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聖書の学び 「神様の二つの計画、その一」  パイヴィ先生 | 日本福音ルーテルスオミ・キリスト教会 / 中野区 – 東京

聖書の学び 「神様の二つの計画、その一」  パイヴィ先生

 

神様からの人生の計画

1 導入

神様は私達に掛け替えのない命を与えられました。しかし、私達はこの一つしかない人生をどのように使っているでしょうか。特に若い人の中には、自分の人生をどう生きたら良いかと悩んでいる人もいるかもしれません。しかし、年をとってもこの疑問を忘れないことは良いことです。年齢によって、皆出来ることがだんだんと変わっていきますから。人は自分の命の使い方を自分で決定出来ますが、私達をお造りになった神様は、私たち一人一人の人生にもご計画を立ててくださっています。そこで、自分の人生について神様に尋ねるということを御一緒に考えてみたいと思います。

神様を信じていたユダヤの王、ヨシャファトの例を、見てみましょう。ヨシャファトは戦争の計画をしているイスラエルの王に、どのように助言したのでしょうか。

1.列王記上22章5節(旧約聖書 p.572)
しかし同時にヨシャファトはイスラエルの王に、「まず主の言葉を求めて下さい」と言いました。賢い人は、自分の考えが正しいと思っても、勝手に自分で決めないで、まず神様に尋ねて決定します。これを見て下さい。何が書いてありますか。この点は短い人生を、この矢印のある点線は終わりのない永遠をあらわします。神様がそのどちらも人に用意され、与えられたものです。
          

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聖書には、神は人に対して、二つのプランを立てられたと書いてあります。一つは人間を永遠の命に救うための計画で、もう一つは私達一人一人の人生のための計画です。救済の計画は皆にとって同じですが、人生に対する計画は人によって様々です。来月は、救済の計画をテーマにして、今日は、神様に与えられた人生をいかに使ったら良いかということを、ご一緒に考えてみましょう。まず、人生の一般的な目的について考えて、その後に、一人一人に与えられている人生の使命について学んでいきましょう。

 

2 人生の目的

神様は何のために人間を造られたのだろうと考えたことがありますか。聖書を開いてみましょう。初めに、旧約聖書を見てみましょう。
2.創世記1章26節 (旧約聖書 p.2)神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」

3.創世記2章15節(旧約聖書p.3)主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。このように、神様は人を、ご自分の仕事仲間(同労者)また、協力者として造られました。すなわち、人は神様が造って下さった地球を住まいとして与えられていますが、その地球と被造物を守る役が与えられています。人生の目的は与えられた地を耕したり、守ったりすることなのです。次に、新約聖書を開きましょう。

4.エフェソ信徒への手紙2章10節(新約聖書 p.353)なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備して下さった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。この箇所によると、人は良い業を行うために造られたものです。しかし、その善い業とはどんなことでしょうか。答えは次の箇所に書いてあります。

5.マタイによる福音書22章35節~39節(新約聖書 p.44)(そのうちの一人、)律法の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』この掟はルカによる福音書10章27節(新約聖書p.126)まとめてあります。『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。

 (同じ掟が、旧約聖書にも書いてあります。例えば、
申命記6章5節(旧約聖書 p.291)あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
レビ記19章18節(旧約聖書p.192)。。。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。。。)
一言で言えば、人類の共通の任務、あるいは使命は、「愛すること」だということです。しかし、この愛は人類愛だけの意味ではありません。上の箇所に基づいて、フィンランドのある牧師で、キリスト教カウンセラー、またセラピストであるヴァリマキ・ペトリ(Valimaki Petri)によると、人は愛する関係に造られた者なので、人生の目的はこの愛する関係を3つの人間性のレベルで生かすことだと言われています。愛はまず、人と神様の関係の中で、また、自分と他人の関係の中で、更に、自分に対して生かすべきものです。愛することは人類の共通の使命です。けれども、だれでも、それを自分らしいやり方で生かしていいのです。一個人の使命もありますから。では、次に、一人一人の人生の目的について考えてみましょう。

