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神学か?文学か?
先日ある教派の神学校を卒業した方の来訪を受けて話をした。彼曰く、その教派の説教は型にはまりすぎて面白くなくなった、 もっと人を感動させる説教をしないと。それに対して私は、別に感動させる必要はない、私など毎回、主の十字架の贖罪と復活を繰り返すので、新味がないと呆れられて礼拝を辞めた人もいる位だ、フィンランドのSLEYの礼拝ではそれを言わないと逆に呆れられてしまうと。彼はさらに、もっとマタイやマルコetcが教えることをちゃんと教えないといけないと。私は、あれっ、イエス様が教えることではないのかと思ったが、話が長くなるのでコメントを控えた。
ドイツを中心にして見ると18世紀までの神学は主に、神とは何か、三位一体とは、聖礼典とは等々を新旧約聖書の至るところから根拠を見つけて体系づける「体系神学」(日本の教派によっては「組織神学」と言うところもあるが、それではワケがわからん)。聖書に書いてあることは全て歴史そのもので真実というのが大前提にあった。ところが19世紀になると「歴史批判」とか「文学批判」が釈義学界を席巻するように。書かれてあることを歴史そのものだと鵜呑みにしない、書かれてあることを文学作品のように分析するというものだ。そこから1899年にA.ユリヒャーが高らかに宣したような、福音書から使徒的伝統を取り払ったところに本当のイエスが見えるという考えが広まり、伝統から自由ないろんなイエス像が編み出されることに。その流れにストップをかけたのがR.ブルトマン。彼は、今あるテキストからは実際のイエスは突き止められない、釈義学ができることはテキストをバラバラにしてそれぞれの部分が初期の教会でどういう役割を果たしたかを見ることだけと。そうなると、マタイもマルコも皆バラバラの資料を継ぎ合わせただけにすぎなくなる。
ところが第二次大戦後ブルトマンの弟子のE.ケーゼマンらが、福音書の記者は独自の視点を持って福音書を書きあげた、各福音書は各記者の一貫した方針の元で生まれた作品なのだと。大事なのはその方針を解明して、それと緊張関係にある部分に実際のイエスの手がかりがあると主張。再びいろいろなイエス像が生まれることに。ただ、使徒的伝統から自由という点では最初の時と同じ。ところが、1980年代から死海文書など第二神殿期のユダヤ文書をふんだんに取り入れた研究が増え、あのN.T.ライトが言ったように歴史的イエス研究は第三段階に入ったと言われるように。興味深いのは、第二神殿期ユダヤの思潮と後の使徒的信仰を発展的な連続体で見てその中にイエスを位置づける研究も出て、そこではイエスは必ずしも浮いた存在ではないということ(私が属していたT.ホルメーン主導の研究グループはまさにそれ※)。
私の結論 マタイ、マルコetcはかくかくしかじかの方針でそれぞれの福音書を書き上げたと論じる本が出たとする。論じられた方針が使徒的伝統と軌を一にしていれば、その本は使徒的伝統のマタイ版、マルコ版etcを明らかにしたと言える。もし使徒的伝統から外れる論じ方であれば、それは神学に関係のない文学作品と言ってよいだろう。優れた文学作品が使徒的伝統に立つ信仰を磨き上げるとは限らないのだ。