今週の週報のコラムから - 文明国家の尺度

文明国家の尺度

先週フィンランドで新たなコロナウイルス対策が打ち出されたのをインターネットを通してテレビ中継でみました。 マリン首相が記者会見にて発表した内容は、緊急事態立法に基づいて政令を2つ定めるというものでした。一つは、一部例外を除いて学校を閉鎖し、10人以上の集会は禁止するというもの(これに先立って国教会は礼拝および10人以上集まる集会を全て中止しました)。 もう一つは医薬品の流通は政府のコントロール下に置かれるというものでした。首相が最後に力を込めて言ったのは、「今回の措置で国民生活に多大な不便をもたらすことになるが、これは高齢者や病気を抱える弱い立場の人たちを危険から守るためのものであることを覚えて下さい。 強い立場にある人たちは弱い人たちを守るために我慢しなければなりません。」

ウイルス対策の目的をあのような特化した言い方をするというのはどういうことなのだろうかと考えていた時、そういうことだったのかと思わせることがありました。それは、いまだ封鎖状態にある武漢で日記をブログ公開している作家のことが新聞に紹介されていたことです(朝日3月19日夕刊)。彼女が2月24日に書いたものがそれです。

「一つの国が文明国家であるかどうかの尺度は、高層ビルや車の多さや、強大な武器や軍隊や、科学技術の発達や卓越した芸術や、派手な会議や絢爛な花火や、世界各地で豪遊する旅行客の数ではない。唯一の尺度は、弱者にどう接するのか、その態度だ。」

「そうなると、あなたの知識によって、弱い人が滅びてしまいます。その兄弟のためにもキリストが死んで下さったのです。」(第一コリント8章11節)

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