3 一人一人の個人的な使命

全ての人は母の胎内で神様ご自身によって形作られました。ダビデ王はこう歌っています。

6.詩編139編13節(旧約聖書 p.980)あなたは、わたしの内蔵を造り母の胎内にわたしを組み立ててくださった。だから、神様は、私達が生まれる前から、私達をご存知でした。あなたも私も偶然として生まれた者ではありませんし、間違いもありません。あなたは神様の愛に満ちたご計画の中に存在していました。そして神様の御心の通りに造られた者です。だから、あなたの人生には目的があります。例えば、神様が預言者エレミヤの人生に計画を立てられたことについて読みましょう。

7.エレミヤ1章4節~10節(旧約聖書 p.1172)主の言葉がわたしに臨んだ。「わたしはあなたを母の胎内に造る前からあなたを知っていた。母の胎から生まれる前にわたしはあなたを聖別し諸国民の預言者として立てた。」。。。しかし、この言葉を聞いたエレミヤは若かったので、最初に神様に告げられた使命に抵抗しました。けれども、神様に励まされたり、また準備を与えられたりして、ついに受け入れました。そして、神様の助けによってその使命を果たしました。同じように、神様は私達一人一人にも使命を与えられ、それを果たすために様々な賜物を与えてくださっています。それは生まれながらいただいている、「自然な才能」と、また洗礼を通して新たに生まれた者に与えられる霊的な「恵みの賜物」です。先ほどのカウンセラーのヴァリマキは、人は人生の目的を達するために、自分の使命が何かを見つけ出さなければないと言います。けれども、自分の人生の使命は何かを、どのように見出すでしょうか。そのために、ヴァリマキは4つのアドバイスと質問を投げかけています。最初に、マルタとマリアの記事を思い出して考えましょう。

8.ルカによる福音書10章38節~42節(新約聖書 p.127)イエスはこの二人の女の家を訪問された時、マルタはいつものように女主人としての役目をし始めましたが、マリアは何をしましたでしょうか。第一のアドバイスは、私達もマリアのように手を止めて、イエスの元に行き、話に聞き入れたり祈ったりしてイエスの御心を尋ねてはどうでしょう。そして、じっと聞くということです。神様は色々な方法で私達に答えて下さいますから。二番目は、自分の心の声を聞くということです。神様は私達の心に働いておられますから。

9.フィリピの信徒への手紙2章13節(新約聖書 p.363)あなたがたのうちに働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。あなたが一番やりたいと心の中で思っていることは何でしょうか。何のために頑張りたいのでしょうか。あなたは、自分にとって何が人生で大切なことだと思っていますか。三番目は、自分の周りを見ることです。あなたはどこで、だれを愛することが出来るでしょうか。遠くまで行く必要はないのです。例えば、あなたに家族があれば、あなたの一番重要な責任は家族のメンバーでしょう。四番目に考えることは、あなたにはどんな才能や賜物を与えられていますかということです。一人一人の才能や賜物は、それを十分に活用するために与えられています。才能は決して自分が人の前で輝くためではなく、自分の使命を全うするために与えられたものです。

4 要約

最後に,10.ローマの信徒への手紙11章29節(新約聖書 p.291)を読みましょう。神の賜物と招きとは取り消されないものです。素晴らしいみ言葉です。神の賜物と招きとは取り消されないものです。しかし、私達はこの神様の招きにどう答えるでしょうか。ヴァリマキは使命を次の一言で定義しています。あなたに与えられた使命とは「自分自身にぴったり合うもの」だということです。ご自分に与えられている才能を見つけて、磨いて、それを用いて下さい。神様があなたの人生に立てられた計画を実現できるのは、あなた自身だけなのです。

 

祈り

天にいます愛の父よ、イエス・キリストのゆえに、私たちに聖書をお与えください。聖書によって、私達の耳と心を開き、私達に語ってください。お約束を信頼し、イエス・キリストのみ名によって、あなたのみもとに近づき、祈りのうちに、信頼をもってあなたを語り合うことを教えてください。アーメン。

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このサイトに引用されているのは聖書新共同訳です。
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会

Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1987,1988
  • 4月 28日 10:30 am
    主日礼拝
    司式・説教吉村博明宣教師(ルカ24章13~35),礼拝後交わり。
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