載したものを少し修正)

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