牧師の週報コラム

キリスト教徒の目のつけどころ

昔、スオミ教会が中野上高田にあった頃、復活祭の祝会にて信仰の証しを行い、キリスト信仰者になる前となった後で物の見方がどう変わったかについて話したことがある。一例として、信仰者になる前に読んだ本、観た映画で強く印象に残ったものを、信仰者になった後でもう一度読んだり観たりしたら新しい発見が一杯あったということについて。取り上げた本はドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」と吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」、映画はW. Beatty監督の「レッズ」。どんな新発見があったか、もう覚えていらっしゃらなければ、また別の機会に。

最近またキリスト教徒だからこんな見方、こだわりをするというのが二つほどあったので紹介します。一つは、池澤夏樹の新聞連載小説「また会う日まで」。主人公は秋吉利雄という旧海軍の将校でキリスト教徒という歴史上実在した異色の人物。天皇の軍隊でどうやってキリスト信仰を貫けたのか興味を持って読み続けた。しかし、かつての部下が今は亡き秋吉の墓参りをして線香をあげるラストシーンでがっかり。線香をあげるというのは死者との交信を始める合図のようなもの。キリスト信仰では手を合わせて話しかける相手は神のみ。死者とは対話しない。復活の日の再会に希望を託す。「また会う日まで」はその希望を歌い上げる讃美歌である。なんと題名にそぐわない終わり方をするのかと失望した。

もう一つは沢木耕太郎の「暦のしずく」。これも新聞の連載小説だが、まだ終わっていない。主人公は江戸時代中期に活躍した馬場文耕という講談師。これも歴史上実在した人物で講壇の内容が幕府の怒りを買い処刑されてしまう。私の注目の的は里見樹一郎という謎の浪人。文耕の講壇の倫理的側面にいつも儒教離れしたコメントをして文耕を驚かせる。私はすぐキリシタン関係者?と直感。案の定、先々週号では里見が自分の背景を謎めいた言い回しで文耕に語った。自分は九州の山奥から天狗に連れられて江戸に来た、徳川幕府の行く末を見届けるために、などと。私は思わず、おぉ!と唸ってしまった。予想は当たらないかもしれないが、これもキリスト教徒ならではのこだわりだろう。

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