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説教 「主に仕えるために」 木村長政 名誉牧師、マルコによる福音書10章32節~45節 | 日本福音ルーテルスオミ・キリスト教会 / 中野区 – 東京

説教 「主に仕えるために」 木村長政 名誉牧師、マルコによる福音書10章32節~45節

四旬節第2主日

今日の聖書の中心のテーマは、43節にしるされていることばでしょう。

「あなた方の中で、偉くなりたい者は皆に仕える者になり、一番上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい」。

私たちキリスト者は、キリストに従っていく生活です。ごく、当然のことです。
では、どのように従っていったらいいのでしょうか。
主キリストに従っていく生活であるのなら、イエス様のお考えを知らねばなりません。
イエス様は私たちに、どんな願いをもっておられるのでしょうか。

今日の聖書の場面でイエス様は、ご自身の考えと、これから起ころうとするすべてを、弟子たちに打ち明けて話されています。

32節から見てみますと、「一行がエルサレムに上がって行く途中、イエスは先頭に立って進んで行かれた。それを見て、弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた」。
イエス様の、この世での最後である十字架の死が、迫ってきている。
イエス様は、ご自分の身に起ころうとしているすべてを、ご自分でご存知でありました。

12人の弟子を呼び寄せて話されました。
33節から34節のみことばです。
「今、私はエルサレムに上って行く。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして、人の子は三日の後に復活する。」

神の子であるイエス様が、弟子たち全部が一番憎い敵である、ユダヤ教の律法学者や、祭司長たちに侮辱される。そして最後は、ユダヤの民を苦しめている、ローマ帝国のペテロ大王の手によって、十字架の死に処せられるという、最悪の屈辱の予告をされた。しかも、これで3回目であったのです。

イエス様から3回言われても、弟子たちは、とうてい受け入れられるものではなかった。
弟子たちが、イエスについて行った最終目的は、このローマ帝国の支配から、ユダヤの民が解放される革命であったわけでしょう。
弟子たちは、自分たちの家族をすて、職を投げすてて、このイエスという方に命をかけて、これまで従って来たのです。それなのに今や、すべてが終わる。
この弟子たちが、エルサレムへと向かわれるイエス様の姿に驚き、恐れたのです。

ここは、聖書にしっかり記してありますから、私たちは神の言葉である聖書を、しっかりと読み、じっくり聖霊の導きに聞いていくべきでしょう。

弟子たちの誰もが望まない、又、想像さえもしなかったイエス様の十字架の死です。
最も苦しみの極みである十字架の死刑で、自分たちの主であるイエス様が終わるなんて、こんな事があっていいものか、と、12人の男どもが団結して、命がけで守るべきでしょう。
最悪の道へと向かわれるイエス様を、何とかしなくてはという、危機的状況です。

預言者イザヤは、次のように預言の言葉を告げています。
イザヤ書53章、「私たちの聞いたことを、誰が信じえようか。彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、多くの痛みを負い、病を知っている。
彼が刺し貫かれたのは、私たちの背きのためであり、彼が砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。

私たちの咎のため、神の子イエス様が十字架の上で砕かれたのです。私たちの咎というのは、どんなことでしょう。
それは簡単に言いますと、自分でも気づかないで相手の人の心を傷つけたり、苦しめたり、悲しみを与えてしまっている。そういう、人間のどうしようもない罪です。
私たちのうちにもある罪で、ただ気づかないだけでしょう。

神の子は、人間のこのような罪のすべてを負って、あがないとなって十字架の上に命をすてるというのであります。
そして、3日目には復活するのだ、ということまで、イエス様はこれから起ころうとすることを弟子たちに告げておられる、弟子たちは、だれも信じてくれない、まったくの孤独です。
それでもイエス様は毅然として、十字架の道へとつき進んで行かれます。

イエス様は、十字架の道から逃げようと思えば、いくらでも逃げられたでしょう。
なぜ、イエス様は十字架へとつき進んでいかれるのか。
それは、主であるイエス様の生涯の願いであった、ということです。
イエス様の、この世に来られた神の子としての、使命であったからでしょう。

聖書を振り返りますと、これまでがリラヤ伝道から始まって、数々の教えと、奇跡の業を行われました。その一つひとつのすべてが、一つの無駄もなく、すべては十字架に至る伏線だったのです。つまり、どんな小さな言葉も教えも、行いのすべてが十字架に至るように準備されていた、十字架へのしるしであった、と言えるでしょう。

イエス様のご生涯は、すべて十字架に向けられて歩まれていた。
ですから、イエス様に従って来る者に対して言われた。
マタイ福音書16章24節で、はっきりおっしゃっている。
「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」。

ところが弟子たちには、このことがわからず、十字架を恐れたのであります。弟子たちは、主の十字架の死によって、すべての人の罪が贖われるという、神の救いの秘儀がわかりません。
ともかくローマ軍の手によって、十字架にかけられるという、恐ろしいことだけが彼らをおおいます。我々はいったい、どうなっていくのだろうか、その事態はますます深刻さを増していきます。それが強烈に浮き彫りにされていくのが、実は35節以下になっているのです。

弟子の中の、ヤコブとヨハネの兄弟が、キリストのところへ参りまして、自分たちの願いをのべた、というのです。
主が栄光をお受けになる時は、どうか我々兄弟を、せめてものあなたの右と左に座る地位を与えていただきたい、と願い出ています。
いわば出世話をもち出すのです。
人間は、自分の身の危険が迫ると、名誉欲がむき出しになってしまう。
聖書は人間の罪深さを、弟子たちのことであっても、ありのまま、包み隠さず告げているのです。

マルコ9章33節のところでも、同じようなことが出ています。
「弟子たちの間で誰が一番偉いのか」という、愚かしい議論を始めています。ここに、私達人間の救いがたい惨めさがあらわれています。
私共も信仰といいながら結局は、自分の欲望を満足させたい、愚かな人間なのではないでしょうか。イエス様はこの兄弟の願いをきかれて、呆れ果ててしまわれます。

そして38節で言われています。
「あなた方は何を願っているのか、分かっていない。このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を、受けることができるか」。
こうして最後に、弟子たちに最も大事なことを話されました・

43節のみことばです。
「あなた方の中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく、仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」。

最後に結論として申しますと、洗礼を受けた、私たちキリスト者の信仰生活の生涯は、イエス・キリストを救い主として仕えていく生涯です。

パウロがローマの信徒に、6章3~4節でしるしているとおりです。
「そもそもあなた方は知らないのか、キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。ぞれは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちが新しい命に生きるためなのです。」

        アーメン・ハレルヤ

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このサイトに引用されているのは聖書新共同訳です。
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会

Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
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