説教「借金」マルッティ・ポウッカ牧師、マタイによる福音書18章21−35節

古い車の例え話をします。ある日古い車が道を走っていました。

エンジンの音はうるさいし、タイヤもだめです。車の後ろからは青い煙が出てきました。前にも、下にもさびがたくさん見えました。本当にいい車ではありませんでしたが、一つ面白い事が車の後ろの窓に大きい文字でかいてありました。[廃車みたいな車ですが、借金は全部払ってあります]。フィンランドではたいてい車の借金は高いので、払うのは数年かかるものです。この車の場合は何年間もかかったと思います。けれども、もう借金はなかったのです。

今日の聖書の箇所を読みましょう。

21. そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」
22. イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。」

どうでしょうか。普通の生活の中に、私達人間はけんかをしたり、悪口を言ったりします。赦し合うのはそんなに簡単なものではないと思います。イエスもこの事をよくご存知でした。

23. そこで、天の国は次のようにたとえられる。ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。
24. 決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。
25. しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。

これは大変な生活の中での状況でした.普通の人には、決して払う事が出来ません。何をしたらいいでしょうか。

26. 家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。
27. その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。

本当に憐れみ深い主君でした。そして、大金持ちでもあったようです。けれども家来は憐れみ深い者ではありませんでした。その反対でした。

28. ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。
29. 仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。
30. しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた。

自分は一万タラントンの借金を支払わなくともよいと赦されたのに、他の人に対しては百デナリオンの借金の支払いさえも赦すことが出来ませんでした。皆困っていたでしょうね。

31.仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。
32. そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。
33. わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』
34. そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した。

主君が怒った事は、よく理解できると思います。私達が主君の立場でも怒ったと思います。

35. あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」

自分の力で、兄弟を赦すことはなかなか難しいですが、信仰によって、イエスの御心に従う心が生まれると、それが出来るようになります。それを、イエスも喜んでくださいます。

義とせられることについての教えです。

また、われらの諸 教会はかく教える。人は自分の力、功績、或は、業によって神の前に義とせられることはできず、キリストのゆえに、信仰によって、代償なく、神の恩恵により 義とせられる。その時、人々は恩恵の中に受け入れられ、その死によってわれらの罪のために贖いとなられたキリストのゆえに、その罪が赦されることを信ずる。この信仰を神はみ前に義と認められるのである(ローマ3章、4章)。(アウグスブルク信仰告白第4条 義認について)

イエスの御業は素晴らしいものです。感謝します。それに従っていきようとする私達人間はどう生活すれば宜しいでしょうか。

奉仕への贖い

神がその恩恵によって、私たちの罪を赦してくださったために、私たちの内に感謝と愛と信仰による服従心が生まれ、神と隣人とに奉仕するようになります。キリスト者の全生涯は奉仕の生涯であり、このような奉仕の生涯を私たちはキリスト教倫理と呼びます。

「わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです」(第一ヨハネ4:19)。

「なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、 すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きる のではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです」(第二コリント5:14-15)。

「互いに重荷を担いなさい。そのようにしてこそ、キリストの律法を全うすることになるのです」(ガラテヤ6:2)。

これは、神様が教えられたキリスト者の生活の仕方です。神様に頂いた力によって。

まとめ。

人間と神様の間には、「罪の借金」があります。自分の力とか財産によっては、人間はその借金を払う事が出来ませんが、イエスはその「借金」を全部払ってくださいました。十字架の御業は私達の「罪の借金」の終わりです。

ヨハネ 3:16、17「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」

祈りましょう

天の父なる神様。あなたはイエスを私たち人間の救いのために、罪の赦しのために送ってくださったことを感謝いたします。よいニュースは、イエスが復活されたということです。これは私たちの一番大きな喜びの元です。

私たちは恵みによって救われます。私たちは信仰によってあなたの子どもです。毎日あなたの教えを聞けるように導いてください。そして心の中にあなたの光を照らすことができますように。どうか、私たちがあなたの父なる神様のみ守りに信頼できるように私たちを強めてください。

イエス様は私たちの本国である天への道も開いてくださいました。それは私たちの人生の目的です。あなたは、すべての人間を救う計画を作ってくださいました。どうか天国への道を他の人々にも見せるように助けてください。福音や神の招き、復活の喜びをどうすれば世界へ伝えることができるのか、私たち一人一人に教えてください。漁師シモンのように私たち一人一人にあなたからの使命を教えてください。 私たちをあなたの体の部分として働く人間をとる漁師にしてください。

人生の正しい使い方も教えてください。イエスと共に人生の道を歩めますように。私たちがあなたの子どもとして出来る社会的な義務や御国のためにできる仕事を教えてください。あなたに与えられた力によって子どもたちや隣人を大切に出来るように、また、隣人と赦し合うことが出来るように。様々なことによって苦しんでいる人を助けられるように、互いに支え合うことが出来るように私たちの愛を主イエス・キリストによって強めてください。この祈りを主イエス・キリストのみ名によってお祈りいたします。アーメン。

 

途中でフインランドの賛美歌を演奏してくださいました。

  • 12月 14日 11:00 am
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    司式・説教吉村博明宣教師(ヨハネ1章19~28),礼拝後交わり。
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